ヴェルサイユ宮殿を主な舞台としたフランスの古典音楽(バロック音楽)を聴いていますが、ここで、近世のフランスを支配した「ブルボン王朝」の代々の王様のプロフィールを整理しておきます。
いずれもクラシック音楽の発展と密接に結びついています。
〝ルイ〟という名前の王様が続いたので「ルイ王朝」とも呼ばれますが、初代王は〝アンリ〟です。
それぞれの王様にまつわる音楽を1曲ずつつけますので、ぜひその時代の雰囲気を。
初代 アンリ4世
1553-1610(在位1589-1610)※日本ではだいたい徳川家康の時代
【王妃】マリー・ド・メディシス(イタリア・メディチ家出身)
【愛称】「大アンリ」「良王アンリ」
【事績】
ナバラ国王からフランス王に即位、ブルボン朝を開く。
賢明にして有能、旧教カトリック VS 新教徒ユグノーの、40年続いていた血で血を洗う宗教争乱を収め、平和と安定をもたらした英傑として、今のフランスでも尊敬されている。
狂信的なカトリック教徒ラヴァイヤックによって馬車に乗るところを襲われ、刺殺される。
まつわる音楽~アンリ4世万歳
死後も国民から慕われ続けたアンリ4世。『アンリ4世万歳』という、王を讃える歌が作られ、国民に愛唱されました。フランス革命が起きて、『ラ・マルセイエーズ』に取って代わられるまで、国歌の扱いでした。
1番の歌詞は次の通り。
ばんざい、アンリ4世
ばんざい、勇敢な王
こいつときたら、貧相な体のくせに
3つの才能もっている
大酒飲みでばくち打ち
おまけに女たらしときたもんだ
飲む、打つ、買う、という言葉はここから来たのでしょうか?これが国歌とは恐れ入るばかり。それだけ親しまれた王だということですが。
実際、愛人の数は50人を超えるという説もあり、その血は子孫に受け継がれていきます。
第2代 ルイ13世
1601-1643(在位1610-1643)※徳川秀忠、家光の時代
【王妃】アンヌ・ドートリッシュ(スペイン・ハプスブルク家出身)
【摂政】母后マリー・ド・メディシス(摂政期間 1610-1617)
【宰相】リシュリュー枢機卿(在任期間 1624-1643)
【事績】
父王の暗殺によって8歳で即位、成人するまで母后マリー・ド・メディシスが摂政として政務を取る。親政後は母后とは不仲になり、時には幽閉したことも。
マリー・ド・メディシスの激動の生涯はルーベンスの連作によって描かれ、ルーブル美術館の目玉展示品のひとつとなっている。
王妃とも不仲で、王妃の浮気のストレスから若ハゲになり、カツラを愛用。ヨーロッパにかつらが広まることとなる。
ただし歴代王と違い、女性への関心は薄く、同性愛説も。
権謀術数に富んだ宰相リシュリュー枢機卿により、絶対王政化が進み、フランスはヨーロッパの覇権を争う強国になる。
コニャック地方に移り住んだレミーマルタン一家のブランデー作りを助けたことから、後世敬意を込めて、最高級ブランデーにその名を冠せられた。
まつわる音楽~王家の音楽隊
アンリ4世はあまり音楽に興味はなく、宮廷の音楽隊も削減されましたが、ルイ13世は音楽を非常に好み、大規模な「王家の音楽隊」を編成しました。
音楽に対しての素養も深かったことを示す当時の証言です。
国王は音楽を大変好んでおり、鋭い感性と優れた技巧をもつ音楽家を数多く集めて自身の音楽隊を作っていた。それは、声の美しさ、楽器の数の多さ、合奏の甘美さという点で、それまでのどの音楽隊よりも、ヨーロッパのどの君主の音楽隊よりも、はるかに優れたものであると言われた。陛下は、ご自分の声を音楽隊の人々と一緒に合わせることを楽しまれ、時には本来の正しい音へ戻させることさえあった。
こちらは、そんなルイ13世の音楽隊を忠実に再現した演奏ですが、曲はルイ13世の生誕を祝う音楽です。
このアルバムには、他にルイ13世の即位、結婚、宮廷コンサートの音楽が収められています。
演奏:ホルディ・サヴァル指揮 コンセール・デ・ナシオナル
1638-1715(在位1643-1715)※徳川家綱、綱吉、家宣の時代
【王妃】マリー・テレーズ・ドートリッシュ(スペイン・ハプスブルク家出身)
【宰相】マザラン枢機卿(在任期間 1643-1661)
【愛妾】ルイーズ・ド・ラ・ヴァリエール
モンテスパン侯爵夫人
マントノン侯爵夫人
【愛称】「太陽王」「官僚王」
【事績】
4歳で即位、成人までは宰相マザランが執政、リシュリューの路線を引き継ぐ。
親政後は宰相を置かず、自ら政治を行い、絶対王政の強化と領土拡大を目指し、諸国への侵略戦争を繰り返す。
