隠れ家に集まった「お気に入り」たち
王妃マリー・アントワネットは、夫王ルイ16世から、宮殿「プチ・トリアノン」を贈られました。
これは、ヴェルサイユ宮殿の儀礼から逃れたい王妃にとって、この上ないプレゼント。
彼女はこの小さな宮殿を「自分の城」にしてしまい、王でさえここでは「お客」の扱いでした。
彼女がついに王妃になって、欲したのは、「自由」。
啓蒙主義が目指した自由を、人民より先に王妃が手にしたわけです。
この自分の城で、王妃は限られた親しい「お仲間」たちを呼んで、自由な暮らしを始めたのです。
彼女のエスコート役は、夫王の末弟、アルトワ伯。
のちのシャルル10世ですが、稀代の遊び人で、義姉に色々と悪い遊びを教えました。
また、お忍びで出かけるときにはボディガード役でもありました。
男友達との際どい関係
王妃には何人かの男友達がいて、「お気に入り」と呼ばれていました。
ハンサムで礼儀正しく、妻のゲメネ公爵夫人ヴィクトワール・ド・ロアンともども可愛がられた、ゲメネ公アンリ=ルイ=マリー・ド・ロアン。
女性との火遊びで決闘事件まで起こし、母帝マリア・テレジアの怒りをかったハンガリー貴族のエステルハージ伯爵。(ハイドンが仕えたエステルハージ侯爵の姻戚)
生涯の前半を男性、後半を女性として生き、中性的な美貌でルイ15世のスパイも務め、『ベルサイユのばら』のオスカルのモデルとなったかもしれない、シュヴァリエ・デオン。
イケメン軍人で数々の戦功に飾られていますが、女性に目がないローザン公爵。
彼は英国から競馬を持ち込み、マリー・アントワネットを夢中にさせました。
まだ夫とちゃんとした夫婦関係が成り立っていない王妃は、こうした遊び人の男たちと恋愛ごっこを楽しみました。
もちろん、一線を越えてしまったら破滅してしまうのは、さすがに王妃も男たちも分かっていたようで、そのあたりの節度はわきまえた上での遊びでした。
もともと、西欧の騎士道では主君の夫人に愛を捧げるのは中世以来の伝統でしたし、既婚者同士の恋愛は宮廷文化の根幹でもありましたから、マリー・アントワネットが際立って不道徳だったわけではありません。
ただ、特定の寵臣への贔屓ぶりは度を越していたため、かなりの顰蹙を買い、メルシー伯を通じて母帝マリア・テレジアには逐一報告され、母から娘への警告の手紙はひっきりなしでした。
さらに際どい、女友達
しかし、マリー・アントワネットの評判を落としたのは、男友達よりも女友達への傾倒ぶりでした。
まず寵を得たのはランバル公爵夫人。
イタリアのサヴォイア王室の姻戚で、フランス貴族のランバル公に嫁ぎ、ヴェルサイユにやってきました。
ベートーヴェンの保護者で、彼に《英雄》《運命》《田園》を作曲させたロプコヴィッツ侯爵の夫人とも縁戚になります。
王太子妃として嫁いできた幼いマリー・アントワネットは、優しく気立てのよいランバル公妃に懐き、信頼していました。
厳しいお目付け役、メルシー伯も、この方なら王太子妃のお側にいるのにふさわしい、と太鼓判を押しています。
しかし、王妃となり、マリー・アントワネットが権力を握ると、その贔屓ぶりが目に余るようになりました。
王妃は、うるさい女官長ノアイユ夫人を解任したあと、ランバル公妃を王妃家政機関総監(シュランタンダント・ド・ラ・メゾン・ド・ラ・レーヌ)に任命。
これは女官長より遥かに高い地位で、江戸時代でいえば大奥総取締、といった感じです。
王妃の家政を全て取り仕切る大役で、あまりに大きい権限と報酬のため、廃止されていた役職です。
年俸は15万リーヴル、現在の金額にそのまま換算はできませんが、ざっと15億円といったところ。
国家財政は破綻状態でしたし、未亡人であったランバル公妃は亡夫から莫大な財産を相続した大資産家で有名でしたから、財政総監(財務大臣)テュルゴーは減額を提案しましたが、それなら引き受けない、と本人は辞退。
王妃のゴリ押しでそのまま就任することになったのですが、これも王妃の評判を大いに下げました。
ランバル公妃は憎しみの対象となり、フランス革命中、民衆によって惨たらしい最後を遂げることになります。
代々の国王愛人の上をゆく、ポリニャック夫人
しかし、彼女を上回る寵愛を得たのは、悪名高いポリニャック夫人です。
正式名はヨランド・マルティーヌ・ガブリエル・ド・ポラストロンで、没落貴族の出でした。
大変な美貌で、豊かな黒髪、大きな目、通った鼻筋、真珠のように輝くきれいな歯、そして「スミレ色」「ライラック色」とも呼ばれる神秘的な眼の色をしていました。
フランス宮廷史でも最高クラスの美女といわれています。
マリー・アントワネットは、とあるパーティーで、時代遅れのドレスを着ていながら、輝くような彼女を見つけ、声をかけます。
あまりお見掛けしませんわね?と尋ねる王妃に対し、自分はお金がなくて体面を保つドレスが用意できないのです、と恥ずかしそうに答えます。
王妃は、見栄っ張りで自慢ばかりする宮廷女たちにうんざりしていましたから、この飾らない返答に感動します。
見たこともない美貌なのに、服がない?
