ケルビーノはまんまと密室から脱出し、スザンナが身代わりになって衣装部屋に入り、中からカギをかけたところに、伯爵と夫人が戻ってきます。
伯爵の手には金づちと釘抜き。
(レチタティーヴォ)
伯爵
全て元通りのようだな
さあ、自分で開ける気はないのか?
伯爵夫人
ああ!
どうかお待ちになって
私の言うことを聞いてください
私がそんなふしだらな女だとお思いなのですか?
伯爵
そんなことは関係ない
ただ、あの中に誰がいるか知りたいだけだ
伯爵夫人(震えて)
・・・すぐにご覧になれるでしょう
でも落ち着いて私の言うことを聞いてください
伯爵
スザンナではないな?
伯爵夫人
ええ、スザンナではないのですが、別にお疑いをもたれるような人ではございません・・・
実は今晩・・・婚礼の余興にと、いたずらを用意しておりまして…
私は誓います・・・潔白です・・・
伯爵(ますます怒って)
じゃあ、誰なんだ!
殺してやる!!
伯爵夫人(いっそう震えて)
お聞きください・・・
ああ、もうだめ
伯爵
早く言え!
伯爵夫人
男の子です
伯爵
男の子?
伯爵夫人
はい、ケルビーノです
伯爵
(傍白)あいつといったい何度出くわすことになるのだ・・・
(大声で)何だと!!
まだ出発していなかったのか!
けしからん、命令に従わないとは!
これで悪だくみは明白だ
この手紙に書いてあるのは、この陰謀のことだったのだ!
責め立てられて、中にいるのはケルビーノだとついに白状してしまった伯爵夫人。
ふたりの仲を疑っていた伯爵は、不倫の現場を押さえたとばかり、いきり立ちます。
ここから始まる、第2幕のフィナーレは、ただの夫婦喧嘩の二重唱から、次々に人が増え、最終的には七重唱になります。
所要約20分の間、物語の展開に全て音楽をつけるのは、モーツァルトのまさに離れ業といっていいでしょう。
考えても見てください。
怒った人、うろたえる人、喜ぶ人、悲しむ人。
登場人物たちが同じ場面で言う、異なった感情のこもったセリフの、ひとつひとつに別の音楽をつけるのです。
しかし、曲としては1曲。つながっていなければなりません。
独唱は、その人の感情を歌えばいいのですが、物語が進行する重唱はそうはいかないのです。
その奇蹟的にまとめるのですから、モーツァルトの天才ぶりには言葉もありません。
当時には、このモーツァルトの楽譜は精密すぎると、演奏者と聴衆の両方から苦言が出たくらいです。
長いフィナーレですが、ぜひ堪能していただきたいと思います。
第15曲 第2幕のフィナーレ①
伯爵
出てこい、小僧!
ぐずぐずするな!
伯爵夫人
あなた、そんなに怒ったらあの子がかわいそうですわ!
伯爵
まだ止める気か?
伯爵夫人
いいえ、でも・・・
伯爵
なんだ!?
伯爵夫人
きっとお疑いになると思います
あの子の姿をご覧になったら・・・
襟をゆるめて、胸をはだけていますの・・・
伯爵
襟をゆるめて?
胸をはだけて・・・?
伯爵夫人
女の衣装を着せようとしていましたの・・・
伯爵
いや分かったぞ!
恥ずべき女だ!
罰を与えてやる!
伯爵夫人(強く)
お怒りは私への侮辱です!
伯爵
カギを寄こしなさい!
伯爵夫人
あの子は潔白です!
(カギを渡す)
あなた、信じて・・・
伯爵
知るものか!
出ていけ、不実な女め!
いつも私に恥をかかせおって・・・
伯爵夫人
出て行きますが・・・でも・・・
私はそんなふしだらな女では・・・
伯爵
顔に書いてある!
小僧め、殺してやる!
私を苦しませる奴を、この世から消してやる!
伯爵夫人
ああ、嫉妬するにも程がある
我を忘れてしまって・・・
伯爵が部屋に飛び込み、夫人は目を覆います。すると・・・
伯爵(驚いて)
スザンナ!
伯爵夫人(驚いて)
スザンナ?
スザンナ
伯爵様、何を驚いて?
小姓をお手打ちになるのでしょう?
どうぞ、その小姓はここにおりますよ
伯爵(傍白)
なんてこった・・・頭が混乱する
伯爵夫人(傍白)
どういうことかしら、スザンナがいるなんて・・・
スザンナ(傍白)
おふたりとも、何が何だか分からなくなっているわね
伯爵
独りか?
スザンナ
どうぞ部屋をご覧ください
隠れているかも
伯爵
そうだ、調べてみよう
隠れているかも
(伯爵、衣装部屋に入る)
伯爵夫人
スザンナ、私死にそう!
息もできないわ
スザンナ(ケルビーノが飛び降りた窓を指さして)
もう大丈夫、安心してください
彼は逃げました
(伯爵、衣装部屋から出てくる)
伯爵
しまった、とんだ勘違いをした!!
(伯爵夫人に)
お前には申し訳ないことをした、許しておくれ
でも、ひどいじゃないか、こんな悪ふざけは
伯爵夫人
あなたの言動は狂気の沙汰です
許されるに値しません!
伯爵
愛しているよ!
伯爵夫人
よくおっしゃるわ
伯爵
誓うよ!
伯爵夫人
嘘ばっかり。
私はあなたをあざむく、不実でふしだらな女ですわ
伯爵
スザンナ、助けてくれ・・・
スザンナ
人をむやみにお疑いになるから、報いをお受けになるのです
伯爵夫人
貞節に対して、私は何という報いを受けるのかしら・・・
スザンナ
奥方様・・・!
伯爵
ロジーナ・・・!
伯爵夫人
ひどい人!
私はもうロジーナではございません
あなたに捨てられ、もてあそばれた、哀れな女に過ぎませんわ
伯爵
本当に後悔している!
もう十分すぎるほど懲らしめられたから、どうかあわれだと思ってくれ!
スザンナ(伯爵夫人に)
本当に後悔なさっているようですし、もう十分すぎるほど懲らしめられたので、どうかあわれと思って差し上げては
伯爵夫人
こんなひどい侮辱には、もう耐えられません
伯爵
でも、小姓がいると言っていなかったか?
伯爵夫人
あなたを試すためですわ
伯爵
ずいぶん震えていなかったか?
伯爵夫人
お芝居でしたの
伯爵
この手紙は?
伯爵夫人、スザンナ
フィガロが書いたものですわ
伯爵
あの悪党め!!
伯爵夫人、スザンナ
他人を許さない人は、自分も許されませんわ
伯爵
分かった、もう仲直りしよう
ロジーナ、もう強情を張らないでおくれ
伯爵夫人
ああスザンナ、私の心は弱いわね
女がこれ以上怒っても無駄ね
スザンナ
奥様、男を相手にしていますと、
いろいろやってみても、最後には丸め込まれてしまうのです
伯爵
私を見てくれ!
伯爵夫人
ひどい人!
伯爵
悪かった、後悔している!
伯爵夫人、伯爵、スザンナ
この機会に、お互いをもっとよく知ることができるようになるでしょう
と、いうわけで、夫婦最大の危機はなんとか収まりました。
ダンナに口説かれながら、夫婦仲の修復にも努めるスザンナはほんとにご苦労さまですね。
しかしそこに、手紙のことがバレたとは知らないフィガロが飛び込んできます。
さてどうなるか、それは次回に。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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