孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

つらい仕事のあとは居酒屋で憂さ晴らし。バッハ『農民カンタータ』(後半)

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ルーベンス『村人の踊り』

今も昔も、労働者の楽しみは同じ?

バッハ「農民カンタータの後半です。

ライプツィヒ近郊のクライン・チョッハー村の新しい荘園領主に、ザクセン選帝侯に仕える侍従、カール・ハインリヒ・フォン・ディースカウが就任したのを祝う村のイベントの出し物で、領主の徴税官をしていた詩人ピカンダーが台本を作り、バッハに作曲を依頼したカンタータです。

登場人物は、農民の男と女(ミーケ)のふたり。

前半では、新領主を讃えたり、いじったりの掛け合いがコントのように続きましたが、後半はふたりの歌合戦になります。

お互いに、前半の田舎っ臭さをぬぐうべく、背伸びして都会のおしゃれな歌を競いますが、それが滑稽でもあり、また優雅な宮廷音楽を村人に聴かせる機会にもなっているのです。

バッハの変幻自在、融通無碍な音楽に驚かされるとともに、当時のドイツの村人の生活を垣間見ることができます。

そこには、現代のサラリーマン社会を生きる自分と重なる姿が…?

バッハ:カンタータ 第212番 農民カンタータ狂言カンタータ)『わしらの新しいご領主に』BWV212

Johann Sebastian Bach:“Peasant Cantata, BWV212 “Mer hahn en neue Oberkeet” (Cantate Burlesque)

演奏:クリストファー・ホグウッド指揮(チェンバロ)&アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック、エマ・カークビー(ソプラノ)、デイヴィッド・トーマス(バス)

Christopher Hogwood & Academy of Ancient Music, Emma Kirkby, David Thomas

第13曲 レチタティーヴォ(ソプラノ)

ちょっとマジメに聞いとくれよ!

あそこの酒場に飛んでって

楽しい踊りといく前に

まずはご領主様に献上の

新しい歌を聴いとくれ

ミーケが、酒場に飲みに行きたくてたまらない男をつかまえて、せっかくの祝典なんだから、わたしがご領主さまに捧げるちゃんとした歌も聞いてよ!と言って、おしとやかに気取りながら歌いはじめます。

第14曲 アリア(ソプラノ)

クライン・チョハーの村

それは愛らしく、そして甘く

選び抜かれたアーモンドの実のよう

われらの村に

今日この日

祝福が満ちあふれますように

ミーケが領主夫妻に会釈し、歌いはじめる歌は、フルートのオブリガートのついた、宮廷風の優雅なアリアです。フルートはこの歌だけに登場します。農民が貴族風な歌を上品に歌うことで、聴衆の意表をつくと同時に、ザクセン選帝侯宮廷作曲家の称号を持つバッハの腕の見せ所、というわけです。ピカンダーとしては、宮廷作曲家に上司のための曲を作らせた、という面目躍如の箇所でもあります。歌詞では領主ではなく、自分たちの大好きな村をたたえます。

第15曲 レチタティーヴォ(バス)

こいつはお前にゃ出来過ぎだ

まるで都会の節回しじゃねえか

わしら百姓はそんなキザったらしくできねえよ

どうだ、この歌、聞いてみろ

おいらにピッタリなのはこんなやつ!

田舎者が都会に対して反感とコンプレックスを持ちがちなのは今も昔も一緒。男は、お上品な都会の歌なんか糞くらえ、と うそぶきます。 

第16曲 アリア(バス)

1万ドゥカーテンほどな実入りをば

侍従長さま毎日欠かさず上げなされ!

なみなみ注いだワインを傾け

ごきげんよろしくおやりなされ!

男は、ホルンの野卑で豪快な調べを伴って、ご領主さまよ、毎日たんまり荘園から安定収入があがるでしょ、それでワインをたっぷりお飲みなされ、と、あえて下世話に歌います。原曲は狩りの歌だったかもしれません。 

第17曲 レチタティーヴォ(ソプラノ)

それじゃあまりにダサすぎる

居並ぶおしゃれな方々が

あんたの歌を聞いたなら

腹をかかえて笑うわよ

あたしが気取って古い歌

こんなふうに歌うのと同じこと

女は、それじゃあ私がこんな感じで古風な歌を気取って歌うのと同じことよ、とたしなめます。

第18曲 アリア(ソプラノ)

ください、美しい奥方さま

たくさんのお子を

とくにイケメン男子たちを

そして立派にお育てください

チョハーとクナウトアイン両村のこの願い

早く叶えてくださいまし!

