自慢の息子たちとの共演
ライプツィヒの大学生による音楽団体、コレギウム・ムジークムでの演奏のために、バッハが旧作や他者の作品を編曲した一連のチェンバロ・コンチェルトを聴いていますが、今回は『2台のチェンバロのための協奏曲 ハ長調 BWV1061』です。
この曲は、複数のチェンバロのためのコンチェルトの中でも異色の存在であり、また白眉といってもいいかもしれません。
私の中でも、特別な存在のコンチェルトです。
冒頭の、その輝かしくも華麗な開始を聴くだけでも、実にフレッシュかつエネルギッシュで、『マタイ受難曲』と同一の作曲家が書いた曲とはとても思えません。
2台、3台、4台といった一連のチェンバロ協奏曲の演奏では、第1チェンバロはバッハ自身が担当したとして、後は誰が弾いたのでしょうか?
コレギウム・ムジークムは学生団体ですから、学生の誰かが弾いた可能性もありますが、要求されたテクニックは相当の難易度です。
そこで想定されているのが、バッハの息子たち。
長男フリーデマン・バッハと、次男カール・フィリップ・エマニュエル・バッハです。
ふたりはこの時期、まだ父と同居し、コレギウムに出演していました。
複数のチェンバロを使うというのは音楽的にも異色の実験ですが、音楽一家バッハ・ファミリーのプロモーション曲だった、という解釈もできるのです。
そう思ってこれらの曲を聴くと、自慢の息子たちと競演する得意満面のバッハの姿がほうふつとしてくるのです。
バッハの息子たちについての記事はこちらです。
www.classic-suganne.com
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2台のチェンバロが火花を散らす!
この『2台のチェンバロのための協奏曲 ハ長調 BWV1061』について、バッハの最初の伝記作家ヨハン・ニコラウス・フォルケルは、19世紀になった1802年に次のように記しています。
この曲はきのう作曲されたかのように新しい。それは弦楽器の伴奏無しでも十分成り立ち、その場合にも十分立派にきこえる。
それもそのはず、この原曲は2台のチェンバロだけのものだったのです。
おそらくケーテン時代の終わりに、同じくオーケストラなしのチェンバロ独奏曲ながら〝コンチェルト〟と題された、『イタリア協奏曲 BWV971』の姉妹曲だった可能性が高いといわれています。
バッハは、ライプツィヒでの再演にあたり、オーケストラの伴奏を加え、コンチェルトに仕立て直したのです。
そのため、この曲でのオーケストラはほとんど独立した動きはなく、2台のチェンバロのサポート役に徹しています。
第3楽章に至っては、コンチェルトではあり得ない「フーガ」になっており、しばらくの間オーケストラが登場しません。
私は高校生の頃、FMラジオで初めてこの第3楽章を聴き、『協奏曲なのにオーケストラがない!おかしい!!』と騒ぎ、そのうち唐突にオーケストラが入ってきたのでさらに驚き、『これは何か演奏のミスではないか?』と友人に語った恥ずかしい思い出があります。
オーケストラがボーっとしていて、途中であわてて入ってきたとでも思ったのです。そんなバカな…笑
思い出といえばもうひとつ。
15年以上前に、ベルギーのとある古城を訪ねたとき、城のどこかからこの曲の第1楽章が聞こえてきました。
探し当てると、小さなチャペルに2台のチェンバロが置かれ、ふたりの奏者が練習をしていました。
何という幸運!!としばらく眺めていたのですが、師匠と弟子のコンビらしく、師匠がものすごい剣幕で弟子を怒鳴りつけながら弾いているのです。
今でいうパワハラとしかいいようがなく、弟子も師匠についていこうと一生懸命頑張っているのですが、あまりの罵倒ぶりに、見るにも聞くにも堪えずその場を離れました。
芸術を極めるというのは大変なことですね…。
確かに、2台のチェンバロが火花を散らすかのようなこの曲は、息の合ったふたりが対等の技量で向かい合わないと成り立ちません。
では、聴いていきましょう。
今回の演奏は、日本を代表する古楽演奏団体、バッハ・コレギウム・ジャパンの鈴木雅明氏と、そのご子息、鈴木優人氏の演奏です。
雅明氏の弟さん、鈴木秀美氏も高名な指揮者にしてバロック・チェロ奏者ですから、鈴木一家は、まさに現代日本のバッハ家といえます。
先日、調布音楽祭でおふたりの演奏を聴いたのはブログに書きましたが、このコンチェルトは2015年に同音楽祭の演目となったそうです。
親子での息の合った演奏は実に素晴らしく、まさに往時のバッハ父子の〝コレギウム〟での演奏を彷彿とさせてくれます。
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バッハ『2台のチェンバロのための協奏曲 ハ長調 BWV1061』
Johann Sebastian Bach:Konzert für Cembali und Streicher C-dur BWV1061
演奏:鈴木雅明(指揮、チェンバロ)、鈴木優人(チェンバロ)、バッハ・コレギウム・ジャパン
Masaaki Suzuki, Masato Suzuki & Bach Collegium Japan
