
アポロンとミューズ
フランス音楽 vs イタリア音楽
ルイ14世の時代には、音楽界で絶大な権力を握ったリュリが〝フランス音楽〟を確立しました。
それは、フランスこそ偉大にして最高の国!という太陽王の統治理念そのものの音楽であり、その時代には他の国の音楽はおおやけにはほとんど演奏できませんでした。
何といっても音楽の先進国はイタリアであり、リュリ自身もイタリア人だったのですが。
しかし、ルイ14世が世を去り、幼いルイ15世に代わって政務を執った摂政オルレアン公は、イタリア音楽好きだったので、これまで水面下にもぐっていたイタリア音楽が表立って演奏できるようになりました。
そうなると、フランス人は、フランス音楽派とイタリア音楽派に分かれ、どっちが優れている、という争いが巻き起こります。
実にこの論争は、フランス革命に至るまで、ほぼ1世紀にわたって続くのです。
結局のところ、両者の〝いいとこどり〟をしたドイツ人が、一番人気の曲を生み出していきます。
バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン…皆ドイツ人です。
しかし、その音楽は純粋な〝ドイツ音楽〟とは言い難いものが多く(もちろん、宗教曲などに独自色もありますが)、ドイツもイタリア音楽とフランス音楽の両方に席捲され、それをうまくブレンドさせたのが本領、といえます。
また、イタリアでは、〝音楽の本場〟だけあって、フランス音楽はほとんど受け入れられませんでした。
あくまでも、イタリア音楽に魅せられつつ、対抗しようとしたフランスだけで起こった争いなのです。
イタリアの巨匠への憧れ

アルカンジェロ・コレッリ(1653-1713)
さて、クープランも、イタリア音楽に魅せられたひとりですが、ルイ14世時代は表立って表明できず、イタリアのソナタを偽名で作曲したりしていました。
しかし、摂政時代、ルイ15世時代になると、イタリア音楽とフランス音楽それぞれの良さを融合させよう、という試みを始めます。
そして作曲したのが、イタリア音楽の代表選手アルカンジェロ・コレッリ(1653-1713)と、フランス音楽の代表選手ジャン=バティスト・リュリ(1632-1687)のそれぞれを讃える曲、『コレッリ賛』と『リュリ賛』です。
コレッリは以前からこのブログで取り上げているように、私の中で一番〝心の琴線〟に触れる作曲家です。ベルリオーズは〝わがオリンポス山頂の諸神のうち、ジュピターはグルックであった〟と述べていますが、私はあまたの作曲家の中の主神はコレッリです。
当時も、古典的均整の取れたコレッリの曲は、永遠の規範となる完璧な音楽として、ヨーロッパ中で愛され、畏敬されていました。
クープランは、1724年に『趣味の和』という曲集を出版しますが、その付録にこの『コレッリ賛』をつけました。
〝和〟とは、まさにフランス音楽とイタリア音楽の調和を目指したものにほかなりません。
クープランはまず、この曲でイタリア音楽の素晴らしさを讃えているのです。
正式な曲名は『パルナッソス山 あるいはコレッリ賛』と題されています。
パルナッソス山は、ギリシャに実在する山で、芸能・芸術の神アポロンの聖地デルフィの背後にそびえるため、神話では文芸を司る9人の女神たち、〝ミューズ(ムーサ)〟が住むとされています。
いわば芸術の聖地で、パリの「モンパルナス」もこの山にちなんでいます。
この曲は、この山にコレッリが迎えられた、という設定で、解説つきで描いています。

パルナッソス山のアポロンとミューズ
Le Parnasse ou l'apothéose de Corelli
演奏:アマンディーヌ・ベイエ(ヴァイオリンと指揮)アンサンブル・リ・インコーニティ
Amandine Beyer & Gli Incogniti
第1楽章 コレッリは、パルナッソス山のふもとで、ミューズたちの間に受け入れてくれるように頼む(重々しく)
コレッリがパルナッソス山を訪ね、ミューズたちに挨拶し、仲間に入れてくれるよう頼んでいる場面です。
この曲の楽譜には、当時フランスでは使われないイタリア式の音部記号(第2線上のト音記号)が用いられていて、この曲がイタリアのトリオ・ソナタであることが示されています。
構成も、コレッリの教会ソナタの形式に則っています。(コレッリのトリオ・ソナタには、ゆっくりした楽章と速い楽章を交互に配した「教会ソナタ」と、舞曲を集めた「室内ソナタ」の2種類があります。)
第2楽章 パルナッソス山での歓迎にご満悦のコレッリは、喜びの色を浮かべつつ、従者たちと歩んでいく(陽気に)
芸術の女神たちに歓迎されたコレッリは大喜び。勇んで足取りも軽く進んでいきます。イタリア風のフーガです。
第3楽章 コレッリはヒッポクレネの泉の水を飲む。従者もその後に続く(穏やかに)
ヒッポクレネの泉とは、ギリシャ神話で、天馬ペガサスが天に飛翔して星座になるとき、地を蹴ったところから湧いたとされる泉で、詩人に霊感を与える名泉とされています。でも実はこれはヘリコン山にある泉で、パルナッソス山にあるのは、アポロンの求愛を拒んだニンフ、カスタリアが身投げをしたとされる「カスタリアの泉」です。
こちらも飲むと芸術の霊感が〝降りてくる〟とされているので、混同されているようです。(上掲の絵にもペガサスがいます)
曲は清らかに水が流れるさまを表現しており、心洗われます。
第4楽章 ヒッポクレネの水によって沸き起こったコレッリの熱狂(生き生きと)
霊泉の水を飲んだコレッリは、霊感を得て、興奮してヴァイオリンの演奏を始めます。実際、コレッリが興に乗ったときは、目は火のように赤く燃え、髪を振り乱して情熱的に演奏したという当時の証言が残されています。
第5楽章 熱狂のあと、コレッリは眠り、従者たちは眠りの音楽を奏する(そっと優しく、均等に、なめらかに)
あまりに情熱的に演奏したため、疲れてコレッリは眠りにつきます。従者が優しく、BGMを奏でますが、これは当時のフランスオペラに特有の「眠りの音楽」を思わせます。
第6楽章 ミューズたちはコレッリを目覚めさせ、アポロンのそばに座らせる(生き生きと)
女神たちは、寝てる場合じゃないわよ、とコレッリを起こし、主人であるアポロン神に謁見させ、光栄にもその側に座らせてくれました。
輝かしいファンファーレのような音型が聞かれます。
第7楽章 コレッリの感謝(陽気に)
芸術家として最高の待遇を得たコレッリは、アポロンとミューズたちに感謝の気持ちを、イタリア風のフーガで明るく述べます。
クープランがいかにコレッリを尊敬していたかが分かる、まさにオマージュであり、またイタリア音楽への憧憬が示された、きわめて興味深い音楽なのです。
では、フランス音楽はどうなのか?それはのちほど『リュリ賛』にて。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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