
ケルビーノのアリエッタ『恋とはどんなものかしら』
第2幕の舞台は、伯爵夫人ロジーナの豪華な私室。天蓋つきの豪華なベッドがあり、ドアが3つ。ふたつは廊下、ひとつは衣装部屋に続いています。
幕が開くと、初登場の伯爵夫人が窓辺に佇み、物思いに沈んでいます。
そして、夫の愛が冷めた悲しさを静かに歌いますが、短いながら、古今東西のオペラの曲の中でも特に美しいといわれている歌です。
憂愁の貴婦人。高貴な色香が匂い立つようです。
第10曲 伯爵夫人のカヴァティーナ『愛の神様』
伯爵夫人
愛の神様、私の苦しみとため息に、安らぎを与えてください
あの方を私に返してください
さもなければ、せめて私に死をお与えください
歌い終わると、スザンナが入ってきます。
(レチタティーヴォ)
伯爵夫人
スザンナ、来て話の続きを聞かせて
スザンナ
もう全部お話しましたわ
伯爵夫人
あの人はあなたを誘惑しようとしたのね
スザンナ
いいえ、私のような女にはそんな面倒なことはなさいません
お金で片付けようというわけですの
伯爵夫人
ひどい人
もう私を愛していないのね
スザンナ
ではどうして、奥様にはあんなにヤキモチを焼かれるのでしょう?
伯爵夫人
夫たちはみんな、生まれつき浮気者よ
そのくせプライドが高いから、嫉妬深いの
でも、あなたのフィガロは違うわよね?
伯爵夫人が実に耳に痛いことを述べたあと、フィガロが陽気に入ってきます。
そして、伯爵のたくらみのウラをかく作戦をふたつ、提言します。
まず、伯爵の時間稼ぎへの対抗策。
『伯爵夫人が、結婚式の舞踏会の最中に、愛人と密会する』という怪情報をリークした匿名の手紙を、バジリオを通じて伯爵の手に渡るようにし、伯爵がそれにカーッとしてスザンナどころではなくなるようにして、結婚式にこぎつける。
次に、伯爵の浮気癖をこらしめる策。
スザンナは伯爵から、夜、庭にくるよう執拗に言われているが、ウソの承諾をしておく。そして、即刻連隊に行くよう命令されたケルビーノをひそかにとどめておき、女装させて、スザンナの代わりに庭で逢引させる。その現場を伯爵夫人が取り押さえる。
伯爵夫人は、あまりに大胆な作戦に、そんなことをして大丈夫かしら、と不安がりますが、結局、やってみることになります。
そして、フィガロは手紙作戦のために出て行き、フィガロに言われたケルビーノが入室してきます。
ケルビーノは、憧れの伯爵夫人の前でガチガチになっています。
スザンナはそんなケルビーノに、朝言っていた自作のラブソングを、奥様の前で歌ったら、とからかいます。
伯爵夫人も興味をもち、あら、ぜひ聴かせてほしいわ、とうながします。
ケルビーノは、緊張の極限ですが、奥様がお望みなら・・・と歌います。
そして、スザンナのギターの伴奏で歌うのが、有名な『恋とはどんなものかしら』です。誰もがご存知の旋律です。
第11曲 ケルビーノのアリエッタ『恋とはどんなものかしら』
ケルビーノ
恋とはどんなものか、知っておられるご婦人がた
どうか教えてください、私は恋していますか
私が感じていることをお話しします
初めてのことなので、私には分からないのです
私の心の中は、憧れの気持ちでいっぱいです
それは、喜びでもあり、苦しみでもあるのです
凍ったかと思えば、火のように燃え上がり
またあっという間に冷えてしまいます
私は幸せが欲しいのですが
幸せって何でしょう
そして誰が持っているのでしょう
自然とため息が出るし、理由もなく胸が高鳴ります
夜も、昼も、心は落ち着きません
でも、こんな悩みも、嫌ではないのです
恋とはどんなものか、知っておられるご婦人がた
どうか教えてください、私は恋していますか
弦のピチカートがスザンナのつまびくギターを表し、管楽器のオブリガートが、ふわふわと舞う少年の恋心を表現します。花から花へ、女性から女性へと移ろう蝶々のように。
まさに、季節は春。
源氏物語でいう、花を踏んでは同じく惜しむ少年の春、です。
軍隊行きの決まったケルビーノ。
憧れの伯爵夫人に会えなくなるばかりか、戦争になれば命を落とすかもしれません。
歌詞を書いていた頃よりも状況は切迫していますから、歌には本人もコントロールしきれない、夫人へ切実な思いが込められています。
歌が終わると伯爵夫人は、素敵な声ね、あなたがこんなに歌が上手だとは知らなかったわ・・・、と型通りにほめますが、少なからず心を動かされた様子。
自身、夫との関係で悩んでいる最中に、幼いけれど、恋の初心を思い出させるような素朴な歌は、思いがけず、夫人の傷ついた心に沁みたのでしょう。
相当に年の離れたふたり。
何もあるはずはないのですが、少しあやしげな雰囲気も漂わせつつ、次回へ。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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