孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

王妃の出産は衆人環視。~マリー・アントワネットの生涯41。グルック:オペラ『トーリードのイフィジェニー』第2幕後半

ルイ16世マリー・アントワネットの長女、マリー・テレーズ・シャルロット(通称マダム・ロワイヤル)

実を結んだ、兄の忠告

マリー・アントワネットの物語に戻ります。

兄の神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世がパリに来訪し、妹である王妃マリー・アントワネットには贅沢三昧、娯楽三昧の生活を改めるように、とお説教。

その夫、義弟であるフランス王ルイ16世には、子供を作れるよう、手術を受けるように勧めて、帰国します。

妹への説教はあまり効果はありませんでしたが、義弟への勧告はすぐに功を奏しました。

素直な国王は、義兄のセンシティブな忠告に従い、ついに手術を受けたのです。

その結果、この新婚7年目の夫婦は、ようやく完全な夫婦となりました。

この、本来は夫婦だけの秘密事項は、各国大使によって全ヨーロッパに伝えられました。

その日付は1777年8月25日ということまで明らかになっています。

しかし、夫婦のすれ違い状態がまったく解消されたわけではありませんので、なかなか結果は出ませんでしたが、翌4月になって、ようやく王妃に妊娠の兆候が現れました。

マリー・アントワネットは、夫にクレームを言います。

『陛下、不届きにも私のお腹を蹴った臣下がおります。』

ルイ16世は最初は何のことか分からず当惑していましたが、やがて悟り、妻を抱きしめました。

自分たちに子供が授からないことが、世界政治の大問題となっていたのですから、その喜びは計り知れないものがありました。

衆人環視の出産

しかし、出産に際しても、ヴェルサイユには信じられないようなしきたりがありました。

王妃の出産に立ち会うことが、多くの貴族の特権になっていたのです。

1778年12月、ついに出産が始まると、隣室に待機していた貴族たちが分娩室にドヤドヤ入ってきて、未来のフランス王が誕生する瞬間に立ち会う栄誉に浴しようとしました。

狭い部屋に50人程が詰める中、王妃の陣痛は7時間も続きました。

そして、12月19日に昼11時半、ようやく産声が上がりました。

赤ちゃんは、多くの人々の期待に反して女の子でした。

それでも国王は喜び、赤ちゃんは隣室に運ばれましたが、王妃は失神してしまいました。

出産の苦痛に加え、あまりの人いきれの中で酸欠に陥ったのです。

国王自ら、あわてて窓を開けて換気し、中世以来の迷信的で危険な医療法、瀉血が行われ、おそらくそのせいではないでしょうが、まもなく王妃は気がつきました。

この女児が、ルイ16世夫妻の子で唯一天寿を全うした、マリー・テレーズ・シャルロット(1778-1851)です。

オーストリア女帝マリア・テレジアの娘たちの長女は必ずマリア・テレジア(フランス語でマリー・テレーズ)の名がつけられる慣習でしたが、ここでもそれは守られたのです。

その母帝は、まずは娘夫婦が出産実績が出来たことには大喜びしましたが、フランス王位は男子継承しかできませんので、直系の後継者作りという目的が達せられたわけではありません。

その後も、夫婦のすれ違いには、遠隔操作の手紙で厳しく注意しました。

再び妊娠はしましたが、残念ながら流産になってしまいました。

そして待望の王子は、1781年10月に誕生するのですが、その時マリア・テレジアは前年の11月に世を去っており、その念願成就を喜ぶことはできなかったのです。

 

それでは引き続き、『トーリードのイフィジェニー』を聴いてゆきましょう。

 

『トーリードのイフィジェニー』登場人物

ギリシャ語表記、()内はフランス語読み

イピゲネイア(イフィジェニー):アルテミス神殿の女祭司長、ミケーネ王アガメムノンと王妃クリュタイムネストラの娘

オレステス(オレスト):イピゲネイアの弟、アルゴスとミケーネの王

ピュラデス(ピラド)オレステスの親友

トアス:タウリス(トーリード)の王

アルテミス(ディアーヌ):狩りと月の女神

グルック:オペラ『トーリードのイフィジェニー(タウリスのイピゲネイア)』(全4幕)第2幕前半

Christoph Willibald Gluck:Iphigénie en Tauride, Wq.46, Act 2

演奏:マルク・ミンコフス(指揮)ミレイユ・ドランシュア(ソプラノ:イピゲネイア)、サイモン・キーンリーサイド(オレステスバリトン)、ヤン・ブーロン(ピュラデス:テノール)、ロラン・ナウリ(トアス:テノール)、レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル(オーケストラと合唱団)【1999年録音】

