孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

ちょっと強引な、18世紀のハッピーエンド。~マリー・アントワネットの生涯30。グルック:オペラ『オルフェオとエウリディーチェ』第3幕後半

カール・グース『オルフェウスとエウリディケ』

エウリディーチェを失って、どうしよう

今回は、グルックオペラ『オルフェオとエウリディーチェ第3幕の後半、最終回です。

亡き愛妻エウリディケを取り戻すべく、冥界に降りたオルフェウス

その音楽の力で冥界の神や怪物たちの心を融かし、『地上の人間界に戻るまで、決して妻の顔を見てはならない』という条件つきで、妻を返してもらいました。

しかし、地上に向かう途上、自分を抱きしめるどころか目も合わせない夫に、妻は疑念と不信感を募らせます。

追及と泣き落としに耐えかねたオルフェウスは、ついに振り返って妻の顔を見てしまいます。

すると、掟を破った罰で、エウリディケは再び死んでしまいます。

これまでの苦労は水の泡。

愛ゆえに妻を取り戻し、愛ゆえに再び失ってしまったオルフェウス

やるせない気持ちを歌うのが、このオペラで一番有名なアリア、『ケファロ・センツァ・エウリディーチェ(エウリディーチェを失ってどうしよう)』です。

歌い終わると、もはや現世に希望も生きがいも失ったオルフェウスは、自ら命を絶とうとします。

強引なハッピーエンド!

グルックオルフェウスとエウリディーチェ』ウィーン版の楽譜挿絵

すると、すんでのところで愛の神アモールが現れ、とどめます。

このあたりは、モーツァルトの『魔笛』でパパゲーノの自死を3人の童子がとどめる場面と同じで、常套手段的な場面です。

アモールは、そなたの愛と神への敬意は分かった、といって、無条件でエウリディケを生き返らせます。

なんともあっさり、という感じで、腑に落ちないのは否めませんが、これが18世紀のお約束でした。

もちろん、原作というべきギリシャ神話では、再び失われたエウリディケは戻ってきません。

このオペラは、マリー・アントワネットの父、神聖ローマ皇帝フランツ1世の霊名日を祝うため、1762年10月5日にウィーンのブルク劇場で初演されました。

祝典のためのオペラですので、めでたし、めでたし、で終わらなければならなかったし、それは当時の人には当たり前のことでした。

19世紀になっても、悲しく理不尽な結末で終わった劇では、度々暴動が起こりました。

しかし、だんだんと時代は大団円に物足りなくなり、陳腐さを感じてきて、19世紀後半以降、ヴェルディプッチーニの名オペラは多くが悲劇的結末で終わります。

最終場の第3場は、まさに祝祭の世界。

アモールの神殿に羊飼いの男女が集い、夫婦の奇跡の再会を祝ってバレエを踊ります。

マリー・アントワネットに捧げられたパリ版では、バレエの本場フランスに合わせて、曲目も増やされています。

踊りが終わると、まずオルフェウスがアモールを讃えて歌い出し、人々も神の慈悲と夫の勇気を讃えます。

そこにアモールも降臨して一緒に歌い、さらにエウリディケも歌って、一同大団円となり、めでたく幕が下りるのです。

ここで讃えられているアモールの慈悲は、臨席している君主の慈悲を讃えていることであるのも、当時のお約束でした。

グルック:オペラ『オルフェオとエウリディーチェ』第3幕後半

Christoph Willibald Gluck:Orfeo ed Euridice, Wq.30, Oct 3

演奏:ルネ・ヤーコプス(指揮)フライブルクバロック・オーケストラ、RIAS室内合唱団、ヴェロニカ・カンジェミ(エウリディーチェ:ソプラノ)、マリア・クリスティーナ・キール(アモール)、ベルナルダ・フィンク(オルフェオ:カウンターテノール)【2001年録音】

第26曲 アリア

オルフェオ

エウリディーチェを失って、どうしよう?

愛するひとを失って、どこに行こう?

エウリディーチェ!

エウリディーチェ!

おお、神よ!

答えてください!

私はつねにお前の忠実な夫!

エウリディーチェ!

エウリディーチェ!

