孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

王家のドロドロから生まれた、この上なくキラキラした音楽。ヘンデル『水上の音楽 第1組曲』~ドイツ人の作ったフランス風序曲②

英国王の舟遊びのBGM

前回の『王宮の花火の音楽』と並んで、ヘンデル管弦楽組曲として有名な『水上の音楽 Water Music』を聴きます。

この2曲はCDではよくカップリングされ、ヘンデルの代表作として親しまれています。

結婚式や卒業式などでよく使われる曲『アラ・ホーンパイプ』が含まれているので、このブログを始めた頃に取り上げましたが、ここで改めて、曲ができた背景をご紹介し、全曲を聴いてみます。

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『王宮の花火の音楽』は、ジョージ2世(1683-1760)のために作られましたが、『水上の音楽』はその父ジョージ1世(1660-1727)がテムズ川で舟遊びをしたときのための音楽ですので、時代を少しさかのぼります。

ジョージ1世は、ドイツから来た今の英国王室、ウィンザー朝(第1次世界大戦時に、敵国ドイツの王家名では都合が悪いということで、ハノーヴァー朝から改称)の初代に当たりますが、それを取り巻く人間模様はかなりドロドロしたものでした。

女王、女系が多かった近世英国の王位継承

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アン女王(1665-1714)

ここで、ドイツ人が英国王に迎えられることになるまでの、英国王位継承の流れを振り返っておきます。

スペインの無敵艦隊アルマダ〟を破り、英国絶対王政を確立し、英国を一流国にした英主エリザベス1世(1533-1603)が逝去すると、この〝ヴァージン・クイーン〟には子がいなかったため、血縁から、スコットランド王ジェームズ6世が、イングランドジェームズ1世(1566-1625)として即位します。

イングランド王家はこの時点からテューダー朝からステュアート朝に変わりますが、イングランドスコットランドは、王様が同じ人、というだけでまだ別の国です。

しかし、新教(英国国教会)のイングランドと、旧教(カトリック)のスコットランドは、宗教的に相容れませんので、基本カトリック教徒だった王家と国民の間ではごたごたが続きます。

ジェームズ1世の子、チャールズ1世(1600-1649)の時代に清教徒革命(ピューリタン革命)が起こり、王は断頭台の露と消えます。

ほどなく、チャールズ1世の子、チャールズ2世(1630-1685)が王政復古を果たしますが、その子ジェームズ2世(1633-1701)のときに名誉革命が起こり、王は逃亡。

名誉革命は、ジェームズ2世の娘、メアリ(1662-1694)の夫であるオランダ総督オランニエ公ウィレム3世(オレンジ公ウィリアム3世(1650-1702)がオランダ軍を率いて上陸してきたことで果たされ、逃げた父王の代わりにメアリが女王メアリ2世として即位します。

夫のウィリアムは、単に王配(女王の配偶者)というだけでしたが、王になりたいと言ってごね、ウィリアム3世として、妻と共同統治者となります。

ふたりの間には子が生まれなかったため、そのあとはメアリの妹のアンが即位して、アン女王(1665-1714)となります。

ちなみに、この時代にイングランドスコットランドが統合してグレートブリテン王国が成立し、今のUKの基礎になりました。

統合したのはそんなに大昔ではないわけで、スコットランドは伝統的にフランスと同盟していましたから、これから英国が強引にEUから離脱すれば、スコットランドが独立しても不思議はありません。

アン女王は、デンマークの王子と結婚しましたが、17回妊娠したものの、6回流産、6回死産を経験し、生まれた5人も全員夭折という不幸な結果となり、王家はまた継承問題に悩まされることになります。

血統よりも宗教が大事

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今の英王室の直接の祖、ゾフィー・フォン・デア・プファルツ(1630-1714)

そのため、後継ぎが望めないと分かった段階で、議会は1701年に「王位継承法」を定め、後継王の条件を「ステュアート家の血を引き、カトリック教徒でない者」としました。

それは、名誉革命で父とともに大陸に亡命していた、アン女王の異母弟ジェームズを排除する目的でした。ジェームズはカトリックだったのです。

英国民にとって、血縁が遠くとも、王が新教徒であることが最優先条件だったわけです。

想定されたのは、清教徒革命でクロムウェルに処刑されたチャールズ1世の姉で、ドイツのプファルツ選帝侯に嫁いでいたエリザベスの5女、ゾフィー(1630-1714)でした。

