孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

ボーマルシェ、アメリカ独立を支援する!~マリー・アントワネットの生涯49。モーツァルト:オペラ『クレタの王イドメネオ』インテルメッツォ(幕間劇)

ヨークタウンの戦いでフランス軍(左)、アメリカ軍(右)に降伏する英国コーンウォリス将軍

風雲急を告げる新大陸

王や王妃のスキャンダル暴露防止のため、王の密使となって度々英国に乗り込んで活動したボーマルシェ

彼が次にのめり込んだのは、なんとアメリカ独立の支援でした。

セビリアの理髪師』『フィガロの結婚の作者が、ここまで歴史に食い込んでいたとはあまり知られていないでしょう。

当時、フランスは七年戦争で英国に負け、特にアメリカ新大陸の植民地をかなり英国に奪われてしまいました。

また、ドーバー海峡に面したフランス領、ダンケルク要塞の破却も、パリ講和条約で決められ、さらに英国監視官の常駐まで認めさせられていました。

山師ボーマルシェは、フランスの国益=自分の利益と考えていたので、なんとか英国に打撃を与えたいと考えていました。

1773年、茶法によって、英国東インド会社が直接アメリカ植民地に紅茶を販売可能となり、アメリカの仲買人らの利益が大きく損なわれました。

12月には怒ったアメリカ人がインディアンに変装し、ボストン港に停泊中の東インド会社船を襲って、積み荷の紅茶を海に投げ捨てるボストン茶会事件が勃発。

英国本国は鎮圧のため軍隊を派遣しますが、英国13植民地の代表がフィラデルフィアに集まって大陸会議を開き、民兵を組織してこれに対抗します。

国王に参戦を迫るボーマルシェ

探検家ラ・ペルーズに指示を与えるルイ16世

アメリカの「反乱軍」は苦戦が続きますが、この情勢を、ボーマルシェは英国に打撃を与える絶好のチャンスと睨んでいました。

彼は、アメリカが独立を勝ち取ると確信していたのです。

まさに勝負師の勘です。

ボーマルシェはひとつにはフランス国家の利益、もうひとつにはこのチャンスに大儲けしてやろう、という野心から、アメリカ独立を援助すべき、と国王ルイ16世に働きかけます。

しかし、優柔不断な国王は、英国と再び全面戦争になることを恐れて、なかなかこれに乗ろうとしません。

いらだったボーマルシェは、矢継ぎ早に国王に手紙を送りつけます。

『しかし陛下、フランス・英国間にはこれまでに一度でも、陛下のご決断をとどめ得るきずなが存在したでしょうか。また、これからも存在し得るのでございましょうか。』

『彼らこそ、いつの世でも宣戦布告なしに戦いを仕掛けてくるではございませんか。先ごろの戦争もまた、平和の最中に彼らの側が突如、陛下の船舶500隻を捕獲したことに端を発したのではありますまいか。』

『フランスにとって英国とは、ちょうど英国の泥棒が英国国民にとっていかなる存在であるかを思う時、それと同様の存在であることを決して忘れてはなりますまい。』

『厳しい難局の到来が刻々と迫る現在、アメリカ大陸の領土保全と平和に心を砕かれる陛下に、わたしとして言上する義務がございますのは、陛下のご願望実現がひとえに、アメリカの人民を救わなければならぬとの、わたしの提案にかかっているということでございます。英国では、国王、大臣たち、議会、野党、国民、庶民がそれぞれ国家を分裂させる党派と化しておりますが、その彼らに共通しておりますのは、いまさらアメリカの人民を復帰させられるとの甘い考えはおろか、彼らを屈服せしめんとして今日払われている大きな努力がやがて成功するなどとも考えられぬという認識でございます。*1

それでも、英国との全面戦争になるとの懸念に、国王も大臣たちも決断はできません。

さながら今日、アメリカ大統領にウクライナ戦争に参戦せよ、と迫るようなものです。

ならば、民間人として援助!

