孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

フランス・ブルボン王朝歴代のプロフィールと音楽。クープラン『摂政、あるいはミネルヴァ』~ベルばら音楽(11)

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ルーベンス『マリー・ド・メディシスの生涯/摂政マリーの至福』

ブルボン朝の華麗なる王朝絵巻

ヴェルサイユ宮殿を主な舞台としたフランスの古典音楽(バロック音楽)を聴いていますが、ここで、近世のフランスを支配した「ブルボン王朝」の代々の王様のプロフィールを整理しておきます。

いずれもクラシック音楽の発展と密接に結びついています。

〝ルイ〟という名前の王様が続いたので「ルイ王朝」とも呼ばれますが、初代王は〝アンリ〟です。

それぞれの王様にまつわる音楽を1曲ずつつけますので、ぜひその時代の雰囲気を。

初代 アンリ4世

1553-1610(在位1589-1610)※日本ではだいたい徳川家康の時代

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アンリ4世

【王妃】マリー・ド・メディシス(イタリア・メディチ家出身)

【愛称】「大アンリ」「良王アンリ」

【事績】

ナバラ国王からフランス王に即位、ブルボン朝を開く。

賢明にして有能、旧教カトリック VS 新教徒ユグノーの、40年続いていた血で血を洗う宗教争乱を収め、平和と安定をもたらした英傑として、今のフランスでも尊敬されている。

狂信的なカトリック教徒ラヴァイヤックによって馬車に乗るところを襲われ、刺殺される。

まつわる音楽~アンリ4世万歳

死後も国民から慕われ続けたアンリ4世。『アンリ4世万歳』という、王を讃える歌が作られ、国民に愛唱されました。フランス革命が起きて、『ラ・マルセイエーズ』に取って代わられるまで、国歌の扱いでした。

1番の歌詞は次の通り。

ばんざい、アンリ4世

ばんざい、勇敢な王

こいつときたら、貧相な体のくせに

3つの才能もっている

大酒飲みでばくち打ち

おまけに女たらしときたもんだ 

飲む、打つ、買う、という言葉はここから来たのでしょうか?これが国歌とは恐れ入るばかり。それだけ親しまれた王だということですが。

実際、愛人の数は50人を超えるという説もあり、その血は子孫に受け継がれていきます。

第2代 ルイ13世

1601-1643(在位1610-1643)※徳川秀忠、家光の時代

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ルイ13世

【王妃】アンヌ・ドートリッシュ(スペイン・ハプスブルク家出身)

【摂政】母后マリー・ド・メディシス(摂政期間 1610-1617)

【宰相】リシュリュー枢機卿(在任期間 1624-1643)

【事績】

父王の暗殺によって8歳で即位、成人するまで母后マリー・ド・メディシス摂政として政務を取る。親政後は母后とは不仲になり、時には幽閉したことも。

マリー・ド・メディシスの激動の生涯はルーベンスの連作によって描かれ、ルーブル美術館の目玉展示品のひとつとなっている。

王妃とも不仲で、王妃の浮気のストレスから若ハゲになり、カツラを愛用。ヨーロッパにかつらが広まることとなる。

ただし歴代王と違い、女性への関心は薄く、同性愛説も。

権謀術数に富んだ宰相リシュリュー枢機卿により、絶対王政化が進み、フランスはヨーロッパの覇権を争う強国になる。

コニャック地方に移り住んだレミーマルタン一家のブランデー作りを助けたことから、後世敬意を込めて、最高級ブランデーにその名を冠せられた。

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コニャック『レミーマルタン ルイ13世

まつわる音楽~王家の音楽隊

アンリ4世はあまり音楽に興味はなく、宮廷の音楽隊も削減されましたが、ルイ13世は音楽を非常に好み、大規模な「王家の音楽隊」を編成しました。

音楽に対しての素養も深かったことを示す当時の証言です。

国王は音楽を大変好んでおり、鋭い感性と優れた技巧をもつ音楽家を数多く集めて自身の音楽隊を作っていた。それは、声の美しさ、楽器の数の多さ、合奏の甘美さという点で、それまでのどの音楽隊よりも、ヨーロッパのどの君主の音楽隊よりも、はるかに優れたものであると言われた。陛下は、ご自分の声を音楽隊の人々と一緒に合わせることを楽しまれ、時には本来の正しい音へ戻させることさえあった。

こちらは、そんなルイ13世の音楽隊を忠実に再現した演奏ですが、曲はルイ13世の生誕を祝う音楽です。

このアルバムには、他にルイ13世の即位、結婚、宮廷コンサートの音楽が収められています。

演奏:ホルディ・サヴァル指揮 コンセール・デ・ナシオナル

第3代 ルイ14世

1638-1715(在位1643-1715)※徳川家綱、綱吉、家宣の時代

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ルイ14世

【王妃】マリー・テレーズ・ドートリッシュ(スペイン・ハプスブルク家出身)

【宰相】マザラン枢機卿(在任期間 1643-1661)