ゾフィーは同じくドイツのハノーヴァー選帝侯エルンスト・アウグストに嫁いでいました。

しかし、ゾフィーはアン女王より先に亡くなってしまったため、ハノーヴァー選帝侯を継いでいた長男、ゲオルク・ルートヴィヒが、英国王ジョージ1世として即位したのです。

なんとも遠い、しかも女系を何代もたどっての王位継承でした。

以前、フランスのブルボン王朝の王たちを紹介しました。あちらはあちらで色々ありますが、どこか楽天的で明るい王たちです。一方、英国王室は、継承の事情も複雑で、どこか薄ら暗いものを感じてしまいます。

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完全に家庭崩壊していたジョージ1世

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ジョージ1世(1660-1727)

そのジョージ1世ですが、お世辞にも王としてふさわしいとはいえない人物だったのです。

ハノーヴァー選帝侯になる前、彼は従妹のゾフィー・ドロテア(1666-1726)と結婚します。

この女性は絶世の美女だったといわれますが、これは持参金と領地目当ての結婚でした。

ふたりの間には、長男として後のジョージ2世と娘が生まれますが、その後は疎遠となります。

ゲオルク(ジョージ)は選帝侯世子時代から、母ゾフィーの侍女であったエーレンガルト・メルジーネ(シューレンブルク夫人)を寵愛しており、結婚後も、美人のお妃はほったらかしにして、愛人だけを相手にしていました。

このシューレンブルク夫人が不美人だったことも、妃のプライドを傷つけました。

ゾフィー・ドロテアは淋しさ、悔しさのあまりか、スウェーデン貴族のケーニヒスマルク伯爵と不倫関係となりました。

ふたりの仲は公然のものとなり、駆け落ちの噂が広がると、宮廷は危機感を持ち、伯爵を暗殺。

遺体はおもりをつけてライネ川に沈められます。バラバラにされて宮殿の床下に埋められた、という噂も立ちましたが、表向きは〝失踪〟ということにされました。

夫ゲオルクが関与した証拠はありませんが、下手人とおぼしき廷臣数名は賞与をもらったとされています。

愛する人を殺されたゾフィー・ドロテアは、ゲオルクに離婚を求めますが、手続きが済むまでの間として、アールデン城に幽閉されました。

結局、正式な離婚は成立しないまま、死去するまでの32年もの間幽閉され続け、再婚どころか、実母以外との面会は許されず、行動にはずっと監視がつけられたのです。

息子ジョージ2世は、美しい母をそんな目に遭わせた父王とずっと不和のままでした。

一方、愛妾のシューレンブルク夫人は、そのまま英国王の公妾におさまりました。

強欲な彼女は、王に謁見したいという者から、面会紹介料をたんまり巻き上げた、ということです。国民からは、その背の高さから〝メイポール〟(5月に広場に立てるお祭りの柱)とあだ名をつけられました。

美人の妃を捨てて、国民に不人気の愛人を取る。今の英王室にも同じようなことがあったような…。王家に生まれたばかりに自由に恋愛できないのでは気の毒ですが。

そんなことから、ジョージ1世は英国民から人気がありませんでした。

当人もなりたくてなった国王ではなかったので、英国を嫌い、故郷ハノーヴァーに滞在しがちでした。

英語も分からないため、政治はウォルポール首相にまかせっきりにした結果、責任内閣制が確立し、〝王は君臨すれども統治せず〟の原則が生まれたのです。まさに結果オーライです。

英国でのジョージ1世の評判が垣間見える当時のジョークがあります。

『国王は疑いもなく情愛の深いお方である。なぜなら、この世のすべての人々の中で、国王が憎んでいる人物はたったの3人しかいないのだから。それはご自分の母と、妻と、息子である。』

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ジョージ1世の悲劇の妻ゾフィー・ドロテア・フォン・ブラウンシュヴァイク=リューネブルク

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ジョージ1世の愛人エーレンガルト・メルジーネ・フォン・デア・シューレンブルク

否定された、国王とヘンデルの不仲・和解説

さてヘンデルは、若き日のイタリア修行で国際的名声を得たあと、ハノーヴァー選帝侯宮廷楽長の座に迎えられます。

主君ゲオルク侯は、音楽への造詣は薄く、高名な芸術家を召し抱えている、という見栄でヘンデルを雇用した面が強かったと考えられます。

そのため、ヘンデルがハノーヴァー宮廷ではあまり仕事をせず、ロンドンに行って私的に活動することも、ある程度容認していたと思われます。

『不義理をした主君が英国王になってしまったため、王の舟遊びの際に、妙なる音楽を奏でてご機嫌を取り、和解した』というのが『水上の音楽』成立の伝説ですが、これは後世のフィクションであることはほぼ間違いない、とされています。

