ラモーの架空にして究極のオペラ
ラモーおすすめアルバム、最後の4枚目は、フランスの注目のソプラノ歌手、サビーヌ・ドゥヴィエルが2013年に出したデビューアルバムです。
これまでのアルバムはラモーのオペラから、管弦楽曲を中心に抜き出して構成されていましたが、こちらはソプラノ曲が中心です。
サビーヌ・ドゥヴィエルの、ドラマチックでありながら、抒情溢れるリリックな歌声が心に沁みます。
彼女の素晴らしい歌は、以前もモーツァルトのアルバムでご紹介しました。
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また、伴奏を担当しているアレクシス・コセンコ指揮、レザンバサドゥールの演奏も素晴らしく、そのフレッシュな響きはミンコフスキやクルレンツィスに勝るとも劣りません。
管弦楽曲も多く挿入され、ラモーの数々のオペラの名場面を集め、調性もうまくつながるように配慮され、音楽的にひとつの〝究極のオペラ〟に仕立てたアルバムなのです。
ライナーノーツによれば、〝ひとりの女性が、さまざまな「愛の体験」を経て、精神的に成長する姿を、ラモーの名場面を通じて描き出した〟ということです。
ラモーの楽しみ方として、これ以上の贅沢があるでしょうか。
このアルバムに寄せた、サビーヌ・ドゥヴィエルのコメントをライナーノーツより引用します。
私がジャン・フィリップ・ラモーの作品を歌うようになって、かれこれもう5年になります。音楽院での小さなコンサートで私が歌った《イポリートとアリシ》の有名なアリエット<恋するナイチンゲールよ>を聴いて、アレクシス・コセンコが私の肩を叩き、彼が専門としているラモーの作品を集めたプロジェクトに参加しないかと誘ってくれたのです。
優れたフルート奏者でありながら、若き指揮者であり音楽学者でもあるアレクシスは、これまでの熱心な研究を通して、驚くほど多岐にわたるラモーの作品の数々を世に紹介してきました。今回のプロジェクトは、まるでそれ自体がひとつのオペラ作品であるかのような、とてもドラマチックな構成となっています。そのため私は、高度な技術を必要とするものから、泣き濡れ恋する乙女の感情を表現したものまで、ありとあらゆる作品を歌わせてもらいました。
すべての情熱と音楽性を注いで、最後までこの録音に協力してくれたアレクシスとレザンバサドゥールには、感謝の言葉もありません。
サビーヌ・ドゥヴィエル
(訳:山下賢司)*1
サビーヌ・ドゥヴィエル:ラモー『壮大なる愛の劇場』
Jean-Philippe Rameau:Le Grand Theatre De L'amour
演奏:サビーヌ・ドゥヴィエル(ソプラノ)、サミュエル・ボーダン(テノール)、エムリ・ルフェーブル(バリトン)
アレクシス・コセンコ指揮 レザンバサドゥール
Sabine Devieilhe, Samuel Boden, Aimery Lefevre
Alexis Kossenko & Les Ambassadeurs
『優雅なインドの国々』より「平和な森よ」
太鼓の轟きから始まる最初の曲は、もはやおなじみの「未開人」のアントレから「平和のパイプの踊り」です。ほとんど全てのアルバムで取り上げらている人気曲というわけです。ドゥヴィエルの歌うジーマは、優しさに溢れています。
緑の葉よ、芽吹け<ブリュネット:恋歌>
次の曲は、アカペラの優しくも素朴な歌なのですが、実はこの曲はラモーのものではなく、先輩格のマルカントワーヌ・シャルパンティエの作なのです。ドゥヴィエルの歌に、フルート奏者でもある指揮者のコセンコが、フルートを合わせます。うっとりと聴くうちに、突然雷鳴が轟いて中断し、『ピグマリオン』の序曲が始まります。
ラモーがフランスのバロックに革命を起こしたことを暗示しているのでしょうか。
ラモーの序曲の中でもフランスらしい典雅な気品と、激しい情熱にあふれた、出色の曲です。これまでもいくつかの演奏をご紹介し、どれも佳いのですが、特に私が気に入っているのがこの演奏です。端正で、伝統を踏まえながらも現代的に響かせます。
『パラダン(遍歴騎士)』より「彼はお日様のように美しいの?」
ラモー生前に上演された最後のオペラで、金持ちの老人が自分が後見する娘に情欲を燃やすが、娘は若き騎士との愛を全うする、という筋で、ボーマルシェ、ロッシーニの『セビリアの理髪師』と似たストーリーです。この軽く明るい歌は第1幕で、侍女のネリーヌが歌うものです。
ネリーヌ
彼はお日様のように美しいの?
愛の調べを歌うことができるの?
黄金をたくさん持っているの?
