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ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)
ヨーロッパ諸国の料理が並んだ、豪華な食卓
テレマンの代表作『ターフェルムジーク(食卓の音楽)』を聴いてきましたが、今回が最後の第3集です。
3つの曲集それぞれに、フランス風序曲(管弦楽組曲)、四重奏曲(カルテット)、協奏曲(コンチェルト)、トリオ・ソナタ、ソロ・ソナタが整然とセットされ、それでいて、ふたつとして同じ編成、趣向の曲はなく、まさに色とりどりです。
当時の音楽の様々な技法を陳列した、まさに〝バロック音楽の百科事典〟でした。
そして、当時の音楽の二大潮流、フランス風、イタリア風をうまく組み合わせ、ドイツ風の味付けも加えています。また、テレマンが若いころ過ごした、ポーランド音楽の影響も見逃せません。
〝食卓の音楽〟というよりも、メニューそのもの。
〝音楽のフルコース〟と言った方がふさわしい内容です。
ただ、テレマン個人としては、楽曲のジャンルに対する思い入れは均等ではなかったようです。
ある書簡では、テレマンはコンチェルト(協奏曲)については、『自分の心にまったく訴えかけてこない』と述べており、別な資料では〝テレマンはトリオ・ソナタに全精力を傾けた〟との記述があります。
一方、次の時代を切り拓いた、ということで、後世の評価が最も高いのは四重奏曲ともいえます。
いずれにしても、テレマンの好き嫌いは曲のレベルには関係はなく、それぞれの曲の価値は最高峰のものです。
さて、テレマンの曲をたくさん〝流用〟したヘンデルですが、ふたりの親交は晩年まで続きました。
直接会うことは、若い時分以来50年以上、お互い亡くなるまでなかったのですが、書簡のやりとりは生涯続きました。
微笑ましいエピソードが残っています。
植物マニアとして有名だったテレマンに、ヘンデルがロンドンから珍奇な花々を贈ったのです。
テレマンは、珍しいチューリップ、ヒヤシンス、アネモネなどをコレクションしていました。
そのプレゼントに添えられた手紙です。ドイツ人同士なのに、フランス語で書かれています。あらたまった手紙はフランス語を使うのが礼儀だったようです。
これを読むと、ヘンデルがいかにテレマンを尊敬し、慕っていたかが伝わってきます。ヘンデルがテレマンの作品からたくさんの流用をしたのは、彼へのオマージュだといえるのではないでしょうか。
音程の機構に関するあなたの素晴らしい研究を、ご親切にもお送りいただき、ありがとうございます。時間と労力をかけただけの価値があり、また、あなたの学識にも見合った著作だと思います。
いくぶんお年を召されましたが、大変お健やかでいらっしゃることをお慶び申し上げます。いつまでもますますご清栄でありますよう、心からお祈り申し上げます。
当然のことでありますが、もし、珍しい植物などへの情熱があなたの人生を長くし、人生の楽しみを支えるのであれば、喜んでいくらかでもそのお役に立ちたいと思います。そのようなわけで、プレゼントに花かごをお送りします。専門家たちは、その花が選り抜きの見事な珍品であることを保証しています。もし彼らの言葉が真実でないとしても、あなたはイギリス中で最高の植物を手に入れることになりましょうし、この季節はまだ花をつけるのにも適しています。こんなことはあなたが一番よくご存じとは思いますが…。(ヘンデルよりテレマン宛 1750年12月25日付)*1
ロンドンに集められた、珍しい植物
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ジェームス・クック(1728-1779)
ヘンデルが住んでいた英国が、大英帝国として七つの海を支配するのは次世紀のことですが、当時すでに世界中に植民地を拡大し、未知の世界を開拓していました。
ハワイを発見し、タヒチ、ニュージーランド、オーストラリアを探検した海軍軍人、キャプテン・クック(ジェームス・クック)も同時代の人です。
ロンドンには、そうした冒険を通じ、世界の珍しい植物がもたらされていたのです。
それを収集、研究するために1759年に設けられたのが、キューガーデン(キュー王立植物園)です。今でも世界で最も有名な植物園として、世界遺産にも登録されています。
ヘンデルは、英国に集められた珍しい花々をテレマンに贈ったのです。