ああ、この世からも

あの世からも

何の助けも

希望も

差し伸べられない

絶望の極みで歌われるアリアですが、悲しみはあまり感じさせず、素朴な調子なのが、かえってオルフェオの茫然自失ぶりを伝えます。当時から人気のあった曲で、このオペラの看板ともいえ、グルック自身も自分の代表作とみなしていました。18世紀オペラを代表するアリアのひとつといえるでしょう。虚飾を廃し、シンプルにするのがグルックの《オペラ改革》であり、このアリアはその真骨頂といえます。私は日本のカラオケでこの曲があるのを見つけてびっくりしたことがあります。

アリー・シェファー『エウリディケの死を悼むオルフェウス
第27曲 レチタティーヴォ

オルフェオ

ああ、命とともに

この悲しみも永遠に終わらせたい!

すでに、わたしは

暗黒のアウェルヌス(冥界)への道にいる!

愛しいひとを私から隔てているのは

遠い道のりではない。

そうだ、待っていてくれ、

わが愛するひとの霊よ!

待っていてくれ!

待っていてくれ!

今度は夫と別れて

ひとりだけ

レーテーのゆるやかな流れを

渡らせはしない

(自ら命を絶とうとする)

(これより第2場)

アモール

オルフェオをさえぎって)

オルフェオ、何をする?

オルフェオ

誰だ

私には当然の報いの

最後のあがきを

押しとどめる勇気のあるやつは?

アモール

怒りを鎮めよ

やめろ、アモールが分からないのか?

オルフェオ

ああ、あんたか?

分かった!

今まで悲しみが私の感覚を抑えつけていた。

こんな厳しいときに

あなたは何をしに来たのだ?

私に何を望んでいるのか?

アモール

お前を幸せにするためだ!

私の名誉のために

よくぞ耐えてくれた、オルフェオ

お前の大事なエウリディーチェを返してやろう。

お前の誠実さをこれ以上試しはしない。

ほら、彼女はよみがえる

お前ともう一度結ばれるために。

(エウリディーチェは深い眠りから目覚めたかのように身を起こす)

オルフェオ

なんと!

おお、神々よ!

お前!

エウリディーチェ

あなた!

オルフェオ

本当にお前を抱いているのか?

エウリディーチェ

本当にあなたをこの胸に抱きしめているのかしら?

オルフェオ

(アモールに向かって)

ああ、何と言ったらいいのか…

アモール

もうよい!

さあ、幸せな恋人たちよ

地上に帰り

楽しく暮らすのだ

オルフェオ

おお、幸せな日

おお、情け深いアモール!

エウリディーチェ

おお、喜ばしい幸福の時!

アモール

私の満足が

あまたの苦悩の埋め合わせとなろう!

努力が一瞬で水の泡になり、夢も希望もなくなったオルフェオは、妻の跡を追うべく、自死を図ります。そして、すんでのところで登場したアモールに留められます。自暴自棄になったオルフェオは、何しに来たんだ、と神をなじりますが、アモールは優しくオルフェオをねぎらい、エウリディケを生き返らせます。このくだりでは伴奏もシンプルで、エウリディケのよみがえりという大事件も、レチタティーヴォの中で静かに行われます。

第3場

〔アモールに捧げられた壮麗な神殿。アモール、オルフェオ、エウリディーチェ。3人より先に大勢の羊飼いの男女が、エウリディーチェの帰還を祝いにやってきて、陽気な踊りを始める。オルフェオがこれを中断し、次の歌を歌い出す。〕

第28曲 マエストーソ

ダンスの最初の曲ですが、これは最後のフィナーレの合唱の予告で、マーチのように羊飼いを登場させる音楽です。

第29曲 バレエ:グラツィオーソ

優雅で典雅なバレエです。

第30曲 バレエ:アレグロ

タンバリンを加え、異国情緒を醸し出したフランス風の舞曲です。中間部ではさらにスピードを速めます。

第31曲 バレエ:アンダンテ

持続低音のある田園音楽で、ミュゼットと呼んでもよいでしょう。

第32曲 バレエ:アレグロ

楽し気な楽想のなかに、スケールの大きさも感じさせる充実した舞曲です。

第33曲 終曲:独唱と合唱

オルフェオと合唱

アモールが勝利を収め

全世界が

美の王国に仕えるように!

時には厳しいときもある

アモールの束縛の鎖は

自由よりもうれしいものだ。

アモール

女の残酷さは

時には絶望を

時には不安を引き起こす。

だが女が愛を示す

甘い瞬間には

恋する男は苦悩を忘れる。

合唱

アモールが勝利を収め

全世界が

美の王国に仕えるように!