それなら私が何とかしてあげましょう!
内面が素晴らしいのだから、外見は私にまかせて!
マリー・アントワネットは、王妃の権力の使い時だと思い、彼女を全面的に後援することにします。
王妃は、彼女とその一族が抱えていた借金、40万リーブル(約40億円)を肩代わりします。
メルシー伯は驚愕し、マリア・テレジアに次のように書き送ります。
「こんな短い期間にこんな巨額の金がただ一つの家族にあたえられたためしはありません」
母帝からは早速苦言が呈されますが、王妃は意に介しません。
夫人に箔をつけるため、何も手柄の無い夫にはたちまち伯爵、公爵の爵位が授与され、夫人は伯爵夫人、公爵夫人となり、一族もどしどし要職に取り立てられます。
娘の結婚にあたっては、王妃の要請で国王から80万リーヴル(約80億円)の婚資が与えられ、さらにその夫に授与された領地も巨額の価値をもっていたことから、宮廷に衝撃が走りました。
ポリニャック夫人につぎ込まれた金額は、前国王の愛人でフランスの政治権力を握ったポンパドゥール夫人を上回る、ともいわれています。
王妃のあまりの寵愛ぶりに、ふたりは同性愛だとゴシップ誌に書き立てられましたが、その真偽は分かりません。
しかし、夫の愛に満足できていない王妃が、その愛を彼女に注いだのは事実でしょう。
大切な「お友達」には、私と同じくらいの待遇を与えてあげたい…
王妃は、皮肉なことに、のちのフランス革命の標語、「自由」「平等」「博愛」を、自分だけのために実行していたのです。
それでは、マリー・アントワネットゆかりのオペラ、グルックの『オーリードのイフィジェニー』、ついに全3幕の完結です。
『オーリードのイフィジェニー』登場人物
アガメムノン:ミケーネ王、ギリシャ軍総大将
クリュタイムネストラ(クリテムネストル):アガメムノンの妻、ミケーネ王妃
イピゲネイア(イフィジェニー):アガメムノンの娘、ミケーネ王女
アキレウス(アキレス、アシール):ギリシャ軍の英雄、プティア王ペーレウスと海の女神テティスの子
カルカス:ギリシャの祭司長
アルテミス(ディアーヌ):狩りと月の女神
パトロクロス(パトロコル):ギリシャの将、アキレウスの親友
アルカス:アガメムノンの衛兵隊長
グルック:オペラ『オーリードのイフィジェニー』第3幕後半
Christoph Willibald Gluck:Iphigénie en Aulide, Wq.40, Act 3
演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー(指揮)アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(メゾ・ソプラノ:クリュタイムネストラ)、リン・ドーソン(ソプラノ:イピゲネイア)、ジョゼ・ヴァン・ダム(アガメムノン:バス・バリトン)、ジョン・エイラー(アキレウス:テノール)、モンテヴェルディ合唱団、リヨン国立歌劇場管弦楽団【1987年録音】
注)音楽はハイライトのみの抜粋です。
第46曲 エールと合唱
イピゲネイア
オレステスのため、
弟のために生きてください
あの大切な子にあなたの希望を込めてください
弟はもっと幸せになりますように
ああ、そう!
私のようにこんなにも母親を悲しませることになりませんように!
私の運命を父上のせいにしないでください
クリュタイムネストラ
あの人、
あの人の命令で
人殺しのカルカスの刃が
イピゲネイア
私の命を守るために
父上に何ができたというのです?
