
キューピッド、トルコに降り立つ
オムニバス形式の4つの幕(アントレ)から成る、ラモーのオペラ=バレ『優雅なインドの国々 』。
戦火に包まれたヨーロッパから、愛を求めて世界に飛び出したキューピッドたちが、最初にたどりついたのはトルコでした。
ここではどんな「愛」の物語があるのでしょうか。
フランスとトルコの奇妙なつながりは以前も取り上げました。
フランスの宿敵、オーストリア・ハプスブルク家を背後から脅かすオスマン・トルコ。
太陽王ルイ14世は〝敵の敵は味方〟ということで、異教徒にもかかわらずトルコと同盟を結ぼうとします。
ところが、ヴェルサイユ宮殿を訪れたトルコの使者は、その国力と文化に驚くどころか〝トルコ皇帝に比べたら全然たいしたことない〟と鼻で笑います。
逆にパリ人たちが、使者がもたらした魅惑の飲み物「コーヒー」のとりこになる始末。
憤懣やるかたない王は、モリエールとリュリに、トルコ人を笑い者にしたオペラ『町人貴族』を作らせて、かろうじて留飲を下げました。
どこかで聞いた話?
第1アントレは「寛大なトルコ人」と題され、ヨーロッパ人にとって尊大で残虐なイメージのトルコ人にも、寛大な人がいた、というのがテーマです。
あらすじは、結婚式に乱入した海賊によってさらわれた花嫁エミリーが、トルコの領主オスマン・パシャに売られます。奴隷となったエミリーを、オスマン・パシャは愛しますが、エミリーは婚約者への操を貫いて受け入れません。
そこに、エミリーを探していた花婿ヴァレールがたどりつき、再会を果たしますが、オスマン・パシャに捕らえられます。
絶体絶命、と思いきや、なんとオスマン・パシャはふたりを解放し、船にお土産の財宝まで積んで、祖国に帰してやります。
実は、オスマン・パシャはかつてヴァレールの奴隷であり、解放してもらった恩を返した、というわけです。
めでたし、めでたし…。
あれ?どこかで聞いたような…?
そうなんです、モーツァルトのオペラ『後宮からの誘拐』とほぼ同じストーリーなのです。
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恐ろしいトルコ人が、実はいい人だった、というのは当時のヨーロッパ人にとってよほど面白い話だったようです。
また、異教徒に囚われた恋人を騎士が助けにいく、というモチーフも、中世以来の文学に見られます。
オスマン・トルコ最盛期の皇帝(スルタン)、スレイマン大帝の最愛の皇后がポーランド女性ロクセラーナだったことも大きく関係しているでしょう。
いずれにしても、モーツァルトよりラモーの方が先ですが。
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では、最初の幕を聴いていきます。
ラモー:オペラ=バレ『優雅なインドの国々』第1アントレ「寛大なトルコ人」
Jean-Philippe Rameau:Les Indes Galantes "Le Turc Généreux"
リトルネル
第1アントレの序曲にあたります。フランス風序曲ではなくて、フーガ風の厳粛なポリフォニックな音楽で、冒頭のエミリーの悲しみにつながっていきます。
幕が開くと、そこは海に面したオスマン・パシャの宮殿。
結婚式で誘拐され、異国の宮殿でひとり悲しむエミリーのところにオスマン・パシャがやってきて、いい加減彼氏のことはあきらめて、自分の愛を受け入れるよう説得します。
エミリーは頑として聞きませんが、オスマンも彼女の涙にショックを受けるばかりで、決して権力を使って強制するそぶりはありません。
いつまでも悲しんでいても苦しいばかりですよ、その人には二度と会えないんですから、と告げて去っていきます。
再び1人になったエミリー。
にわかに空がかき曇り、雷鳴が聞こえ、嵐となります。
沖合には難破寸前の船が見え、船乗りたちの断末魔の叫びが聞こえてきます。
エミリー:恐怖が勝利する広大な海の帝国よ
エミリー
恐怖が勝利する広大な海の帝国よ
あなたは私の心の混乱に恐ろしいほど似ている
あなたは激しく吹き付ける荒れた風
わたしは絶望の恐ろしさ
水夫たちの合唱(姿は見えない)
なんということだ!
死の打撃は一度では済まない!
雷に焼かれて死ぬのだろうか?
そこに陸が見えているのに
波に飲まれて死ぬのだろうか?
エミリー
あの叫びはなんとわたしの心をいらだたせることでしょうか
わたしの方こそ嵐の犠牲者なのに
嵐がおさまって、明るさが戻ってきた
天が私の混乱を憐れんでくださったのだわ
公正な天は、波と風を鎮めてくださる
わたしは港のなかで難破の恐怖を感じていたのね
水夫たちの合唱(姿は見えない)
海の恐怖から逃れることが何の役に立つだろうか
死を避けたところで
われらは鉄のくさりにつながれるのだから
迫力ある嵐の描写はラモーの得意とするところです。
フルートが吹きすさぶ風を表現します。
沖合の嵐と、船乗りたちの叫びは、そのままエミリーの心の中の嵐につながります。
モーツァルトのオペラ『クレタの王イドメネオ』でも、絶望にかられた王女エレクトラの激しい歌が、そのまま海の嵐の場面につながり、船乗りたちの助けを求める叫びが交錯するシーンがあります。
『イドメネオ』はフランス様式を意識して書かれたオペラなので、ラモーの影響を受けた可能性があります。
船乗りたちは嵐からは助かったものの、陸は異教徒の支配下にあり、死は免れてもどのみち奴隷として鉄の鎖につながれてしまう、と悲しみます。
ため息をつきながら、そんな不幸なひとりが現れますが、なんとそれは、エミリーの恋人ヴァレリー。
ふたりは奇跡の再会を喜びますが、エミリーはオスマン・パシャの支配下にあることを告げ、再び絶望に暮れます。
そこにオスマンがやってきて、ふたりは覚悟を決めますが、ヴァレリーを見たオスマンは、ふたりの解放を告げます。
驚くふたりに、オスマンは、自分をお忘れですか、とヴァレリーに語りかけると、ヴァレリーは、お前か!と気づきます。
オスマンはかつてヴァレリーの奴隷であり、その忠実な働きぶりから、解放して自由の身にしてもらったのです。
まずは〝寛大なフランス人〟というわけです。
帰る船を用意してくれたオスマンに、ふたりが感謝しようとすると、オスマンはそれを聞くのを拒んで去っていきます。
オスマンの心境は複雑です。

アフリカ奴隷たちのエール
オスマンのアフリカ人奴隷たちが、お土産の財宝を船に詰め込んで、踊ります。
異国趣味のバレエですが、当時のヨーロッパ人がアフリカ人にどのようなイメージをもっていたかが音楽で分かります。
タンブランⅠ&Ⅱ
ふたりは祖国に向かって希望の船出をし、最後はラモーの真骨頂、タンブランで大団円となります。
早く船出しよう、というはやる気持ちにあふれた、実に楽しい音楽です。
愛ゆえに、愛する人を恋人のもとに帰す。
キューピッドたちがトルコで見つけたのは、オスマンの自己犠牲を払った至上の愛、というわけです。
次回は、2か国目、南米ペルーのインカ帝国です。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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