【愛妾】ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエール

    モンテスパン侯爵夫人

    マントノン侯爵夫人

【愛称】「太陽王」「官僚王」

【事績】

4歳で即位、成人までは宰相マザランが執政、リシュリューの路線を引き継ぐ。

親政後は宰相を置かず、自ら政治を行い、絶対王政の強化と領土拡大を目指し、諸国への侵略戦争を繰り返す。

ヴェルサイユ宮殿を建造して宮廷を移し、大貴族たちを廷臣化してバロック宮廷文化を花開かせる。

朕は国家なり〟で有名。

まつわる音楽~深き淵より

豪奢な生活を送ったルイ14世も、晩年は信心深いマントノン夫人の影響を受け、敬虔な気持ちに傾いてきました。

以前もご紹介したミシェル=リシャール・ド・ラランドは、宮廷音楽で絶大な権力を振るったリュリの妨害にも遭わず、ヴェルサイユの王室礼拝堂でしっとりとした、味わい深い宗教音楽を生み出していました。

これはその中でも傑作といわれるモテットで、『我は深き淵より神に向かって呼びかける』という心に沁みる曲です。

ド・ラランド:モテット『深き淵より』

第4代 ルイ15世

1710-1774(在位1715-1774)※徳川吉宗から家治の時代

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ルイ15世

【王妃】マリー・レクザンスカ(ポーランド王女)

【摂政】オルレアン公フィリップ2世(1715-1723)

【宰相】ブルボン公ルイ・アンリ(1723-1726)

    フルーリー枢機卿(1726-1743)

【愛妾】ポンパドゥール侯爵夫人

    デュ・バリー伯爵夫人

【愛称】「最愛王」

【事績】

ルイ14世のひ孫。ルイ14世の長生きと、その息子、孫の死から、5歳で即位。

ルイ14世の甥にあたるオルレアン公フィリップ2世摂政となって政務を取る。

親政後は、ルイ14世にならって数々の戦争に参戦するが、得るものがないどころか、多くの植民地を失う。

また、贅沢と放漫財政により、国家を破綻に追い込む。在位中、実に5回の〝不渡り〟を出す。(デフォルト)

王妃を愛したが、毎年妊娠させられて、10人も子を産んだところで王妃は体力的にギブアップ宣言。

それもあってか私生活は放蕩で、数々の愛妾を囲い、中でもポンパドゥール夫人デュ・バリー夫人には政治も任せた。

『我が亡き後には大洪水が来るだろう』との言葉が有名。(ポンパドゥール夫人が戦争に負けたルイ15世を慰めるため〝後は野となれ、山となれ、ですわ〟という意味で言ったのを、ルイ15世が気に入って使っていた)

治世の間は優美なロココ文化が爛熟を迎えた。

まつわる音楽~ジャン=マリー・ルクレール殺人事件

この時代に活躍した音楽家は、なんといってもジャン=フィリップ・ラモーですが、これは後に取り上げますので、ここではヴァイオリンの巨匠、ジャン=マリー・ルクレール(1697-1764)の音楽を掲げておきます。

ルクレールは、1733年にルイ15世より王室付きの音楽教師に任命されます。

その後もベルギーに移って活躍し、フランス=ベルギー・ヴァイオリン楽派の開祖とされますが、パリに戻ってから結婚生活が破綻し、貧民街に人目を避けて隠れ住みます。

しかし、そのあばら家で1764年に惨殺死体で発見されます。

犯人は、元妻か?遺体発見者の庭師か?迷宮入りなっているため、推理小説になっているほどです。

ルクレール:ヴァリオリン・コンチェルト イ短調 作品7 第5番 第1楽章 ヴィヴァーチェ

第5代 ルイ16世

1754-1793(在位1774-1792)※徳川家治から家斉の時代

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ルイ16世

【王妃】マリー・アントワネットオーストリアハプスブルク家出身)

【事績】

ルイ15世の孫。父が早くに死に、王太子となった時期に長年の敵国だったオーストリアハプスブルク家の王女、マリー・アントワネットと結婚。

19歳で即位。誠実な人柄ではあったが、優柔不断で政治には向いておらず、錠前作りが趣味。

前王の負の遺産で破産状態だったフランスを立て直す力は持っておらず、王妃の贅沢も国民の不満を買い、フランス革命を誘発。

王権を停止された後、裁判にて死刑を宣告され、断頭台の露と消える。

ナポレオンの失脚後、王政復古によりルイ16世の弟ルイ18世、次いでシャルル10世が位に即くが、1830年七月革命ブルボン朝は終わる。

まつわる音楽~マリー・アントワネットの音楽教師

クロード=ベニーニュ・バルバドル(1724-1799)は、パリ・ノートルダム大聖堂オルガニストプロヴァンス伯(のちのルイ18世)のオルガニスト、そして王妃マリー・アントワネットの音楽教師を歴任した人物です。

革命が起きるとその地位を失い、『ラ・マルセイエーズ』の編曲を行うなど、革命に迎合して生き残ろうとしますが、貧困のうちに世を去りました。

この『ラ・シュザンヌ』という曲は、音楽によるポートレート(肖像)です。シュザンヌという女性が誰かは分かりませんが、こんなに情熱にあふれ、劇的に描かれているのは、いったいどんな人だったのでしょう?

