バッハが家庭で楽しみ、息子たちの教育に使用した楽器、そして、前回ご紹介したように、グレン・グールドがその響きを何とかピアノで再現したかった楽器、クラヴィコードについてご紹介します。
チェンバロ(ハープシコード)は、弦を鍵盤につながった爪で引っ掻いて音を出すため、音の強弱がつけられず、鍵盤を強く叩こうが、弱く叩こうが、同じ音しか出ないため、大型のチェンバロでは強弱2段の鍵盤が設けられていました。それでも、演奏に表情をつけるのは熟達の技が必要でした。
この欠陥を埋めるべく発明されたのがピアノ(ピアノフォルテ)です。ピアノはハンマーで弦を叩きますので、強く叩けば強い音が、弱く叩けば弱い音が出るため、表現の幅が格段に広がりました。そうするためには、大変高度な技術が必要だったのですが。
ドイツではクラヴィーアは鍵盤楽器全般を指しますが、ピアノは特に〝ハンマークラヴィーア〟または〝ハンマーフリューゲル〟と呼ばれます。
音量も大きくすることができ、現代のグランドピアノは大ホールにあっても、フルオーケストラに匹敵する表現力を持っています。
バッハは、発明されて間もないピアノに接したことがあるようですが、まだ不完全だったため、あまり興味を示さなかったようです。
しかし、その後完成したピアノに接したとしたら、間違いなく歓喜して素晴らしいピアノ専用の曲を作ったことでしょうから、バッハの曲をピアノで、バッハだったらこんな表情をつけて弾いただろう、と想像して演奏するのは決して邪道ではありません。
これに対し、クラヴィコードはチェンバロより古く、16世紀以降、18世紀に至るまで広く普及した、家庭用の鍵盤楽器です。
箱のような小型の構造で、テーブルの上に置いて演奏しました。
構造は比較的シンプルで、鍵盤を押すと、テコの原理でレバーが上がり、先に取り付けられたタンジェントと呼ぶ金属片が直接弦を突いて音が出ます。
そのため、ピアノのように、強く押せば強い音が、弱く押せば弱い音が出ますし、鍵を押したまま揺らせばヴィブラートも可能でした。
しかし、音は小さく、まさに蚊の鳴くような音で、とてもコンサート会場では使えません。
まさに、自分で自分のために奏でる、家庭用楽器だったのです。
録音では音を大きくして聴いてしまうので、実感はしにくいのですが。
では、その音色を聴いてみてください。
まず、こちらは冒頭写真の「レパントの海戦」が描かれた歴史的クラヴィコードを実際に弾いた演奏です。
曲目は、16世紀にスペイン宮廷で活躍した大オルガン奏者カベソン(1500頃~1566)が、パリの作曲家セルミジが作ったシャンソン『美しい人よ、あなたはどこから来たのでしょうか』の旋律を元に作曲したものです。
織田信長と同時代の本物のヨーロッパの音色です。
アントニオ・デ・カベソン:ドゥビエンセラ
演奏:ゴードン・マリ(クラヴィコード)
クラヴィコードは、16世紀からバッハ、モーツァルトの時代(18世紀)まで長く使われました。
次は、バッハが彼のためにインヴェンションを作曲した、最愛の長男フリーデマン・バッハの作品です。
時代の流れを感じます。
(使用楽器はそれぞれ異なります)
W.F.Bach : Polonaise No.1 in C major
演奏:ポール・シモンズ(クラヴィコード) Paul Simmonds
次に、最も成功した次男、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの作品です。
クラヴィコードは楽器によって音色の差が相当ありますので、それも楽しんでいただければと思います。
Carl Phillip Emanuel Bach : Sonata in A major, Wq.55
演奏:ジェラルド・ハンビツァー(クラヴィコード) Gerald Hambitzer
最後に、父バッハの作品です。
J.S.Bach : Toccatas for keyboard in D major, BWV912
演奏:リチャード・トロイーガー(クラヴィコード) Richard Troeger
いかがでしたでしょうか。
まるで、ギターやマンドリン、あるいは琴のように聞こえるかもしれません。
鍵盤楽器というのが、弦楽器をなんとか簡単に弾こうとして工夫されたものだということがよく実感できますね。
しかし、簡単になったどころか、両手の全ての指を使えることにより、さらに音楽そのものの表現の可能性が格段に広がり、さらなる高度な曲が生まれたのです。
このあたり、楽器の発達の歴史からも、西洋文明が世界を征服できた理由が垣間見えるようで、空恐ろしささえ感じます。
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