エウリディーチェ

嫉妬が人を悩まし

心をむしばむ。

でも真心が全てを取り戻す。

心を苦しめたあの疑いは

最後には喜びとなる。

合唱

アモールが勝利を収め

全世界が

美の王国に仕えるように!

(終幕)

オルフェオが愛の神を讃え、その掟は厳しいが、それに従うべきだ、と歌い、一同それに和します。するとアモールが降臨し、エウリディケが示した女性の残酷さも、愛の裏返しなので、男は結局そこに帰ってゆく、という愛の神らしい哲学を披露します。それを受けてエウリディケも、夫を疑った自分を反省しながら、それを乗り越えて深まった夫婦の絆をよしとします。そして一同、愛の勝利を歌い、幕となります。

本当は恐ろしい、ギリシャ神話の結末

エミール・ビン『オルフェウスの死』

さて、グルックのオペラはこのように、強引にハッピーエンドとなりますが、ギリシャ神話では、オルフェウスは悲しい末路を辿ります。

妻を失い、生きる道を失っていた彼は、テッサリアのイオルコスの王子イアソンが、叔父に奪われた王位を取り戻す条件として、遥か遠い国、コルキスにあるという金羊毛を取りに行く旅に参加することになります。

コルキスにはアルゴ号という船で向かうことになり、ヘラクレスをはじめとした英雄たち50人が乗船し、その乗組員はアルゴナウタイと呼ばれます。

その冒険の旅は、魔物に襲われたり、厳しい自然現象に見舞われたり、困難を極めますが、最終的には目的を達します。

オルフェウスは、歌で誘惑して殺す女魔物、セイレーンに歌合戦を挑み、無事一行を誘惑から守るという手柄を立てています。

八つ裂きにされたオルフェウス

オルフェウスの首を見つけるレスボス島のニンフ

自分探しの旅から戻ったオルフェウスは、まだ冥界にいる妻エウリディケを忘れられません。

死後の世界を見てきた彼は、禁欲によって輪廻転生とそこからの解脱を目指す道を人々に説き始めます。

これは古代ギリシャでは珍しい教義で、仏教に近く、オルフェウス教」とされました。

そして、太陽神ヘリウスアポロンを熱心に崇拝します。

しかし、これが、享楽をよしとする酒神ディオニソスバッカスの怒りにふれます。

ディオニソスには「マイナス」と呼ばれる熱狂的な女信者たちがおり、彼女らは酒によって恍惚状態に陥ると、理性を失って狂暴となり、時には殺人まで犯しました。

ディオニソスは彼女らにオルフェウスを襲わせます。

オルフェウスは殺されたばかりか体をバラバラにされ、首はヘブロス河に投げ込まれました。

首は竪琴とともに歌いながら流され、レスボス島に流れ着き、島のニンフに拾われて手厚く葬られます。

レスボス島はオルフェウスの加護によって、以後文人や芸術家を輩出することになります。

アポロンは彼を憐れみ、記念にその竪琴を天に上げ、琴座としました。

いま夏の夜に輝く琴座のベガは、日本では七夕の織姫星と呼ばれています。

モンテヴェルディオペラ『オルフェオでは、オルフェウスはエウリディケとは再会できませんが、神話のような惨たらしい最後は迎えず、絶望に沈んでいるところに父アポロンが降臨し、一緒に天に昇ってゆく、ということで、めでたし、めでたし、という結末になっています。

オルフェウスの物語は、引き裂かれた夫婦愛を音楽でつなぐ神話であり、音楽家のインスピレーションを掻き立てた題材です。

グルックのオペラがマリー・アントワネットの御前で演奏されたとき、彼女と夫ルイ16世はまだ完全な夫婦ではありませんでした。

夫婦愛の物語を、彼女はどんな気持ちで観ていたのでしょうか。

ギュスターヴ・モローオルフェウス

動画は、引き続きチェスキー・クルムロフ城バロック劇場での映画版(日本語字幕)です。演奏は、ヴァーツラフ・ルクス指揮のコレギウム1704、コレギウム・ヴォカーレ1704(合唱)、エウリディーチェ役はエヴァ・リーバウ(ソプラノ)、アモール役はレグラ・ミューレマン(ソプラノ)、オルフェオ役はベジュン・メータ(カウンターテノール)です。

動画プレイヤーは下の▶️です☟

 

こちらは、名カウンターテノールフィリップ・ジャルスキーの歌う、素晴らしい『ケファロ・センツァ・エウリディーチェ』です。


www.youtube.com

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

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