バッハの『平均律クラヴィーア曲集 第2巻』のご紹介、最終回です。
全24曲中、今回は第17番から、最後の第24番までです。
The Well-Tempered Clavier, Book 2 no.17-24 BWV886-893
演奏:グレン・グールド(ピアノ) Glenn Gould
第17番 変イ長調(BWV886)
【プレリュード】教会の鐘を思わせるような軽やかなテーマです。チャイムが鳴って、みんな集まれ~と呼ばれているようです。コンチェルトのリトルネッロ風のお洒落なプレリュードです。
【フーガ】4声。気高く優しいテーマに、半音階的な対位テーマが並走し、深みを与えています。この曲の後半(第24小節以降)は、実は前半が作曲されてから20年後に追加されたものですが、全く時期的な違和感がありません。モーツァルトなどは、若い頃と晩年では、かなり曲の雰囲気が異なり、それぞれの魅力の違いがむしろ楽しいのですが、バッハはその違いをほとんど感じさせないのです。
第18番 嬰ト短調(BWV887)
【プレリュード】情熱的なプレリュードで、ショパンを思わせるほどです。バッハ自身の強弱の指定があり、エコー効果を狙っています。
【フーガ】3声。ゆりかごのように揺れるテーマに半音階の影が伴う二重フーガで、さりげない雰囲気の中にも深い感情を秘めたフーガです。
第19番 イ長調(BWV888)
【プレリュード】跳ねるようなテーマですが、決してはしゃぎすぎることのない、大人の抑制が効いています。8分の12拍子というパストラーレのリズムがのどかな田園を思わせます。
【フーガ】3声。プレリュードに関連性のあるテーマが颯爽と展開していきます。この巻で最も短い曲ですが、ピリリと効いた小粒の山椒のようなフーガです。
第20番 イ短調(BWV889)
【プレリュード】何かを語りかけてくるような含蓄深い曲です。2部に分かれ、後半のテーマは1分の反行形という、バッハらしい技巧が凝らされています。
【フーガ】3部。力強いテーマが決然と奏でられ、次いで全く対照的な、玉を転がすようなテーマが重なり、どんどん引き込まれていきます。
第21番 変ロ長調(BWV890)
【プレリュード】ロンド形式を思わせる華麗な曲。諸声部が絡み合う複雑な構成で、楽しくもあり、ドラマチックでもあり、何度聴いても飽きない充実した曲です。
【フーガ】3声。メヌエットに似た舞曲風のフーガです。高貴な雰囲気に満ちて、非常に印象的な曲です。
第22番 変ロ短調(BWV891)
【プレリュード】技巧と楽想からこの曲集の頂点といわれている曲です。確かに、他の曲と違ってスッと入ってくる曲ではないのですが、心を無にして聴くと理由も分からず何かで満たされてく、そんなプレリュードです。
【フーガ】4声。プレリュードに続き、力強くも複雑かつ精緻な曲で、まさに労作の名にふさわしい曲です。しっかり安定した足取りで始まり、やがてつらい表情を見せながら進み、最後は迷子になったような気がしますが、いつの間にか頂上に立っている、といった、まるで峻厳な山に登るような思いになります。
第23番 ロ長調(BWV892)
【プレリュード】胸のすくような流麗な曲。流れるパッセージは、両手に分けて引き継ぐように演奏されます。コンチェルトのようなスケールを持った素晴らしい曲です。
【フーガ】4声。柔らかく、優しい響きで始まります。だんだんと複雑な構成になっていきますが、親しみやすい基本のテーマが時々しっかりとその姿を見せてくれて、ホッとした思いにしてくれるのです。
第24番 ロ短調(BWV893)
【プレリュード】バッハに宿命的なロ短調、そしてこの偉大な曲集の締めくくり、ということでは期待させますが、意表をついてさりげなく、むしろ軽ささえ感じさせる曲です。かなり以前の作であるという説と、後期の作品であるという両方の説があります。一般聴衆どころか、専門家の詮索にさえ、そう簡単には作曲の背景を見破られないのは、まさにバッハの職人魂といったところでしょう。
【フーガ】3声。ロ短調による終曲、ということで、思わず身構えてしまうのですが。これもプレリュード同様、肩透かしをくらうほど軽いです。しかしむしろ、次の時代を感じさせる思いもします。
以上、音楽の世界の秩序を、24曲で2回、楽譜によって示したバッハ。そして、それをピアノで実際に人の耳に届かせ、時代を超越して伝えたグレン・グールドの演奏。
この曲、この演奏は、深遠でありながら、日常生活の彩りや、疲れた時の癒し、憩いとして聴けるという、世にもまれな音楽だと思うのです。
最後に、正統派チェンバロ演奏もご紹介しておきます。
The Well-Tempered Clavier, Book 2
演奏:エディット・ピヒト=アクセンフェルト(チェンバロ)Edith Picht-Axenfeld
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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