バロックから古典派へ、時代は移る
ラモーおすすめアルバムの2枚目は、ミンコフスキ指揮、レ・ミュジシャン・デュ・ルーブルの『サンフォニー・イマジネール(空想の管弦楽曲)』です。
まもなく平成が終わり、新しい世、令和となりますが、万感の思いが胸に迫ります。
一生に何度も無い、この時代替わりに聴くにふさわしいアルバムとしてご紹介したいと思います。
ラモーがオペラ座のために、たくさんのオペラを作曲、上演していた頃、パリの街では、コンセール・スピリチュエルをはじめとした公開コンサートが誕生し、新しい音楽ジャンル〝シンフォニー〟(フランス語でサンフォニー、日本では交響曲)が演奏されはじめ、音楽界も「バロック」から、新しい時代「古典派」に移りつつありました。
その旗手にひとりだった、フランドル出身のフランソワ=ジョゼフ・ゴセック(1734-1829)は、自作のシンフォニーとともに、同時代のハイドンのシンフォニーを演奏していましたが、次第に、このハンガリーの片田舎の作曲家が作る音楽にパリの聴衆はすっかり魅了されていきます。
ゴセックは後半は自作の作曲はやめてしまって、ハイドンばかり取り上げざるを得ませんでした。
ハイドンを〝交響曲の父〟にしたのはまさしくパリの街だったのです。
しかし、ラモーはこの新しいジャンルに筆を染めることはありませんでした。
ラモーがシンフォニーを作曲していたら?
指揮者マルク・ミンコフスキは、『ラモーは間違いなく、ベルリオーズ以前のフランスで最も偉大なサンフォニスト(管弦楽曲作曲家)であり、当時からそれを疑う人はいなかった』とし、もしラモーが管弦楽曲を書いていたら?という空想のもとに構成、演奏したのがこのアルバムなのです。
前回取り上げたルセの序曲集も、そういった意味ではまさに管弦楽曲集となるのですが、序曲だけでなく、オペラの中にもオーケストラ曲として素晴らしいものが満載です。
それらを、声楽を除いて、純粋なオーケストラ曲として楽しもう、という趣旨なのです。
これまで取り上げた曲も出てきますが、和声の大家ラモーの〝シンフォニー〟として、時には大迫力、時には抒情あふれた音楽を心ゆくまで楽しめるアルバムとなっています。
ミンコフスキ指揮 レ・ミュジシャン・デュ・ルーブル:ラモー『サンフォニー・イマジネール(空想の管弦楽曲)』
Jean-Philippe Rameau:Une symphonie imaginaire
演奏:マルク・ミンコフスキ指揮 レ・ミュジシャン・デュ・ルーブル
Marc Minkowski & Les Musiciens du Louvre
『ザイス』序曲
はじまりはやはり序曲です。選ばれたのは『ザイス』序曲。
前回の序曲集でも取り上げたように、〝混沌からの解放と四大元素が分離する時の衝撃を描いた序曲〟と作曲者によって題されています。
ミンコフスキの演奏では、冒頭のティンパニの打撃がより生々しく轟きます。
そして第2部では、土、空気、火、水の四大元素がそれぞれのテーマをもって世界を席巻していき、その輝かしさに圧倒されます。
『カストールとポリュックス』より「葬儀の場」
一転、しめやかな雰囲気になります。それもそのはず、これは葬儀の場面の音楽です。
双子座になった、カストールとポリュックスの兄弟の物語ですが、この曲は、戦いで亡くなったかストールの棺のそばでスパルタ人たちが歌う葬儀の哀歌です。
1764年のラモー自身の葬儀でも演奏されたということです。
後半の薄日の差すような感動的な音楽は、恋人テライールの嘆きの歌で、心に染み入る旋律です。
ここではオーケストラで味わいますが、次回はオリジナルのソプラノの絶唱をご紹介します。当時から人気のあった曲です。
この場面は、1737年の初演時には第1幕第3場、大幅に改作された1754年の再演では第2幕第1場になっています。
『ヘベの祭典』より「優美なエール」
青春の女神へべ(エベ)が、「詩」「音楽」「舞踏」の3つのアントレを導くオペラ=バレから、第2アントレの「音楽」の一場面です。
フルートの独奏が物悲しく、先の葬儀の場面に続いて切なく響きます。
この原曲は、クラヴサン曲の『ミューズの神々の会話』です。
『ダルダニュス』より「タンブラン」
一転、元気いっぱいの舞曲です。ラモーのタンブランはいくつもあり、いずれも生命の躍動をそのまま音にしたかのような音楽ですが、なかでもこの曲は特に生き生きとした傑作です。
『栄光の神殿』より「女神たちのための優美なエール」
再びしっとりとした、抒情的な曲です。
第1幕にあるこのエールも、原曲はクラヴサン合奏曲集から採られています。
弦のピチカートの上に、フルートが豊かな独奏を繰り広げられ、まさにフランスのエスプリがあふれんばかりです。
『ボレアード』より「コントルダンス」