ゲオルク選帝侯が英王ジョージ1世として即位後、ロンドンでヘンデルを責めたり冷遇したりした記録は全くないどころか、英国に渡って、初めて王室礼拝堂での典礼に出席した際、演奏されたのはヘンデルの『テ・デウム』だったということです。

演奏旅行ばかりして宮廷での仕事をなおざりにしたモーツァルトに激怒した、ザルツブルク大司教コロレードのようなことは起こらなかったのです。

ジョージ1世は、英国に入ると愛妾シューレンブルク夫人をあちこちに同伴して見せびらかしていたといいますから、むしろ、ロンドンで人気のヘンデルについても『もともと余の部下であるぞ』と自慢していた節すらあります。

側近のごますりで実現した水上コンサート

さて、1717年、ジョージ1世は、自分の楽しみのためか、大衆の人気取りのためか分かりませんが、テムズ川での水上コンサートをやりたい、と言い出します。

そして、こうしたイベントのプロデューサーだったスイス人、ハイデッガーに依頼しますが、他に儲け仕事が入っていたために断られてしまいます。

そこで、側近のキルマンゼック男爵が、代わりに自腹で開催することにしました。

その詳しいいきさつが書かれた文書が1922年にベルリンで発見されました。ロンドン駐在のプロイセン外交官、フリードリヒ・ボネットによって書かれたものです。

数週間前、国王はキルマンゼック男爵に、この冬の仮面舞踏会ーー国王は欠かさず必ずご出席されたーーと同様の、予約制による川の上のコンサートを開きたいとの意向を明らかにした。男爵はその旨、ハイデッガーに依頼した。スイス生まれのこの男は、最も知恵のある貴族娯楽の請負人であった。ハイデッガーは、陛下のご要望にできる限り応じたいが、目下、大きな行事、つまりいくつかの仮面舞踏会のための予約を確保しなければならない、と答えた。これらの仮面舞踏会はそれぞれ300から400ギニーの純益が得られるのである。陛下が残念そうにしているのを見て、キルマンゼック男爵は、自分の負担で水上の音楽を実施することを請け合った。必要な指示がなされて、この音楽会は一昨日(7月17日)に行われた。夕刻8時頃、国王は御座船に赴いた。そこに乗船を許されたのは、ボルトン公爵夫人、ゴドルフォン伯爵夫人、キルマンゼック男爵夫人、ウェア夫人、オークニー伯爵、それに寝室付侍従であった。その御座船の近くには数にして50名ほどの音楽家達を乗せた船が続き、彼らはあらゆる楽器、すなわちトランペット、ホルン、オーボエファゴット、ドイツ・フルート(横笛のフルート)、フランス・フルート(リコーダー)、ヴァイオリン、バスによる演奏をした。歌手はひとりもいなかった。その音楽は、ハレ出身で、陛下の首席宮廷作曲家、高名なるヘンデルにより特別に作曲されたものである。陛下はそれをことのほかお気に入られ、演奏するには1時間もかかるその音楽を3回、つまり、夕食前に2回、夕食後に1回繰り返させた。その夜の天候は祝祭にふさわしいもので、御座船や、音楽を聴きに集まった人々を乗せたボートは数えきれないほどであった。この催しをさらに凝ったものにするために、キルマンゼック男爵夫人は河畔のチェルシーにある、故ラネラ卿の別邸に腕によりをかけた夕食を用意した。国王は午前1時にそこにお着きになられ、3時にそこを発ち、4時半頃、セント・ジェームス宮殿に戻られた。キルマンゼック男爵はこの音楽会のために、音楽家だけでも150ポンドを費やした。王子や王女はこの祝祭には全く関与しなかった。*1

催しは、次代の『王宮の花火の音楽』のときと違って、大成功に終わったようです。

ちなみに、催しを主催したキルマンゼック男爵の夫人は、ジョージ1世と愛人関係にあったといわれています。さらにこの夫人は、ジョージ1世の父の庶子、つまり王の異母妹だったという説も。

果たしてキルマンゼック男爵は、妻を王に差し出して取り入ったのか、王の密かな近親相姦の相手を引き受けて出世したのか、いずれにしても相当なごますり男です。

そのごますりの一環で成立したのが、この美しい音楽だというのは皮肉の限りです。

組曲構成の謎

今伝わっている『水上の音楽』は、すべてがこの機会のために作られたものではありません。

こうしたテムズ川における王室の水上音楽の催しは計3回、1715年8月22日、ここに記録された1717年7月17日、そして1736年4月26日に行われ、どの曲がいつ演奏されたのかは定かではないのです。