ヴェルサイユ宮殿を建造して宮廷を移し、大貴族たちを廷臣化してバロック宮廷文化を花開かせる。
〝朕は国家なり〟で有名。
まつわる音楽~深き淵より
豪奢な生活を送ったルイ14世も、晩年は信心深いマントノン夫人の影響を受け、敬虔な気持ちに傾いてきました。
以前もご紹介したミシェル=リシャール・ド・ラランドは、宮廷音楽で絶大な権力を振るったリュリの妨害にも遭わず、ヴェルサイユの王室礼拝堂でしっとりとした、味わい深い宗教音楽を生み出していました。
これはその中でも傑作といわれるモテットで、『我は深き淵より神に向かって呼びかける』という心に沁みる曲です。
ド・ラランド:モテット『深き淵より』
第4代 ルイ15世
1710-1774(在位1715-1774)※徳川吉宗から家治の時代
【王妃】マリー・レクザンスカ(ポーランド王女)
【摂政】オルレアン公フィリップ2世(1715-1723)
【宰相】ブルボン公ルイ・アンリ(1723-1726)
フルーリー枢機卿(1726-1743)
【愛妾】ポンパドゥール侯爵夫人
デュ・バリー伯爵夫人
【愛称】「最愛王」
【事績】
ルイ14世のひ孫。ルイ14世の長生きと、その息子、孫の死から、5歳で即位。
ルイ14世の甥にあたるオルレアン公フィリップ2世が摂政となって政務を取る。
親政後は、ルイ14世にならって数々の戦争に参戦するが、得るものがないどころか、多くの植民地を失う。
また、贅沢と放漫財政により、国家を破綻に追い込む。在位中、実に5回の〝不渡り〟を出す。(デフォルト)
王妃を愛したが、毎年妊娠させられて、10人も子を産んだところで王妃は体力的にギブアップ宣言。
それもあってか私生活は放蕩で、数々の愛妾を囲い、中でもポンパドゥール夫人とデュ・バリー夫人には政治も任せた。
『我が亡き後には大洪水が来るだろう』との言葉が有名。(ポンパドゥール夫人が戦争に負けたルイ15世を慰めるため〝後は野となれ、山となれ、ですわ〟という意味で言ったのを、ルイ15世が気に入って使っていた)
治世の間は優美なロココ文化が爛熟を迎えた。
まつわる音楽~ジャン=マリー・ルクレール殺人事件
この時代に活躍した音楽家は、なんといってもジャン=フィリップ・ラモーですが、これは後に取り上げますので、ここではヴァイオリンの巨匠、ジャン=マリー・ルクレール(1697-1764)の音楽を掲げておきます。
ルクレールは、1733年にルイ15世より王室付きの音楽教師に任命されます。
その後もベルギーに移って活躍し、フランス=ベルギー・ヴァイオリン楽派の開祖とされますが、パリに戻ってから結婚生活が破綻し、貧民街に人目を避けて隠れ住みます。
しかし、そのあばら家で1764年に惨殺死体で発見されます。
犯人は、元妻か?遺体発見者の庭師か?迷宮入りなっているため、推理小説になっているほどです。
ルクレール:ヴァリオリン・コンチェルト イ短調 作品7 第5番 第1楽章 ヴィヴァーチェ
第5代 ルイ16世
1754-1793(在位1774-1792)※徳川家治から家斉の時代
【王妃】マリー・アントワネット(オーストリア・ハプスブルク家出身)
【事績】
ルイ15世の孫。父が早くに死に、王太子となった時期に長年の敵国だったオーストリア・ハプスブルク家の王女、マリー・アントワネットと結婚。
19歳で即位。誠実な人柄ではあったが、優柔不断で政治には向いておらず、錠前作りが趣味。
前王の負の遺産で破産状態だったフランスを立て直す力は持っておらず、王妃の贅沢も国民の不満を買い、フランス革命を誘発。
王権を停止された後、裁判にて死刑を宣告され、断頭台の露と消える。
ナポレオンの失脚後、王政復古によりルイ16世の弟ルイ18世、次いでシャルル10世が位に即くが、1830年、七月革命でブルボン朝は終わる。
クロード=ベニーニュ・バルバドル(1724-1799)は、パリ・ノートルダム大聖堂のオルガニスト、プロヴァンス伯(のちのルイ18世)のオルガニスト、そして王妃マリー・アントワネットの音楽教師を歴任した人物です。
革命が起きるとその地位を失い、『ラ・マルセイエーズ』の編曲を行うなど、革命に迎合して生き残ろうとしますが、貧困のうちに世を去りました。
この『ラ・シュザンヌ』という曲は、音楽によるポートレート(肖像)です。シュザンヌという女性が誰かは分かりませんが、こんなに情熱にあふれ、劇的に描かれているのは、いったいどんな人だったのでしょう?
