孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

プラハのモーツァルト。『ピアノ協奏曲 第25番 ハ長調 K.503』

1784年から、ウィーンでの名声を勝ち取るべく、そして実際に人気を博した一連のピアノ・コンチェルトシリーズは、いったんこの第25番ハ長調で締めくくられます。

しかし、この頃にはモーツァルトの人気は目に見えて下降していました。

1786年に完成、上演したオペラ『フィガロの結婚』は大喝采を浴び、アリア(独唱曲)のみならず重唱曲まで1曲ごとにアンコールされたため、ただでさえ長い演目にしびれを切らした皇帝から、『独唱曲以外の曲はアンコールに応じてはならない』と命令が出るほどでした。

ところが、伏魔殿のような宮廷劇場の陰謀からか、ウィーン公演はたったの9回で打ち切られてしまったのです。

空前のヒット

しかし、捨てる神あれば拾う神あり。

ハプスブルク家支配下ボヘミア王国(現・チェコ)の都プラハで、『フィガロの結婚』は空前のヒットとなったのです。

1787年モーツァルトは招待を受け、プラハに到着し、その成功を目の当たりにします。

その時、モーツァルトが友人に宛てて書いた手紙を引用します。 

6時にカナール伯爵と一緒に、いわゆるブライトフェルトの舞踏会へ出かけて行ったが、そこにはいつもプラハの粒よりの美人が集まる。こんなのは君向きだったろうね!ぼくには、それら未婚既婚の美女たちを追っかけまわしている君の姿が、目に見える気がする。ぼくは踊りもせず、女を口説きもしなかった。踊らないのは、疲れすぎていたからだし、口説かないのは、生まれつき内気だからだ。しかし、その人たちがみんなぼくの『フィガロ』の音楽を、コントルダンスやアルマンドにして(注:オペラの曲をダンスミュージックにアレンジして)、心から楽しそうに跳ねまわっているのを見て、すっかりうれしくなってしまった。じっさいここでは『フィガロ』の話でもちきりで、弾くのも、吹くのも、歌や口笛も、『フィガロ』ばっかり。『フィガロ』の他はだれもオペラを観に行かず、明けても暮れても『フィガロ』『フィガロ』だ。たしかに、ぼくにとっては大いに名誉だ。

これは興行史上に残る大ヒットといわれています。TVも映画もCDも、ましてネットもない時代に、ひとつの街がひとつの劇一色に染まるというのは、非常に稀なことでした。

モーツァルトは、このときプラハに赴くにあたって、お土産にシンフォニーの新曲を持っていき、劇場で初演しています。これが『プラハのシンフォニー ニ長調 K.504』(交響曲第38番〝プラハ〟)で、画期的な作品であり、モーツァルトのシンフォニーの中で私が最も好きな曲ですので、いつかあらためて取り上げますが、このシンフォニーを書き上げたのとほぼ同時(2日前)に、このピアノ・コンチェルトを完成させているのです。

このコンチェルトがプラハで演奏された証拠はないのですが、状況からみて、おそらくシンフォニーと一緒に持っていって演じたのではないかと私は思っています。

 

この曲は、私がモーツァルトのピアノ・コンチェルトと初めて出会った曲です。

少年時代、FMラジオからテープに録音した、往年のピアニスト、アリシア・デ・ラローチャの演奏でした。

そして、〝これからどんなコンチェルトに出会おうとも、ぼくはこの曲が一番好きだ〟と思いました。その後、宝箱をひとつひとつ開けるように、素晴らしいコンチェルトの数々に出会ったのは前述の通りですが、今でもその思いは変わっていないのです。やはり、初恋の人は忘れられないですね。笑

モーツァルトピアノ協奏曲第25ハ長調 K.503』 

Mozart:Concerto for Piano and Orchestra no.25 in C major , K.503

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー(指揮)

マルコム・ビルソン(フォルテピアノ

イングリッシュ・バロック・ソロイスツ

John Eliot Gardiner , Malcolm Bilson & English Baroque Soloists

第1楽章 アレグロ・マエストーソ

〝威厳をもって〟という指示通り、ファンファーレのように堂々と始まります。前作第24番が凝りすぎた反省からか、極力平明にしよう、という思いなのかもしれませんが、それ以前の盛り上げ方に比べても、落ち着いていて、円熟の極致にあります。シニアの余裕、といった感じです。

この曲に身を委ねると、高台から大空を眺めるような心地になり、日常の小さいことなどどうでもよくなり、好きな中国の古語が頭に浮かびます。〝燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや〟  

第2楽章 アンダンテ

モーツァルトの素晴らしい緩徐楽章には、癒しの中にも、悲しみや不安、哀愁や、時には激しい感情ものぞかせるものが多いですが、この楽章には全くそのようなところはありません。田舎の雨上がりに深呼吸をするような、無心に自然と向き合ったときに、何かで心が満たされてゆくのと同じ思いがします。プラハ郊外、ボヘミアののどかな田園風景が脳裏に浮かびます。

モーツァルトは、時々カデンツァ以外にも、中間部でピアニストに即興で自由にアレンジさせる部分を用意しているのですが、このビルソンの演奏が私は一番好きです。モーツァルト自身のアレンジが残っていないのはとても残念ですが。  

第3楽章 アレグレット

オーケストラが、さりげなく歌い始めますが、これも気負いなく、落ち着きさえ感じます。ピアノが登場し、数小節後に上昇音型を奏でますが、これを聴くたびに私は胸がいっぱいになります。〝心の琴線に触れる〟というのはこのようなことを言うのでしょう。

総じて、これまでのコンチェルトに比べて管楽器の役割が控えめなのですが、中間部でとっておきの第2テーマをピアノが奏すると、それを管楽器が受け継いでいく様は、言葉では言い表せません。

2回繰り返されるコーダも、心の襞に染み込んでいき、聴き終わったあとには何ともいえない充実感に満たされるのです。  

Mozart: Piano Concerto No.25 In C, K.503 - 1. Allegro maestoso - Cadenza: Malcolm Bilson

Mozart: Piano Concerto No.25 In C, K.503 - 1. Allegro maestoso - Cadenza: Malcolm Bilson

 

この曲は、モーツァルトのピアノ・コンチェルトでは後期円熟期の作品であるにもかかわらず、あまりポピュラーではなく、演奏の機会も少ないです。専門家の解説も〝最も形式が整った作品〟〝平明〟のようなものが多いです。

確かに、これまでのあまりにも個性的な作品と比べると、有名なメロディもなく、特徴がイマイチとらえにくいかもしれません。

モーツァルトも聴衆を意識して、これまでの〝やりすぎ〟を反省して抑制に転じたのかもしれませんが、しかし、その抑制美こそがこの作品の魅力であると私は思うのです。

 


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誘惑のマスカレード  

さて、モーツァルトプラハ滞在は大成功でしたが、さらなるチャンスが与えられます。

それが、プラハからの新作オペラの注文です。

そして生まれたのが、『ドン・ジョヴァンニ』。モーツァルトの最高傑作のひとつです。

プラハの街は、モーツァルトのみならず、人類の音楽史上かけがえのない成果を残したわけですが、おりしも、モーツァルトの生誕260年を記念した映画『プラハモーツァルト 誘惑のマスカレード』が今年12月に日本公開されるというニュースが入ってきました。

先にご紹介したモーツァルトの手紙では、内気なためプラハの美女たちには手が出せない、というようなことを書いていましたが、この映画ではそんなことはないようですね。笑

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今から楽しみです!

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 


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