
〝地上の楽園〟ペルシャの庭園
オムニバス形式の4つの幕(アントレ)から成る、ラモーのオペラ=バレ『優雅なインドの国々 』。
愛を求めて諸国を旅するキューピッドたち。3か国目はペルシャです。
トルコのさらに東にあるペルシャは、ヨーロッパ人のオリエントへの憧れをさらにかき立ててやまない国でした。
このアントレのテーマは〝花〟
ペルシャの庭園に咲き乱れる花々の美しさは、遠くヨーロッパまで聞こえていました。
2011年に、イランにある9つの古い庭園が「ペルシャ式庭園」として世界遺産に登録されましたが、いずれも乾燥した土地に、遠くの山から大変な労力と高度な技術をつぎ込んで水を引き、別世界のような楽園を現出しているのです。
不毛の砂漠の中の塀で囲まれた空間に、豊かな水が流れる小川と噴水が、鮮やかな緑と花々を育む光景はまさに奇跡です。
その庭の様式は「チャハルバーグ(四分庭園)」と称され、4つの川によって幾何学的に4分割されていました。
それぞれが、ゾロアスター教における4元素、「水」「土」「空」「火」を表わすとされていますが、旧約聖書の「エデンの園」を再現したもの、という説もあります。
チャハルバーグはイスラム圏の拡大とともに世界に広まり、西はスペインのアルハンブラ宮殿、東はインドのタージ・マハルの庭園にも使われています。
ヴェルサイユ宮殿の庭園はル・ノートルが完成したフランス式庭園の傑作ですが、その幾何学的な様式にもその影響をみることができます。

ペルシャ式庭園、チャハルバーグ
観客席の上から香水が!
このアントレはペルシャの花の祝祭がテーマですが、上演に際して、花のバレエの場面では観客席の上から香水がふりまかれ、劇場中が芳香で満たされたといいます。
さすがはオードトワレ、オーデコロンなど、香水の国フランスです。
かつて南仏グラースの香水工場を訪ねたときに、「ネ(鼻)」と呼ばれる調香師の技に感嘆したことを思い出します。
踊りと、音楽と、香りを、目で楽しみ、耳で楽しみ、鼻で楽しむ。
オペラ=バレは、今のテーマパークのアトラクションのような、総合エンターテインメントだったわけです。
ラモー:オペラ=バレ『優雅なインドの国々』第3アントレ「花々、ペルシャの祝祭」
Jean-Philippe Rameau:Les Indes Galantes "Les Fleurs Féte persane"
リトルネル
どこまでも優しく、気品あふれた導入曲で、これも他のアントレと同じようにポリフォニックに作られています。後半のクレッシェンドが感動的です。
幕が開くと、そこはペルシャの貴族、アリーの館の庭園。召使い、奴隷たちが祝祭の準備をしています。
そこに、怪し気な女商人が入ってきますが、それはペルシャの王子タクマスが変装した姿。
アリーは王子と知ってびっくり、わけを尋ねます。
王子は、アリーの美しい奴隷ザイールに恋していて、近づくために変装して忍び込んだというのです。
王子という身分では、心から自分を愛してくれるか分からないから、あえて変装して本心を知りたい、ということでした。
アリーはアリーで、王子の愛人ファーティムに密かに恋していたので、これは自分にもチャンスがあるかも、と希望を持ちます。
ザイールが一人で嘆いているので、タクマスはそっと近づいて様子を窺います。
ザイール:愛よ、愛よ、運命の厳しさを感じるとき
ザイール
愛よ、愛よ、運命の厳しさを感じるとき
愛の厳しさだけが私に涙を流させる
私の弱さは私を苦しませるけれど
ああ!私の弱さは私の支えでもあるの
ザイールは誰かに恋しているのです。
フルートがザイールの心のうちを代弁しますが、ラモーを始めフランスの作曲家は、このように抒情的な場面でフルートを実に効果的に使います。