アメリカ独立宣言の採択

しびれを切らしたボーマルシェは、国としてアメリカを公式に援助できないのであれば、自分が民間の個人事業として支援する、と申し出ます。

ルイ16世は、それならば、ということで、ボーマルシェに内々に300万リーブルの資金を提供します。

英国から抗議されたら、民間人が勝手に金儲け目当ての投機としてやったこと、と言い逃れようというのです。

ちょうどその頃、アメリカでは、大陸会議アメリカ独立宣言」を発表して、アメリカ合衆国が誕生していました。

ボーマルシェは、アメリカ支援物資を満載した船を3隻チャーターしますが、英国官吏に動きを察知され、出港が差し止められました。

何とか出航させようとボーマルシェは東奔西走。

1777年の初めにようやく出航でき、アメリカのポーツマス港に入港。

ボーマルシェの送った大砲、小銃、弾薬、軍服、軍靴は、ヨーロッパからの初の援助物資で、アメリカ人は熱狂してこれを迎えたといいます。

これを受け、サラトガの戦いアメリカ軍は英国のバーゴイン将軍を降伏させ、独立戦争を優勢に転換することになります。

しかし、ボーマルシェは、帰りの船にヴァージニアやメリーランドのタバコを返礼として持ち帰る算段をしていましたが、陰謀に遭って、船は空っぽで帰仏してきました。

ボーマルシェは悔しがりましたが、フランス政府から追加の援助をもらって、何とか破産は免れたのです。

サラトガの戦いで降伏する英国軍のバーゴイン将軍

アメリカ議会からの感謝状

アメリカでの戦局が独立軍有利に傾いたことを知ったルイ16世は、アメリカからやってきた大使ベンジャミン・フランクリンが、王妃マリー・アントワネットをはじめパリの貴婦人たちを魅了したこともあって、参戦を決断しました。

そして、正式参戦前に王の許しを得ず渡米していたラ・ファイエット将軍の活躍もあり、やがてアメリカは1783年、パリ条約で独立を勝ち取るのです。

1779年には、アメリカ議会から議長名でボーマルシェに次の感謝状が贈られました。

アメリカ合衆国議会は、貴兄が示された好意あふれる多大の努力に対して感謝の念と確固たる敬意を捧げます。合衆国諸州支援のために貴兄がさまざまな困難、支障に遭われたことをきわめて遺憾に思います。いくつかの不幸な事情が災いして議会側の願いの実現が遅れたのは事実であります。しかし、今後は貴兄との契約にもとづく負債の支払いに関しては可及的速やかに処理いたします。

貴兄の好意はただひたすら、高貴なる心と広き視野の持ち主だけがなし得る業であり、とりもなおさず貴兄の行動への称賛と人格の誉れに結びつくものであります。貴兄はそのたぐいまれなる才能によって貴国の君主に尽くされつつ、この誕生間もない共和国の尊敬と新世界の喝采を当然の報いとして獲得されました。』

アメリカ議会は、ボーマルシェアメリカ側の役人の陰謀で、援助の見返りがもらえなかったことを認め、その補償も約束しました。

しかし、ヨーロッパ、大陸間の貨幣相場が急落したり、負債額の折り合いがつかなかったりで、この問題はボーマルシェの生前には解決せず、1835年に至って、ようやくボーマルシェの相続人に、アメリカから80万フランが贈られたのです。

いずれにしても、作家ボーマルシェが、アメリカ独立に大きな役割を果たしたことは間違いありません。

しかし、もともと18世紀中、戦争続きで財政破綻状態だったフランス王国アメリカ独立戦争に参戦したのは、王政にとって致命傷となりました。

そして、民衆の王や貴族への反感を煽り、フランス革命の導火線を引いたのは、ほかならぬボーマルシェ作の過激な演劇、フィガロの結婚だったのです。

 

それでは、引き続き、モーツァルトのオペラ『クレタの王イドメネオを聴いていきましょう。

クレタの王イドメネオ』登場人物

※イタリア語表記、()内はギリシャ

イドメネオ(イドメネウス)クレタの王

イダマンテイドメネオの息子

イリアトロイアプリアモスの娘

エレットラ(エレクトラ:ミケーネ王アガメムノンの娘、イピゲネイア、オレステスの妹

アルバーチェイドメネオの家来

モーツァルト:オペラ『クレタの王イドメネオ』(全3幕)インテルメッツォ(幕間劇)

Wolfgang Amadeus Mozart:Idomeneo, Re di Creta, K.366 Act.2

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー(指揮)イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団、アンソニー・ロルフ・ジョンソン(テノールイドメネオ)、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(メゾ・ソプラノ:イダマンテ)、シルヴィア・マクネアー(ソプラノ:イリア)、ヒラヴィ・マルティンペルト(ソプラノ:エレットラ)、ナイジェル・ロブスン(テノール:アルバーチェ)、グレン・ウィンスレイド(バス:祭司長)【1990年録音】

