孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

朝の来ない夜はない。ハイドン:オラトリオ『四季』より第2部『夏』〝夜明け〟

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さわやかな夏の夜明け

ハイドンのオラトリオ『四季』の4回目、第2部『夏』に移ります。

『夏』は、夜明けからはじまります。

朝まだき、闇に包まれた村。みな眠っています。

音楽は、ハ短調の暗い序奏から始まります。

ルーカスが、静かに語りはじめ、だんだんと、東の空が赤くなってきます。

うすらうすら、あたりが明るくなってくると、まず目を覚ますのは雄鶏。

黎明の中、闇を追い払うかのように、けたたましく鳴き声を上げます。

コケコッコー!!

この声で、夜の王者フクロウはあわてて洞窟のねぐらに帰っていきます。

鶏鳴を聞いて、まず起きるのは羊飼い。

目をこすりながら、羊小屋の扉を開け、羊たちを連れて丘を登っていきます。

やがて、あたりはどんどん明るくなり、羊飼いは歩みを止め、杖によりかかって東の空を眺め、その瞬間を見つめます。

周りの山々が輝きはじめ、ついに太陽が姿を現し、するどい光の矢を放ちます。

ああ、なんという輝かしさ!

太陽が一番力を持つ季節、夏。

人々は太陽のありがたみを噛みしめ、太陽の讃歌を歌います。

この素晴らしい情景を、ハイドンは実にリアルに音楽で表わしています。

電気が発明される前の夜は、今我々が想像する以上に暗かったわけです。

夜は、得体の知れない魑魅魍魎が跋扈する恐ろしい世界。

深い森に響くフクロウの低い鳴き声は不気味そのもので、人々を心細く、不安にさせました。

そんな闇を払う太陽の光は、まさに人々を救う神の御業そのものでした。

世界に広がる太陽信仰

しかし太陽信仰は、むしろキリスト教世界よりも、他の宗教、文明で強かったように感じます。

中米の古代文明、マヤ、アステカでは、太陽のために毎日人間が生贄にされました。

生きたまま、黒曜石のナイフで心臓を取り出して太陽に捧げられましたが、そうしないと、前の日に沈んだ太陽は再び昇ってこないと考えられたのです。

生きた心臓は、弱った太陽を復活させるために必要とされました。

確かに、夕暮れに沈んだ太陽が、あした再び昇ってこなかったらどうしよう…。古代の人々は不安にかられました。

野蛮きわまりない残酷な風習ですが、私はメキシコの古代ピラミッドに立ったとき、古代人の気持ちが分かる気もしたのです。

生贄になるのは罪人や奴隷ではなく、立派な人間が選ばれ、非常に名誉なこととされていました。

なぜなら、自分の力で太陽を呼び返すのですから。

それは、人々を闇から救うという、この上なく高貴な自己犠牲だったのです。

日本も、生贄の風習こそありませんでしたが、皇室の祖先とされる天照大神は太陽神であり、太陽信仰の国ともいえますね。

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生贄の心臓を載せた、アステカのチャックモール

日の出といえば、ハイドン

ハイドンは日の出の描写のプロでした。

日の出を描くのは、実に3曲目です。

1曲目は、若い頃、初めてエステルハージ家に副楽長として雇用されたときに、デビュー作として作った3部作のシンフォニー、『朝』『昼』『晩』の『朝』の序奏です。

www.classic-suganne.com

2曲目は、前作のオラトリオ『天地創造で、神が太陽と月、星を創り、世界最初の日が昇るシーンです。

それが好評だったために、『四季』 ではさらに工夫を凝らし、半音階の合唱を組み合わせ、闇を破って昇る太陽の輝かしさを強調しています。

なお、ハイドン弦楽四重奏曲 第78番にも〝日の出〟という愛称がついていますが、それは、冒頭のフレーズが、太陽が昇るように感じられるためにつけられたもので、ハイドンが名付けたものではありません。