ドイツ人作曲家がフランス風の曲や、フランス人の好みの曲を作ろうとすると、フルートを多用する傾向があるように思います。
フランス宮廷文化に傾倒したプロイセンのフリードリヒ大王もフルートを好んで演奏しましたし、〝フランス人はフルートが好き〟というのが当時の常識だったのかもしれません。
さて王子は絶望しますが、恋敵は誰なのか探ろうと、ザイールに『悩みがあるなら力になるから話してごらん』と話しかけます。
ザイールは『奴隷に恋する資格なんてありませんわ』と逃げますが、王子は『奴隷のつらさを恋が和らげてくれますよ』と追いかけます。
そして、『心の慰めに、この素晴らしい絵を見てごらん』と自分の肖像画を見せます。
すると見るなりザイールは拒絶し、『そんなものを私に見せないで!』と怒ったので、王子は自分は嫌われている、と落ち込みます。
そこに、ポーランドの奴隷に変装したファーティムがやってきます。
彼女の心はもう王子にはなく、アリーを恋していて、近づこうとその館に変装して入り込んできたのです。
王子はそれを見破り、何をしてるんだ!と怒り、王子の姿を現し、剣を抜いて成敗しようとします。
アリーはそれを止め、王子もザイールに免じてそれを赦し、ザイールは王子に『奴隷の身で、王子のあなた様に恋してもかなわず、辛くて肖像画も見たくありませんでした』と告白します。
王子は歓喜し、アリーとファーティムの結婚も許します。
そして、二組のカップルは、愛を讃える美しい四重唱を歌います。
四重唱:優しい愛よ、われらのために
タクマス、ザイール、ファーティム、アリー
優しい愛よ
われらのために
あなたの絆が永遠に続きますように!
めでたし、めでたし、となって、花々の祭典が始まります。
舞台全体が庭園となり、花で満たされ、バルコニーや木の茂みの間から、奴隷たちが踊り、歌います。
奴隷たちは、アジアの様々な国の衣装を身につけ、花々をあしらっています。
ファーティムは、花々の周りをめぐる蝶たちに寄せた美しいエールを歌います。
ファーティム:移り気な蝶々よ
ファーティム
移り気な蝶々よ
この森を飛びなさい!
ここにとどまって
お前の浮気な愛の炎の流れを止めるのよ!
こんなに美しい花たちが
生まれたばかりの木陰で
お前の愛を引き留めるようなことは
一度もしてないわ
ペルシャの庭園で繰り広げられる、花々の物語
そして、花たちのバレエ、ディヴェルティスマンが始まります。
花の女王バラを中心に、擬人化された花たちが踊ります。
ラモーの音楽もまさに百花繚乱、オーケストラ、クラヴサン(チェンバロ)を織り交ぜてお聴きください!
花々のエール
そこに、突如北風(ボレアス)が嵐を巻き起こし、花々を散らしてしまいます。
嵐
ラモーお得意の大迫力の嵐の描写です。花ニ嵐ノタトエモアルゾ…
バラは北風の横暴に強く抗議しますが、北風はかまわず踊り続けます。北風とバラの女王のせめぎ合いが続きます。
ボレアスとバラのふたつめのエール
そこに、優しい西風(ゼフィロス)がやってきて、再び明るさをもたらします。
ゼフィロスのためのエール
優しいフルートの音が表す春のそよ風、ゼフィロス(西風)は、花々をよみがえらせ、以前にもまして咲きほこらせていきます。
ゼフィロスのためのふたつめのエール
花たちのガヴォット
蘇った花々が、今よ春ぞと踊ります。
花たちのふたつめのガヴォット
花々の中を蝶々が舞い、短い春を惜しみながら、恋人たちを祝福しつつ、幕となります。
まさに、フランスの典雅の極致というべき幕です。
次回は、最後の国、当時としては未開の地、北米です。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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