バッハの室内楽曲を、まず、一台の楽器だけで歌い上げる無伴奏曲から聴いてきました。チェロ、ヴァイオリン、フルートの3つの楽器用がありました。
次に、オブリガート・クラヴィーアつき(鍵盤楽器の助奏つき)のソナタです。フルート、ヴァイオリンと聴いてきまして、最後はヴィオラ・ダ・ガンバのソナタです。
ジブリ映画『耳をすませば』で、天沢聖二くんのおじいさんが弾いていたのはヴィオラ・ダ・ガンバです。
ヴィオラ・ダ・ガンバは18世紀末でいったん滅び、チェロにとって代わられたバロック時代までの楽器です。近代になって、チェンバロがピアノに、リコーダーがフルートにとって代わられたのと同じです。
滅びた原因は、音量が小さかったり、音程が不安定だったり、調弦が複雑だったり、自由な転調ができなかったり、などなどですが、独特の味わい深い音色や、室内ならではの微妙なニュアンスの魅力から、古楽器ブームで復活を遂げました。
録音で聴く分には全く問題ありません。
ヴィオラ・ダ・ガンバがどういう楽器かは、以前の稿でバッハのブランデンブルク協奏曲第6番に登場するので取り上げましたが、〝脚の弓弦楽器〟という意味で、文字通りチェロと同じように脚で挟んで演奏しました。
同じヴィオール属の楽器で、ヴァイオリンと同じように腕で支えて弾くのものは〝ヴィオラ・ダ・ブラッチョ〟つまり〝腕の弓弦楽器〟と呼ばれ、〝ガンバ〟が滅んだのちに区別する必要がなくなって〝ブラッチョ〟がとれ、単に〝ヴィオラ〟として残りました。
弦の数は基本は6弦ですが、この楽器が流行ったフランスではもう1弦加えられ、7弦のものもありました。
バッハも、第2番では7弦のものを指定しています。
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改作は悪?
さて、バッハのヴィオラ・ダ・ガンバを指定したソナタは3曲あり、バッハの室内楽曲の中でも、特に親しみやすい人気曲ばかりで、私も大好きなのですが、どれも楽譜上、訳ありなのです。
それぞれ、その訳をご紹介しながら聴いてみたいと思います。
まず、第1番ト長調ですが、 唯一バッハの自筆譜が残っています。しかし、それは他の曲の編曲でした。
作曲されたのは、他の多くの器楽曲と同じく、音楽好きの殿様に仕えたケーテンの宮廷楽長時代と考えられていますが、その楽団にはヴィオラ・ダ・ガンバの名手がおり、また主君レオポルト公自身もガンバを好んで嗜んでいました。
そのため、旧作をヴィオラ・ダ・ガンバ用に改作、編曲したと考えられています。
同じ曲に、『2つのフルートと通奏低音のためのソナタ ト長調』があるのですが、これも、原曲の編曲の可能性があり、本当の原曲は失われていますが、 音楽の特徴から考えるに、2つのヴァイオリンと通奏低音のためのソナタだったのではないか、といわれています。
ヘンデルも過去の自作の転用で悪名が高いですが、バッハも多くの改作を行っており、それはこの時代の普通の習慣なのです。
せっかく作った曲ですから、いろいろな土地で演奏するのに、その場所での演奏者の編成に合わせる必要があるわけです。
フルートの名手がいる土地では、フルートで演奏できるように編曲するのは当たり前のことといえます。
ただ、原曲は最初に想定された楽器の特性を活かして作曲しますから、その狙った効果が十分に生かされないことはままあります。
こうした改作はバッハ自身ではなく、弟子や息子、あるいは無関係の演奏家や出版社が勝手に行うことも多々あります。当然、中には粗悪なものもあり、悪いことにバッハの原曲は失われていることもあるわけです。
しかし、バッハ自身が編曲したものでも、『2台のヴァイオリンのためのコンチェルト ニ短調』のように、チェンバロのために改作したら、後世から『バッハよ、見損なった!』と、その出来栄えの悪さに非難ごうごうのものもあります。
バッハが聞いたら、事情を知らん奴が何を言う…と苦笑いしそうです。
そして、このような曲では、現在の演奏家たちは、曲の良さを最大限引き出す、あるいはバッハの書いた通りに忠実に再現する、など、様々な工夫をしており、その違いを味わうのも、至福の愉しみなのです。
3通りの演奏で
今回は、第1番を三通りの演奏で聴いてみたいと思います。
まずは、チェリストのアンナ―・ビルスマの取り組みです。
ここでの使用楽器は、ヴィオラ・ダ・ガンバの代わりにチェロ・ピッコロ、クラヴィーアはポジティブ・オルガンです。
ビルスマは、これらのソナタは、ヴィオラ・ダ・ガンバで弾くには音が低すぎ、クラヴィーアの左手とかぶってしまう、と考えました。
もともとがフルートやヴァイオリン用のパートですから。
そこで選んだのが、高音が出る5弦のチェロ・ピッコロでした。
この楽器も実は古楽器で、いったん滅んだ楽器です。バッハの時代は、ちょうどヴィオラ・ダ・ガンバが滅びかかっていて、他の楽器に置き換わる時期でした。バッハも後半生ではヴィオラ・ダ・ガンバ用の曲はもはや書いておらず、チェロ・ピッコロやヴィオラ・ポンポーザを指定していました。
チェロ・ピッコロは5弦なのですが、4弦のチェロの構造が発展し、全ての調を2オクターヴにわたって演奏可能になると、18世紀末に消えていきました。
しかし、バッハのヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタは、チェロでは、速い楽章のフーガなどで正しい響きで演奏できず、チェロ・ピッコロの方がで最も適している、という判断です。
また、オブリガートの鍵盤楽器ですが、これもチェンバロではなく、ポジティブ・オルガンを使用しています。これは、トランク型にたたんで持ち運びができる室内用の小さなオルガンです。
第1番はヴァイオリンやフルートのパートを鍵盤の右手に移した曲ですから、同じ音を長く保持する部分は、チェンバロでは長さが不十分というわけです。
では、そこまで考えられた演奏をぜひご堪能ください。オルガンの可愛い響きには特に癒されること請け合いです!
