最初の結婚
前回はバッハの〝ナンパ疑惑〟をご紹介しましたが、バッハが愛妻家だったことは歴史家の誰もが認めるところです。
バッハの最初の結婚は1707年で、相手は従妹のマリア・バルバラでした。バッハ22歳、バルバラ23歳。
この結婚生活についてはほとんど記録がないのですが、ふたりの間には7人の子供ができたので、仲睦まじかったのは間違いないでしょう。
バッハはドイツでも有名な、代々音楽家を輩出した家系ですが、バッハの息子も4人が高名な音楽家になっています。
そのうち、バルバラから生まれたのはヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ(1710~1784)と、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714~1788)です。
ところが、例の〝音楽好きのお殿様〟に仕えたケーテン時代、バッハを不幸が襲います。
侯爵のお供で保養地に出張している間に、妻バルバラは急死してしまったのです。
帰宅した日の10日前にはすでに埋葬されていました。
結婚生活は13年。バッハのショックは想像するに余りあります。
そして、再婚
翌1721年、バッハに縁談があり、宮廷トランペット奏者の娘で、駆け出しソプラノ歌手のアンナ・マグダレーナと結婚しました。バッハ36歳、アンナ20歳。
このアンナ・マグダレーナこそ、多大の内助の功を上げた、良妻賢母とたたえられる女性です。
バツイチ4人の子持ち男との再婚なのに、家事、子育てのみならず、音楽的才能を存分に活かしてバッハの活動の手伝いをしました。
夫の作品の写譜もたくさん行ったのですが、筆跡もそっくりで、後世の研究者を悩ませるくらいでした。
ハイドンとモーツァルトの妻は悪妻として有名ですが(モーツァルト自身は悪妻とは思っていませんでしたが)、バッハは2度も良縁を得たのです。
バッハとの間に13人もの子を成し、音楽家として大成したのはふたり、ヨハン・クリストフ・フリードリヒ・バッハ(1732~1795)と、ヨハン・クリスチャン・バッハ(1735~1782)です。
最初の妻、バルバラは若干年上の妻でもあり、対等な関係の夫婦だったのではないかと思いますが、アンナとはかなり年が離れていたので、また違った夫婦関係だったようです。
アンナは夫を深く尊敬しており、バッハは若いアンナの魅力にぞっこんだったと伝えられます。
さて、この『2つのヴァイオリンのための協奏曲』で2台のヴァイオリンが紡ぐのは、片思いではなく、仲睦まじい夫婦の愛だと思うのです。
バッハ『二つのヴァイオリンのための協奏曲 二短調 BWV1043』
Concerto for 2 Violins, Strings, and Continuo, in A minor BWV1043
演奏:サイモン・スタンデイジ、エリザベス・ウィルコック(ヴァイオリン独奏)
トレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンサート
Simon Standage , Elizabeth Wilcock (Violin)
Trevor Pinnock & The English Concert
フーガ風の、荘重な調べで始まります。2台のヴァイオリンが息を合わせて、時にはかわりばんこにテーマを響かせます。ソロとは違う緊張感が聴く人を引き込んでいきます。
第2楽章 ラルゴ・マ・ノン・タント
2台のヴァイオリンが、お互いをいたわりあうように対話します。それは、燃え上がるような恋人同士ではなく、落ち着いた夫婦の会話です。相手に対する思いやりと優しさに満ちた旋律は、聴いていると胸がいっぱいになります。自分を支えてくれる伴侶への気持ちを表したのか、それとも亡き妻への思いを込めたのか。バッハのような当時の職業音楽家は、後世の芸術家のように自分の内面をあからさまに表に出すことはしませんが、このような音楽を聴くと、やはり何らかの思いが反映していると思いたくなります。
この曲を含め、バッハはヴァイオリン協奏曲を後にチェンバロ協奏曲に編曲していますが、特にこの曲の編曲は後世の批評家に酷評されています。
アルベルト・シュヴァイツァーは、『この作品のラルゴにあらわれるふたつの歌うようなヴァイオリン声部を、音のとぎれとぎれのチェンバロの手にまかせてしまうような冒険をどうしてバッハがする気になったのか、それは彼が自分自身に対して責任をとるがよい。』などと怒りまくっています。
しかし、それはあまりにも当時の事情を無視した意見です。
当時は、曲の都合に合わせて奏者がいくらでも集められるような状況ではありません。
おそらく、一連のチェンバロ協奏曲は、ライプツィヒ時代にチェンバロを集めて演奏することになったときに、旧作を集めて編曲したと言われていますが、今ある楽器でいろいろやってみよう、という時に、元の持ち味が失われるからこの曲はやめとこう、という判断にはならないでしょう。それで旧作がお倉入りになってしまう方がもったいない話です。
もちろん、両方聴ける現代の立場では、私も間違いなくヴァイオリンの方を選びますが。
短調の激しくも切ない調べの中でも、2台のヴァイオリンは、ふたりで演奏全体を引っ張っていきます。人生の荒波を、ふたりで手を携えて乗り越えていくようです。病めるときも、健やかなるときも・・・。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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