メイドに迫られたご主人様の運命やいかに
歴史を変えたオペラ、ペルゴレージ(1710-1736)のインテルメッツォ(幕間劇)『奥様女中』の第2幕(最終幕)です。
メイドのセルピーナに結婚を迫られた、貴族の主ウベルト。
その後の展開には、歌もセリフもない、黙役の従僕、ヴェスポーネが一役買います。
Giovanni Battista Pergolesi: La serva padrona
演奏:マルコ・ダラーラ指揮 アンサンブル・レギア・アカデミア
Marco Dallara & Ensemble Regia Accademia
〝嵐の隊長〟あらわる
第2の幕間。メイドのセルピーナが、軍服姿のいかめしい男とひそひそ話をしています。
その軍人は、従僕のヴェスポーネ(黙役)が変装した姿。付け髭をつけて、いかにも恐ろし気な雰囲気です。
セルピーナは、ウベルトが自分との結婚に踏み切るよう、一計を案じ、ヴェスポーネにその片棒を担がせようというのです。
そして、まんまと私が奥方の座についたなら、あなたをこの館の第2の主みたいにしてあげるからね、と。薄ら暗い取引が成立しました。
そこにウベルトがやってきて、嫌味たっぷりに『そろそろ外出許可をいただけますかな?』とセルピーナにお伺いを立てます。
セルピーナは『お嫁さん探しにいらっしゃるんでしょ?どうぞ』とそっけなく答えます。
ウベルトは『そうだ、お前なんかとは結婚せんぞ!!』と怒鳴ると、セルピーナはしおらしく『分かっていますわ、自分の身の程は。私も身の振り方を考えて、結婚することにいたしました。』と告げます。
急な話に、もう?誰と?と、面食らうウベルト。
セルピーナが言うには、相手は軍人で〝嵐の隊長〟と呼ばれている、変り者で乱暴者だとのこと。
ウベルトは、お前はただでさえ生意気なのに、そんな男の嫁になったらどんな目に遭うか分からんぞ、わしはお前を大事に思っているのだぞ、と心配モードになってしまいます。
これこそセルピーナの思うつぼ。アリアでウベルトの憐れみを誘います。
セルピーナのアリア『セルピーナのことを忘れないで』
セルピーナ
セルピーナのことを忘れないで
どうかいつまでも
そしておっしゃるでしょう
『ああ、かわいそうに。昔は仲良しだったのに』と
(傍白)
どうやら早くも少しずつ折れてきたみたい
(正白)
これまで生意気だったこと
どうかお許しください
そう、ぶしつけなふるまいでした
(傍白)
手なんか握ってきたぞ
うまくいってるわ
こちらはシギスヴァルト・クイケン指揮 ラ・プティット・バンドの舞台です。
Pergolesi - La serva padrona - A Serpina penserete
ウベルトは、あんなにいつも叱りつけていたセルピーナなのに、情にほだされ、彼女がいなくなる寂しさに苛まれるようになってしまいました。
セルピーナは、婚約者を連れて来て紹介すると言って出て行きます。
ひとり残ったウベルトは、すっかり混乱し、葛藤しています。
あいつがそんな奴と結婚するなんてかわいそうだ、しかし、俺が結婚する?ありえないだろう?どうすればいいのだ…
ウベルトのアリア『わしはいったいどうしたらいいのだ』
ウベルト
わしはいったいどうしたらいいのだ
この胸の中に言うに言えないものがある
愛だか情けだかわからない
こんな声も聞こえてくる
『ウベルト、お前の問題だ』
わしは『はい』と『いいえ』の間
『したい』と『いやだ』の間にいる
苦境はますます深まりゆく
ああ情けない、運もない
わしはいったいどうなるのだ
そんなところに、セルピーナが〝嵐の隊長〟を連れてきます。
ウベルトは、その想像以上のむくつけき姿にびっくりします。
隊長はうなづくだけで何もしゃべらないので、ずいぶん無口な方だな、とセルピーナに聞くと、人見知りなんです、言いたいことがあるようなので聞いてきます、とふたりでひそひそ話。
そしてウベルトに『私の持参金として4千スクード欲しい、と言っています』と告げます。
ウベルトはびっくりするやらあきれるやら、『娘でもないのにそんなもの出せるか!』と拒否すると、嵐の隊長は怒ったそぶりをします。
そして『出さないなら結婚しない』と言うので、『結婚しなけりゃいい』と答えると、『では、代わりにあなたが結婚しなさい。しないのなら殺してやる』と剣を抜きます。
このやりとりは全て、セルピーナが〝通訳〟してウベルトに伝えています。
嵐の隊長が襲いかかるそぶりをするので、ついにウベルトは観念して『運命が望むのなら、彼女と結婚する』と宣言します。
セルピーナは喜んで、『ご主人様ばんざい!』と叫び、また『ヴェスポーネばんざい!』と彼の正体をあらわします。
ウベルトは怒りますが、セルピーナに『もういいじゃない、私はあなたのお嫁さん、いいでしょ』と言われると、破顔一笑、全てを赦します。
ウベルトも、セルピーナがいなくなるという状況になってはじめて、彼女を愛していることに気づいたのです。
セルピーナは『ほらわたし、メイドから奥様になっちゃった!』と喜び、ウベルトもそんな彼女を愛しく見つめています。
そして、ふたりの愛のデュエットで、めでたしめでたし、となります。
二重唱『あなたは今幸せなの?』
セルピーナ
あなたは今幸せなの?
私を愛してくれるの?
ウベルト
この心は満ち足りているし
お前を愛しているよ
セルピーナ
ほんとうのことを言ってよ
ウベルト
ほんとうさ
セルピーナ
まあ!違う気がするわよ
ウベルト
もう!疑わないでくれよ
セルピーナ
ああ、素晴らしいお婿さん!
ウベルト
愛しい、わしの嫁さん!
セルピーナ
こんなに喜ばせてくれるなんて
ウベルト
ただお前だけが喜びだよ
Pergolesi - La serva padrona - Duetto finale
身分の低いメイドの策略に、貴族が翻弄される。その痛快さに、観客は大ウケ。
ペルゴレージの音楽は、軽快で楽しく、そのアップテンポな日常ドラマは、大仰な神話の物語に飽きた観衆たちをとりこにしました。
可愛くて機転が利き、ちょっとずる賢いメイド役は、その後のオペラ・ブッファに欠かせないお決まりの役どころとなり、モーツァルトのオペラでも、『偽りの女庭師』のセルペッタ、『フィガロの結婚』のスザンナ、『コジ・ファン・トゥッテ』のデスピーナとして大活躍。
そして、貴族の時代から市民の時代へ、オペラの歴史の新しい扉を開いたのです。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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