何をしたところで
この神々の怒りから
私を救い出すことはできないのです
ギリシャ軍の将兵たち
ならぬ、ならぬ、
我らは我慢できない
生けにえを神から奪うことなど
神々は彼女の死を命じた
彼女を逃がしてはならない
自分を犠牲にしてでも娘を守りたい、という母クリュタイムネストラに対し、イピゲネイアは、故郷ミケーネに残る、弟で王位継承者のオレステスのためにも、生き延びてください、と懇願します。
イピゲネイアは、ここで自分が生けにえにならなければ、父王アガメムノンは怒ったギリシャ軍によって王位を追われ、ミケーネ王国も滅んでしまう、と覚悟を決めているのです。
音楽は弦だけによる透明な響きで、その悲痛な感情を強調します。中ほどで母の狂乱した叫びが中断し、さらに暴発寸前のギリシャ軍将兵の合唱が、緊迫のクライマックスを現出します。
第47曲 レシタティフとエール
イピゲネイア
怒りに燃えた群衆の叫び声が聞こえるでしょう
母上、崇高な勇気を出してください
神々に従う時が来ました
ああ!
最後の別れを受け入れてください。
クリュタイムネストラ
なんという残酷
あなたの目の前で私が死んでほしいのですか
天の怒りに私は同意するしかないというの
あなたの母親ですよ
ああ、天よ!
(彼女は女たちの腕の中にくずれ落ちる)
イピゲネイア
ああ!
お体を大事にしてください
そして私が登る祭壇には
来ないでください
ついにイピゲネイアは母に最期の別れを告げ、祭壇に向かって走り去ります。
クリュタイムネストラ
力ある神々よ
私の声を聞いてください
いや、私はこれ以上苦しみたくない
(彼女の行く手を阻む女たちへ)
私の行く手を阻むのは誰!
非道な者ども、
私を殺すがいい
この母の胸にナイフを突き立てるがよい
あの恐ろしい祭壇の下に
私は自分の墓を見出す
ああ!
死ぬほどの苦しみだ
私の娘…
私には見えます…
恐ろしいナイフが…
それは野蛮な父親が手で研いだもの
残酷な群衆に囲まれた祭司
罪にまみれた手を差し伸べる
彼は彼女の胸を引き裂き
探るようなまなざしで
まだ生き生きと動いている心臓の中に
神々の審判を求めようとする
おやめなさい
血に飢えた怪物!
震えおののきなさい!
それは最も清らかな血だ
それを大地に吸わせようというのか?
母は、愛する娘が死に向かって去っていくのを見て、半狂乱になります。絶望の彼女のレシタティフは、千々に乱れるオーケストラによって劇的に伴奏されます。彼女の目には、祭壇の上で、自分の娘に加えられる残酷な惨劇がありありと浮かびます。オーケストラは恐ろしさのあまり震える心情を表します。しかも、それは、夫であり、彼女の父が仕組んだもの。
クリュタイムネストラ
おおゼウスよ!
稲妻を投げてください!
わがギリシャの軍勢の上に!
船団をチリのごとく押しつぶし
大海の藻屑となしたまえ!
そしてあなた、太陽の神アポロンよ
あなたはこの地で、
アトレウスの息子を見て、
おののかずにいられるのか?
光から父の祝宴を奪い去ったあなた、
この地を照らしていられるのか?
おおゼウスよ!
稲妻を投げてください!
わがギリシャの軍勢の上に!
船団をチリのごとく押しつぶし
大海の藻屑となしたまえ!
(遠くで音楽が聞こえる)
あまりの理不尽に、クリュタイムネストラの理性が吹き飛び、怒りが神々へと向けられます。彼女は、最高神ゼウスに、その強力な武器である稲妻をくだし、ギリシャ軍を粉々に粉砕することを願います。そして、太陽神アポロンが、この惨劇を何もせず座視していることを責めます。こんな陰惨な世の中を、貴方は太陽として暖かく照らすことなどできるのか?このオペラのクライマックスとなるアリアです。
第48曲 レシタティフと合唱
クリュタイムネストラ
なんて悲しい歌が聞こえてくるのだろう
おお、神々よ!
私は彼女の命を救うつもりです
あなたが私に同情を示しても無駄です
野蛮人よ
何があっても
私は彼女を助けに行きます
さもなければ私は彼女と一緒に死ぬでしょう
(劇場は海岸を表しており、そこには祭壇が見える。イピゲニアは祭壇の段にひざまずいており、その後ろには祭司カルカス、両腕は空に向かって伸び、手には神聖なナイフが握られている。群衆の中のギリシャ人が劇場の両側を占めている。)
ギリシャ軍の将兵たち
私たちが流した血の代償として
力強い神よ
私たちを守ってください
私たちの栄光が失われることがないように
トロイアの海岸まで
私たちを導きたまえ
逃げろ!