注)音楽はハイライトのみの抜粋です。

イピゲネイアの前に生けにえとして引き出されるピュラデスとオレステス(ベンジャミン・ウェスト画、1766年)

神殿内部の広間では生けにえを捧げる準備がなされ、ピュラデスとオレステスが繋がれている。片側には祭壇がある。

第21曲 レシタティフ

広場の扉が開き、イピゲネイアをはじめとした女祭司たちが現れる。すると復讐の女神たちは気づかれずに消える。

イフィジェニー

オレステスに)

あなたが私を嫌悪しているのはわかっています

不幸な異国の人よ

でも、わたしが心の底から、

あなたにどれほど同情しているか、

知ってもらえたなら、

あなたも私の運命に同情してくれることでしょう

オレステス

(傍白で)

何という顔立ち!

母上に驚くほど似ている!

イピゲネイア

(女祭司たちに)

彼の鎖をはずしなさい

オレステスに)

あなたはどこで生まれたのですか?

この恐ろしい地に、

いったい何を求めてやってきたのですか?

オレステス

わたしのことを知っても無駄でしょう?

イピゲネイア

話しなさい!

オレステス

(傍白で)

何を答えればよいのだろう?

ああ!

イピゲネイア

あなたの心のため息はどこから来るのですか?

あなたは誰なのですか?

オレステス

不幸な男です!

ただ、それだけです

イピゲネイア

お願いですから答えてください

どこから来て、

誰の血を引いているのかを

オレステス

どうしてそんなに知りたいのですか?

…ミケーネで生まれました

イピゲネイア

ああ、何ですって?

続けて!

話して!

わたしたちに、

アガメムノンの運命を、

そしてギリシャの運命を!

オレステス

アガメムノン

イピゲネイア

あなたを襲っている苦しみは、

どこから来ているのですか?

オレステス

アガメムノンは…

イピゲネイア

あなたは泣いている?

オレステス

…身内殺しの刃に倒れました!

イピゲネイア

(傍白)

死んでしまう!

オレステス

(傍白)

いったいこの女性は誰だろう?

イピゲネイア

あれほど偉大な王に手をかけることができたのは、

どんな忌まわしい人でなしなのでしょう?

オレステス

神の名にかけて、

お尋ねにならないでください!

イピゲネイア

神の名にかけて、

話しなさい!

オレステス

その憎むべき人でなしは、

それは…

イピゲネイア

早く言いなさい!

身震いがする!

オレステス

…王の妃です!

イピゲネイア

ああ!

クリュタイムネストラですって?

オレステス

そうです!

女祭司たち

ああ!

イピゲネイア

そして至上の神々の正義は、

この残虐な罪を見逃したのですか?

オレステス

罰しました!

その息子の手によって…

イピゲネイア

ああ!

オレステス

…彼は父親の仇をとりました!

イピゲネイアと女祭司たち

罪に罪を重ねるとは、

なんと恐ろしい!

オレステス

重ねられた私の罪はなんと恐ろしい!

イピゲネイア

天の怒りを行使したその息子は、

神々の復讐を行う運命を担っているのですか?

オレステス

彼はずっと求めていた死に出会いました

エレクトラはミケーネにひとりで残っています

イピゲネイア

(傍白で)

何もかも終わりだわ!

わたしの一族はすべて死ぬ運命なのだわ

悲しい予感よ、

おまえはわたしを裏切らなかった!

オレステスに)

下がりなさい、

もう十分です

オレステス退場)

ああ天よ!

わたしの苦しみのもと、

そして証人よ、

わたしを追い込んだ不幸を喜ぶがよい

そこから逃れることはできないのです!

