孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

また来るね!とチェンバロであいさつ。ハイドン『交響曲 第98番 変ロ長調』

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ロンドンのハイドン(1791年ジョン・ホップナー画)

ハイドンは名演奏家ではなかった?

ハイドン1回目のロンドン訪問で作曲した、第1期ザロモン・セットの最後の曲、第98番を聴きます。

この曲は、素晴らしいにもかかわらず、コンサートで演奏されることはほとんどないマイナーな曲なのですが、その理由としてはフィナーレにチェンバロのソロ・パートがあるからかもしれません。

ハイドンはザロモン・コンサートではチェンバロまたはフォルテピアノを弾きながら指揮をしたと伝えられています。

しかしハイドンは、ヴィルトゥオーゾ(演奏の名手)ではない作曲家でした。もちろん、そこそこの腕前ではありましたが、名人芸というほどではなかったのです。

これは当時としては珍しいほうでした。

バッハ、ヘンデルはオルガンモーツァルトベートーヴェンはピアノの名手で、最初は演奏家として名前が売れ、作曲の名声は後からでした。

作曲だけで高名になったのはハイドンが初めてかもしれず、むしろこれは当時としてはすごいことです。

しかし、ロンドンでのコンサートに出演したハイドンに、聴衆が演奏を期待したのは十分考えられます。

舞台に登場したハイドンに観客が殺到し、空いた席にシャンデリアが落下した奇跡はご紹介しました。

そこで、ハイドンが、渋々かもしれませんが、控えめに自分の出番(ソロ)を作ったのがこの曲なのです。

コンサート・マスターのザロモンのソロの見せ場は何度も作っているのですが。

当時これを聴いた人が、後年次のように回想しています。

ピアノフォルテでの彼(ハイドン)の演奏からは、彼がこの楽器での第一級の芸術家だとの印象をうけなかったが、論議の余地なく整然として明確なものだった。彼のひとつの交響曲(第98番)のフィナーレに魅力的な輝かしいパッセージがあり、彼はこれをピアノフォルテでこの上なく正確に几帳面に弾いたことを覚えている。

さっそく聴いてみましょう。

 

ハイドン交響曲 第98番 変ロ長調 Hob.Ⅰ:98  

F.J.Haydn : Symphony no.98 in B flat major, Hob.Ⅰ:98

マルク・ミンコフスキ指揮レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル

Marc Minkowski & Les Musiciens du Louvre

第1楽章 アダージョーアレグロ

序奏は短調で、劇的に始まります。短調のシンフォニーかと思うほどです。しかし、序奏は短く、すぐ明るい主部に入ります。そのテーマは、序奏と同じものが長調で奏されます。序奏は主部の予告だったのです。主部は精力的なもので、元気いっぱいに展開していきます。変ロ調は、ウィーンでは室内用とされていて、モーツァルトもこの調の曲は全てしっとりと静かな響きなのですが、ロンドンの慣習では異なっており、ハイドンもそれに合わせて、ティンパニとトランペットを使い、派手な曲に仕上げています。

第2楽章 アダージョ

テーマは、英国国歌『God Save the King (Queen)』(神よ国王(女王)を護りたまえ)から取られています。ハイドンの英国に対するオマージュです。実際、ハイドンは国歌を歌って心をひとつに団結している英国人をうらやましく思い、祖国オーストリアにも同様の曲があったらいいな、と考え、帰国後に『神よ、皇帝フランツを護りたまえ』を作曲し、皇帝フランツ2世に捧げました。オーストリア帝国崩壊後、ハイドンのメロディは新しいドイツ国家に受け継がれ、今もドイツ国になっています。サッカーのワールドカップなどで耳にする機会も多いですが、ハイドンの曲なのです。ハイドン自身も気に入っていて、後に弦楽四重奏曲『皇帝』に使い、死ぬ間際までピアノでつま弾いていました。

この楽章は、豊かな転調、独奏チェロのオブリガートなど、充実した曲です。

第3楽章 メヌエット:アレグロ

キリっとした、鋭いメヌエットです。ヴァイオリンとフルート、ファゴットが順番でユニゾン、またはオクターヴ違いで重ね、音色の違いを様々に出しています。まるで画家が絵の具を混ぜていくように。トリオでは、第1ヴァイオリンとオクターヴ下のファゴットが舞曲レントラー風に奏でます。

第4楽章フィナーレ:プレスト

民謡のようにおどけた感じのテーマです。ほろ酔い気分で鼻歌を歌いながら町をブラブラしているかのようなご機嫌な曲です。再現部はザロモンのヴァイオリン・ソロがリードします。そして、最後にハイドンチェンバロのソロが出てきます。初演ではハイドンはピアノで弾いたという記録になっています。ハイドンチェンバロやピアノを弾きながらオーケストラを指揮しましたが、それはオケを音でリードするためのもので、聴衆には聞き取りにくかったはずです。そこで、ハイドンの演奏している音をちゃんと聴きたい、という聴衆へのサービスをしたわけです。誰かにねだられたのか、本人の発案なのか分かりませんが。まるでピアノ・コンチェルトのカデンツァのように派手に導入されますが、ソロ・パートはいたって地味で、名人芸というより、玉をころがすような可愛いものです。前述の回想にあるように、ハイドンはこれを〝正確に几帳面に〟弾いたのです。

ハイドン&ザロモンコンビのコンサートは英国に大センセーショナルを巻き起こして、この曲で終わり、ハイドンは1792年6月に、ウィーンに向けて帰路についたのです。

 

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