バルバドル:ラ・シュザンヌ イ短調

チェンバロ:トレヴァー・ピノック

 

レジャンス様式とは

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摂政オルレアン公フィリップ2世

このブログの〝ベルばら音楽〟は、主にルイ14世から15世の時代が対象です。

美術思潮としては、ザクっというと14世時代がバロック様式、15世時代がロココ様式ということになります。

実は、その間につなぎとなるスタイルがあって、それはレジャンス様式、といわれます。

これは〝摂政(レジャン régent )時代の様式〟ということで、ルイ14世が世を去り、若年だったルイ15世に代わってオルレアン公フィリップ2世が摂政として統治した時代、1715~1723年あたりの室内装飾や工芸品のスタイルを指します。

長く君臨していたルイ14世から解放され、摂政オルレアン公は軟派で軽い人物だったこともあって、フランスがゆるゆるになった時代だったのです。

それが美術にも影響し、重々しくて大仰なバロック様式から、角がとれ、丸みを帯びた優美なスタイルになってきて、これがロココ美術に発展していくのです。

音楽のスタイルは必ずしも美術とは一致しませんが、クープランの後期の音楽には〝レジャンス様式〟をうかがわせる雰囲気があります。

これまで聴いてきたクープランクラヴサン曲に、まさしく『摂政』と題された曲がありますので、聴いてみましょう。

クープラン『摂政、あるいはミネルヴァ Le régente, ou La Minerve 』

F. Couperin : Troisième livre de pièces de clavecin, 15e ordre, Le régente, ou La Minerve

クラヴサンクリストフ・ルセ Christophe Rousset

摂政の統治下ですから、オマージュとして捧げられたはずで、ひときわ品格高い音楽になっています。

副題のミネルヴァは、 詩や知恵、学問などを司るローマ神話の女神ですから、文化・学術を保護したオルレアン公を讃えていると思われます。

実際に摂政は、ソルボンヌ大学の講義を無料にしたり、王室図書館を一般でも利用できるようにしたりと、教育振興に力を入れました。

また、居城のパレ・ロワイヤルに収集した絵画は、王室や国家ではなく、個人のコレクションとしては史上最大で、『オルレアン・コレクション』として名高いものです。(現在は散逸)

しかし、国家財政も放漫経営で、王冠につけるため世界最大級、141カラットのダイヤモンドを英国から13万5千ポンドの大金で購入。

このダイヤは〝ル・レジャン〟 と名付けられ、今もルーブル美術館に所蔵されています。

他にも政策で数々の大失敗をし、大きな負の遺産を親政を始めたルイ15世に引き継ぎました。

引き継いだ相手もさらに輪をかけた大浪費家でしたから、そのツケは子孫のルイ16世が血をもって払わさせることになります。

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『ル・レジャン』

摂政あれこれ

英国にも〝摂政時代〟といわれる時期があります。

それはフランス摂政時代のおよそ100年後、廃人同様になってしまったジョージ3世の摂政を、王太子ジョージ4世が務めた、1811年から1820年までのことです。

摂政は、英語ではリージェント Regent ですが、今も公園や通り、ホテルの名前に残っています。

ジョージ4世もオルレアン公に負けず劣らずやんちゃで、それについては以前書きました。

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〝つっぱることが男のたったひとつの勲章だって〟という懐かしい時代のドラマをやっていましたが、不良の象徴〝リーゼント〟も〝摂政〟という意味です。笑

もっとも、後頭部に向けてポマードで撫でつけた髪の流れが、ロンドンのリージェント・ストリートに似ているためにそう名付けられたようで、前頭部を盛り上げる髪型は〝ポンパドゥール〟というそうです。

プレスリーなどはリーゼントとポンパドゥールを組み合わせていたので、前髪を盛り上げるのがリーゼントと思われるようになってしまったようです。

もっとも、〝ポンパドゥール〟もルイ15世の愛妾からつけられていますので、いずれも歴史と由緒ある名なわけです。

〝不良〟の皆さんはご存知なかったと思いますが。

日本で摂政というと、聖徳太子や、藤原氏が独占した摂政・関白が思い出されますが、近代でも、昭和天皇が皇太子時代に、大正天皇の病状悪化により摂政に就いた例があります。

亡き祖母が〝摂政宮(せっしょうのみや)〟の話をしていた記憶がありますが、懐かしむ人々ももう少ないでしょう。

しかし、戦後も摂政の制度はなぜか残りました。

天皇陛下が2016年に『象徴としてのお務めについてのおことば』を伝えられましたが、その中でも摂政を置くことは否定されていました。

確かに、天皇は政治に関与しなくなったのに、〝帝に代わって大政を摂行する〟という意味の摂政という名称はマッチしません。

もちろん言葉だけの問題ではないでしょうし、『象徴天皇制に古くて時代にそぐわない部分がまだ残っているので、改めることを考えてほしい』ということであれば、平成の終わりを迎えるにあたって、歴史をふまえつつ、新しい時代についてもっとみんなで議論した方がいいのでは、と感じた次第です。

 

さて、もうすぐクリスマスです。

まつわる曲を取り上げた記事をピックアップさせていただきますので、よろしければご覧ください。

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今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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ハーディ・ガーディ(ヴィエル)の楽しくて、やがて悲しき音色。クープラン『偉大なる古き吟遊詩人組合の年代記』~ベルばら音楽(10)

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ラ・トゥール『ヴィエル弾き』

音楽によるあてこすり!