J.S.Bach : Sonata for Viola da Gamba no.1 in G major, BWV1027
演奏【チェロ・ピッコロ版】:アンナー・ビルスマ(1700年頃チロルで作られたチェロ・ピッコロ)、ボブ・ファン・アスペレン(可搬式ポジティブ・オルガン)
Anner Bylsma & Bob van Asperen
ある研究者はこの曲全体を〝考え得るもっとも快く、もっとも純粋な田園詩〟と評しましたが、まさにその通りで、のどかで伸びやかな楽想には心の底から癒されます。仕事に疲労困憊して帰宅した後にでも、ベッドの上で聴いてみてください。ゆっくりと散歩をするような楽想を、チェロとオルガンの右手がかわりばんこに歌い上げていくさまは、絶妙。
第2楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ
オルガンの素敵なテーマから始まる、楽しいフーガです。チェロとオルガンのマリアージュは、まさにビルスマが狙った効果で、上質なワインとチーズを味わっているかのような思いがします。
第3楽章 アンダンテ
前楽章の明るさから一転、深い眠りにいざなうかのような、落ち着いた楽章です。ゆりかごに揺られ、子守歌を聴いているような思いがします。
抑制されつつも、明るく輝かしいフーガです。長めのテーマが3声部で展開していきます。充実した響きのうちに幕、となります。
次に、王道のヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロを使った演奏です。ガンバはホリディ・サバル、チェンバロは古楽の第一人者のひとりトン・コープマンです。サバルは3曲それぞれ違ったガンバを使っていますので、次回第2番、次々回第3番をご紹介しますので、比べていただければと思います。ビルスマはガンバの音域が低すぎるとしてチェロ・ピッコロを使いましたが、この渋い音色とチェンバロとの相性はぴったりと思います。少なくとも第1番はバッハ自身が指定している編成ですので、オリジナルの響きをご堪能ください。
J.S.Bach : Sonata for Viola da Gamba & Cembalo no.1 in G major, BWV1027
演奏【ヴィオラ・ダ・ガンバ版】:ホルディ・サバル(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、トン・コープマン(チェンバロ)
Jordi Savall & Ton Koopman
第2楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ
第3楽章 アンダンテ
最後に、原曲のひとつ、『2つのフルートと通奏低音のためのソナタ ト長調』をご紹介します。
前述の通り、原曲といっても、本当の原曲は2つのヴァイオリンと思われますが、失われていますので、どちらが先かも確定しているわけではありません。
しかし、ヴィオラ・ダ・ガンバのソナタではクラヴィーアの右手に移されているパートをフルートが受け持っているので、より声部が分かりやすくなって、比較が面白いです。
テンポ指定も一部変更されており、速めになっているのはフルートの息継ぎのことを考慮したのでしょうか。
なお、通奏低音(コンティヌオ)はチェンバロとチェロが担当していますので、4人での演奏となり、より響きは豊かに聴こえます。
バッハ:2つのフルートと通奏低音のためのソナタ ト長調 BWV1039
J.S.Bach : Sonata for 2 Flutes & Continuo in G major, BWV1039
演奏:エマニュエル・パユ、シルヴィア・カレッドゥ(フルート)、トレヴァー・ピノック(チェンバロ)、ジョナサン・マンソン(チェロ・コンティヌオ)
Emmanuel Pahud & Silvia Careddu, Trevor Pinnock, Jonathan Manson
第2楽章 アレグロ・マ・ノン・プレスト
第3楽章 アンダンテ・エ・ピアノ
第4楽章 プレスト
次回は、7弦のヴィオラ・ダ・ガンバが登場する第2番です。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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