ブランデンブルク協奏曲全曲をご紹介したので、このまましばらくバッハモードでいこうと思います。
オペラを書かなかったバッハ
バッハは、あらゆるジャンルの曲を書いていますが、オペラ(歌劇)だけは作曲していません。
オペラは、派手で大仰、そしてドラマチックなバロック芸術の象徴ともいえますが、バッハは1曲も手がけていないのです。
その理由は色々言われていますが、バッハのキャリアをたどると、そのチャンスが無かったし、そもそもチャンスを得ようとしなかったとも思われます。
バッハのキャリアは教会音楽家、あるいは宮廷音楽家であり、しっかりした雇用を求めていました。
42曲のオペラを書いたヘンデルはその対極で、作曲家というより〝興行家〟に近いものがありました。ライバル劇場の妨害や陰謀が絶えず、聴衆の気まぐれや歌手のわがままに振り回され、常に破産のリスクにさらされたオペラ劇場は、そもそもバッハとは住む世界が違ったのです。
ヘンデルが一発大儲けを狙った起業家とすれば、バッハは堅実な公務員志向だったわけですね。
バッハはラブソングを歌わない?
ただ、その結果、バッハの音楽には恋愛をテーマとしたものがほとんどありません。
〝神の愛〟は大いに謳っているのですが、世俗的な色恋には無縁なのです。
バッハが書かなかったオペラはドラマですから、むしろ恋愛が主題です。現代の映画やTVドラマ同様、たとえ歴史モノや神話など堅いテーマがメインであっても、恋愛エピソードは必ず挿入されます。
しかし、逆に、ストレートに色恋をテーマにしていないバッハの音楽から、これは恋愛を意識してるんじゃないかな…?と考えながら聴くのもオツなものです。
ベートーヴェンもバッハに似ていて、オペラは『フィデリオ』1曲しか書いていませんが、これは崇高な夫婦愛を描いたもので、音楽は素晴らしくても、どうにも筋書きが堅苦しい。笑
この対極はモーツァルトのオペラで、ドタバタのラブ・コメディ『フィガロの結婚』、プレイボーイが口説きまくる『ドン・ジョヴァンニ』、そして極めつけは〝女は浮気をするか、しないか〟がテーマの『コシ・ファン・トゥッテ』。
ベートーヴェンは、これらの〝不道徳〟な劇にモーツァルトがせっかくの才能を浪費した、として許しませんでした。
しかし、今も昔も、面白いのは恋バナですよね。
ベートーヴェンにも、恋愛がらみではないか、と思われる曲はありますが、たしかに〝遊びの恋〟ではなく〝本気の恋〟のようです。
バッハがナンパ !?
あの音楽室のいかめしい肖像からは、バッハの恋など想像つかないかもしれませんが、面白い記録が残っているのです。
若い頃、アルンシュタットという町の教会のオルガニストの職についたのですが、21歳のとき、市当局から譴責処分を受けています。
今も残る譴責状にはこう記載されています。
『最近彼が見知らぬ若い女性をオルガン室に入れて演奏させたのは、いかなる権限によってであるか、彼に聞きたい。』
ここから想像されるのは、こんな一幕です。
『ねぇ、パイプオルガン弾いてみたくない?』
『えっ、そこって女人禁制でしょ?ムリムリ~』
『だいじょーぶ、俺に任せなって』
『ホント?一度弾いてみたいって思ってたんだ!』
『よし、ついてきなよ』
『マジで~⁉︎ バッハさんすごーい!』
バッハを神聖視する後年の伝記作家はこの記録の処理に困り、この女性は、後年結婚する最初の妻マリア・バルバラであった、と結論づけていますが、その証拠は何もありません。
バッハの曲が崇高だからといって、人物的にも崇高だと考えるのは、後世の勝手なイメージですね。
バッハももちろん、人間味あふれる男だったのです。
子供も、最初の妻との間に7人、後妻との間に13人、計20人も作りました。
ある意味、真面目かもしれませんが・・・。
そんなバッハの〝本気の恋〟を現しているのではないか、と私が感じるのが、このヴァイオリン・コンチェルトです。
バッハ『ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 BWV1041』
Concerto for Violin , Strings ,and Continuo , in A minor BWV1041
演奏:サイモン・スタンデイジ(ヴァイオリン独奏)
トレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンサート
Simon Standage(Violin)
Trevor Pinnock & The English Concert
ツン、とすました感じでさりげなく始まりますが、ヴァイオリン・ソロの妙技は縦横無尽に、次から次へと新たなパッセージを繰り出し、その緻密さは、聴く人に深い充実感を与えます。
第2楽章 アンダンテ
この楽章こそ、バッハの秘めた恋心の表出だと思うのです。
冒頭からトゥッティが奏でるバッソ・オスティナート(固執低音)は、まさに、届かぬ思いを込めた深いため息。そしてその低音の上に奏でられるヴァイオリンの澄み切った響き。好きな人のことを考えたときに胸の内に流れる蜜のような、切ないまでの甘美さ。バッハがこの曲を書いたとき、恋愛を意識しなかったとは、とても思えないのです。
第3楽章 アレグロ・アッサイ
再び、第1楽章のようなすました感じに戻ります。まったく、この曲はツン、デレ、ツン、の3部からなる恋愛コンチェルト、とでも呼びたくなります。
舞曲のリズムで独奏ヴァイオリンが気取って踊り、なんでもないよ、といわんばかりにサッと終わるのです。
このコンチェルトを〝片思い〟の曲とすれば、次回は〝両想い〟の曲をご紹介します。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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