第1楽章 テンポ指示なし
華麗な舞台の幕がいきなり開くかのような輝かしいスタートです。チェンバロだけでも大変なインパクトですが、弦がそれを補強してくれます。オーケストラによるリトルネッロはありませんが、チェンバロ・パートの中にそれは含まれています。2台のチェンバロが、魅力的な旋律を追っかけ合い、ぶつけ合い、緊張感をもって対峙していきますが、それは喧嘩でも争いでもなく、〝協奏〟としか言いようがありません。『のだめカンタービレ』で演奏されたモーツァルトの『2台のピアノのためのソナタ K.448』を先取りした曲といっていいでしょう。全体のテンポの指示はありませんが、最後はアダージョで劇的に終わります。
第2楽章 アダージョ・オヴェッロ・ラルゴ
この楽章にはオーケストラの伴奏は入らず、原曲通りチェンバロだけで奏されます。テンポは〝アダージョまたはラルゴ〟とされていますが、シチリアーノのリズムです。エキサイティングな前後の楽章に挟まれた、イ短調のしっとりとした情感あふれる緩徐楽章ですが、4声の厳格なポリフォニー書法が追求されており、各声部の流れが、奏者の指使いの難しさなどおかまいなしに複雑に絡み合いながら、音のタペストリーを織りあげていきます。
第3楽章 フーガ
コンチェルトの終楽章がフーガというのは異例で、この曲が元はソナタであったことを示します。まず第1チェンバロが2声のフーガを語り始め、続いて第2チェンバロも2声のフーガをスタートさせます。しばらくチェンバロだけでフーガは進行しますが、ほどなく弦と通奏低音が相次いで加わります。しかし、独立した声部ではなく、最初に入る第1ヴァイオリンは第1チェンバロの右手を、続く第2ヴァイオリンは左手をなぞります。最後に加わる通奏低音は第2チェンバロの左手とユニゾンです。つまり、弦と通奏低音がなくでもフーガは成り立っているわけです。テーマは何度聴いても聞き飽きることのない、爽快な魅力に富み、聴き終わった後の充実感は言葉では言い表せません。
また、この曲の演奏では、バスク出身の姉妹ピアニスト、ラベック姉妹のフォルテピアノによる演奏も忘れられません。
音色の違いの大きいフォルテピアノでのデュオは、チェンバロにはない効果があります。
J S BACH CONCERTO BWV 1061 LABECQUE SISTERS & IL GIARDINO ARMONICO G ANTONINI dir LIVE IN WIEN 2000
バッハ自身が責任を取れ!?
これまで2曲の『2台のチェンバロのための協奏曲』を取り上げましたが、実はもう1曲あります。
それは『2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調 BWV1062』です。
この曲の原曲は、人気が高く、ヴァイオリン教室の発表会でも必ずといっていいほど取り上げられる『2台のヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043』なのですが、原曲がポピュラーすぎて、その陰に隠れてしまっているのです。
それどころか、せっかくヴァイオリンならではの魅力を生かしたこの曲を、バッハはムリにチェンバロに編曲してしまって、自ら台無しにした、とまで、しばしば酷評されています。
アルベルト・シュヴァイツァーの評言です。
この作品のラルゴにあらわれるふたつの歌うようなヴァイオリン声部を、音のとぎれとぎれのチェンバロの手にまかせてしまうような冒険をどうしてバッハがする気になったのか、それは彼が自分自身に対して責任を取るがよい。
バッハとしては、チェンバロ・コンチェルトの可能性を追求する一環で編曲したのですから、この曲はヴァイオリンよりもチェンバロの方がふさわしい、などという考えでやったことではありません。
ですからこのような批判は当たらないのですが、やはり、恋人が愛し合うような第2楽章アンダンテ(ラルゴ)の艶っぽさは、ヴァイオリンにはかないません。
しかし、チェンバロの演奏にも、また違った魅力があるのも事実です。
バッハのチェンバロでは、ヴァイオリンでの3点ホの音が出せないため、ニ短調からハ短調に下げて編曲されています。
鈴木父子の演奏では、つぶやくようなチェンバロの一音一音が愛おしいばかりで、見事にヴァイオリンとは違った魅力を現出しています。
ヴァイオリン・コンチェルトの記事はこちら。
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2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調 BWV1062
演奏:鈴木雅明(指揮、チェンバロ)、鈴木優人(チェンバロ)、バッハ・コレギウム・ジャパン
第1楽章 速度指定なし
第2楽章 アンダンテ・エ・ピアノ
第3楽章 アレグロ・アッサイ
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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