しかし、このときヘンデルが花かごを託した輸送船の船長は、テレマンは亡くなっていた、という誤報をヘンデルにもたらしました。
ヘンデルは大変ショックを受けたわけですが、なんとそれが間違いだったことがわかったのは4年も後のことだったのです。
その船長が、テレマンからヘンデル宛てに、さらに手に入れてほしい植物のリストを預かり、ヘンデルはそれを受け取って、テレマンがまだ存命でいることを知ったのです。
ヘンデルはほっと胸をなでおろし、大変苦心してテレマンのオーダーに応えたということです。
結局、世を去ったのはヘンデルの方が先でしたが…。
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キューガーデン
それでは、ターフェルムジーク最後の第3集を堪能しましょう。
Georg Philipp Telemann:Musique de Table Production 3
演奏:ラインハルト・ゲーベル指揮 ムジカ・アンティクワ・ケルン
Reinhard Goebel & Musica Antiqua Köln
編成:オーボエ2、弦楽と通奏低音
第1楽章 序曲
管楽器はオーボエのみという室内楽的な編成で、これなら食卓で演奏されても安心して聴くことができます。序曲は第1集、第2集と同じようにリュリ式のフランス風序曲の形式をとっていますが、「急」の部分でイタリアのコンチェルトのスタイルと取り入れているのも同様です。華麗なヴィヴァルディ風のヴァイオリンのソロに、オーボエの豊かなソロが呼応します。「緩」の部分は、単なる付点リズムで終わるのではなく、様々な変化をつけており、ヘンデルがオラトリオ『ヘラクレス』の序曲に借用しました。
【参考曲】ヘンデル:オラトリオ『ヘラクレス』序曲
第2楽章 牧歌(ベルジェリ)
第3集の組曲は、各曲にフランス風の標題がつけられており、以前取り上げたクープランやラモーのクラヴサン曲を思わせますが、それらのタイトルのように不可解なものでありません。しかし、テレマンが、一生懸命フランス風な趣向を凝らしているのが、微笑ましくさえ感じます。
「ベルジェリ」は羊飼いの歌ということですが、田園や狩など、野外的な興趣の演出がこの第3集の目玉でもあります。
オーボエとヴァイオリンが、鄙びたメロディを呼び交わし、のんびりと草笛をくわえた羊飼いと、草を食む羊たちが目に浮かびます。
第3楽章 歓呼(アレグレス)
一転、都会的な洒脱な音楽となります。群衆の歓喜を表すかのような、沸き立つような曲です。
第4楽章 御者(ポスティヨン)
タイトル通り、郵便馬車のラッパの音を表した音楽です。18世紀、すでにヨーロッパには郵便制度がくまなく張り巡らされ、情報が素早く伝わっていたのには驚かされます。音楽家やそのパトロンたちが多く残した手紙から、曲のできた背景を知ることができるのはとてもありがたいことです。
この曲もヘンデルはオラトリオ『ベルシャザール』で使っています。古代バビロニアの王ベルシャザールが、神の示した不可思議な奇蹟の謎を解かせようと、全国の賢者を急ぎ召集し、学者たちが馬車であわてて宮殿に集まってくる場面で使われます。もちろん、古代には郵便馬車などありませんが、この曲は当時の聴衆にとっても、御者や馬車をイメージさせる音楽だったのでしょう。
【参考曲】ヘンデル:オラトリオ『ベルシャザール』 第2幕 シンフォニー
第5楽章 おべっか(フラテリ)
〝お世辞〟というような意味ですが、フランス宮廷での、気取った、おおげさなあいさつの仕草を思わせる曲です。閣下におかれましては、本日もご機嫌うるわしく…とお追従をしているような、ちょっと風刺の効いた曲です。
第6楽章 冗談(パディナージュ)
タイトル通り、軽妙なおしゃべりのような音楽です。これも、フランス宮廷での一こまを描写したものなのでしょうか。オーボエが忙しく、かしましいおしゃべりを演じています。
最後は端正なメヌエットでしめます。最後までオーボエが活躍する、さながらオーボエ・コンチェルトのような組曲です。
第2曲 四重奏曲 ホ短調
編成:フルート(フラウト・トラヴェルソ)、ヴァイオリン、チェロと通奏低音:
フルート(フラウト・トラヴェルソ)を中心とした、しっとりと落ち着いた室内楽です。フルートの哀感を帯びた音色がしみじみと心に響きます。他の曲集の四重奏曲と違い、チェロが通奏低音の一員ではなく、独立した旋律楽器としての役割を与えられています。モーツァルトら、古典派のフルート四重奏曲への道を開いた曲といえます。緩徐楽章から始まる教会ソナタ形式をとっているのは同じです。
