孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

18世紀の吉本新喜劇?ペルゴレージ:インテルメッツォ『奥様女中』第1幕

 

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ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ(1710-1736)

神話とお笑いと、どっちがお好き?

前回、1750年代のフランスに巻き起こった「ブフォン論争」を取り上げました。

フランス音楽イタリア音楽、どっちが優れているか、という大論争です。

王権神授説のもと、神の代理人である国王を讃えるべく、神々の世界をこの世に現わしたフランスオペラ

リュリからラモーに至るまで、ヴェルサイユ宮殿を音楽にしたような華麗な世界を伝統的に紡いできました。

これに対し、イタリアのバンビーニ劇団が、イタリアの作曲家ペルゴレージオペラ・ブッファ『奥様女中』(奥様になったメイド)を上演したところ、大人気を博しました。

これは、機転の利くメイドがご主人様をさんざん手玉に取って、ついにその奥方様にまんまとおさまる、という筋の、吉本新喜劇のようなお笑いオペラで、その軽妙な音楽にフランス人たちはすっかり魅了されてしまいました。

大仰な神話の物語より、市井のコメディの方がよっぽど人間の真実の姿を表わしている、というわけです。

そもそもジャンルの違うものを比べても仕方がないのですが、王権の強かったフランス人にとって、メイドがご主人様をいてこませる話は、実にスカッとするものだったのでしょう。

後にボーマルシェが作り、フランス革命の引き金となった戯曲『フィガロの結婚』は、貴族が従僕にいてこまされる話で、まさに『奥様女中』の延長上にあるといえます。

ボーマルシェの『フィガロ』は戯曲でしたが、これに音楽をつけたのはモーツァルト

そしてその音楽は、ペルゴレージの『奥様女中』から始まったという、歴史の不思議なめぐりあわせがここにあるのです。

ボーマルシェの生涯はこちら。

www.classic-suganne.com

夭折した天才作曲家

今回は、ラモーの対極とみなされ、後世に大きな影響を与えたオペラ、『奥様女中』を聴いていきます。

まず、このオペラを作曲したジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ(1710-1736)とは、どんな人だったのでしょうか。

歴史上には、惜しくも若くして亡くなった天才音楽家がたくさんいます。

モーツァルト35歳、シューベルト31歳、メンデルスゾーン38歳…

しかし、ペルゴレージはなんと26歳!! 最短記録?といっていいでしょう。

ペルゴレージが生まれたのは、中部イタリアの、アドリア海に面したアンコーナ郊外、イエージという町でした。

ペルージャからアドリア海に向かっていく途中にあります。

町の大聖堂の少年聖歌隊員となり、その才能が認められて、ナポリの音楽院に入ることができました。

ここで、ガエタノ・グレコ、レオナルド・ヴィンチ(レオナルド・ダ・ヴィンチとは別人)、フランチェスコ・ドゥランテ、といったナポリ楽派の巨匠たちに音楽理論や作曲を学び、1732年にオペラ作曲家として本格デビューしました。

そして、1733年に、ナポリ王カルロス6世の王妃、クリスティーナの誕生日祝賀行事のためのオペラ作曲を依頼されました。

そして作曲されたのが3幕のオペラ・セリア『尊大な囚人』で、同時にその幕間劇(インテルメッツォ)として作られたのがこの『奥様女中』でした。

高尚なオペラの幕間の、庶民的エンターテインメント

当時、イタリアオペラも、神話や英雄をテーマにした、まじめな内容の正歌劇(オペラ・セリア)が盛んに上演されていましたが、それだけではつまらなかったようで、幕と幕の間に、本筋とは全く関係のない〝余興の小咄〟が挿入されていました。

それは必ずしも喜劇とは限らなかったのですが、やはりいつの時代もお笑いは楽しいもので、〝喜劇的インテルメッツォ〟は脇役ながらも人気を博しつつありました。

この上演でも、メインディッシュである『尊大な囚人』はイマイチ不評で、『奥様女中』の方が大喝采を浴びました。

そして、イタリアから他国に輸出され、パリ・オペラ座で異常ともいうべき、歴史的ヒットとなったのです。

喜劇的インテルメッツォは、この作品をきっかけに「オペラ・ブッファ」という新しいジャンルに発展していきました。

さらに、オペラのメイン・ジャンルも、これまでの正歌劇オペラ・セリアから、喜劇オペラ・ブッファに移ってしまい、モーツァルトもこの分野で多くの傑作を残しました。

たった26歳で世を去ったペルゴレージですが、彼はバロックから古典派への橋渡しをした重要な作曲家とされているのです。

登場人物はたった3人

3幕のオペラの幕間劇ですから、2幕で構成されています。登場人物はたった3人。

貴族の主人、ウベルトと、メイドのセルピーナ、そして従僕のヴェスポーネです。

しかし、ヴェスポーネは、歌どころかセリフもない〝黙役〟ですので、歌うのはご主人様とメイドのふたりだけ、というわけです。

このふたりの軽妙な掛け合いが全てですので、演技はなかなか大変なのです。

ペルゴレージ:オペラ『奥様女中』第1幕

Giovanni Battista Pergolesi: La serva padrona

演奏:マルコ・ダラーラ指揮 アンサンブル・レギア・アカデミア

Marco Dallara & Ensemble Regia Accademia

 