『結婚の女神と愛の神の祭典』よりコントルダンス
第1アントレ『オシリス』を締めくくる、短いダンスです。〝田園舞曲〟と訳されるように、男女それぞれのグループが対面して踊る、楽しい村の踊りです。
『優雅なインドの国々』より「来て、結婚の神よ」
第2アントレ『ペルーのインカ人』にて、王女ファニが、征服者のスペイン士官カルロスへの愛をひたむきに歌う歌です。ドゥヴィエルのトリルが聴きどころです。
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『ナイス』より「私を襲うこの不安は」
オーストリア継承戦争の和約を祝うオペラの第2幕で、若い羊飼いの娘が、盲目の予言者テイレシアスに恋の相談をする歌です。ミュゼットの牧歌的な響きと、ひなびた踊りのメロディが交錯する中、うぶな娘心が歌われます。ギリシャ神話のテイレシアスは、もともと男でしたが、蛇の呪いで女になり、そしてまた男に戻る、という経験をしており、男女両方の気持ちが分かる予言者となったのです。
羊飼いの娘
私を襲う、この不安はいったい何?
痛み?それとも喜び?
顔が赤くなってしまうの
私を追い回す、あの羊飼いを見ると…
私に視線を投げかけても
ため息をつくことになるのに
彼を突き動かす、あの情熱はいったい何なの?
痛み?それとも喜び?
彼が怖いのに、逃げられない
彼は私を不安にさせるけど、興味もそそる
思い悩み、うめき、苦しんでいるのに
その悲しみが愛しくもあるの
この弱さはいったい何なの?
でもどうか、このままにしておいて
『ボレアード』より「穏やかな水平線と」
ラモー最後のオペラで、1964年まで上演されることがなかった『ボレアード』第1幕の最後に、バクトリアの女王アルフィーズが歌う大曲です。高度な声楽技巧を要し、ホルンの激しいパッセージが嵐を表し、女王の高貴な悩みをドラマチックに表現します。まさに、ドゥヴィエルの力量が遺憾なく発揮された歌です。
アルフィーズ
穏やかな水平線と
甘く柔らかな風が
私たちを波間に誘い出す
突然風はうなり始め
嵐を呼ぶ
そして海は荒れる
この偉大な財産によって
愛と結婚の神は私を惑わす
彼らが準備している絆が恐ろしい
花々で作った飾りが
私には鉄の鎖にしか見えない
『ボレアード』よりコントルダンス
前回のクルレンツィスのアルバムにも含まれていた曲で、こちらの演奏ではパーカッションも加わり、より華やかです。
『パラダン(遍歴騎士)』より「森の中を飛び回るため」
『パラダン』からの2曲目ですが、こちらは第2幕で侍女ネリーヌと若き騎士アティスが歌うデュエットです。これはこれまでの録音からはカットされていたため、世界初収録となります。フルートが鳥のさえずりを模しますので、指揮者コセンコとドゥヴィエルのデュエットでもあります。
ネリーヌとアティス
森の中を飛び回るため
鳥は籠から逃げ出す
籠の中では静かでも
自由になれば甘いさえずりを聞かせてくれる
草原の中を流れると
水の流れは勢いを増す
せきとめられて沈黙していても
解き放たれれば甘いせせらぎを聞かせてくれる
『イポリートとアリシー』より「リトルネル」
ラモーのオペラ処女作『イポリートとアリシー』ですが、この曲は1742年の改訂版で加えられ、第3幕の前奏曲として置かれました。木管の低音がフーガ的に奏されるのが印象的で、邪恋に苦しむ王妃を嘲笑うかのようです。
『アナクレオン』より「愛しい愛の神よ」
ラモーにはこの題のオペラがふたつあるのですが、これはほとんど演奏されない方で、1754年にフォンテーヌブローで初演されたものです。筋は、詩人アナクレオンが、クロエとバディルというカップルを結ばせてやろうとしますが、いたずら心で、自分がクロエと結婚するかのように見せかけ、ドタバタになるとうものです。この歌は、困惑するクロエが幸せを願って歌うもので、世界初録音です。
クロエ
優しい愛の神よ
どうか飛んできて私を助けてください
あなたの情熱が作り出す
恋人たちの花鎖は
これまでと同じく
必ず勝利すべきなのです
アナクレオンの詩が私にそう教えてくれました
それを読んで
どんなに喜びの日々を楽しみにしていたことか!
愛情深き父であり
寛大なる師でもある彼が
幸福の途を妨げるというのでしょうか?
