孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

人気が出るほど作者は不愉快?ベートーヴェン『七重奏曲 変ホ長調 作品20』

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ベートーヴェン初のアカデミーのプログラム

初!自分主催のコンサート

ウィーンでデビューし、日に日に名声を獲得していた20代のベートーヴェンですが、活躍の舞台は貴族のサロンが中心でした。

時々、王侯の御前演奏やコンサートへの客演はありましたが、公衆の前に出る機会はまだ限られていたのです。

しかしついに、自らが主役のコンサートを開ける日がやってきました。

作曲家、演奏家が主催し、その収益を自分のものにできるコンサートは〝アカデミー〟と称されていましたが、宮廷劇場であるブルク劇場で開催できる運びとなったのです。

尽力したのは、一番のパトロンであるリヒノフスキー侯爵

ウィーンデビューの当初から、自分の邸宅に住まわせ、お抱えのオーケストラを自由に使わせ、主催のサロンコンサートに出演させ、貴族たちに紹介し、プラハ・ベルリン旅行にも連れ出してくれた、若きベートーヴェンのマネージャー兼プロデューサーでした。

侯爵は1800年から、ベートーヴェン600フローリンの年金を支給しています。

ベートーヴェンの収入源には、レッスン料、楽譜出版の印税、出演料や作曲料、などがありましたが、定収入がどれだけありがたいものだったか、いかに作曲に専念する環境を整えてくれたかは言うまでもありません。

ハイドンモーツァルトも混ぜたプログラム

ベートーヴェンの初めてのアカデミーは、1800年4月2日に開催されました。

ブルク劇場で自主アカデミーを開くというのは、現代のアーティストが念願とする〝武道館コンサート〟のようなものです。

ベートーヴェンもついに一流の仲間入り、ということになります。

しかし、プログラムは〝オール・ベートーヴェン〟ではなく、モーツァルトハイドンの人気曲も織り交ぜたものでした。

集客のためには仕方がなかったのでしょう。

当日の「ウィーン新聞」に告知されたプログラムは次のようなものでした。

本日、1800年4月2日水曜日、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン氏は、王室帝室宮廷劇場にて自らの利益となる大演奏会を開催する栄誉に浴する。演奏予定の曲目は以下の通り。

1.元宮廷楽長、故モーツァルト氏による大交響曲

2.侯爵家楽長ハイドン氏による『天地創造』からのアリア

3.ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン氏が作曲、演奏するピアノフォルテのための大協奏曲

4.恐れ多くも謹んで皇后陛下に捧げられた、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン氏が4本の弦楽器と3本の管楽器のために作曲した七重奏曲。シュパンツィヒ、シュライバー、シンドレッカー、ベーア、ニッケル、マタウシェク、ディーツェル各氏が演奏する。

5.『天地創造』からの二重唱

6.ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン氏によるピアノフォルテの即興演奏

7.ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン氏作曲の、フル・オーケストラによる新しい大交響曲

なんといってもメインは、プログラムの大トリに持ってこられたベートーヴェンの初めてのシンフォニーでした。

記念すべき交響曲 第1番です。

ベートーヴェンは29歳になっていましたから、シンフォニーの1作目が遅すぎると言われていますが、これまでもスケッチは若いうちから手掛けており、推敲に推敲を重ねて、満を持して完成にこぎつけたのです。

それだけ、ベートーヴェンにとってシンフォニーは特別なジャンルだったといえます。

プログラム3番目のピアノ協奏曲は、新作である第3番 ハ短調の予定でしたが間に合わず、第1番 ハ長調を改訂して演奏しました。

そして4番目が今回取り上げる七重奏曲(セプテット)です。

モーツァルトの何が演奏されたのか?