フーガ風の書法で書かれています。フルート、ヴァイオリンという高音楽器に、チェロが相対しており、通奏低音の役割は少なく、実質的にはトリオに近くなっています。
第3楽章 ドルチェ
各楽器はかなり自由な動きをしており、変幻自在な音楽になっています。
3つの楽器が、1対2になったり、3声バラバラになったりと、組み合わせを変えながらポリフォニックに展開していきます。間違いなく〝新しい〟音楽です。
第3曲 コンチェルト(協奏曲) 変ホ長調
編成:ホルン(コルノ・ダ・カッチャ)2、弦楽と通奏低音
第1楽章 マエストーソ
狩をテーマにしたコンチェルトで、管楽器は楽譜上「トロンバ・セルヴァティカ(狩のトランペット)」と示されていますが、どの楽器を指すのか明確でないので、通常の古楽器演奏では、「コルノ・ダ・カッチャ(狩のホルン)」と呼ばれるEs管のナチュラルホルンで奏されます。コルノ・ダ・カッチャは、実際に狩で合図をするときに使われ、馬上で肩にかけて吹けるように、ベルが後ろ向きになりました。もともとが信号用ですから、右手は使わず、大音量でした。音程を変えるのは口でしかできませんから、出せるのは倍音だけです。オーケストラに取り入れられるようになったのは18世紀になってからで、その後、自然倍音以外の音を出すために、ベルの中に手を入れる「ゲシュトップ奏法」が編み出されていきます。別の初期ホルン「ヴァルトホルン(森のホルン)」が使われる場合もあります。
ホルンのゆったりした響きが実にのびやかで、おおらかな気分にさせてくれる音楽です。
舞曲的な、実に楽しい音楽です。野山を馬で駆け巡るかのような愉悦感に満ちています。ヴァイオリンが旋律を担当し、ホルンが野趣を添えます。
第3楽章 グラーヴェ
一転、悲歌風になり、2本のヴァイオリンがオペラ・アリアのように歌い上げ、ホルンは脇役に徹しています。
再び舞曲のリズムが戻ってきて、今度はホルンが縦横無尽の活躍をみせます。音程をとるのが至難のナチュラルホルンでここまでの旋律を奏でるのは、まさに名人芸です。実に野心的なコンチェルトといえます。
編成:フルート(フラウト・トラヴェルソ)2、通奏低音
第1楽章 アンダンテ
横笛フルートが2本に通奏低音という、異色の組み合わせのトリオ・ソナタです。可愛らしい音色とメロディに魅了されます。
前の曲に続き、明るい調子ですが、短調へのゆらぎが絶妙な効果を出しています。
第3楽章 グラーヴェーラルゴーグラーヴェ
2本のフルートが並行進行で奏され、神秘的な雰囲気を醸し出します。幻想的な、一度聴いたら忘れられない楽章です。
フーガ風のフルートの掛け合いが、まるで小鳥のさえずりのようにコケティッシュです。実に斬新で、現代的とさえいえるトリオ・ソナタです。
編成:オーボエと通奏低音
第1楽章 ラルゴ
第3集のソロ・ソナタの独奏楽器はオーボエです。通奏低音の前奏で始まり、シチリアーノのリズムの上に、オーボエが、芯の強い旋律を決然と歌います。
第2楽章 プレスト
ソロのオーボエが、旋律を提示し、それを自分で模倣するなど、ひとりで縦横無尽の活躍を見せます。とてもBGMとしては聴いていられない充実ぶりです。
第3楽章 テンポ・ジュスト
伸びやかに、それでいて含蓄深い、印象的な楽章です。かっこいい!の一言です。
第4楽章 アンダンテ
何かを語りかけ、静かに訴えるかのようにオーボエが歌うアンダンテです。
情熱を秘めたト短調にふさわしい、激しい楽章です。舞曲のリズムで、ソロのオーボエと通奏低音が火花を散らしながら、フィナーレを飾ります。
編成:オーボエ2、弦楽と通奏低音
〝荒れ狂うように〟と指示された終曲です。その通り、奔馬の群れが駆けるかのような迫力です。単純な同音反復を、強弱をつけてたたみかけていくため、嵐のような効果に圧倒されます。実に颯爽とした、全曲のフィナーレです。
これで、18世紀最大の人気作曲家、テレマンの金字塔、ターフェルムジーク全曲を聴きました。
この曲は、ヨーロッパ中でもてはやされ、後世の記念碑となったのでした。
次回は、テレマンに比べて〝二流の人〟と当時言われてしまった、大バッハのフランス風序曲を聴きたいと思います。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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