孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

花々、新緑、躍動する生命たち!ハイドン:オラトリオ『四季』より第1部『春』〝喜びの歌〟

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ブーシェ『春』

まさに職人芸!音楽による生き物の描写

ハイドンのオラトリオ『四季』の3回目、第1部『春』のしめくくりです。

ついに、待ちに待った春爛漫の季節が訪れます。

自然界は鮮やかな色彩と生命の輝きにあふれ、それに包まれた人々の心は喜びでいっぱいになります。

村娘ハンネが第7曲のレツィタティーフで、種まきをしたあとの天の恵みの雨を待つ、前曲での祈りが成就したことを告げ、娘たちを誘って野に出ます。

ちょうどきょうから、日本も二十四節気の「穀雨」になります。Wikipediaには、『穀雨とは、穀物の成長を助ける雨のことである。「暦便覧」には「春雨降りて百穀を生化すればなり」と記されている。』とありますが、ヨーロッパでも同様に待ち望まれた春雨なのです。

第8曲は『喜びの歌』と題され、美しい野原、田畑の風景、そして生き物たちの躍動に触れた村人たちの感激が歌われます。

ハイドン、牧場で飛び跳ねる子羊たち、小川で群れをなして泳ぐ魚たち、巣から次々に飛び立つミツバチたち、木々から飛び立つ小鳥たちを、音楽で巧みに描写しています。

本来このような、いわば俗っぽい小技は、ハイドン自身の芸術性からは望むところではなかったのですが、台本担当のヴァン・スヴィーテン男爵に強く求められたものです。

男爵はこの作品のスポンサー兼プロデューサーですから、出資者として興行的に成功させるため、音楽による自然の描写という、ハイドンの職人技を見世物として披露させたかったのです。

ハイドンはスポンサーには勝てず、しぶしぶ、男爵の求めに応じて作曲します。

そのような箇所はこのオラトリオの随所にあり、ハイドンのこぼしたグチも記録に残っていますが、しかしそこはさすが巨匠、完成した作品にはそのような苦労のあとは微塵も感じさせず、俗っぽい歌詞も素晴らしい芸術に昇華させて、我々の耳を楽しませてくれるのです。

ハイドン:オラトリオ『四季』第1部『春』

Joseph Haydn:Die Jahreszaiten Hob.XXI:3

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団

John Eliot Gardiner & The English Baroque Soloists, The Monteverdi Choir

ソプラノ(ハンネ):バーバラ・ボニー Barbara Bonney

テノール(ルーカス):アントニー・ロルフ=ジョンソン Anthony Rolfe Johnson

バス(シモン):アンドレアス・シュミット Andreas schmidt

第7曲 レツィタティーフ(ハンネ)

ハンネ(ソプラノ)

私たちの願いは聞き届けられました

西風は温かくなごやかに吹き

大気はもやに満ちています

湿り気は集まって

大地の懐に降り注ぎ

自然の豊かな財宝をもたらすのです

透き通るようなソプラノが、人々の願いが天に届いたことを告げ知らせます。フルートが穏やかに吹く西風を描写します。そして弦は、大地に広がる春霞を表現し、次の喜びの歌を導入します。

第8曲 喜びの歌(三重唱と若人たちの合唱)

ハンネ(ソプラノ)

ああ、なんて

なんて素敵な

野原の景色でしょう!

来て、娘さんたち

一緒に歩きましょう!

目にもまぶしいばかりの田畑を

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ミレー『春』

ルーカス(テノール

おお、なんと

なんと素晴らしい

野原の景色だろう!

おいで、若者たち

緑の木立を

ともに歩こう!

ハンネ

見て、ユリを

見て、バラを

見て、一面の花を!

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ゴッホ『野ばら』

ルーカス

ごらん、牧場を

ごらん、草原を

ごらん、一面の野原を!

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合唱

(女声)

ああ、なんて

なんて素敵な

野原の景色でしょう!

来て、娘さんたち

一緒に歩きましょう!

目にもまぶしいばかりの田畑を

(男声)

おお、なんと

なんと素晴らしい

野原の景色だろう!

おいで、若者たち

緑の木立を

ともに歩こう!

ハンネ

見て、大地を

見て、小川を

見て、明るい空を!

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ルーカス

すべてのものが息づき

すべてのものが身を動かし

すべてのものが躍動している

ハンネ

見て、子羊たちが飛び跳ねている!

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ルーカス

ごらん、魚たちが群れ泳いでいる!