フランス古典音楽の華というべき、クープラン(1668-1733)のクラヴサンチェンバロ)曲の3回目は『偉大なる古き吟遊詩人組合の年代記と題された曲です。

クラヴサン曲集第2巻・第11オルドルの一部なのですが、「5幕」で構成された、さながらクラヴサンによる音楽小劇になってるのです。

なんとも重々しいタイトルですが、クープランはわざと、おおげさにこのように名付けました。

それというのもこの曲は、その「吟遊詩人組合」をあてこすり、からかい、あざけるために作られたのです。

吟遊詩人にもいろいろ

では、その「吟遊詩人組合」とは何でしょうか。

吟遊詩人〟というと、諸国をさすらい、弾き語りをしながら世を渡っていくロマンティックなイメージがありますが、ヨーロッパでは色々な種類の人たちがいました。

最も高貴なのは、中世の初めころ南フランスで生まれた「トルバドゥール」で、これは騎士、貴族階級出身。歌うテーマは主君の奥方に対する恋心などの宮廷愛です。

十字軍の英雄、イングランドのリチャード獅子心王ライオンハート)などは、自身がトルバドゥールでした。

これが北フランスでは「トルヴェール」、ドイツでは「ミンネジンガー」として広がっていきます。

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中世のトルバドゥール

しかし、この曲で指している吟遊詩人はもっと下層の人々です。

楽器を演奏したり、歌を唄ったり、ジャグリングや手品などの芸を見せながら諸国を遍歴する〝流し〟たちでした。

もともとは農閑期に農民が食い扶持稼ぎに始めたという説もあり、だんだんと本業にする人もあったようで、「ジョングルール」と呼ばれました。

吟遊詩人というより、大道芸人ストリート・ミュージシャンと言った方が実態に近いでしょう。

ジョングルールのうち、宮廷に雇われて、主君の日々の食事や宴会のときに、BGMや余興をやって座を盛り上げる役を果たした者は、英語では「ミンストレル」、フランス語では「メネストレル」と呼ばれました。

初めての、雇用された職業音楽家、と言ってもいいかもしれません。

ここでの「吟遊詩人組合」とは、この「メネストレル」の組合なのです。

中世以来のギルドとの争い

中世では、職業別に職人が「ギルド」と呼ばれる組合を作り、厳しい徒弟制度で、職と製品の品質を守っていたのは有名です。

ギルドは都市と結びついており、中世後期の都市は力をつけた商人たちが自治を獲得して、封建領主の支配から脱していました。

メネストレルたちも、自分たちの組合を結成し、互いに職を融通し合ったり、腕に磨きをかけたりして、地位向上に取り組んできたと考えられます。

しかし、中世が終わり、絶対王政が確立してくると、状況が変わってきます。

メネストレルたちを雇っていた領主たちの力が衰え、王権に集約されてきます。

実力ある音楽家は、組合に頼らずとも、王に評価されれば職に就けます。

逆に、実力のない者は、組合の力で職を得るのは難しくなってきました。

焦ったパリの組合は、かつての力を取り戻し、組織力を強化すべく、クープランら、王室に仕える者も含め、すべての音楽家に組合に加入し、組合費を納めるよう強要してきたのです。

そして、それを拒否したクープランらと紛争になりました。

クープランに言わせれば、そんな組合など、元はといえば大道芸人ではないか、中世以来の歴史を振りかざしているが、もうそんな時代は終わったんだよ、と揶揄するために、この曲を書いたのです。

吟遊詩人組合を意味する「Ménestrandise」を、母音を全て伏字のxにして「Mxnxstrxndxsx」としているのも、いかにもフランス人らしい、実に知的な批判精神です。

そしてとことん意地悪なのも…

曲は第1幕から第5幕に分かれていて、それぞれに皮肉たっぷりの容赦ない題名が付されています。

チェンバロのコンサートでも取り上げられることの多い名曲ですが、実はこんな作曲の背景があるのです。

クープラン『偉大なる古き吟遊詩人組合の年代記

F. Couperin : Second livre de pièces de clavecin, 11e ordre, Les fastes de la grande et ancienne Mxnxstrxndxsx

クラヴサンクリストフ・ルセ Christophe Rousset

第1幕 吟遊詩人組合のお偉方と組合員 Premier Acte. Les Notables, et Jurés - Mxnxstrxndxnrs.

実に優雅で、品格を感じさせる音楽ですが、クープランとしては、型にはまった、自尊心の高い人たちを皮肉っているわけです。

第2幕 ヴィエル弾きと乞食 Second Acte. Les Viéleux, et les Gueux.

一転、同じメロディが短調になって哀調を帯びています。

今偉そうにしている組合幹部も、ルーツはヴィエル弾きと、哀れな乞食だったじゃないか、と言っているのです。

ヴィエル」は、英語で「ハーディ・ガーディ」と呼ばれる古い楽器ですが、楽器というより器械といった方がよさそうな形状です。

ヴァイオリンのような形状ですが、弓で弾くのではなく、ハンドルを回して演奏します。

ストリート・オルガンのように流しの楽師が使っていました。

どんな楽器かは後で取り上げます。

第3幕 熊と猿を連れた旅楽師と軽業師と大道芸人 Troisième Acte. Les Jongleurs, Sauteurset Saltimbanques: avec les Ours, et les Singes.

さらに、吟遊詩人組合のルーツが年代記として紐解かれます。

熊と猿を連れた旅楽師は、日本でいう猿回し、あるいはミニ・サーカスと言っていいでしょう。ジャグリングやバク転バク宙などを見せる軽業師、大道芸人たちの、エンターテインメント性を音楽で表現しています。

あえて芸術性は感じさせないような音楽になっているのです。

第4幕 傷痍軍人、または偉大な吟遊詩人組合に属する不具者 Quatrième Acte. Les Invalides: ou gens Estropiés au service de la grande Mxnxstrxndxsx.

