あふれるエスプリ
さらに、ジャン=フィリップ・ラモー(1683-1764)のクラヴサン曲を聴いていきます。
今回は、パリに出てきて翌年、1724年に満を持して出版したクラヴサン曲集第2巻から、名曲を抜粋します。
この曲集には、これまで書き溜めた曲が収められ、ホ短調の第2組曲と、ニ長調/ニ短調の第3組曲から成っています。
1731年の再版から、タイトルを『クラヴサン曲集と装飾音法』と改めています。
いよいよ、謎めいた標題を含んだ、フランスのエスプリあふれる音楽になっていきます。
第2組曲は抜粋、第3組曲は全曲取り上げます。
Jean-Philippe Rameau:Pièce de clavecin avec une table pour les agéments
演奏:トレヴァー・ピノック(クラヴサン)Trevor Pinnock
第5曲 鳥のさえずり
第2組曲は、アルマンドに始まり、クーラント、ジーグと続き、この曲に至ります。
タイトル通り、小鳥がさえずるピーチクパーチク、という音が実に巧みに描写されています。
癒される、というより、やかましい感じです。
前半のさえずりはいわば主題で、後半の展開部に入ってくると、半音階的な劇的な世界に入っていきます。
これこそ、ラモーが和音の可能性を追求しはじめたもので、後年、オペラでこのような、当時の人には耳慣れない音を駆使し、猛烈な批判を浴びることになりました。
最初はとっつきやすい描写音から入り、斬新な新しい世界に引き込んでいくという作戦です。
まだクラヴサンのか細い音ですから、それほど物議は醸しませんでしたが、後にはこれを大劇場でやらかしたのですから、大変です。
第6曲 第1リゴドン・第2リゴドン
リゴドンは、プロヴァンス地方で生まれた、南仏らしいおおらかで快活なダンスです。
短調の厳しい調子の第1リゴドンで、明るく輝かしい第2リゴドンを挟む3部形式です。
第2リゴドンはまったくご機嫌な音楽です。
第7曲 ロンドー形式のミュゼット
ミュゼットは、これまでも出てきた、バグパイプのような牧歌的な響きのする楽器を模した曲です。
低音が、ミュゼットの繋留音を模写し、ゆっくりと抒情的なフレーズを奏で、特徴的な中間を挟むロンド―形式になっています。
第8曲 タンブラン
ラモーのクラヴサン曲の中でも有名なもののひとつで、ピアノで弾かれることも多い曲です。
この曲も南仏プロヴァンス起源で、タンブランという胴の長い太鼓と、小さい縦笛ガルーベで演奏される民族舞踊曲です。
低音が太鼓のリズムを模倣しますが、その激しい感じはまるでスラヴ系の舞曲のようです。
第9曲 村娘
この組曲の後半は鄙びたダンスが多くなっていますが、締めくくりの曲はまさに〝村娘〟と名付けられ、この組曲が田舎をテーマにしているのが分かります。
曲の前半はしっとりとした雰囲気ですが、後半は荒々しくなり、村娘などというのどかな感じではなくなります。
Jean-Philippe Rameau:Pièce de clavecin avec une table pour les agéments
演奏:ジョリー・ヴニクール(クラヴサン)Jory Vinikour
第1曲 やさしい嘆き
この組曲ではついに舞曲名は消え、すべて意味深な標題つきとなります。
やさしい、というのは曲の雰囲気から伝わってきますが、〝ラブ・ミー・テンダー〟ならともかく、嘆きとはいったい…?訴え、という訳もあります。
ロンドー形式です。
第2曲 ソローニュの愚か者
この曲集でいちばんの人気曲です。〝愚か者〟は『Les niais』の訳ですが、直訳ではひな鳥のことです。
そのまま『ソローニュのひな鳥』と訳したアルバムもありますが、〝未熟者〟〝愚か者〟〝痴れ者〟という意味もあり、このような訳の方を多く見かけます。
ソローニュとは、オルレアン近郊の地方で、氾濫原のため狩場として有名でした。
そのため、ひな鳥もなんとなく関係がありそうですが、意味は謎です。
テーマはまるで童謡のように親しみやすく、愛らしいですが、さらに2つの変奏がついている堂々たる傑作です。
ついつい、鼻歌で口ずさんでしまいたくなる、大好きな曲です。
第3曲 ため息
タイトル通り、切なくも優美な曲です。
同じフレーズが繰り返され、貴婦人が窓を眺めながら物思いにふけっているような、アンニュイな曲です。
空から天使が舞い降りてくるような輝かしい曲です。
幸運が身に訪れるような素敵な気分にしてくれます。
第5曲 いたずら好き
舞い降りた天使はいたずら好きだったのでしょうか。
これもロンド―形式ですが、何を表わしているのかは分かりません。
第6曲 ミューズたちの会話
クープランの『コレッリ賛』『リュリ賛』で登場した、パルナッソス山に住む芸術の女神、ミューズたちの対話を描写しています。
ただのおしゃべりではなく、もちろん芸術について語り合っているのでしょう。
第7曲 つむじ風
一陣の風が吹き、渦を巻いている様子が鮮やかに描写されています。
まるで目の前で見ているようにリアルなのは、さすが視覚にも優れたフランス人作曲家ならではです。
ロンドー形式の中間部では風はさらに強さを増しています。
ギリシャ神話に出てくるひとつ目の巨人のことです。
複数いて、古い神なのですが、父に嫌われ、地底に閉じ込められてしまうかわいそうな存在です。
ゼウスによって救われ、御礼にゼウスには雷を、ポセイドンには三又鉾を、ハデスには隠れ兜を贈る、いい神とされています。
しかし、別な神話、オデュッセウスの物語では、人食いの怪物として出てきます。
壮大な神話にふさわしく、とても充実したドラマチックな曲ですが、見た目は怖くても気は優しい巨人と、そのままに怖い怪物と、どちらを描いているのでしょうか。
第9曲 あざけり
短い優美なメヌエットなのですが、穏やかでないタイトルがつけられています。
確かに軽侮しているようなメロディですが、何をあざけっているのか不明です。
第10曲 足の不自由な女
この組曲は、フィナーレにはふさわしくないと思われるような、この哀れな雰囲気の曲で締めくくられます。
ふたつの組曲とも最後は女性をテーマにしているのも、何か意味が込められているのでしょうか。
ラモーもクープラン同様、それは自分で考えてみて、と言っているのです。
フランス人は相変わらず意地悪ですね。笑
次回は、さらに充実の新クラヴサン組曲です。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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