
新しい響きを求めて
前回までバッハの管弦楽組曲(組曲)を聴いてきましたが、それはいずれもライプツィヒの大学生による音楽団体、コレギウム・ムジークムでの演奏のために作曲されたものでした。
新しく書き下ろされたという説もありますが、音楽好きの主君に仕えていたケーテン宮廷時代の旧作を編曲したものであるという説が有力です。
コレギウム・ムジークムのコンサートは、主にツィンマーマンのコーヒーハウスの店内で開催されたのですが、組曲のほか、メインの楽曲はチェンバロ・コンチェルトでした。
これまで、チェンバロは通奏低音(コンティヌオ)を受け持つ伴奏楽器でしたが、バッハはこれを独奏楽器として昇格させました。
その第一号が『ブランデンブルク協奏曲 第5番』です。
バッハは、ライプツィヒのコレギウム・ムジークムで、その試みを発展させ、後世、モーツァルト、ベートーヴェンと続いていくピアノ・コンチェルトの世界を創始したのです。
なぜチェンバロなのか?それは、バッハ自身が、オルガン、チェンバロといった鍵盤楽器の名手だったからです。
モーツァルトはピアノ・コンチェルトを自ら〝弾き振り〟してウィーンのスターになりましたが、まさにその先輩というわけです。
バッハがコレギウム・ムジークムで演奏したチェンバロ協奏曲は、復元されたものを含め、ソロ(1台のチェンバロ)のコンチェルトが8曲、2台、3台のチェンバロのためのものがそれぞれ3曲、4台のためのものが1曲、という膨大なものです。
偉大なる実験
ただ、ここで謎なのが、これらのほとんどが、ケーテン時代以前に作られた器楽ソロ用コンチェルトの、チェンバロ版への編曲、ということです。
なぜ新作を書かなかったのか?ということですが、ライプツィヒでのバッハの本業は、教会音楽の作曲と演奏で、アマチュア団体であるコレギウム・ムジークムの音楽監督はあくまでも片手間であり、忙しくて新作を書く時間を割けなかった、という説もあります。
しかし、どんなに忙しくても膨大な作品を生み出しているバッハが、そんな手間を惜しんだとは到底思えません。
管弦楽組曲と同様、ケーテンの田舎宮廷で埋もれてしまうはずだった名曲を、大都会ライプツィヒでもう一度日の目を見させたかったのと、何よりも、鍵盤楽器の新しい可能性を追求したかった、ということだったのでしょう。
これらの編曲は、決して〝手抜き〟ではなく、〝新たなる挑戦〟〝偉大なる実験〟だったのです。
そのお陰で、我々には幸せももたらされています。
失われた原曲が、チェンバロ・コンチェルトとして残っているものが、いくつもあるのです。
そして、チェンバロ・コンチェルトから原曲を復元する試みもできるのです。
今回の2台のチェンバロのためのコンチェルト ハ短調 BWV1060も、そんな1曲です。
バッハ『2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調 BWV1060』
Johann Sebastian Bach:Konzert für Cembali und Streicher C-moll BWV1060
演奏:トレヴァー・ピノック指揮&チェンバロ、ケネス・ギルバート(チェンバロ) イングリッシュ・コンサート
Trevor Pinnock, Kenneth Gilbert & The English Concert
この曲は、原曲も含めて自筆譜は残っていないのですが、筆者譜が多く残っていることから、当時から人気曲だったことが伺えます。原曲は2つの旋律楽器によるコンチェルトだったことは確実ですが、復元は、2台のヴァイオリン版と、ヴァイオリンとオーボエ版のふたつがなされています。メロディラインからすると、後者の方が説得力があり、現在でも復元版はこちらがポピュラーです。原曲がバッハのものという証拠はないのですが、その充実度からバッハ以外には考えられません。
このアレグロは、リトルネッロ形式をとっており、決然とした厳しい調子で始まりますが、受け継ぐ2台の楽器が、時には一緒に、時には掛け合い、時には片方がリズム、片方がメロディを受け持って進行してくさまは素晴らしいのひとことです。
原曲復元版の、オーボエ、ヴァイオリンのためのコンチェルトを、ぜひ比較してみてください。オーボエの動きに納得です。
【原曲復元版】オーボエ、ヴァイオリンのためのコンチェルト 第1楽章
弦のピチカートに乗って2台のチェンバロが語り合うさまは、この世のものとも思えない美しさです。2つのメロディはフーガ的に絡み合い、優美な織物を織りあげていきます。チェンバロだと、音色の違いが目立たないため、原曲復元版の方が印象的ではありますが、チェンバロ版では左手が追加されているため、ポリフォニーがより充実しています。最後は、不完全終止でフィナーレにつなぐところも実に粋でかっこいいです。
【原曲復元版】オーボエ、ヴァイオリンのためのコンチェルト 第2楽章
リトルネッロ形式の活気あふれるフィナーレです。軽い焦燥感を秘めた、颯爽としたソロがオーケストラと緊張感ある掛け合いを繰り広げていきます。本来か細い音色のチェンバロが、2台の力でオーケストラと対峙する響きは、まさに当時の聴衆が聞いたことのない世界だったはずです。
【原曲復元版】オーボエ、ヴァイオリンのためのコンチェルト 第3楽章
ソロのためのチェンバロ・コンチェルトは、2年前に記事にしました。
www.classic-suganne.com
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次回から、コーヒーハウスでのさらなる実験の数々を聴いていきます。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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