男が下世話に領主の収入について歌ったので、女は夫妻の子作りに注文をつける歌を歌います。 メロディは短い民謡風のものです。

第19曲 レチタティーヴォ(バス)

確かにお前の言うとおり

おいらの歌じゃダサすぎた

そんならいっちょう張り切って

おしゃれな都会の歌聴かせたろ

今度は男が、自分だっておしゃれな都会の歌をやれるんだぞ、と見栄を切ります。 

第20曲 アリア(バス)

あなたの栄えはゆるぎなく

喜び楽しみ笑いたまえ!

優れたるあなたのお心映え

御身自らの畑を耕し

花咲き輝かれんことを

農民の男が急にマジメな顔をして歌うのは、なんとちゃんとしたダ・カーポ形式の正調オペラ・アリア。文語調の高雅な歌詞に、優雅な伴奏がつき、短調の憂愁を込めた中間部をもっています。野卑な農民が歌うアンマッチさに、逆にみんな大笑い。

第21曲 レチタティーヴォ

こんなところでもうええんちゃう?

そんじゃここらでひとっとび

酒場へお出ましせにゃなるまいて

あんたの心はすぐ読める

そら、こんなところでしょ

さてさてそろそろカンタータ中締めのとき。男は酒場に行きたいとボヤキはじめ、女はその気持ちを察します。 

第22曲 アリア(ソプラノ)

そんじゃ、いいかな、皆の衆

そろそろ潮どき

飲むとしよ

行きたい奴は手を挙げな

右手がきかなきゃ

グズグズせんとクルリと差し替え

左手や!

男の気持ちを女が代弁する小唄です。同時に、カンタータを聴いている聴衆たちにも呼びかける歌で、みんな手を挙げたことでしょう。

第23曲 レチタティーヴォ

おいらの可愛いミーケちゃん、大当たり!

そしたらほんとにもう

ここじゃやることもないから

あたしもそろそろ裾引き上げて

馴染みの酒場にそろーり、そろーり

うんにゃ!

誰がおいらをさらって行こうと

納税監査役のルートヴィヒ旦那にゃ

今夜はとことん付き合ってもらうとしよう

実はおてんば娘ミーケも、男をたしなめながら、自分も酒場に行きたくてしょうがなかったのです。 その言い訳にみんな笑います。〝納税監査役のルートヴィヒ旦那〟は、徴税吏ピカンダーの仕事ぶりを評価する役人。ピカンダーはここで実名を出して、ひとつお手柔らかに頼むよ、一緒にとことん飲もう、と抱き込みをはかったわけです。これは想像ですが、ルートヴィヒ氏はおそらく真面目で融通の利かない人物で、いきなりこんなお笑いカンタータの最後に自分の名前が出て、目を白黒させている間に、ピカンダーが手を引いて酒場に連れていく、それを見て領主も領民も大笑い…というのがこのカンタータのオチだったのかもしれません。

第24曲 合唱

男・女

そしたら行こう

トゥーデルザックが賑やかに鳴ってる

村の酒場めがけて

喜びの声、高らかに上げながら

ディースカウさまとそのご一家ばんざい

天がご領主さまを祝福して

その切なる祈りと

ご自身のお望みを叶えてくださいますように!

最後は合唱、といってもふたりの二重唱ですが、みんなで酒場へ行きつつ、 領主一家を讃えて大団円となります。トゥーデルザックというのはバグパイプの一種と思われます。民謡風の短くも楽しい終曲です。村人たちの歓声が聞こえてくるようです。

 

この時代の農民といえば、貧困、重税や戦乱に苦しんでいたイメージがありますが、このカンタータを聴く限りでは、それなりにつらい生活だったとしても、仕事終わりの酒場では楽しく憂さ晴らしをしていて、我々現代のサラリーマンとあまり変わらない境遇だったではないか、と思えます。逆に、上司に気を遣いつつ、居酒屋で飲むサラリーマンは、労働者として、この時代とたいして変わっていないのかもしれません。

いずれにしても、どんなタイプの曲でも作れたバッハの真の姿が垣間見れる、この上なく楽しい曲なのです。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

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