第49曲 合唱と独唱
ギリシャ軍の将兵たち
逃げろ!
みんな、逃げろ!
アキレウスの怒りから逃げろ!
祭司カルカス、ギリシャ人
ああ、アキレウスが脅かしても無駄だ
神々は彼女の死を欲しているのだ
アキレウス
さあ、彼女を私の腕から引きはがす勇気のある者はいるか
イピゲネイア
偉大なる神々よ!
あなた方の犠牲を受けとられんことを
ギリシャ軍の将兵たち
彼らは彼の死を命じた、
私たちの怒りは正当なものです。
(クリュタイムネストラ登場)
クリュタイムネストラ
おお!
私の娘!
ああ、アキレウスよ!
アキレウス
王妃様、
何も恐れることはありません
カルカス、ギリシャ軍の将兵たち
ああ、お前が女を救おうと思っても無駄だ
その血が流れなければならぬ!
アキレウス
その血を流させはしない
我が胸から我が血が流れるまでは
ギリシャ軍の将兵たち
すみやかに犠牲を屠れ!
イピゲネイア、クリュタイムネストラ
お助けください
偉大なる神々よ!
(雷鳴が聞こえる)
アキレウス、テッサリア人、ギリシャ軍の将兵たち
大胆な奴らを粉砕しよう
ギリシャ軍の将兵たち
私たちが正義だ!
攻撃だ、攻撃だ!
祭司カルカス
やめろ、やめろ!
鎮まれ、鎮まれ!
女神自らがやって来られる
クリュタイムネストラの怒りに神は何も応えず、生けにえの儀式は始まってしまいます。彼女の怒りと対照的な、厳粛な信仰心に溢れた合唱が聞こえてきます。将兵たちは、生けにえによって、トロイアへの戦勝を祈願します。
ところがその静寂は、騒ぎによって遮られます。婚約者を救うべく、アキレウスが祭壇に乱入してきたのです。神の子、英雄アキレウスは一騎当千。さすがのギリシャ軍の将兵でも彼に太刀打ちできる者はいません。逃げ惑う一方で、早く生けにえを捧げよ、と祭司に迫ります。手に、生けにえの胸を切り裂く聖なるナイフをもった祭司カルカスは、儀式を遂行しようとしますが、混乱は極みに達します。
すると、雷鳴に気づいた祭司カルカスは、皆に鎮まるよう叫びます。
第50曲 レシタティフと合唱
アルテミス
お前の神への真心が怒りを退けた
私は彼女の高い精神を嘉する
私はもうお前をアウリスの地に葬ることはない
栄光が導くところにゆき
お前の輝かしい行為を世界に広めるのだ
そして若い恋人たちよ、
生きて、幸せになるのだ
(雲が天に昇る女神を覆う)
雲間から光が差し込み、天から女神アルテミス(ディアーヌ)が降臨してきます。悲劇の解決の常套手段、デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)です。女神は、自分から進んで犠牲になろうという、イピゲネイアの真心に感銘を受け、全てを許そう、と自ら神託を下します。音楽はシンプルなものですが、かえって神々しさを感じます。神託が終わると、雲が飛び去るように、神は天に戻ってゆきます。
祭司カルカス
神々の慈悲と恩恵を崇めよう!
ギリシャ軍の将兵たち
神々の慈悲と恩恵を崇めよう!
アガメムノン
おお、娘よ!
イピゲネイア
ああ、父上!
アキレス
イピゲネイア!
イピゲネイア
アキレウス!
クリュタイムネストラ
おお、私の大切な娘!
クリュタイムネストラとアガメムノン
神々は私たちの願いに応えてくれた
アキレウスを幸せにするために
イピゲネイア
ああ!
神々はなんと慈悲深いのでしょう!
とても信じられません
最も恐ろしい地獄から、
至福の幸福へと
あまりにも突然過ぎて
アルテミスの神託を受け、地獄から突然救われた一同。神の慈悲を讃えながら、喜びを歌い合います。
第51曲 四重唱と合唱
アガメムノン、イピゲネイア、アキレウス、クリュタイムネストラ
私の心は支えられない
あまりに幸せ過ぎて
なんという危険であったことか
今は快楽に酔いしれている
ほとんど息ができないほど
これは夢か幻か
感覚が全て麻痺してしまったようだ!