再び、哀調を帯びたシリアスな音楽になります。

戦争で傷を負った軍人、また生まれつき障がいを持った人たちも、この組合に属していたようです。

先に出てきたヴィエル弾きも、日本の琵琶法師のように、盲目の人の職業でした。

この吟遊詩人組合は、社会福祉的な役割も担っていたのです。

この哀れな調子の音楽にだけは、皮肉は感じられません。

第5幕 酔っ払いと猿と熊の引き起こした無秩序と潰走 Cinquième Acte. Désordre, et déroute de toute la troupe: causés par les Yvrognes, les Singes, et les Ours.

最終幕は強烈な風刺です。

町の広場で演じていた猿回しの芸に酔っ払いが乱入し、動物たちが暴れだして、もはや手の付けられない大混乱に。

観衆たちも巻き込んで、逃げまどう人々、泣き叫ぶ子供、広場は大騒ぎです。

そんな中、旅芸人たちは、もうこの町にはいられない、と、とるものもとりあえずトンズラしていく…そんな有様の描写です。

めくるめくような鍵盤の妙技に目もくらむばかり。まさにロックなバロック‼︎

この偉大な組合のなさってきたこと、かくの如くでござい、とニンマリしているクープラン先生の顔が目に浮かびます。

ハーディ・ガーディ(ヴィエル)とは

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ハーディ・ガーディ(ヴィエル)

フランスでヴィエルと呼ばれるハーディ・ガーディは、ヴァイオリンの形をしていますが、張られた弦を回転板でこすって音を出します。

弦は複数あって、メロディを奏でる旋律弦は、鍵盤を押したときにタンジェントというキーが弦に触れて音を変えます。

そのほか、ドローン弦という、常に同じ音を出し続け、ハーモニーを作るための弦も複数張られていました。

中世のものですが、独りで、かつ目の見えない人にも豊かな音を奏でることができるよう工夫された、なかなかのハイテク楽器といえます。

ルイ13世の頃の画家、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652)には、ヴィエル弾きを描いた有名な絵が複数あります。

この絵を見るとき、絢爛たるヴェルサイユ宮殿クラヴサンを弾いているクープランと、パリの街角で寒風にさらされているヴィエル弾きの対比を思って、複雑な気持ちになってしまいます。

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ラ・トゥール『犬を連れたヴィエル弾き』

ハーディ・ガーディ(ヴィエル)の音色を再現した演奏はこちらです。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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オリーブオイル?木槌?戦争?音楽の謎解き。クープラン『クラヴサン曲集第3巻・第18オルドル』〝修道女モニク〟〝ティク=トク=ショク〟~ベルばら音楽(9)

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中世のオリーブ搾り

オリーブオイルを搾る音?

フランソワ・クープラン(1668-1733)の、標題のついた愛らしいクラヴサンチェンバロ)曲を聴いていますが、2回目は第18オルドル(組曲です。

このオルドルには、『修道女モニク』『ティク=トク=ショク』の2曲の人気曲が含まれています。

『ティク=トク=ショク』は、これも考えさせる謎の標題です。

Tik Tokという動画SNSが流行っていますが、こちらはTic Tocです。

この標題にはわざわざ『またはマイヨタン』という別名がつけられています。

では〝マイヨタン maillotins〟とは何か?

いっぱんには〝オリーブ圧搾機〟と訳されています。

オリーブの実を器械で絞って、オリーブオイルが流れ出る様を描写した音楽、というのが一般的な解釈です。

確かに、この流れるような可愛い音符を聴いていると、まさにそんな感じなので、ティク=トク=ショクというのも、そのさまを言葉にしたと思えます。

百年戦争の影

しかし調べると、どうもオリーブ圧搾機ではなさそうな事実もあるのです。

フランスの歴史を紐解くと、中世の百年戦争まっただ中の1382年に、パリで『マイヨタンの反乱』というのが起こっています。

王の課税に対して起こった民衆の反乱で、鉛をつけた木槌を手にして抵抗したところから、『木槌党の乱』とも言われています。

結局鎮圧されてしまいますが、この〝木槌党〟が〝マイヨタン〟なのです。

この木槌は本来何に使ったのか分かりませんが、オリーブの実を砕くものだったかもしれません。

いずれにしても、民の使った道具であることは間違いないでしょう。

そうすると、ティク=トク=ショクは、木槌をトントン叩く音の描写、ということになるのです。

オリーブ・オイルの流れる様子か、木槌の音か。いったいどちらに聞こえるでしょうか?

クープランクラヴサン曲集第3巻・第18オルドル』

F. Couperin : Troisième livre de pièces de clavecin, 18e ordre

クラヴサン:オリヴィエ・ボーモン Olivier Baumont

第1曲 アルマンド『ヴェルヌイユ』 Allemande La Verneüil

組曲の1曲目の定石舞曲、アルマンドですが、『ヴェルヌイユ』と題されています。

『ヴェルヌイユ』は、ヴェルヌイユ=シュル=アヴルという、ノルマンディー地方の町なのですが、なぜこの町が取り上げられているのかが、また謎です。

ここでも歴史を紐解くと、木槌党の乱が起こった約40年後、1424年にこの地で『ヴェルヌイユの戦い』という百年戦争の大きな戦闘が行われています。

ここで、フランスとスコットランドの連合軍は、イングランド軍に大敗を喫しています。

百年戦争の中でも特に激戦で、血で血を洗う惨劇となりました。

イングランド軍の戦死者約1700名に対し、フランス・スコットランド軍のそれは7000人を超えたのです。

フランスにとって屈辱の地というわけですが、この曲にもそのせいなのか、哀愁が漂っています。

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ヴェルヌイユの戦い
第2曲 ヴェルヌイエット La Verneüilléte

