音楽のトルソー
今回はモーツァルト『ハ短調ミサ』の第3章「クレド」と、第4章「サンクトゥス」です。
未完のミサはここで終わり、第5章「アニュス・デイ」は存在しません。
「クレド」は信者として、神とキリストを信じる、という「信仰宣言」です。
ミサ通常文では最も長い章ですが、モーツァルトは2曲のみしか書いておらず、しかもその楽譜も欠落したパートがあり、未完に終わっています。
しかし、音楽的には充実しており、この曲がこのミサの中核を成しているのです。
クリスチャンではない私の心にも、人類共通の思いとして沁みわたります。
とくに2曲目の『第11曲 聖霊によりて』の美しさには、百万言が費やされてきました。
続く「サンクトゥス」は、「サンクトゥス」「ベネディクトゥス」の2曲から成る「感謝の賛歌」ですが、こちらは完成しているため、音楽的には大ミサは堂々と締めくくられているのです。
彫刻でいえば、トルソー(胴体のみの作品)の美しさといえます。
Mozart:Great Mass in C minor , K.427
演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
合唱:モンテヴェルディ合唱団
John Eliot Gardiner & English Baroque Soloists , Monteverdi Choir
独唱:
シルヴィア・マクネアー(ソプラノ)
ダイアナ・モンタギュー(ソプラノ)
アンソニー・ロルフ・ジョンソン(テノール)
コルネリウス・ハウプトマン(バス)
第10曲 クレド Credo
我は唯一の神を信ず
すなわち全能の父、天地とすべて見ゆる物と
見えざる物との造り主
また唯一の主イエス・キリストを信ず
神のひとり子にして
すべての世の前に父より生まれ
神よりの神、光よりの光
まことの主よりのまことの主にてましまし
造られずして生まれ、父と一体にして
万物これにより造られ
人たる我らの救いのために天より降り
Credo in unum deum, patrem omnipotentem.
Factorem caeli et terrae, visibilium omnium et invisibilium,
Et in unum dominum. Jesum Christum filium dei unigenitum.
Et ex patre natum ante omnia saecula.
Deum de deo, lumen de lumine, deum verum de deo vero.
Genitum, non factum, consubstantialem patri: per quem omnia facta sunt.
Qui propter nos homines, et propter nostram salutem descendit de caelis.
宣言にふさわしく、バッハも多用した喜びのリズムで歌われる五部合唱です。
まるで馬に乗って進軍していくかのような力強い楽章で、模倣表現も極力抑え、ストレートな合唱で進んでいきます。
人間の信じる力の堅さを示し、誇るかのようです。
この曲では内声が一部楽譜から欠落していますので、演奏者は補わなければなりません。
ここで取り上げている演奏は、1901年にアロイス・シュミットが復元を行った版を使っています。
第11曲 聖霊によりて Et incarnatus est
聖霊によりて
処女マリアより
身体を受けて人となりたまえり
Et incarnatus est de spiritu sancto ex Maria virgine: et homo factus est.
「クレド」の章では、ここからイエスの誕生、受難、復活が語られるのですが、この、聖母マリアからイエスが生まれたという生い立ちを語る一行しか曲をつけられていません。
新妻コンスタンツェが再びソプラノで独唱するのですが、伴奏はフルート、オーボエ、ファゴットの管楽器が務めるのです。
8分の6拍子は、クリスマスの曲でも使われるゆりかごのリズム、シチリアーノ。
聖夜に誕生したばかりのイエスを、聖母が優しく見守る情景を表しています。
管楽器たちは、そのまわりで奏楽を鳴らしながら祝福するエンジェルのようです。
ソプラノはオペラさながらにコロラトゥーラの技巧を要求される高度なものですが、世俗の香りはせず、教会にふさわしい聖なる響き。
最後には管楽器たちとのカデンツァがおかれていますが、その美しさは言語に絶します。
まさに天上の至福、というべき音楽で、モーツァルトが新妻に捧げた最高の贈り物といえるでしょう。
結婚に反対していた父、姉も、これを聴いては承服せざるを得なかったのではないでしょうか。
この曲は弦の伴奏がほとんど欠落していますが、管楽器が主役を果たしていますので、指揮者のジョン・エリオット・ガーディナーが控えめに補っています。
以前もご紹介しましたが、サビーネ・ドゥヴィエルが歌い、終わりにジュピター・シンフォニーのサービストラックのあるこちらの演奏もぜひお聴きください。
第12曲 サンクトゥス Sanctus
聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな
万軍の主なる神
主の栄光は天地に満ち満てり
いと高きところにホザンナ
Sanctus, sanctus, sanctus, dominus deus sabaoth.
Pleni sunt caeli et terra gloria tua.
Hosanna in excelsis.
神への感謝を捧げる「第3章 サンクトゥス」です。
カトリックのミサでは、この時間にパンとワインがイエスの体と血に変わる「聖変化」の奇跡が起きるとされています。
この曲は自筆譜が一部損なわれてしまっているため、 ソプラノを2部に分けた5部合唱か、8部二重合唱に復元されていますが、ここでは後者です。
壮大に『サンクトゥス』が3回唱えられ、続く合唱は小さく始められ、だんだんとクレッシェンドして盛り上がっていくさまは、まるで天に昇っていくかのようです。
そのまぶしいばかりの輝かしさには圧倒されます。
続いて、神を讃える文言『ホザンナ』が二重フーガで展開し、荘厳、壮大に締めくくられます。
祝福あれ、主の御名によりて来たれる者に
いと高きところにホザンナ
Benedictus qui venit in nomine domini.
Hosanna in excelsis.
4重唱で、はじめてバスが加わりますが、バスの出番はここだけです。
曲調はこれまでの荘厳な感じから一転、親しみやすいものになり、ミサに参集した人々への挨拶になっています。
4人の声のからみあいが素晴らしいです。
退位して今は「名誉教皇」になっている前教皇の称号も、この祝福から取られています。
最後は、前の曲サンクトゥスの「ホザンナ・イン・エクセスシス」が回帰してきて、この壮大な未完のミサ曲を締めくくるのです。
この「ハ短調ミサ」はモーツァルトの曲の中でも、自分と家族のために自主的に創った特別な作品であり、私の人生もずっと支えてくれたかけがえのない音楽です。
次回は、帰郷中のモーツァルトの心温まるエピソードをご紹介します。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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