めっきり寒くなってきましたが、バッハには冬が似合うように思います。
やはり、厳寒の北ドイツで生まれた音楽だからでしょうか。
時には厚いコートを着て大聖堂の中で捧げる祈りのように厳粛であり、時にはクリスマスマーケットで飲むグリュー・ワインのように温かくもあり。
寒さが厳しくなるほどに美味しくなる牡蠣のように、バッハの音楽を味わいましょう。
グレン・グールド弾くバッハのパルティータ、最終回となる、第5番と第6番のご紹介です。
パルティータ 第5番 ト長調 BWV829
J.S.Bach :Partita no.5 in G major, BWV829
演奏:グレン・グールド(ピアノ) Glenn Gould
第1曲 プレアンブルム
前奏曲。いきなり始まる音階のきらびやかさに目がくらむようです。とくに、グールドの演奏は人間業を超えた曲芸を目の前で見せられるようで、言葉を失います。様式的には、幻想的、即興的な曲を意味するトッカータと、イタリア風コンチェルトを融合させたような形です。
パルティータ第5番は、第1曲以外は全て舞曲で構成されていますが、もはや踊るための曲ではなく、鑑賞用にさらに特化してきています。ここで踏まれる軽快なステップは、心の動きといえるでしょう。
16分音符がくるくると走り回る、子犬のような曲です。
前曲の騒ぎを鎮めるかのように、ゆったりとした付点リズムが、フランス風序曲の冒頭に似た気品を見せます。
第5曲 テンポ・ディ・メヌエット
もともとメヌエットらしくない曲なのですが、グールドの演奏は、遠い星から送られてきた信号のように神秘的に響きます。
パスピエとは、フランス・ブルターニュ地方に起こり、太陽王ルイ14世時代に宮廷バレーに取り入れられた舞曲です。ブルターニュは、ヨーロッパの先住民族ケルト人の流れをくむというブリトン人の居住地であり、フランスのラテン人、ゲルマン人とはまた違った民族性を持っていて、この曲にもそんな香りがするような気がします。
第7曲 ジーグ
3声のフーガで書かれた華麗な終曲。もはや全く舞曲の気配は感じられませんが、この明るい組曲の最後を飾るにふさわしい充実した曲です。
パルティータ 第6番 ホ短調 BWV830
J.S.Bach :Partita no.6 in F minor, BWV830
演奏:グレン・グールド(ピアノ) Glenn Gould
いよいよパルティータの最後の曲ですが、それにふさわしい個性的な組曲です。短調ですが、他の曲に見られるような深い悲しみや哀愁は感じられず、かといって明るいわけでもない、いわば枯淡の味わいをみせています。まったく勝手な個人的な思いですが、私はこの曲には〝禅〟を感じます。鳥の声しか聞こえないような静かな山奥の寺で、心を無にしてこの曲を聴いたら、何か心に悟るものが湧き出すのではないか…などと思ってしまうのです。このトッカータは、中間部に静かで長いフーガがあり、グールドはそこに瞑想的な雰囲気を醸し出します。
瞑想がさらに深まります。時雨が庭の苔に降りかかり…。
静かに流れるせせらぎのようですが、湧き出る雑念のようでもあります。
第4曲 エア
アリアですが、歌謡性は薄く、激しい音楽で、いきなり喝を入れられたような思いになります。
これは老僧との対話のようです。しかし、求道の思い深くして、道遠し。迷子になったような思いがします。
第6曲 テンポ・ディ・ガヴォット
躍動感ある音楽ですが、これも舞曲であるガヴォットの性格から遠く離れています。
第7曲 ジーグ
決然とした終曲です。この曲は、バッハの達した悟りの境地を示しているのだ、と思いたくなるような曲です。終わった後の余韻が、深山に響くかのようです。
バッハのクラヴィーア曲の真髄、パルティータは、聴く回を重ねるごとに味わいが深まる気がします。
グールドの弾くパルティータは、その魅力を余すところなく引き出した名盤です。
動画も掲げます。パルティータ第4番の演奏風景です。
Glenn Gould-J.S. Bach-Partita No.4 D major-part 1 of 2 (HD)
一方、バッハが実際に弾いていた楽器、クラヴィコードでの演奏も掲げておきます。
第1番、第2番、第4番の3曲です。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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