しかし、〝日の出といえばハイドン〟というイメージがあったのかもしれません。

絵画の世界で日の出といえばモネですね。

ハイドン弦楽四重奏曲 第78番 変ロ長調 『日の出』第1楽章 アレグロ・コン・スピリート

演奏:クイケン四重奏団

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クロード・モネ『印象・日の出』

ハイドン:オラトリオ『四季』第2部『夏』

Joseph Haydn:Die Jahreszaiten Hob.XXI:3

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団

John Eliot Gardiner & The English Baroque Soloists, The Monteverdi Choir

ソプラノ(ハンネ):バーバラ・ボニー Barbara Bonney

テノール(ルーカス):アントニー・ロルフ=ジョンソン Anthony Rolfe Johnson

バス(シモン):アンドレアス・シュミット Andreas schmidt

第9曲 序奏(夜明けの描写)とレツィタティー

ルーカス(レツィタティーフ:テノール

灰色のヴェールにつつまれて

やわらかい朝陽が昇る

朝の光に追われて

ゆっくりと

けだるい夜がしりぞいてゆく

目の見えなくなった死の鳥フクロウが

群れをなして

薄暗い洞窟に逃げ込んでゆく

その陰鬱な嘆きの声も

もはや心をいらだたせ

悩ましはしない

シモン(レツィタティーフ:バス)

夜明けの先触れが告げられる

この先触れは、するどい鳴き声で

新しい一日の活動のはじまりを告げ

眠りについている農夫を呼び起こす

前曲の『春』の高揚から一気に冷やされたように、暗い序奏から始まります。

このような意表を突く場面転換が『四季』の特徴であり、これは台本担当のヴァン・スヴィーテン男爵のアイデアです。

夜明けの描写は、暗闇に包まれ、静まりかえった村をほうふつとさせますが、決して陰鬱ではなく、これからくる希望が、特に管楽器の音色からうかがえます。

テノールのルーカスが、だんだん薄明るくなってきた様子を静かに語りはじめます。

フクロウが〝死の鳥〟と言われてるのはちょっと気の毒ですが、当時のイメージはそうだったのでしょう。

だんだん明るくなってくるさまを弦が描写するのは秀逸です。

やがて、歌はシモンが引き継ぎ、オーボエが鶏鳴を高らかに奏でます。

第10曲 アリアとレツィタティー

シモン(アリア:バス)

眠りを覚ました羊飼いは

いま、喜び勇む家畜を集め

ゆたかな牧草のしげる緑の丘へ

ゆっくりと迫ってゆく

それから東の方を向いて

杖によりかかってたたずみ

待ち焦がれていた日の出の

最初のきらめきを見ようとしている

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シャルル=エミール・ジャック「丘の上の羊飼いの少女と羊の群れ」

ハンネ(レツィタティーフ:ソプラノ)

朝焼けが訪れて

うす雲はもやのように消え

空は晴れやかな群青色に澄みわたり

山の頂は燃えるような金色に輝いています

ホルンが高らかに鳴らされ、人の活動が始まったことを告げます。

一番早起きの羊飼いが、家畜を率いて、緑なす丘を登っていきます。ホルンのオブリガートが勇ましくアリアを彩り、朝食に喜ぶ羊たちまで目に浮かんできます。

このホルンのファンファーレのモチーフは、後にベートーヴェン『田園シンフォニー』の第5楽章冒頭「牧人の歌」で、嵐が収まり、平和が戻ってきたことを告げる場面で利用します。

音楽は、いよいよ高まり、ソプラノのハンネが、日の出の瞬間が迫ってきたことを告げます。

第11曲 三重唱と合唱

ハンネ

太陽が昇る

ハンネ、ルーカス

太陽は昇り、近づき、そして、やってくる

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合唱

太陽は、燃えるような威容をたたえて

雄渾な荘厳さに輝いている

ばんざい、おお太陽よ、ばんざい!

光と命のみなもと、ばんざい!

おお、あなたは宇宙の魂と瞳

神の最も美しい姿

あなたに、私たちは感謝を捧げます

ハンネ、ルーカス、シモン

あなたの恩寵を私たちに呼び覚ます

あのすべての歓びを

誰が言いつくせましょう?

