モーツァルトが、雇用主のザルツブルク大司教コロレードと衝突し、辞表を叩きつけて大都会ウィーンに飛び出しフリーの音楽家として活動を始めて3年。
新妻を伴って久しぶりにザルツブルクに帰郷したときのエピソードです。
故郷ではかつての友人たちと旧交を温めていましたが、その中に〝シンフォニーの父〟ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)の弟、ミヒャエル・ハイドン(1737-1806)がいました。
兄ハイドンはハンガリーの大貴族、エステルハージ家の楽長として仕えていましたが、弟ハイドンはモーツァルトと同じザルツブルク宮廷楽団に勤務していました。
兄ハイドンより6歳年下、モーツァルトより19歳年上の先輩です。
コロレードの前任の大司教ジギスムントのもとでは楽長を務めたこともありますが、このときはモーツァルトの後任として、「宮廷および大聖堂のオルガニスト」になっていました。
モーツァルトの父レオポルト(1719-1787)はずっと副楽長でしたから、同僚といっていいでしょう。
ミヒャエル・ハイドンの作品は現代ではほとんど演奏されませんが、当時としては一流レベルの音楽家という評価でした。
モーツァルトもこの先輩を尊敬し、その作品を書き写すなど深く研究し、離れてからも新作は必ずチェックしていました。
あの3大シンフォニーにもミヒャエルの影響が指摘されています。
そんなミヒャエルは、モーツァルトの滞在中に主君コロレード大司教から、6曲の「ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲」を作曲するよう命じられていました。
ところが、4曲作ったところで体調不良になり、期限までに仕上がりそうにありません。
そこで主君に期限を延ばしていただけませんか、と上申したところ、大司教は怠慢ゆえの言い訳と決めつけ、期限までにできなければ報酬をカットしてやる!と言い渡しました。
生活の危機に直面したミヒャエルを救うため、モーツァルトは残りの2曲を代作してあげた、というのです。
おかげで窮地を脱したミヒャエルは、この友情に感謝し、モーツァルトの自筆譜を記念として生涯大事にしていた、とミヒャエルの伝記に記されています。
なんとも心温まるエピソードですが、疑問視する研究者もいます。
二重奏曲のようなジャンルの曲に緊急性があるとは思えない、モーツァルトをいじめたコロレード大司教をさらに悪者にするために盛られた話だ、という見解です。
確かに、コロレードはモーツァルトを従僕扱いし(当時としては普通のことですが)〝パワハラ〟をしたことで歴史に名を残した皮肉な人です。
しかし、モーツァルトに対してもかつて『給料カットしてやる!』と怒鳴ったことがあるのは彼の手紙に書いてあるので、あり得ないことではありません。
ミヒャエルは大酒飲みだったと伝えられているので、大司教は、どうせあいつは酒の飲み過ぎで仕事が遅れてるんだろう、とでも思ったのかもしれません。
音楽の詰め合わせ
それにしても、この時期にモーツァルトが珍しい編成の「ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲」を2曲作ったのは事実ですし、ミヒャエルのものも4曲残っています。
そして、ミヒャエルの4曲はハ長調、ニ長調、ヘ長調、ホ長調、モーツァルトの2曲はト長調と変ロ長調で、調性がかぶらないことも、6曲セットであることを裏付けます。
当時の出版では6曲セットで販売されるのは通例であり、味わいの違いを示す調性がかぶるのはありえません。
お菓子の詰め合わせにたとえれば、つぶあん、こしあん、抹茶、カスタード、チョコレート、チーズ、といった6個入りに、カスタードだけ2個ある、というのがありえないのと一緒です。
たった2台で奏でる小宇宙
ヴァイオリンとヴィオラだけ、というストイックなまでに切り詰められた編成の曲を、なぜ大司教が必要としたのかは謎ですが、旋律楽器ふたつの組み合わせで充実した作品とするのはなかなか難しいことです。
当然、主旋律を奏でるヴァイオリンが主役で、ヴィオラはその伴奏役を務めることになりますし、ミヒャエルの4曲もそのような形になっていますが、そこはさすがヴィオラ好きのモーツァルト。ヴィオラを脇役に留めておくわけがありません。
ヴィオラの活躍に注意して聴くと、この曲の充実ぶりがよく分かります。
代作ながら、モーツァルトの室内楽の中でも最高のレベルに仕上がっているのです。
そもそも、この楽器の組み合わせには、ザルツブルク時代に作った傑作『ヴァイオリンとヴィオラのためのシンフォニア・コンチェルタンテ 変ホ長調 K.364』があり、その素晴らしさはこのブログを始めた頃に取り上げました。
www.classic-suganne.com
