しぶしぶザルツブルクに戻ったモーツァルトは鬱屈した毎日を送りますが、雇い主である大司教の冷遇に耐えかねて、ついに
上司『お前なんかクビだ!』
部下『ああ、こんな会社こっちから辞めてやる!』
といったような応酬で辞職、父の反対も押し切ってウィーンでフリーの音楽家として活動を始めました。
これは、当時としては相当無謀なことでしたが、モーツァルトには自信がありました。
“フリーター” モーツァルトの武器は、ピアノ。
父レオポルトは高名なヴァイオリニストで、『ヴァイオリン教程』という教科書を書いたのですが、それはヨーロッパ8か国語に訳されて広まったほどでした。
レオポルトは、息子のヴァイオリンの腕前にほれ込んで、ヴァイオリンで勝負するよう勧めますが、モーツァルトはピアノにこだわります。
父はいらだって、
『お前は自分がどんなにうまくヴァイオリンが弾けるか分かっていないのだ!』
と諭しますが、ききません。
実際、モーツァルトのヴァイオリン・コンチェルトはザルツブルク時代に一気に5曲作っただけでした。
これに対し、ピアノ・コンチェルトは生涯で27曲もあります。
父に対するささやかな抵抗といったところでしょうか。
当時のピアノ
さて、ウィーンに出たモーツァルトは、ピアノ教師として生計を立てつつ、ピアニストやオペラ作曲家として名声を得ようしました。
ピアノも、古楽器が素晴らしいのです。
古楽器としてのピアノは、一般に“フォルテピアノ”と称されます。
ピアノは、“ピアノフォルテ”の略ですから、現代のピアノと区別するためにしても、逆にしただけの変なネーミングですが、もはや定着しています。
ドイツ語の呼び方“ハンマークラヴィーア”の方がふさわしいと思いますが、ちょっと長いですね。
“クラヴィーア”は鍵盤楽器全般を指すので、チェンバロのように弦をひっかいて音を出すのではなく、ハンマーで叩いて音をだすのでこういったわけです。
ピアノは、イタリアのクリストフォリが18世紀初めに発明し、だんだん、強弱がつけられないチェンバロにとって代わりました。
鍵盤の叩き具合で音の強弱を調節できるようになれば、表現力は格段に増します。
最初にピアノを弾いた作曲家は大バッハ(ヨハン・セバスティアン・バッハ)という説があり、クリストフォリのピアノをまねして作ったドイツ・ザクセンのジルバーマン製のピアノに対し、色々欠点、改善点を指摘したと言われています。
モーツァルトの若いころに構造的に安定してきて、人気が出始めた時期でしたが、モーツァルトがウィーンに出たころには大ブームになっていたようです。
フォルテピアノと現代のピアノとの違いは、まず全て木で出来ていること。
弦も細く、高音はきらびやかで、低音はまろやか。
楽器ごとの音色もかなり異なるので、その違いを楽しめるのもフォルテピアノの魅力です。
その代わり、現代のピアノが7と1/3オクターブなのに対し5オクターブ前後で、音量もかなり小さいです。
大きなコンサートホールでも、オーケストラ並みの音域と音量で響き渡るグランドピアノに対して、室内的で、つつましく典雅な響きです。
私はフォルテピアノを愛してやみません。
娘の電子ピアノを選びに楽器屋に行ったとき、フォルテピアノの音色が内蔵されているものがあって、ノドから手が出るほど欲しかったのですが予算オーバーでした…。
では、さっそく聴いていただきましょう。
私の気に入っている音色の演奏のひとつがこれです。
モーツァルトの最初のピアノ・ソナタ3曲のセットです。
モーツァルト『ピアノ・ソナタ K.279 , K.280 & K.281』
W.A.Mozart:Piano sonatas K.279 , K.280 & K.281
演奏:ロバート・レヴィン
Robert Levin
曲名:
【1曲目】ピアノ・ソナタ 第1番 ハ長調 K.279
Piano sonata K.279 in C Major
【2曲目】ピアノ・ソナタ 第2番 ヘ長調 K.280
Piano sonata K.280 in F Major
【3曲目】ピアノ・ソナタ 第3番 変ロ長調 K281
Piano sonata K.281 in B-flat Major
これらの曲は、モーツァルトがマンハイム・パリ旅行の前に、初めて6曲セットで出版を意識して書いたもので、実際に旅行中、メインの作品として各地で弾いた曲です。
ピアノ・ソナタ 第1番 ハ長調 K.279
【トラック 1~3】
記念すべき最初のピアノ・ソナタなのに、気負わず、さりげない感じの曲です。
ピアノ(弱音)とフォルテ(強音)の対比が協調されていて、チェンバロ風の典雅な旋律の中に、ハッとするような迫力もあります。
ピアノ・ソナタ 第2番 ヘ長調 K.280
【トラック 4~6】
バロック風の物悲しい歌の中に、モーツァルト独特の優しいささやきが混じっています。
【トラック 7~9】
音の階段を上り下りする華やかなアルペッジオは、フォルテピアノの高音と低音の音色の違いを心ゆくまで味わうことができます。
演奏者のロバート・レヴィンは、演奏も素晴らしいですが、学者でもあります。
古楽器の演奏は、往時の再現ですから、時代考証など、しっかりした研究が必要です。
古楽器演奏者には、演奏の腕前と、研究・考察力の両方を備えたスゴい人が多いです。
モーツァルトはやや揶揄も込めて“音階の音楽家”と言われることもありますが、それはモーツァルト当時のピアノの魅力を最大限発揮するためだったことが、古楽器の演奏を聴くと実感できるのです。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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