バルバドル:ラ・シュザンヌ イ短調
チェンバロ:トレヴァー・ピノック
レジャンス様式とは
このブログの〝ベルばら音楽〟は、主にルイ14世から15世の時代が対象です。
美術思潮としては、ザクっというと14世時代がバロック様式、15世時代がロココ様式ということになります。
実は、その間につなぎとなるスタイルがあって、それはレジャンス様式、といわれます。
これは〝摂政(レジャン régent )時代の様式〟ということで、ルイ14世が世を去り、若年だったルイ15世に代わってオルレアン公フィリップ2世が摂政として統治した時代、1715~1723年あたりの室内装飾や工芸品のスタイルを指します。
長く君臨していたルイ14世から解放され、摂政オルレアン公は軟派で軽い人物だったこともあって、フランスがゆるゆるになった時代だったのです。
それが美術にも影響し、重々しくて大仰なバロック様式から、角がとれ、丸みを帯びた優美なスタイルになってきて、これがロココ美術に発展していくのです。
音楽のスタイルは必ずしも美術とは一致しませんが、クープランの後期の音楽には〝レジャンス様式〟をうかがわせる雰囲気があります。
これまで聴いてきたクープランのクラヴサン曲に、まさしく『摂政』と題された曲がありますので、聴いてみましょう。
クープラン『摂政、あるいはミネルヴァ Le régente, ou La Minerve 』
F. Couperin : Troisième livre de pièces de clavecin, 15e ordre, Le régente, ou La Minerve
クラヴサン:オリヴィエ・ボーモン
摂政の統治下ですから、オマージュとして捧げられたはずで、ひときわ品格高い音楽になっています。
副題のミネルヴァは、 詩や知恵、学問などを司るローマ神話の女神ですから、文化・学術を保護したオルレアン公を讃えていると思われます。
実際に摂政は、ソルボンヌ大学の講義を無料にしたり、王室図書館を一般でも利用できるようにしたりと、教育振興に力を入れました。
また、居城のパレ・ロワイヤルに収集した絵画は、王室や国家ではなく、個人のコレクションとしては史上最大で、『オルレアン・コレクション』として名高いものです。(現在は散逸)
しかし、国家財政も放漫経営で、王冠につけるため世界最大級、141カラットのダイヤモンドを英国から13万5千ポンドの大金で購入。
このダイヤは〝ル・レジャン〟 と名付けられ、今もルーブル美術館に所蔵されています。
他にも政策で数々の大失敗をし、大きな負の遺産を親政を始めたルイ15世に引き継ぎました。
引き継いだ相手もさらに輪をかけた大浪費家でしたから、そのツケは子孫のルイ16世が血をもって払わさせることになります。
摂政あれこれ
英国にも〝摂政時代〟といわれる時期があります。
それはフランス摂政時代のおよそ100年後、廃人同様になってしまったジョージ3世の摂政を、王太子のジョージ4世が務めた、1811年から1820年までのことです。
摂政は、英語ではリージェント Regent ですが、今も公園や通り、ホテルの名前に残っています。
ジョージ4世もオルレアン公に負けず劣らずやんちゃで、それについては以前書きました。
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〝つっぱることが男のたったひとつの勲章だって〟という懐かしい時代のドラマをやっていましたが、不良の象徴〝リーゼント〟も〝摂政〟という意味です。笑
もっとも、後頭部に向けてポマードで撫でつけた髪の流れが、ロンドンのリージェント・ストリートに似ているためにそう名付けられたようで、前頭部を盛り上げる髪型は〝ポンパドゥール〟というそうです。
プレスリーなどはリーゼントとポンパドゥールを組み合わせていたので、前髪を盛り上げるのがリーゼントと思われるようになってしまったようです。
もっとも、〝ポンパドゥール〟もルイ15世の愛妾からつけられていますので、いずれも歴史と由緒ある名なわけです。
〝不良〟の皆さんはご存知なかったと思いますが。
日本で摂政というと、聖徳太子や、藤原氏が独占した摂政・関白が思い出されますが、近代でも、昭和天皇が皇太子時代に、大正天皇の病状悪化により摂政に就いた例があります。
亡き祖母が〝摂政宮(せっしょうのみや)〟の話をしていた記憶がありますが、懐かしむ人々ももう少ないでしょう。
しかし、戦後も摂政の制度はなぜか残りました。
天皇陛下が2016年に『象徴としてのお務めについてのおことば』を伝えられましたが、その中でも摂政を置くことは否定されていました。
確かに、天皇は政治に関与しなくなったのに、〝帝に代わって大政を摂行する〟という意味の摂政という名称はマッチしません。
もちろん言葉だけの問題ではないでしょうし、『象徴天皇制に古くて時代にそぐわない部分がまだ残っているので、改めることを考えてほしい』ということであれば、平成の終わりを迎えるにあたって、歴史をふまえつつ、新しい時代についてもっとみんなで議論した方がいいのでは、と感じた次第です。
さて、もうすぐクリスマスです。
まつわる曲を取り上げた記事をピックアップさせていただきますので、よろしければご覧ください。
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今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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