幕が開くと、ご主人様ウベルトが、ナイトキャップをかぶった寝巻のまま、怒り心頭でイライラしまくっています。

ふつう、貴族が起床すれば、メイドが朝食のホットチョコレートを持ってくるものなのですが、3時間経ってもメイドが来ない、というわけです。

メイドのセルピーナは、もともと孤児だったのを、ウベルトが後見人として引き取ってやり、メイドの仕事を与えたのです。

しかし、すっかり生意気に育ってしまい、雇用主をご主人とも思わない始末です。

導入曲:ウベルト『待てど暮らせど来やしない』

ウベルト

待てど暮らせど来やしない

ベッドに入っても眠れない

よく働いてもほめられない

この3つは死ぬほどつらい

こいつはひどい災難だ

3時間も待っているのに

わしのメイドは

チョコレートを持ってきてくださらない

急いで出かけなくちゃならんのに

ああ、ほめてやろう、この我慢ぶりを

わしがあいつを甘やかしたのが

この不運の原因かもしれん

こちらは、シギスヴァルト・クイケン指揮 ラ・プティット・バンドの素晴らしい舞台です。

これ以上のパフォーマンスはないでしょう。


La Petite Bande - Pergolesi - La Serva Padrona part 1

そこに従僕のヴェスポーネがやってくるのですが、この男も気が利かず、どこか抜けたところがあるので、ウベルトは当たり散らし、セルピーナがどうしているか見てこい!と命じます。

すると、舞台裏でセルピーナがヴェスポーネを叱り飛ばす怒声が聞こえてきます。

 

ヴェスポーネはセルピーナにご主人様が怒っているぞ、と伝えたようなのですが、あんた、何を偉そうに私に説教してるの!?と逆上したのです。

最後にはビンタをくらわす音が聞こえて、ふたりが舞台になだれ込んできます。

ウベルトが、どうしたどうした、と聞くと、セルピーナは、この男が生意気に指図をするんです、私はもっと敬われるべきです、とまくし立てます。

ウベルトは、『ヴェスポーネもアホだが、ずっと待たされるわしはなんなんだ?まだ朝のチョコレートを飲ませてもらっていないぞ?』と責めます。

セルピーナは、『何言っているんですか、もうお昼ですよ?』ととぼけた言い草。

ウベルトが、『朝食も食べていないのに、昼飯なのか!?』と怒ると、『じゃあ、食べたということになさってくださいな』と涼しい顔。

ウベルトはさらにブチ切れて、セルピーナを責めるアリアを歌います。

ウベルトのアリア『いつもあべこべだ』

ウベルト

お前にかかると、いつもあべこべだ

こっちと言えばあっち

上と言えば下

「はい」といえば「いいえ」

こんなのはもうたくさんだ、終わりにしよう

(ヴェスポーネに)

お前はどう思う

わしにくたばれと?

いや、とんでもない

(セルピーナに)

お前はいつか痛い目に遭うことになる

そのときにこう言うだろう

あの頃はよかった、と

(ヴェスポーネに)

お前はどう思う?

そう思わないか?

あ?え?違う?うむ

いや、そうなのだ


La Petite Bande - Pergolesi - La Serva Padrona part 2

ご主人様に説教されたセルピーナは、じゃあ結局、あなたは私に意地悪をするんですね?と言い返します。

ウベルトは、そりゃかわいそうだな!とあしらうと、セルピーナは逆ギレ。

うんざりしたウベルトは、もう外出するぞ、とヴェスポーネに帽子と剣と杖を持ってくるよう命じます。

これを聞いたセルピーナは、外出は禁止です、と言い渡します。

はあ?と混乱するウベルトに、セルピーナは歌います。

セルピーナのアリア『怒りんぼのご主人様』

セルピーナ

怒りんぼのご主人様

威張り屋さんでもあるけれど

あまり賢いやり方ではないことよ

私がダメと言ったら

シッ、シッ

おとなしく口を閉じてなさいな

セルピーナがそう望むのです

お分かりでしょ

だってあなたは私のこと

ずっと前からご存知ですからね


Pergolesi - La serva padrona - Stizzoso mio stizzoso

ここまでメイドの好き放題にされるのはまずい、と決心したウベルト。

ヴェスポーネに、今すぐ街へ行って、どんな女でもいいから、わしの嫁を見つけてこい、と命じます。

結婚して奥方ができれば、この悪魔のような女の支配から逃れられる、というわけです。

セルピーナは、結婚なさる?よろしい、認めましょう、と応じます。

認めてくれるか、そりゃありがたいね、と言うウベルトに、でも、相手は私ですからね、と告げます。

あまりのことに啞然とするウベルト。

ずっと前から私のことを狙っていたんでしょ、と追い打ちをかけるセルピーナ。

愉快なデュエットが始まります。

二重唱『そのズルい目を見れば、全てが分かるわ』

セルピーナ

そのズルい目を見れば、全てが分かるわ

いたずらな目は、私を狙ってる

口では違うと言っても

目ではそうだと私に言っている

ウベルト

お嬢さん、それは誤解だ

あまりにものぼせあがっておられる

目も違うと言っているし

そうだ、というのは夢でもみているんだ

セルピーナ

どうして?

私はこんなに綺麗だし

優しくて快活

ご覧なさい、こんなにおしとやかなのよ

さらにこんなに元気で立派!

ウベルト

(傍白)

ああ!こいつはわしを誘っている

その手の内に落ちてしまうのか?

セルピーナ

(傍白)

あともう少しね

(正白)

さあ、ご主人様

ウベルト

ああ、どこかに失せろ!

セルピーナ

ご決心を

ウベルト

気でも違ったか!

セルピーナ

私はあなたを愛しています

必ず結婚してください

ウベルト

(傍白)

ああ、わし、なんてピンチだ


La Petite Bande - Pergolesi - La Serva Padrona part 3

さあ、ふたりはどうなってしまうのか?

それは次回、第2幕にて。

 

Pergolesi: La serva padrona

Pergolesi: La serva padrona

 

 

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今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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