ポセイドン
第8曲 行進曲

第1幕と第2幕の間には、幕間劇(インテルメッツォ)が置かれています。

このオペラはフランス風ですが、イタリア語で書かれているので「Intermezzo」と題されていますが、フランス・オペラにおける「ディヴェルティスマン Divertissementの意味合いが強いです。

モーツァルトのオペラには他に例はなく、これもフランス趣味好きのバイエルン選帝侯カール・テオドールのために作られました。

場面は、クレタ軍の故郷への凱旋です。

クレタイドメネオとその軍船を、あわや難破寸前まで追い込んだ恐ろしい嵐は、嘘のように収まり、海は穏やかに静まっています。

戦争、そして嵐という度重なる危地を乗り越えてきた勇士たちが、次々と船から上陸してくる場面を描写した行進曲です。

ラファエロ『ガラテアの勝利』
第9曲 シャコンヌ(合唱)

全員

ポセイドンを讃えよう

その名を響き渡らせよう

あの神を尊ぼう

海の支配者なるあの神を

踊りと音楽で

さあ、祝うのだ

独唱者たち

ポセイドンは遠くから

ゼウスの怒りを見てとると

すぐさま、まっしぐらに

エーゲの海中に姿を消した

だが、海の国の王座から

すばやく事の成り行きを見通すと

さっそく、たくましい

鱗をつけた駿馬を

二頭立てにして用意させた

そして、逆巻く波の間から

たくましく、勇気ある

伝令役のトリトン

あたりにほら貝のラッパの音を

響き渡らせた

さあ、その時がやってきた

偉大な三叉の鉾が

荒れ狂う海を鎮めるときが

全員

ポセイドンを讃えよう

(繰り返し)

独唱者たち

王者の印なる

金のほら貝に乗り

ポセイドンが現れる

港の神ポルトゥスはまだ幼く

家来のイルカや

アンフィトリテと遊んでいる

今こそ、海王はわれらをして

冥府に勝利させたもうた

愛らしいネレイスたちよ

美しいニンフたちよ

ガラテアとともに

気高い女神に

お仕えしているあなた方が

どうかわたしたちに代わり

感謝を捧げてくれるように

わたしたちの涙を

乾かしてくださった神々に

全員

ポセイドンを讃えよう

(繰り返し)

さあ、ラッパを吹き鳴らし

神に捧げる数々の生けにえを

用意することにしよう

シャコンヌ」も、フランス・オペラのフィナーレを飾る、バレエを伴った壮麗な合唱です。

17世紀にスペインから流行り出した3拍子の舞曲で、17世紀末にフランス宮廷のバレエやオペラに好んで取り入れられました。

モーツァルトがパリ旅行でフランス・オペラに触れた経験が、ここで遺憾なく発揮されています。

歌は原典では軍勢だけで歌われますが、混声4部です。

もちろん女性の兵士はいないので、初演ではソプラノやアルトは去勢歌手のカストラートが担当しました。

しかし、現代ではカストラートはいないので、軍勢を迎える市民の役で女性歌手たちが担当します。

一同は、海神ポセイドンのお陰で命が助かったと思っているので、海神に感謝を捧げるを讃える一幕になっています。

ポセイドンの妻アンピトリテ、その子トリトン、イルカに乗った少年神パライモン(ポルトゥス)、ネレイスと呼ばれる海のニンフたち、ニンフの中でも特に美貌で知られるガラテアら、海の眷属たちも続々登場する、まさに〝海の賛歌〟となっています。

しかし、イドメネオ王だけが、息子の命と引き換えにポセイドンと取り引きをしたことに、独り思い悩んでいるのです。

人々が、さあ、神に感謝の生けにえを捧げよう!と歌う言葉が、王の胸に刺さります。

まさに、王者の孤独を現わした場面でもあります。

 

比較のため、フランス・オペラの傑作、ラモーの『優雅なインドの国々』の壮麗なシャコンヌもぜひ聴いてみてください。

www.classic-suganne.com

 

動画は、アルノルト・エストマン指揮、スウェーデンのドロットニングホルム宮廷劇場の上演です。18世紀の上演スタイルを忠実に再現しています。

動画プレイヤーは下の▶️です☟

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

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*1:鈴木廉司『闘うフィガロ ボーマルシェ一代記』大修館書店