バッハで旅する、ヨーロッパの国々
これまで、バッハに対するグレン・グールドのこだわりをご紹介してきましたので、引き続き、彼の演奏によるバッハの主要な作品を、アルバムを中心に取り上げていきたいと思います。
『ゴールトベルク変奏曲』『平均律クラヴィーア曲集』『インヴェンションとシンフォニア』は既にご紹介しましたので、後の主だったものは、『イタリア協奏曲』『フランス風序曲』『パルティータ』『フランス組曲』『イギリス組曲』あたりでしょうか。
それぞれ、ヨーロッパ各国の名前がついているのが面白いですが、バッハが意識してつけたものや、後世に名付けられたものもあります。
これは、バッハがこれまでのヨーロッパ各国の音楽を集大成した、とみなされていることもありますが、ヨーロッパは狭い地域に国がひしめき、それぞれに特色ある文化を競い合いましたので、〇〇風、という違いを味わうことが、文化でも、芸術でも、酒や料理でも、また何より旅での楽しみですので、それをバッハの曲の中に見出す喜びからくることでしょう。
まさに、バッハの音楽の中で、ヨーロッパ各国を旅することになるのです。
まずは、イタリア風の曲を中心にまとめたグールドのアルバムです。
イタリア協奏曲
この曲はバッハ自身によって『イタリア趣味による協奏曲』と名付けられました。
バッハは、音楽の先進国であるイタリアの音楽を若い頃から研究し、特にその代表的な曲種、コンチェルト(協奏曲)の完成者といわれたヴィヴァルディの曲の多くを編曲しています。
ヴィヴァルディはこのブログの最初の方で取り上げましたので、ぜひご覧いただければと思います。
www.classic-suganne.com
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バッハは、最後の活動の地ライプツィヒで、聖トーマス教会のカントルとして活躍しましたが、同時にライプツィヒの街の音楽監督も兼ねていましたので、大学生の音楽サークル『コレギウム・ムジクム』の指導も行い、そこでは世俗音楽を演奏していました。そこでは主にチェンバロ・コンチェルトを取り上げ、自分の旧作やヴィヴァルディの作品をコンチェルトに編曲して大学生たちと楽しんでいたのです。
そして、チェンバロだけで、イタリアのコンチェルトを再現しよう、と試みられたのがこの曲なのです。
二段鍵盤の大型チェンバロでは、オーケストラのトゥッティをフォルテの鍵盤で、ソロをピアノの鍵盤で表現できます。
楽章構成も急―緩―急のイタリア・コンチェルトの定番です。
バッハ『イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971』
J.S.Bach : Italian Concerto in F major, BWV971
演奏:グレン・グールド(ピアノ) Glenn Gould
第1楽章 速度表記なし
速度表記はありませんが、コンチェルトですから、アレグロで演奏するのがお約束でしょう。バッハの代表作とも言われる有名な曲です。私が幼少時代、最初に買ったチェンバロのLPに入っていました。協奏曲なのになんでオーケストラが入っていないんだろう、と思った記憶があります。テーマは明るく、親しみやすいものですが、どこか、底抜けのイタリアではなく、堅実なドイツっぽさは抜けていません。やはり、真面目なドイツ人がせいいっぱい無理をして作ったイタリア風の曲、という感じは否めません。しかし、その充実度、密度は、とてもイタリア人には無理だろう、という内容です。
第2楽章 アンダンテ
右手で独奏ヴァイオリンを模し、切々としたアリアを歌い、左手はオーケストラのバッソを表現しています。きわめて叙情豊かに、イタリアのアリアを再現しています。
第3楽章 プレスト
イタリアのコンチェルトのフィナーレよろしく、派手さと盛り上がりに注力しています。グールドの演奏は、手の動きも目にとまらないほどのスピードで、まさに〝ロック魂〟さえ感じます。めくるめくような興奮を与えてくれる、まるでテーマパークのアトラクションのような楽章です。
〝パルティータ〟とは、イタリアで組曲を意味する言葉ですが、特定の形式を示すものではなく、比較的自由に使われていました。
『フランス組曲』『イギリス組曲』に比べて、イタリア色が強いので、『イタリア組曲』と名付けてもよさそうな曲集です。
バッハはクラヴィーア作品では6曲セットで作曲しており、グールドの演奏は、彼のバッハの中でも『ゴールトベルク』に次ぐ名演といわれています。
