大胆な実験と、洗練された知性の曲
バッハのオブリガート・クラヴィーアつきのヴァイオリン・ソナタを聴いていますが、最後の2曲になります。
こちらは、前回とは一転して明るく、爽やかな曲で、洗練された知性が高く香っています。
バッハは保守的なイメージとは真逆で、常に新しく斬新な実験に取り組み、時にはびっくりするほど前衛的な曲を書いていますが、これらもそれに当てはまります。
そもそもが、クラヴィーア(チェンバロ)を単なる伴奏の域に留めず、右手と左手を独立した声部に引き上げ、充実した三声のソナタにしたのも画期的でしたが、さらにその声部を壊したり、チェンバロの独奏のみの楽章を挿入したり、バッハの発想はまさに変幻自在なのです。
今回も、イザベル・ファウストのチェンバロ版とグレン・グールドのピアノ版を並べて聴きます。
バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ 第3番 ホ長調 BWV1016
J.S.Bach : Sonata for Violin & Cembalo no.3 in E minor, BWV1016
演奏【チェンバロ版】:イザベル・ファウスト(ヴァイオリン)、クリスティアン・ベズイデンホウト(チェンバロ)
Isabelle Faust & Kristian Bezuidenhout
演奏【ピアノ版】:ハイメ・ラレード(ヴァイオリン)、グレン・グールド(ピアノ)
Jaime Laredo & Glenn Gould
クラヴィーアが、まるで恵みの春の雨のように降り注ぎ、ヴァリオリンが命を与えられて芽吹く草木のように伸びやかに歌います。まさに洗練の極致。街に時を告げる、カリヨン(鐘)の響きを表現した、という説もあります。三声部にこだわらず、それぞれが自由な動きで曲を紡いでいきます。
まるで、アニメ〝サザエさん〟のBGMを思わせるような、日常的幸せに満ちた軽やかなテーマです。フーガ形式ですが、それにこだわらない自由さも見せています。三部構成で、中間部では深い感情も垣間見えます。
第3楽章 アダージョ・マ・ノン・タント
『小フーガト短調』のようなクラヴィーアの反復音型に乗って、ヴァイオリンが15の変奏を繰り広げる、シャコンヌやパッサカリアの形式の曲です。憂愁の陰の濃いテーマですが、落ち込みすぎることはなく、時には希望の光をきらめかさせながら、歌っていきます。ヴァイオリンも重音奏法も取り入れて充実したハーモニーを奏で、ふたりで演奏しているとは思えない充実した楽章です。
颯爽としたヴァイオリンの歌で始まり、活発で躍動感のある曲です。なんという輝かしさ!胸がいっぱいになります。 スケールの大きな壮大な終曲です。
バッハ:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ 第6番 ト長調 BWV1019
J.S.Bach : Sonata for Violin & Cembalo no.6 in G major, BWV1019
一連のソナタの最後になるこの第6番は、バッハ自身の手で何度も変更が加えられたことが知られています。もともと、他の曲より1楽章多かったケーテン時代の最初の稿に対し、ライプツィヒに移ってから楽章を追加して 6楽章とし、さらに後年になってから5楽章に戻しました。その間、テンポを変えたり、楽章構成をいじったり、曲を差し替えたりしました。まさに実験と試行錯誤の繰り返しだったのです。今一般的に演奏されているのは最後の第3稿です。
他の曲と違い、第1楽章が速いテンポのものになっています。明るく、元気ハツラツとした音楽で、バッハは家族に起こった不幸を、いくぶんなりとも乗り越えたことを示すのではないか、と言われています。
第2楽章 ラルゴ
一転、深い情感をたたえた楽章になります。何かを悟ったかのような印象も受けます。終わり方は、完結型ではなく次の曲へとつなげる 「フリギア終止」という形をとっています。
前楽章がつなぎの導入を果たし、満を持して登場した曲はなんと、 クラヴィーアの独奏なのです!バッハがこの曲をヴァイオリン・ソナタとは考えていなかった証拠です。曲の核心を成すまんなかの楽章をクラヴィーア独奏にしたということは、鍵盤楽器は伴奏用ではない!としたバッハの宣言のようです。曲想は悲壮かつ活発な、不思議な感じです。
半音階的な、悲壮感漂う深い楽章です。やはり、第1楽章はバッハの空元気だったのでしょうか。楽章をひとつひとつ聴いていくことは、まるで物語のページをめくっていくような思いがします。
終曲のお約束、フーガ書法で、気を取り直すかのような明るい力強さをみせてくれます。
バッハの珠玉の、ヴァリオリンとオブリガート・クラヴィーアのためのソナタ、全6曲を聴いてきました。
室内楽というのは地味に見えますが、室内にいながらにして、宇宙的な広がりを見せてくれる世界だと思うのです。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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