アキレウス、イピゲネイア
神々は私たちの嘆きを憐れんでくれた
アガメムノン、クリュタイムネストラ
感謝の思いを込めて
そして念願の結婚式を祝おう
このふたりの有名な恋人たちの
彼らの幸福は保証されている
神々の正当な恩恵によって
そしてヒュメナイオスはやってくる
私たちの輝かしい勝利を祝って
4人の喜びが四重唱となり、天にも届けと満座の劇場に響き渡ります。そして、感謝の気持ちは結婚の祝いへと昇華してゆきます。
アガメムノン、イピゲネイア、アキレウス、クリュタイムネストラと合唱
感謝の思いを込めて
そして念願の結婚式を祝おう
このふたりの有名な恋人たちの
彼らの幸福は保証されている
神々の正当な恩恵によって
そしてヒュメナイオスはやってくる
私たちの輝かしい勝利を祝って
大団円の壮麗な合唱です。結婚式を祝う金管も賑々しく、弦は大地を駆け回り、皆の感謝と喜びを表現します。
第53曲 合唱
祭司カルカス
さあ、勝利に向かって進もう
ギリシャ軍の将兵たち
行こう、勝利へ向かって進もう
私たちの輝かしい行為を歴史に残そう
私たちの行い、私たちの栄光、
それは未来、
数世紀にわたって永遠の記憶になるだろう
戦いの女神ベローナの手で飾られた栄光の座で
穏やかな休息を楽しむのは
なんと素晴らしいことだ
快楽が財宝を生み
栄冠をもたらす
行こう、勝利へ向かって進もう
私たちの輝かしい行為を歴史に残そう
私たちの行い、私たちの栄光、
それは未来、
数世紀にわたって永遠の記憶になるだろう
通常のオペラであれば、前の曲で華やかに幕、となるところですが、グルックのドラマは海を越えて出陣してゆくギリシャ軍の描写で終わります。生けにえを捧げなくてもよくなり、順風が吹き始め、ギリシャのおびただしい軍船がエーゲ海を越え、アジアの地、トロイアに向けて出帆していきます。実に10年にも及ぶ、トロイア戦争の始まりです。英雄アキレウスは、イピゲネイアとの結婚生活を過ごす間もなく、出陣していき、トロイアで敵将パリスの放った矢に「アキレス腱」を射られ、命を落とすことになります。グルックが、オペラを大団円で終わらせず、ティンパニ鳴り響く、この厳しい軍の音楽で終わらせたのは、こうした悲劇がさらに待っていることを暗示してのことなのです。
オペラとは違う、原作のギリシャ神話
実は、オリジナルのギリシャ神話では結末は異なっています。
イピゲネイアの真心と信仰心に感銘を受けた女神アルテミスは、彼女の心臓にナイフが突き立てられる瞬間、彼女の体を大きな鹿と取り替えます。
イピゲネイアは、命を救われたことを家族が知ることないまま、女神に遠い黒海の果て、タウリケ(今のクリミア)に連れていかれ、そこの神殿の巫女となり、アルテミス女神に仕えて後半生を送るのです。
神話では、アキレウスはイピゲネイアとは恋仲ではなく、アガメムノンによって、「アキレウスとの結婚が決まった」と欺かれて当地にやってきたことになります。
アキレウスは結婚のつもりはなかったのですが、彼女を見て可哀そうになり、アガメムノンと対立することになります。
続編『トーリードのイフィジェニー』
さて、オペラ『オーリードのイフィジェニー(アウリスのイピゲネイア)』で大成功したグルック。
王妃マリー・アントワネットはさらに彼を贔屓し、次々にオペラを委嘱します。
彼も、彼女の「お気に入り」のひとりでした。
フランス革命の渦中、1793年に元王妃マリー・アントワネットは処刑されますが、処刑場へ引かれてゆく馬車でも、ギロチン台でも、彼女は毅然とした態度だったといいます。
大好きな「イフィジェニー」のように、立派に犠牲になろうとしたのでしょうか。
そして、この物語の第二弾、「続・イフィジェニー」「イフィジェニーⅡ」として、1779年に『トーリードのイフィジェニー(タウリスのイピゲネイア)』を上演します。
このオペラは、呪われたミケーネ王国のその後を描き、グルックの最高傑作といわれています。
次回から、この続編オペラをBGMに、さらにマリー・アントワネットの生涯をたどっていきたいと思います。
動画は引き続き、ジュリアン・ショーヴァン指揮、ル・コンセール・ド・ラ・ロージュによる、コンサート形式の上演です。
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