このアルバムには『第1番』と『第2番』が収められています。
バッハはライプツィヒ時代に、各曲をバラバラに出版していましたが、1731年になって6曲セットにし、下記の標題をつけて『作品1』として満を持して出版しました。
ザクセン=ヴァイセンフェルス公の現職の楽長で、ライプツィヒの合唱団音楽監督のヨハン・セバスティアン・バッハにより、愛好家を心情的に慰めるため作曲されたプレリュード、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグ、メヌエット、その他のギャラントな曲からなるクラヴィーア・ユーブング、作品1
ということで、バラバラで出版していたときには、〝パルティータ〟と名付けていたのに、全曲版のときには〝ユーブング〟としていました。
〝ユーブング〟は、練習曲といった意味のようですが、ライプツィヒでの前任者、クーナウがこの名を冠した曲が売れていたので、これにあやかったといわれています。
いずれにしても、〝作品1〟ですので、バッハも相当気合を入れていたと思います。
バッハの作品で生前出版されたものは少ないのですが、大きなものは、〝クラヴィーア練習曲集〟として下記のように出版されています。
〝クラヴィーア練習曲集〟という出版名は、今は曲のタイトルとしては使われていません。含まれる曲は()内です。
クラヴィーア練習曲集第1部 1731年出版(パルティータ)
クラヴィーア練習曲集第2部 1735年出版(イタリア協奏曲、フランス風序曲)
クラヴィーア練習曲集第3部 1739年出版(オルガン・ミサ)
クラヴィーア練習曲集第4部 1742年出版(ゴールトベルク変奏曲)
バッハ『パルティータ 第1番 変ロ長調 BWV825』
J.S.Bach : Partita no.1 in B flat major, BWV825
演奏:グレン・グールド(ピアノ) Glenn Gould
第1曲 プレルーディウム
ホッとするような優しい曲で、これから始まる曲たちを導いていきます。
流れるような舞曲。体が動くような楽しい曲です。
第3曲 コレンテ
クーラントのイタリア語です。これも楽しく、うきうきするような素敵な曲です。
踊りまくった後、心地よい疲れに身をゆだねるようです。
やや形式ばった貴族のダンスですが、とても親しみやすい感じです。メヌエットⅠとⅡに分かれていますが、Ⅱはより落ち着いています。
第6曲 ジーグ
イタリア風の、やや騒がしい感じの踊りです。バッハは通常ジーグではフガートを使うのですが、ここでは使わず、シンプルに仕上げています。
バッハ『パルティータ 第2番 ハ短調BWV826』
J.S.Bach : Partita no.2 in C minor, BWV826
演奏:グレン・グールド(ピアノ) Glenn Gould
イタリア風序曲の形式にのっとり、急-緩-急の、オペラの序曲のような壮大なスケールの曲です。イタリア風といいながら、その荘重さにはフランス風序曲の特徴も見られ、両者の融合を狙ったともいわれています。その高貴さ、激しさは、言葉では言い尽くせません。前々回ご紹介した、この曲を練習する若きグールドの姿を再度見ていただきたいと思います。
2部形式になっており、気だるい昼下がりのようなメランコリーを感じます。
メランコリックな思いはさらに深化し、虚空に流れていくようです。
心の中の静寂を表現したような、落ち着いた音楽です。
第5曲 ロンドー
活発な踊りが始まりますが、貴婦人が踊るかのような気品があります。
組曲はジーグで終わるのが通例なのに、ここでは変わったことにカプリッチョが終曲に置かれています。カプリッチョは〝気まぐれ〟という意味ですが、その名のとおり、全体に憂鬱な雰囲気だったこの曲を元気に締めくくります。
気高い響きのする、イタリア協奏曲のチェンバロでの演奏もご紹介しておきます。
バッハ『イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971』
J.S.Bach : Italian Concerto in F major, BWV971
演奏:トレヴァー・ピノック(チェンバロ)Trevor Pinnock
第2楽章 アンダンテ
第3楽章 プレスト
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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