モーツァルトは、大司教に代作がばれないように、ミヒャエルの様式に従いながら、対位法を駆使し、似て非なる作品に仕上げました。
音楽に理解のない大司教には違いは分かりっこない、この曲が俺の作品だと見破ったらほめてやる、くらいの意気で作ったのでしょう。
確かに、それを見破るくらいの〝評価耳〟があれば、モーツァルトを冷遇することなどなかったかもしれません。
Mozart:Duo for Violin & Viola in G major , K.423
演奏:フランチェスコ・マナーラ(ヴァイオリン)、シモニーデ・ブラコーニ(ヴィオラ)
Francesco Manara & Simonide Braconi
元気なあいさつのような開始で始まり、すぐにヴァイオリンとヴィオラの掛け合いが楽しく続きます。
緩急のメリハリが心地よく、たった2台の楽器で奏でられているとは思えません。
第2主題は静かに歌うかのようです。
展開部は短調に転じ、緊迫感のあるカノンになります。ここでの2台は全く対等の扱いです。
再現部は定石通りですが、最後は再びカノンで盛り上がって締めます。
ヴィオラの優しい響きの上に、美しいヴァイオリンの歌が繰り広げられますが、ここでもヴィオラはサポート役にとどまらず、時には主旋律を交代します。
その掛け合いはうっとりとするくらいに心に沁みわたります。
カルテット(四重奏曲)の充実した響きにまったく劣らないどころか、むしろ邪魔者のいないふたりの世界、といった趣きです。
第3楽章 ロンド
牧歌的なロンドで、テーマはシュヴァーベン地方の民謡と言われており、代作とバレないよう、あえて親しみやすい楽章にしたのではないか、という説もあります。
しかし作りは凝っており、中間部はホ短調の厳格なカノンと、ト短調の半音階的な深みを組み合わせたもので、これはさすがにモーツァルトにしか作れないのでは…と思われます。
代作エピソードが真実であれば、この曲はハイドンの家であっという間に書かれたと言われているのです。
Mozart:Duo for Violin & Viola in B flat major , K.424
兄ハイドンのシンフォニーを思わせる、充実した序奏から始まります。
これも2台で奏でているとは思えない響きです。続くアレグロはコンチェルト風で、ヴァイオリンが名人芸を見せます。
しかし、ヴィオラにも十分活躍の場は与えられているのは前曲と同じです。
展開部では同じ音型をしつこく反復し、たたみかけるようですが、逆にユーモラスでさえあります。
この曲はモーツァルトのリラックスした、のびのびとしたテイストが魅力といえます。
この楽章もゆったりとしたシチリアーノのリズムで、さらにくつろいだ雰囲気を醸し出しています。
ヴィオラはここでは重音奏法で伴奏に専念し、ヴァイオリンの歌を支えています。
終わり近くにはヴァイオリンのカデンツァも用意されていて、この曲のコンチェルタンテな性格を示しています。
第3楽章 アンダンテ・コン・ヴァリアツィオーニ
テーマと6つの変奏をもつ変奏曲です。
テクテク歩くようなテーマで、ここにもどこかユーモアを感じます。
ヴァイオリンの主旋律に合わせるヴィオラの対旋律が見事で、変奏が続くごとにどんどん引き込まれていきます。
時には楽し気に、時にはシリアスに、テンポとリズムも変幻自在にめくるめく演出をみせ、最後はあっさりと曲を終えます。
どうもツイてない弟ハイドン
モーツァルトのヘルプで窮地を脱したミヒャエル・ハイドンですが、晩年にまた不幸に見舞われます。
モーツァルトの死後の1800年、ザルツブルクに侵攻してきたナポレオン率いるフランス軍に、財産も地位も奪われてしまったのです。
この時は兄ヨーゼフ・ハイドンが送金して弟を援助しました。
アイゼンシュタットに兄を訪ねた際は、自分の補佐としてエステルハージ家の第二楽長に推薦する、という提案をされましたが、ミヒャエルは住み慣れたザルツブルクに留まることを選びました。
兄やモーツァルトと違って、あまり野心はなく、控えめな性格だったようです。
ミヒャエル・ハイドンの4曲の『ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲』のアルバムはこちらです。
モーツァルトの作品と聴き比べてみてください。(モーツァルトの2曲も収録されています)
メロディも素敵で、モーツァルトにそんなに劣らないレベルの作品であり、ハイドン兄弟の偉大さが伝わってきます。
次回、モーツァルトは寄り道しながらウィーンに戻っていきます。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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