1736年のものは、ジョージ2世の長男、プリンス・オブ・ウェールズフレデリックの結婚を祝賀するためで、ヘンデルはこのためにも新曲を作曲したと考えられています。

現在残っている、組曲を構成する曲は、自筆譜はなく、無断で出版された楽譜、バラバラの筆者譜、鍵盤楽器への編曲譜からの復元などの寄せ集めで、どの曲がいつ演奏されたのかは不明です。まして、順番などは全く分かりません。

今演奏される楽譜は大きく分けて2種類あり、ヘンデル全集版(クリュザンダー版)ヘンデル全集版(ハレ版、レートリヒ版)があります。いずれも曲数は22曲ですが、配列が違います。

新全集版は、調性と編成から、組曲第1組曲ヘ長調HMV348、第2組曲ニ長調HMV349、第3組曲ト長調HMV350の3つに分けています。

すると、第1組曲はホルンとオーボエ、第2組曲はトランペット、第3組曲はピッコロやフルートが目立って活躍する、という特徴が見えてきます。

いっぽう旧全集は第2組曲と第3組曲を混ぜて、ひとつの組曲として演奏するもので、全体のバランスはよく、一番ポピュラーなスタイルです。

しかし、いずれも〝正解〟の証拠はありません。

こうしたわけなので、演奏者によって独自の配列をしているものもあり、『水上の音楽』は様々なヴァリエーションがあります。

聴きなれない順番だと落ち着かないこともありますが、それも一興です。

とはいえ、当時の管楽器の構造上、異なった調性の曲を演奏するのには大きな制限があったので、新全集の並べ方は理にかなっています。

ここで取り上げるサヴァールの演奏は、独自の解釈で並べていて、それはそれで相応の理由があるのですが、これを新全集順に並べ替えて聴いてみたいと思います。

まずは、第1組曲からです。 

ヘンデル『水上の音楽』第1組曲 HMV348

George Frideric Handel: Music for the Royal Fireworks

演奏:ホルディ・サヴァール指揮 ル・コンセール・ナシオン

Jordi Savall & Le Consert des Nations 

第1曲 序曲

典型的なフランス風序曲で始まります。その典雅さは、まさに本場フランス顔負けという風格です。ティンパニが無いのが、さらにこの音楽を知的な印象にしています。続く「急」の部分はヴァイオリンのソロで導入され、 オーボエに応援されながら、オーケストラのトゥッティが呼応していくさまは、まさにコレッリのコンチェルト・グロッソのフーガを彷彿とさせます。フランス形式をとりながら、中身はイタリア様式を取り入れていて、聴く人は、まさにドイツ職人の技に圧倒されたことでしょう。

第2曲 アダージョ・スタッカート

今度はオーボエがソロで情感たっぷりに歌います。このしっとりとした美しい調べが、テムズの両岸に流れていく様が目に浮かびます。

第3曲 アレグロ

典雅なオケのトゥッティを、ホルンとオーボエが華やかに彩ります。その掛け合いも楽しく、心地良い船の揺れに身を任せている気分になります。

第3曲 アンダンテーアレグロ

3部構成になっている第3曲の後半ですが、再びオーボエが哀歌を奏で、弦が優しく和していきます。その後、先のアレグロが元気に回帰してきます。

第4曲 メヌエット

ホルンが導入する華やかなメヌエットです。野外音楽にふさわしい、アクティブな音楽です。サヴァールの演奏では組曲の締めくくりに置かれています。

第5曲 エール

たゆたう水面のようなリズムに乗って流れる、この旋律には誰もが癒されてしまうことでしょう。さりげないようで、深みもある素晴らしい曲です。

第6曲 メヌエット

これもホルンがリードする、狩を思わせるメヌエットです。まさに王者の音楽です。

第7曲 ブーレー

『王宮の花火の音楽』でも登場した活発なフランス舞曲です。弦が楽し気に生き生きと走り回り、オーボエがそれに続きます。 

第8曲 ホーンパイプ

 「ホーンパイプ」は英国のフォークダンスです。有名な「アラ・ホーンパイプ」は〝ホーンパイプ風〟ということで、別の曲であり、第2組曲に登場します。フランス舞曲が多い中で、わずかな英国風の曲、というわけです。

第9曲 アンダンテ

第1組曲は、後の組曲に比べて、ややバロック的な影がありますが、締めくくりとなるこの曲にもそこはかとない哀愁が漂っています。しみじみと心に沁みる曲ですが、次の曲につなげるような終わり方をしていることもあり、確かにこの曲が最後だと、どうも座りが悪いのは否めません。やはり、実際のコンサートでは明るいメヌエットで締める方がすっきりするとは思います。 


Handel Water Music Suite Jordi Savall I II & III HWV 348 HWV 349 HWV 350

 

次回、第2、第3組曲を聴きます。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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