ヴェルヌイエット、つまり〝ヴェルヌイユの女〟という意味です。

どうしてここまで古戦場であるこの地にこだわっているのか謎ですが、この曲も、いくぶん軽い調子ではあるものの、シリアスな雰囲気を醸し出しています。

第3曲 修道女モニク Sœur Monique

前2曲とうって変わって、どこまでも愛らしい人気曲です。モニクさんがどんな方か分かりませんが、清らかな少女を思わせます。

ピアノ発表会でも取り上げられることもあります。

第4曲 騒々しい男 Le turbulent

聖女の後は、これも真逆のガサツな男の登場です。しかし、音楽は騒がしいというより英雄的な風格を感じます。

第5曲 感動 L'atendrissante

再び、シリアスな雰囲気になります。〝感動〟というタイトルですが、激しいものではなく、感傷と言った方が良さそうな、静かで厳粛な曲です。

第6曲 ティク・トク・ショク、あるいはマイヨタン Le tic-toc-choc, ou Les maillotins

2段鍵盤のクラヴサンのための曲なので、右手と左手が同じ音域を動くため、ピアノで弾くのは大変ということです。流れるような、誰もが一度聴いたら気に入ってしまう魅力的な曲です。

第7曲 引きずり足の壮漢 Le gaillard-boiteux

これも意味深なタイトルです。勇ましい男が足を引きずりながら歩く様を描写しています。

この男は、先程の〝騒がしい男〟が傷を負った姿なのでしょうか。

戦争、反乱、そして祈り。

私の想像ですが、このオルドルには、はるか百年戦争への思いが馳せられているような気がしてならないのです。

 

こちらは、アレクサンドル・タローのピアノによる『ティク=トク=ショク』です。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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どこまでも優雅な、音楽で描いたフランス絵画。クープラン『クラヴサン曲集第2巻・第6オルドル』〝神秘的な障壁〟~ベルばら音楽(8)

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フランソワ・クープラン(1668-1733)

貴族のサロンに響いたクープランの音楽

フランソワ・クープラン(1668-1733)は王家の子女たちの音楽教育にも携わりましたが、その中心となった楽器はクラヴサンでした。

フランス語の〝クラヴサン〟は、イタリア語でいうチェンバロ、英語でいうハープシコードのことです。

今も親しまれているクープランの音楽は、たくさんのクラヴサン曲です。

その優雅さ、繊細さは比類がありません。

クープランは生涯で4つの『クラヴサン曲集』を出版しており、各曲集には「オルドル Ordre」と名付けられた、いくつかの組曲がおさめられています。

各曲集の年代と、所収のオルドル(通番になっています)は下記の通りです。

クラヴサン曲集第1巻』1713年 第1~5オルドル

クラヴサン曲集第2巻』1716~1717年 第6~12オルドル

クラヴサン曲集第3巻』1722年 第13~19オルドル

クラヴサン曲集第4巻』1730年 第20~27オルドル

謎めいた標題の数々

各オルドルに含まれる曲数は様々で、舞曲の組み合わせである従来の組曲の枠を破り、自由な構成になっています。

ひとつひとつの曲には、マレに見られたような標題が多くつけられており、それは時に具象的であり、時には抽象的で謎めいています。

そこには自然の美しさ、心の動き、情緒と感情、また社会のざわめき、人間模様などが生き生きと描写されており、まさに音楽で描いた絵画といえます。

クープランクラヴサン曲を聴くのは、まるでロココの画集のページをめくっていくかのような愉しみです。

とはいえ、標題は謎めいたものが多く、聴きながら、何を表しているのだろう?と気になって仕方がないのも事実です。

標題について、クープラン自身はこう記しています。

これらの曲を作るにあたって、私はいつもひとつの対象をもっていた。いろいろな機会が私にその対象を与えてくれた。こうして曲の標題はその時私の抱いた想念に対応するものなのである。それらについて説明をする労は省かせていただきたい。しかしこれらの標題のなかには、私の気に入ったものもあるが、それらの標題をもった曲は、一種の肖像画のようなものであり、私の演奏によって時にはかなり似ていると感じられることもあるだろう。しかしこれらの適切な標題の多くは、それらの標題に基づいて模写を行ったというものではなくて、私が表現しようとした愛すべき実物そのものからとられたものだということをいっておくべきだろう。

クープラン自身の想念に対応し、模写ではなく、実物そのものからとった肖像画…。

ますます気になってしまいますが、この文学的な標題は、まさに文学同様、聴く人に様々なイマジネーションをかき立てさせることが狙い、ということなのでしょう。

各曲の総数は250曲近くなるので、全集以外のアルバムや演奏会では、オルドルは分解して、有名な曲が抜粋されるのが普通です。

各オルドルの中の曲も、一見あまり統一性が感じられないのですが、順番にきちっと並べられている以上、何か意味はありそうです。

全曲は取り上げられませんが、まずはオルドルのくくりで聴いてみたいと思います。

今回は、人気曲『神秘的な障壁』が含まれている第6オルドルです。

クープランクラヴサン曲集第2巻・第6オルドル』

F. Couperin : Second livre de pièces de clavecin, 6e ordre

クラヴサン:オリヴィエ・ボーモン Olivier Baumont

第1曲 刈り入れをする人々 Les moissoneurs

〝陽気に〟という指示があります。この第6オルドルには農村に関係した曲が収められている雰囲気があります。秋、楽し気に収穫する農民たちの様子が描写されているのは間違いないでしょう。豊作に村いっぱいに笑顔があふれているようです。