『アバリス、あるいはレ・ボレアード』は80歳のラモーによって1763年に作曲された、最後のオペラですが、リハーサル中にラモーが死去したため、上演は中止され、そのまま忘れ去られて、はじめて上演されたのは、なんと1982年のことでした。
処女作『イポリートとアリシー』と比べると、革新的な要素は見られませんが、80歳の老人の作とは思えない、充実した大作です。
中央アジアの国バクトリアの女王アルフィーズが、過酷な運命に翻弄された末に、愛する異国の若者アバリスと結ばれる、という物語です。
このコントルダンスは第1幕の最後に置かれていますが、その輝かしくも奇妙な旋律は、主人公の人生の数奇さを暗示しているかのようです。
『オシリスの誕生』より「優美なエール」
『オシリスの誕生、あるいはパミレスの祭り』は、1754年、王太子の3男ベリー公(後のルイ16世)の誕生を祝って作曲された寓意的バレエです。
大神ゼウス(ジュピター)が、若者パミレスと、エジプトの羊飼いたちに、世界を支配する神オシリスの誕生を告げる場面です。
エジプトの神オシリスに、誕生した王子がなぞらえられているわけですが、オシリスは冥界の神であり、その後のルイ16世の運命を思い起こさざるを得ません。
『ボレアード』より「ガヴォット」
女王アフィーズと引き離され、嘆くアバリスのところに女神ポリュムニアが現れ、女王を救い出す準備をする場面です。
この「時とゼフィールのガヴォット」では、弦は時計を模倣しています。
『プラテー』より「嵐」
ラモーには珍しい喜劇『プラテー、またはジュノーの嫉妬』。大神ゼウス(ジュピター)に言い寄られて有頂天になる沼の主プラテーに、カエルたちも「クワ、クワ」と和しますが、突然の嵐に驚いて姿を消します。
ラモーの「嵐 Orage」は他のオペラにも見られますが、いずれも吹きすさぶ風の描写が颯爽として、スカッとします。
見事としか言いようのないこのテクニックは、当時の他の作曲家の及ぶところではありません。
『ボレアード』より「前奏曲」
第5幕の前奏曲で、女王がさらわれ、荒廃した王国に無常の風が吹く、不気味な情景です。
めんどり
めんどりの鳴き声をストレートに描写した有名なクラヴサン曲を、同時代の不詳な作者が6重奏曲に編曲したものを、さらにオーケストラ曲に仕立てた演奏です。
当時から親しまれていた曲だったのです。
オリジナルの曲はこちらで取り上げました。
www.classic-suganne.com
『ヘベの祭典』より「テルプシコラのためのミュゼットとタンブラン」
「舞踏」がテーマの第3アントレで、女神テルプシコラとニンフが踊る場面です。
夢見るような牧歌的なミュゼットと、激しいタンブランが対照的です。
いずれも原曲はクラヴサン曲集第2巻所収の曲で、ロンド形式をとっています。
『イポリートとアリシー』より「リトゥルネル」
1742年の改作により、新たに第3幕冒頭に置かれた前奏曲です。
ファゴットと通奏低音の2声で始まり、ヴィオラ、ヴァイオリンがフーガのように重なっていきます。
英雄テセウスの家に忍び寄る悲劇を暗示するかのような、不気味な音楽です。
『ナイス』より「リゴドン」
以前取り上げた、戦勝記念のオペラのプロローグにある、民族舞踊由来の楽しいダンスです。
『優雅なインドの国々』より「未開人の踊り」
こちらも既に取り上げた、クラヴサン曲からオペラに編曲された有名曲の、オーケストラバージョンです。
『優雅なインドの国々』のこの「未開人の踊り」と最後の「シャコンヌ」は、これから取り上げるラモーおすすめアルバムには必ず入っている人気曲です。
それぞれの演奏の違いも楽しんでいただけたらと思います。
『ボレアード』より「ポリュムニアのアントレ」
第4幕で女神ポリュムニアをはじめとする神々が登場する場面の音楽ですが、まもなく激動の生涯を終えるラモーの〝白鳥の歌〟といっていいと思います。
どこまでも心に染み入ってくる、感動的な音楽で、聴くほどに胸がいっぱいになってきます。
私が選ぶ、ひとつの時代に別れを告げるのにふさわしい曲です。
『優雅なインドの国々』より「シャコンヌ」
最後は、『優雅なインドの国々』のフィナーレを飾る壮大な「シャコンヌ」です。
平成については、人それぞれの思いがあるでしょうが、私としては、浪人して必死の気持ちで大学受験に臨むさなか、昭和天皇が崩御され、平成が始まりました。
大学生活、そして社会人と、自分の人生のメインの部分を占めた平成時代。
この曲を聴きながら、万感の思いで送ろうと思います。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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