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ハンネ

見て、ミツバチたちが

巣から飛び立っている!

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ルーカス

ごらん、小鳥たちが

羽ばたいている!

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合唱

すべてのものが息づき

すべてのものが身を動かし

すべてのものが躍動している

娘たち

なんという喜びに

なんといううれしさに

私たちの胸はふくらむんでしょう!

若者たち

さわやかな希望に

静かな興奮に

ぼくらの胸は高鳴る!

シモン(バス)

お前たちの感じているもの

お前たちを魅了しているのは

創り主の息吹なのだ

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ヘントの祭壇画(部分)

合唱

私たちはあがめよう

私たちはほめたたえよう

私たちは讃美しよう、創り主を!

農夫たち

創り主に捧げる

感謝の声を

高らかに上げよう!

合唱

あなたに捧げる

感謝の声を

高らかに上げよう!

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ヘントの祭壇画(部分)

合唱(一同)

永遠にして、全能の、恵み深い神よ!

ハンネ、ルーカス、シモン

あなたの恵みの饗宴によって

あなたは私たちに

糧を与えてくださいました

男たち

全能の神よ!

ハンネ、ルーカス、シモン

あなたの喜びの川から

あなたは私たちに

飲み物を与えてくださいました

恵み深い神よ!

合唱

永遠にして、全能の、恵み深い神よ!

シモン

永遠にして!

ルーカス

全能の!

ハンネ

恵み深い神よ!

合唱

尊敬と栄光と讃美とが

あなたにありますように

永遠にして、全能の、恵み深い神よ!

「喜びの歌」は切れ目なく10分近く続き、春を迎えた大自然と、それに魅了される人々、そして神への感謝をオーケストラ、独唱、合唱で綴る、壮大な絵巻物です。

まず、ハンネがレツィタティーフに続いて歌い起し、娘たちを誘って春の野に出ます。

続いて若者たちもルーカスに連れられて繰り出します。そして、輝くばかりの野原の景色、新緑の木立、咲き乱れるユリや野バラに心奪われます。

いよいよハイドンの生き物描写です。

「牧場で飛び跳ねる子羊たち」は、管楽器たち、オーボエ、フルート、ファゴットがそれぞれに同じ音型で飛び跳ねます。

「小川で群れをなして泳ぐ魚たち」は弦が低く揺れ動いて表現。

「巣から次々に飛び立つミツバチたち」は弦とフルートが細切れの音で飛び立っていきます。

「木々から飛び立つ小鳥たち」は弦が翼をひらめかすような音型で示します。

まさに、情景が目に浮かぶような、音楽による絵画、いや動画といってよいでしょう。

浮かれたつ若者たちに向かい、おもむろにハンネの父親のシモンが重々しく、お前たちを魅了しているのは、創造主である神の息吹なのだ、と告げます。

一同はハッと、この春の喜びは全て神が創りたもうたものなのだ、と気づき、ここから神への賛歌となります。

この曲はイ長調で始まりますが、ここで突然、『永遠にして、全能の、恵み深い神よ!』で、変ロ長調の重々しいファンファーレと合唱に転じて、聴く人を驚かせます。

このような大胆な転調による音楽の流れの分断と転換は、このオラトリオの特徴です。オペラのようなドラマ性に乏しく、四季を描くといくという地味なストーリーを、音楽によってドラマチックにしているのです。

神への賛歌は、本来宗教的な内容であるオラトリオの本質に戻って、ミサ曲のような音楽になりますが、これこそハイドンの本領発揮というところでしょう。

ロンドンから帰ったハイドンは、長年仕えたエステルハージ家に戻り、新当主の求めに応じて数々のミサ曲を作曲し、晩年の総仕上げをしていますが、最後のフーガは、その円熟した技法の極みといえます。

 

現実世界も、本格的な春を迎えていますが、この素晴らしい季節を家に閉じこもって過ごさなければならないとは、なんという辛さでしょう。

しかしハイドンは、外に出られない人のために、音楽で四季を味わえるようにその技を振るってくれたのかもしれません。

せめて、家の中で、ハイドンが音楽で描いた春を楽しみつつ、本物の自然を直に満喫できる日を待つことにしましょう。

 

動画は、ベルギーのバート・ヴァイ・レイン指揮ル・コンセール・アンヴェルス、オクトパス・シンフォニー合唱団の演奏です。(第8曲)


Haydn The Seasons [HD] - Spring part 3: song of joy

 

次回、季節は『夏』に移ります。

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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