母殺しの罪で、復讐の女神たちに責めさいなまれるオレステス。そこにイピゲネイアが女祭司たちを連れてやってきます。女祭司たちも、イピゲネイアに従ってミケーネから連れてこられた人々です。イピゲネイアは、ギリシャから流れ着いた、この不幸な生けにえに憐れみとともに興味があり、故郷の情報がなにか聞けないか尋問します。

オレステスは、この女祭司が自分が殺した母クリュタイムネストラに似ていることに驚きながらも、もう自分は死ぬ身と思っていますから、まともに答える気もありません。それでも、イピゲネイアの熱心な問いに、つい、ミケーネの出身であることを明かします。

イピゲネイアは、広いギリシャの中でも同郷の出身と知って驚き、この10年でミケーネがどうなったのか、矢継ぎ早に問い詰めます。そして、父アガメムノンは今どうしているのか?と。

オレステスは、この女祭司が姉とは知りませんから、なぜそんなに感情移入するのか不審に思いながらも、アガメムノン王は王妃クリュタイムネストラに殺され、その王妃は息子オレステスに復讐されて殺された、と、ミケーネ王家を襲った悲劇の全貌を明かします。しかし、自分がそのオレステスであることは明かさず、彼は死に出会った、と告げます。

イピゲネイアは、これまで自分を苦しめていた悪夢が現実のものであり、妹のエレクトラを除いて両親も弟も死んだ、という知らせに打ちのめされます。

そして、オレステスの尋問は終わり、彼を去らせます。

このレシタティフは、これらの緊迫したやり取りが、グルックの劇的な音楽処理で、見事なドラマになっています。従来のイタリア・オペラでは通奏低音の伴奏だけでサラっと行われるところですが、全オーケストラが伴奏していますので、オレステスの絶望と悲しみ、イピゲネイアの震えや衝撃が余すところなく、リアルにドラマ化されています。グルックのオペラ改革の真骨頂です。

第22曲 合唱

女祭司たち

わたしたちの魂は今も

甘美な絆で結ばれている

でも不幸な祖国は、

もはやわたしたちから失われてしまった!

ミケーネ出身である女祭司たちも、祖国の王家が滅んでしまったことに、悲しみを深くして歌います。清澄な悲しみのハーモニーが素晴らしい合唱です。

第18曲 エール(アリア)と合唱 

イピゲネイア

不幸なイピゲネイアよ!

お前の一族は滅ぼされてしまった!

お前たちの王はもういない

わたしの両親ももういない

お前たちの嘆きと

わたしのため息を合わせよう

女祭司たち

わたしたちの嘆きと

彼女のため息を合わせよう

イピゲネイア

お前たちの王はもういない

わたしの両親ももういない

女祭司たち

もう希望はありません

ああ!

オレステスにしか!

すべてを失い、

たったひとつの希望も、

わたしたちには残されていません

オーボエが牧歌的な旋律を奏でますが、その平和な響きが、全ての希望を奪われたイピゲネイアと女祭司たちの途方に暮れた絶望感を、かえって掻き立てます。かけがえのない家族を失った悲しみが、幸せだった頃の懐かしい思い出とともに、打ち寄せる波のように、だんだんと重なり、押し寄せてきます。

第24曲 レシタティフ

イピゲネイア

わたしと一緒に、

もうこの世にいない英雄を称えなさい!

せめて弟の霊に、

最後の敬意を払いましょう!

弔いの盃を用意しなさい

愛しい彼の亡霊に、

ふさわしい冷たい栄誉を捧げましょう

(盃が用意され、弔いの儀式が始まる)

弟が死んだと受け止めたイピゲネイアは、オレステスの弔いの儀式の準備を、しめやかに命じます。

第25曲 エール(アリア)と合唱

女祭司たち

聖なる霊よ、

嘆きの亡霊よ、

この悲しみを見守ってください

わたしたちの涙、

わたしたちの悲しみが、

冥界の岸辺まで届きますように

イピゲネイア

弟よ、

わたしの苦しみの言葉を聞いてください

姉の悲しみが、

お前のところまで届きますように

女祭司たち

聖なる霊よ、嘆きの亡霊よ、

(繰り返し)

女祭司たちは、弔いの儀式を始めます。木管に彩られた音楽は儀式的でありつつ、素朴な悲しみをたたえています。同じ音型が繰り返されながら、つのる悲しみを天に届けとばかり積み上げてゆき、最後は静謐に幕となります。

(第2幕終了)

次回は第3幕です。

グルック:トーリードのイフィジェニー 全曲

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今回もお読みいただき、ありがとうございました。

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