第2曲 優しい憂鬱 Les langueurs-tendres

このような題が解釈が難しいです。〝焦がれ〟と訳しているCDもあり、〝優しい〟ということですから、恋に関係しているのでしょうか?

langueursには〝だるさ〟という意味もありますから、収穫が終わった後の心地良い疲れを意味しているのでしょうか?

いずれにしても、しみじみと心に沁みる優しさは伝わってきます。

第3曲 さえずり Le gazoüillement

〝優美で流れるように〟という指示があり、これは小鳥のさえずりを描写していると思われます。同じような音型の繰り返しはこのような表現の常套手段です。

美しいフランスの田舎の風景が目に浮かびます。

第4曲 ベルサン La Bersan

〝軽やかに〟という指示があります。標題は謎ですが、女性の人名と思われ、特定の人を写したポートレイトなのでしょう。農村のイメージがあるオルドルですから、陽気な村の女性なのでしょうか。

第5曲 神秘的な障壁 Les baricades mistérieuses

クープランの数ある曲の中でも1、2の人気曲です。〝生き生きと〟という指示ですが、標題は全く謎に包まれています。狭い音域の中で繰り返される素朴な音型が、光と影の中を、その名の通り神秘的に揺らいでいきます。

英語で言えば〝ミステリアス・バリケード〟ということになり、〝神秘のバリケード〟と訳された例もありますが、バリケードというと、紛争や学生運動などを連想してしまい、曲想にまるで合わなくなります。

神秘的な障壁とはいったい何でしょう?

男と女の間に横たわる、越えたくても越えられない壁…?

それとも、災いから自分を守ってくれる神様の見えない保護…?

答えは永遠に出ませんが、青春の日に初めて聴いて以来、人生のつらいときには必ず慰めてくれ、力をくれるかけがえのない曲です。

第6曲 田園詩、ロンドー Les bergeries, rondeau

〝ナイーヴに〟という指示があります。田園、ということから、これも農村を表しています。前曲から続いた、心優しい、慰めと癒しをくれるロンドーです。この演奏では弦にフェルトを当てて柔らかく余韻の短い音色にするバフ・ストップを使っているのが素敵です。

心に響くナイーヴな演奏です。

第7曲 おしゃべり La commére

指示は〝生き生きと〟です。〝おしゃべり〟ということですが、明るい太陽のもとで村娘たちが、それとも、夜食卓を囲んで家族が楽しんでいるのでしょうか。

ペチャクチャ、という声が聞こえてくる、楽しい曲です。

第8曲 羽虫 Le moucheron

虫!?とびっくりしますが、まさに〝軽やかに〟という指示です。これも農村の情景を思わせます。畑のあぜ道を軽やかに舞っている羽虫たちでしょうか。

けっして五月蠅い奴らという感じではありません。その動きを面白そうに眺めているクープランの姿が目に浮かびます。

現代のピアノで聴くクープラン

クープランの曲は、か細いクラヴサンの音色にこそぴったりですが、現代ピアノで弾いても、また違った魅力が味わえます。

アレクサンドル・タローの演奏による、まさにミステリアスな雰囲気の素晴らしい『神秘的な障壁』です。

 

次回も、別のオルドルの世界に行ってみたいと思います。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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音楽でめぐる、ヨーロッパ4ヵ国周遊の旅。クープラン『諸国の人々』~ベルばら音楽(7)

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フランソワ・クープラン(1668-1733)

フランスのバッハ、クープラン一族

太陽王ルイ14世に仕えた音楽家たち〝ヴェルサイユ楽派〟の音楽を聴いてきましたが、中でも際立つ巨匠がフランソワ・クープラン(1668-1733)です。

クープラン一族は、ドイツのバッハ一族と同様に、音楽を生業とする一族でした。

フランソワの父シャルルサン・ジェルヴェ教会オルガニストでしたが、彼が10歳のときに亡くなってしまいました。

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サン・ジェルヴェ教会

しかし、父の後を継ぐことは約束されており、16歳のときに父の役に就きます。

職人技を世襲していくことは当時は珍しいことではなかったのです。

彼が成長するまでの間は、ドラランドが代役を務めています。

父シャルルの兄、フランソワの伯父にあたるルイ・クープラン(1626-1661)も高名な音楽家であり、現代でもその作品は演奏されています。

しかし、最も偉大なのはフランソワであり〝クープラン〟と呼ばれているのです。

クープランは教会の仕事のかたわら、ブルゴーニュ公、トゥールーズ伯、オルレアン公夫人、ブルボン公やコンデ公の子女たちらの音楽教師を務め、作曲の出版も行い、上流階級の称賛と名声を手にしました。

