室内楽の〝ジュピター〟
前回からモーツァルトの明暗2曲セットを聴いていますが、弦楽五重奏曲 ト短調 K.516の相方は、ハ長調 K.515です。
ちょうど、シンフォニーの第40番ト短調と第41番ハ長調〝ジュピター〟と同じ組み合わせです。
モーツァルトは、この2曲に、管楽セレナード ハ短調 K.388〝ナハトムジーク〟を編曲した弦楽五重奏曲(第2番 K.406)を加え、3曲セットで出版しようとしたようです。
その筆者譜の予約募集広告が新聞に1788年4月と6月に4回にわたって掲載されており、モーツァルトが度重なって借金をしていた友人プフベルクへの手紙に、この出版の収入を返済のあてにしていることが書いてあるのです。
価格は18フロリーン(換算して54,000円くらい?)となかなか高価であり、そのためかどうか、予約者はほとんどなく、出版を延期する旨の告知が6月にモーツァルト自身の名で掲載されています。
結局、ハ長調が1789年、ト短調が1790年、編曲のハ短調が、死後の1792年と、バラバラに出版されることになりました。
そんなやるせない経緯ではありますが、このハ長調はとても充実した、堂々たる傑作です。
全曲で1149小節を有し、ジュピター・シンフォニーの924小節を上回る大作なのです。
W.A.Mozart : String Quintet no.3 in C major, K.515
演奏:ストラディヴァリ弦楽四重奏団&カリーネ・レティエク(ヴィオラ)
Quartetto Stradivari & Karine Lethiec
冒頭、チェロが、「ド・ミ・ソ」の極めて単純な分散上昇和音を奏でて始まります。小学生レベルの素朴な開始なのに、すっかり心奪われてしまいます。そしてその単純さを基礎に、大建築が構築されていくのです。モーツァルトはハイドンのカルテットに触発され、見事な6曲のカルテット『ハイドン・セット』を完成させた後ですが、ヴィオラ1本加わるだけで、カルテットとこんなに違う、重厚で充実した響きになるのか、と感じ入ります。全ての楽器が主役と脇役を交代し、対等にテーマを追求していく様は素晴らしく、圧倒されます。
第2楽章 メヌエット:アレグレット
地味で抑制の効いたメヌエットですが、チェロの重厚な音の活躍が強烈な印象を与えます。トリオでは、後半に親しみやすい、民謡風のテーマが出てきます。自筆譜に従いメヌエットを第3楽章に置いている演奏もありますが、初版ではメヌエットが、ト短調と同じく第2楽章になっています。自筆譜の方が改変された可能性が高いのです。
第3楽章 アンダンテ
モーツァルトは作曲するとき、既に頭の中で完成させていて、ただそれを楽譜に書き起こすだけ、と言われていますが、それは都市伝説?のようで、この曲の自筆譜には訂正箇所が多くあるそうです。また、このアンダンテは最初10小節ほど書いて破棄し、書き直したとのことです。モーツァルトには珍しく苦吟したようですが、それだけに味わい深い曲になっています。第1ヴァイオリンと第1ヴィオラのコンチェルタンテな掛け合いは、まさに大人の音楽です。これを聴く人は、まるで室内でコンチェルトを聴くような思いがすることでしょう。奥深い味わいのワインを傾けながら聴きたい音楽です。
楽しい音楽を山ほど書いたモーツァルトですが、これほどウキウキするテーマはまさに白眉です。シンプルに見えて、ポリフォニックな処理も多用されている労作で、重厚な第1楽章とのバランスがよく考慮されているのです。次から次へとロンド風に展開していくテーマに目くるめく思いがします。ト短調の曲との、まさに光と影、明と暗の対照は、絶妙、というほかありません。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
にほんブログ村
クラシックランキング