モーツァルトハイドンの作品は、いわば客寄せのためですが、どんな曲が当時のウィーンで人気だったかを窺い知ることができます。

幕開けのモーツァルトのシンフォニーはどの曲であったか分かっていません。

ただ〝大交響曲〟というからには、最後の三大シンフォニーのうちのどれかといわれています。

第40番 ト短調という人もいますが、この祝祭的なコンサートの第1曲としてはあまりふさわしくないような気がします。

ベートーヴェンの新作がハ長調ですから、同じハ長調第41番〝ジュピター〟が選ばれた、と考えるのが自然のように思います。

モーツァルトの最後のシンフォニーと、ベートーヴェンの最初のシンフォニーが一緒に演奏されたのであれば、非常に意義深いことになります。

師匠ハイドンの人気曲も

ハイドンオラトリオ『天地創造が公開初演されたのは、1年前の1799年3月19日で、その人気はセンセーショナルなものでした。

楽譜が出版されたのがこの1800年ですから、まさに旬な作品だったのです。

ベートーヴェンとしても、師の大作と自作を並べて世に問うことになり、武者震いがしたことでしょう。

ハイドンも、弟子の記念すべき最初のアカデミーですから、喜んで曲を提供したと思われます。

このコンサートは前評判も高く、チケットの売れ行きも上々でした。

一番人気はこの曲

では、実際の評判はどうだったかというと、一番ウケたのは、ベートーヴェンが一世一代の気合いを入れた第1シンフォニーではなくて、4曲目の七重奏曲(セプテット)でした。

ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスと、弦楽器ひとつずつと、クラリネット、ホルン、ファゴットの管楽器3つという変わった編成です。

この曲は、ちょっと聴くと、モーツァルトの作品?とまごうばかり。

むしろ、完璧なまでにモーツァルト、なのです。

6楽章編成は、実質的にセレナードやディヴェルティメントで、モーツァルトの『グラン・パルティータ』などと同じ系列にあります。

どこまでも優雅で気負わず、耳に心地よい、まさにウィーンっ子好みの作品でした。

いわば、ベートーヴェン初期に、ハイドンモーツァルトに追いつけ、追い越せ、と精進してきた様式の集大成といえるのです。

プログラムにわざわざソリストたちの名前が記されているように、当時人気の名手たちによって演奏されたことも、喝采を浴びた理由のひとつでした。

またこの曲は、当時の皇帝フランツ2世の2番目の皇后、マリア・テレジア(1772~1807)に献呈されました。

あの女帝とは別人で、その孫にあたります。

フランツ2世も同じくその孫でしたから、いとこ同士で、ハプスブルク家にありがちな近親結婚でした。

皇后は歌がうまく、『天地創造』の初演では合唱団に加わり、ハイドンからも『テレジア・ミサ』を捧げられています。

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フランツ2世皇后マリア・テレジア

大人気に複雑な思い

この曲は大喝采を浴び、ベートーヴェンの名声を大きく上げました。

演奏会のあと、ウィーンの街では〝セプテットのベートーヴェンさん〟と言われるようになりましたが、本人はそれを大いに嫌がりました。

あれは自分の代表作ではない、もっと精魂込めた自信作は他にある、という思いだったのでしょう。

この曲の評判が高まれば高まるほど、ベートーヴェンは困惑し、怒り、不機嫌になったのです。

いくら高評価だとしても、この曲は自分の本来の価値ではない、というわけです。

15年後には、この曲を〝いまいましいがらくた〟〝燃やしてしまえばいい〟などと言っています。

一方で、作曲した当時は、この曲のことを〝自分の天地創造と言っていますし、たびたび出版社に編曲を提案し、自らピアノ三重奏曲に編曲もしています。

市中に10種類以上の海賊版が出回っているのを苦々しく思い、新聞に抗議文まで出しています。

こうしたベートーヴェンの自作に対する二面的な態度は後年にも見られ、世間受けを狙った戦争交響曲ウェリントンの勝利またはビトリアの戦い』を、自分では駄作と言いながら、これが世を席巻したのも悪い気はしない、とニヤニヤしています。