あなたの施しを私たちに注ぐ

あのすべての恵みを

誰が語りつくせましょう?

合唱

この歓びを、誰が言いつくせましょう?

この恵みを、誰が語りつくせましょう?

誰が言いつくせましょう?

誰が語りつくせましょう?

ハンネ

私たちの喜びは、太陽のおかげです

ルーカス

私たちのいのちを、あなたに感謝します

シモン

私たちの生業は、太陽のおかげです

ハンネ、ルーカス、シモン

創り主に、私たちは

あなたの力のみわざへの感謝を捧げます

合唱とハンネ、ルーカス、シモン

ばんざい、おお太陽よ、ばんざい!

光と、いのちのみなもと、ばんざい!

すべての声が、あなたを歓呼する

すべての自然が、あなたを歓呼する!

ハイドンお得意の日の出の場面です。ハンネの静かなソプラノが、最初に差した曙光のように澄みわたり、それにルーカスが和し、半音階的上行でみるみる光線が増えていく様子を見事に描写します。

そして、いよいよ太陽の本体が姿を現し、合唱と全合奏が歓喜の声を上げます。ご来光の瞬間です。

合唱は、三重唱を交えながら盛り上がり、最後はフーガとなり、太陽への讃美を高らかかに唱和します。

太陽と光のありがたみと、朝が来た喜びを、天に届けとばかりに歌い上げる、ハイドンの合唱の中でも、特に素晴らしい1曲です。

ネパールの夜明けの思い出

毎年、富士山で初日の出のご来光を迎える人は、この音楽と同じ喜びに包まれることでしょう。

私は富士山に登る体力も気力もありませんが、20年以上前、ネパールを旅したとき、まさにハイドンの夜明けの場面そのままの体験をしました。

首都カトマンズから小型飛行機でさらに30分ほどで、ヒマラヤ山脈の麓の観光拠点、ポカラの町に着きます。

そこには、目の前に7,000~8,000m級、まさにスイスアルプスの倍の高さの山々が聳えています。

朝、まだ暗いうちに宿を車で出て、「サランコットの丘」に向かいます。

丘の8合目くらいで車を降り、丘の頂上に向かって登山道を登ってゆきます。

すると、だんだんと夜明けが近づき、あたりが明るくなってきます。

道沿いにはひなびた農家が点在し、庭や畑では豚やニワトリが餌をついばみ、さながら昔話に出てくる日本の農村に来たような、不思議な懐かしさに包まれます。

そして、丘の頂上にある展望台に着くと、いよいよ朝陽が昇り、目の前のヒマラヤの山々が、いっせいにピンク色に染まります。

それは、一生忘れられない光景でした。

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サランコットの丘の眺望

今、世界中が、出口の見えない辛い日々を過ごしていますが、〝朝の来ない夜はない〟といいます。

この言葉は、昭和の人気作家、吉川英治座右の銘としていました。

また私ごとですが、子供の頃、吉川英治の大ファンだった亡き祖父と、東京都青梅市吉川英治記念館を訪ねたとき、この言葉と露草を描いた色紙があり、感銘を受けました。

25年前に祖父が亡くなったとき、車を飛ばして記念館でこの色紙の複製品を買い、棺に入れました。祖母がそれを見て、辛いときはこの言葉が支えだった、と呟きました。

吉川英治記念館は年々入場者数が減ったため、今年になっていったん休館しましたが、市が寄付を受けて再開する見込みだそうです。

そうなったら、祖父が亡くなった若葉の頃に、また訪ねてみたいと思っています。

必ず来る朝を信じてがんばりましょう。

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動画は、ベルギーのバート・ヴァイ・レイン指揮ル・コンセール・アンヴェルス、オクトパス・シンフォニー合唱団の演奏です。(第9、10曲)


Haydn The Seasons [HD] - Summer part 1: introduction & the cheerful shepherd

(第11、12、13曲)


Haydn The Seasons [HD] - Summer part 2: the burning sun

 

次回は『夏』の厳しさが描かれます。

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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