そして、1693年にはルイ14世によって、国王のオルガニストに任命されました。

生まれ持った家のブランドと、天性の才能のふたつをもっていたのです。

クープランの音楽は、マラン・マレのような陰影はあまりなく、知的で安定した音楽ですが、時にはフランス人らしい辛辣な風刺もピリリと利いた素晴らしいものです。

異国が大好き、フランス人

クープランの作品で最も重要で、今も親しまれているのはクラヴサンチェンバロ)作品ですが、まずは管絃楽曲から聴きましょう。

『諸国の人々』と題された、4つの組曲から成る通奏低音を伴った弦楽合奏曲(トリオ・ソナタです。

それぞれの組曲には『フランスの人』『スペインの人』『神聖ローマ帝国の人』『ピエモンテの人』という題が付されています。

マラン・マレの『異国趣味の組曲』と似た趣向ですが、フランス人はつくづくエキゾチックな異国趣味が好きなようです。

後年の中国趣味の〝シノワズリ〟や、日本の浮世絵に印象派の画家たちが大きな影響を受けた〝ジャポニスム〟のはしりは既にこの時期からあったのです。

〝フランス文化が一番〟という原則だけは揺るぎませんが。

神聖ローマ帝国の人』はドイツ人を、『ピエモンテの人』はイタリア人を指すと考えてよいでしょう。

しかし、期待するほど〝お国柄〟を音楽から感じとることはできません。

それもそのはず、そもそも最初の作曲時には『フランスの人』は『少女』、『スペインの人』は『幻影』、『ピエモンテの人』は『アストレ(星の女神)』という名がつけられていました。

新しいのは『神聖ローマ帝国の人』だけで、それを4曲まとめて出版することになったときに、諸国の人、という趣向で売り出そう、ということになったようです。

きわめて商業的なネーミングなのですが、そのせいで、今でも聴いてみたい、という気にさせるのですから、その狙いは見事に当たっています。

クープランの思惑に乗り、フランス、スペイン、ドイツ、イタリアを旅する気分で聴いてみましょう。

組曲は全て1曲目に「ソナード」(イタリア語でいうところのソナタ)が置かれ、その後に例によってアルマンドクーラントといった舞曲が続きます。

ここでは、それぞれ1曲目のソナードだけ掲げます。

クープラン:『諸国の人々』

François Couperin : Les Nations - Sonades et suites de simphonies en trio

ホルディ・サヴァル指揮 エスペリオンXX

Jordi Savall&Hesperion XX

第1組曲『フランスの人』~ソナード

切なくも繊細な序奏で始まります。メロドラマのようで、まさに原題の『少女』のようにいたいけな感じです。

続いて、当時フランスで流行していたコレッリなどのイタリア音楽風の速い部分と、荘重なフランス風のゆっくりした部分が代わりばんこに出てきます。

そして、曲が進むごとに鄙びた管楽器が呼び交わし、充実した音楽を繰り広げるのです。

第2組曲『スペインの人』~ソナード

荘重な開始は、原題の『幻影』を感じますが、ハプスブルク家のスペインは、フェリペ2世の時代に世界中に植民地を保有し〝太陽の沈まない帝国〟を現出した時代から100年が経過し、凋落の一途をたどっていました。当時の国王も病弱で、子供の望めないカルロス2世の後継ぎを、自身の孫、アンジュー公フィリップにしようとして、ルイ14世スペイン継承戦争を起こすのは1701年のことです。

戦争終結は1714年で、この曲は、戦争の起こる8年前に『幻影』として作曲され、戦後の1726年に『スペインの人』と名付けられて出版されました。

戦争は痛み分けのような形で講和に持ち込まれ、ルイ14世は、フランスとスペインがずっと合邦しないことを約束させられた上で、孫をスペイン王とすることができました。

以後、スペイン王家はハプスブルク家からブルボン家に変わり、現在に至っています。

クープランは戦後に、王をすげかえられるまでに落ちぶれた斜陽の大国スペインに、かつての栄光の「幻影」を見たのかもしれません。

この曲では、明るい部分は少なく、厳しさと寂しさが支配しています。

第3組曲神聖ローマ帝国の人』~ソナード

曲集で唯一の〝書き下ろし〟で、最も新しい曲です。

序奏は、いっそう味わい深いものになっており、続く速い部分は対位法処理がされていて、まさにバッハ風。このあたりは、まさに標題通り、ドイツ音楽を意識しているのは間違いないと思われます。

その後も、リズムは自由に変幻自在、身を任せるほどに、心に沁み入ってきます。

そして最後はフーガ風となり、まさにドイツの巨匠バッハを思わせる仕上がりです。

第4組曲ピエモンテの人』~ソナード

ピエモンテ」はトリノを中心としたイタリア北西部のことですが、当時は「イタリア」という国はありませんので、「Les Nations」というタイトル上、イタリアのどこかに絞らざるを得ないでしょう。

フランスに一番近いイタリア、ということで取り上げられたのかもしれません。

原題はギリシャ神話の星の女神ですから、この曲からイタリア風を見出そうとしても意味はありません。

しかし、4曲のソナードだけを比べても、最も明るく、輝かしいので、再編出版時に選ばれたのも分かります。

中ほどの管楽器の歌は、まさにカンタービレで、確かにイタリアのイメージにピッタリです。

 

ヨーロッパというのは、狭い地域にあれだけの小さい国がひしめいていて、しかも独特の文化を持っているのが魅力です。

現代の旅でも、国々を巡りながら、それらの違いを楽しみ、味わうのがヨーロッパ旅行の愉しみですから、それを音楽に置き換えて人々を楽しませようとしたクープランの趣向は見事です。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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