ベートーヴェンはどんなタイプの曲も作れたので、全ての作品に彼の信条や人生観が盛り込まれているわけではありません。

世間受けする、世俗的な曲も自在に作れたわけですが、そんな曲を作ったからといってベートーヴェンの汚点とみなすのは間違いです。

天才の素晴らしい余技として味わうべきなのです。

いずれにしても、この曲でベートーヴェンはギャラント(優雅)なスタイルから完全に卒業したといえます。

ベートーヴェン:七重奏曲 変ホ長調 Op.20

Ludwig Van Beethoven:Septet in E flat manor, Op.20 

演奏:ル・コンセール・ドゥ・ラ・ロージュ  Le Concert de la Loge

第1楽章 アダージョアレグロ・コン・ブリオ

変ホ長調の主和音が堂々と鳴らされる序奏から始まります。強弱をつけた3つの同音反復が印象的です。主部に入ると、ヴァイオリンが颯爽と第1主題を高らかに奏でますが、思わず口ずさんでしまいたくなってしまうような素敵なテーマです。モーツァルトに似ているようで、ベートーヴェンらしい個性が香ります。ヴァイオリンに続いて、クラリネットがテーマを受け継いで反復します。この曲でのクラリネット奏者は実に晴れがましく、楽しいことでしょう。テーマは、次々と楽器たちによって受け渡され、時にはカデンツァ風に名技を披露しながら進みます。チェロ、コントラバスファゴットといった低音が充実している中で飛翔するヴァイオリンとクラリネット。音色も他に例のない響きが楽しめます。ホルンもいい味を出しています。凝った再現部の作りもまさしくベートーヴェン。当時の聴衆が熱狂したのもむべなるかなです。

 

動画はラ・スペランツァの素晴らしい演奏です。


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第2楽章 アダージョカンタービレ

のどかで田園的な第2楽章です。ゆらぐ8分音符の伴奏に乗ってヴァイオリンとクラリネットが伸びやかに歌います。第2主題は優しいため息のよう。展開部では絶妙な転調の中、ホルンのメランコリックな響きとクラリネットの豊潤な音色が夢幻の世界を広げていきます。
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第3楽章 テンポ・ディ・メヌエット

メインテーマは、やさしいピアノソナタ 第20番 ト長調 作品49-2の第2楽章から採られています。ト音から変ホ音に下げられたので、いくぶん渋い音色に響きます。親しみやすいメヌエットですが、7つの楽器で演奏されると、より気高い雰囲気を感じます。


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第4楽章 テーマ・コン・ヴァリアツィオーニ:アンダンテ

テーマと5つの変奏、コーダからなります。テーマが何から採られたのか諸説ありますが、ニーダーライン地方のドイツ民謡『ああ船乗りさん』と同じ旋律ですので、懐かしい故郷の歌を採用したのかもしれません。第1変奏はヴァイオリンとヴィオラの二重奏に、反復部だけチェロが加わります。第2変奏はホルンを除く6重奏の上に、ヴァイオリンが協奏曲のように活躍します。第3変奏は同じ編成でクラリネットファゴットがカノン風に掛け合います。第4変奏は変ホ短調に転換し、ホルンが加わって緊張感を高める中、弦がやや激しさを加えます。第5変奏は主調の変ホ長調に戻り、安らぎが戻ってきます。コーダでは、切れ切れに各楽器がフレーズをつぶやきながら幕となります。


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第5楽章 スケルツォアレグロモルト・エ・ヴィヴァーチェ

第3楽章の優雅なメヌエットとガラっと雰囲気が変わったスケルツォです。メヌエットスケルツォの違いがよく分かります。豪快なホルンの信号に始まり、ユーモアたっぷりの掛け合いが楽しいです。トリオは弦とファゴットだけですが、生き生きとして、喜びに満ちています。 


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第6楽章 アンダンテ・コン・モルト・アラ・マルチャープレスト

娯楽作品にふさわしくないような、まるで葬送行進曲を思わせる荘重な序奏から始まります。しかし、主部に入ると、それを笑い飛ばすかのような明るさに転じます。深刻な序奏を、あれは嘘だよ~と言っているかのようです。颯爽としたヴァイオリン、 前楽章のホルン信号を思わせるフレーズなど、息つく暇も無い程新しい曲想が繰り出され、展開していきます。再現部の前にはヴァイオリンのカデンツァが挿入されますが、ウィーン一の名手で、リヒノフスキー侯爵お抱えの名ヴァイオリニスト、シュパンツィヒの見せ場を用意したということでしょう。手に汗握るような華やかなコーダの末、ヴァイオリンは最後に4点ホ音まで要求され、見事に曲を閉じます。聴衆の大喝采スタンディング・オベーションが目に浮かぶようです。


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今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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