『ゾロアストル』より「バレ・フィギュレ」
ゾロアスター教の教祖を主人公としたオペラで、この曲は〝荘重なエール〟と題され、フランス風序曲の様式で、憎しみの神と絶望の神が、復讐の神と結託する様が描かれています。
『優雅なインドの国々』より「止まりなさい!」
第2アントレ『ペルーのインカ人』のフィナーレで、王女ファニに横恋慕する神官ユアスカールが火山を噴火させて、ファニをスペイン士官カルロスから奪おうとする場面です。ここでは、緊迫感あふれる場面の中で、ドラマチックな演技を見せるドゥヴィエルの姿をみることができます。最後には、カルロスに負けて捨て鉢になったユアスカールを噴石が押しつぶします。
『ザイス』より「流れよ、私の涙」
四大元素の霊ザイスは、羊飼いの娘ゼリディと恋仲になりますが、すべてを犠牲にして彼女と一緒になりたいと願って、その霊力を失います。これは、事情を知らないゼリディが、ザイスの心変わりを疑って悲しむ場面で歌われる、悲しみと絶望に満ちた歌です。
ゼリディ
流れよ、私の涙
私の愛する恩知らずは
誓いの言葉を反故にし
私の愛を裏切りました
残酷な愛の神よ
あなたの結んでくれた絆も
最初は素晴らしい喜びでした
でもすぐにあなたは
その喜びを苦悩に変え
私たちの祈りを利用したのです
『ダルダニュス』より「眠り」
フランスオペラ、特にラモーのオペラでは、「嵐」と「眠り」の音楽が特徴的です。これは、囚われの身となったゼウスの息子ダルダニュスが、アフロディーテの計らいによって自然と眠りに落ちる名場面の間奏曲です。
『優雅なインドの国々』より「闇が空を覆う」
「眠り」の後は「嵐」がきます。第1アントレ『寛大なトルコ人』にて、オスマントルコのパシャに捕らわれたエミリーが自分の運命を嘆くうち、沖合で嵐に遭い、難破寸前の船が目の前に現れ、断末魔の船乗りたちの声が届く様が描かれます。風音器と雷鳴器が劇を盛り上げます。エミリーは自分の辛い運命を、彼らの悲惨な遭難と重ね合わせて嘆くのです。
『ゾロアストル』より「優しいエール」
芝生の上に倒れ込んだヒロインを、人々が取り巻き、踊って励ます場面の優しい音楽です。
『カストールとポリュックス』より「悲しい支度」
これまでの、ミンコフスキ、クルレンツィスのおすすめアルバム両方にも含まれていた名曲ですが、特にこのドゥヴィエルの歌唱は絶品です。愛する人の葬儀での哀歌が胸を打ち、このアルバムのクライマックスを形作っています。
『へべの祭典』より「タンブラン」
古代ギリシャの女流詩人サッフォーの若き日を描いた第1アントレ『詩』の中のタンブランです。数あるラモーのタンブランの中でも魅力的なもののひとつです。
『プラテー』より「素晴らしいコンサートを」
ラモーの珍しい喜劇から、これもクルレンツィスのアルバムでも紹介した人気曲です。「狂気」「陽気」を表わすキャラクター、フォリーがおおげさな身振りでおかしく歌います。前々曲の「悲しい支度」とは対極の面白おかしい曲で、ラモーの、そしてドゥヴィエルの全く異なった面が楽しめることになります。
ミンコフスキもこの曲を得意としていて、オペラでも、コンサートでもユーモアたっぷりに演奏しています。
こちらはコンサート版です。
Rameau, Platée, La Folie !
オペラ版です。
Rameau Platée La Folie
『イポリートとアリシー』の名演を指揮した女流指揮者エマニュエル・アイムも、こんなおふざけの演奏をやっています!
Scène de la Folie
『優雅なインドの国々』より「シャコンヌ」
いよいよフィナーレが近くなってきました。やはりここは、『優雅なインドの国々』第4アントレ『未開人たち』のシャコンヌの出番のようです。
『優雅なインドの国々』より「君臨せよ、喜びと遊びの神よ」
ジーマ
君臨せよ
喜びと遊びの神よ
勝利せよ
この森で
私が知っているのは、あなたの掟だけ
優しさを傷つけるものなど
私たちの情熱にはない
創造主である自然が
私たちの心を永遠に導いてくれる
この歌はシャコンヌの前に歌われるものですが、ここでは順番を逆にしています。しかし、この効果も絶大で、ドゥヴィエルの声は圧倒させるほどに輝かしく、トランペットとともに愛と大自然の勝利を告げ知らせるのです。さながら『ルール・ブリタニア』のフランス版です。
まだあまりポピュラーではありませんが、ラモーのオペラの世界には、ヘンデルやモーツァルトに匹敵するくらい、人間の喜怒哀楽が豊かに盛り込まれているのです。
まさに、壮大なる愛の劇場 Le Grand Theatre De L'amour といえるでしょう。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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