孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

【曲解説】作曲当時も大人気だった、のだめの主題曲。ベートーヴェン:交響曲 第7番 イ長調

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ベートーヴェンが着メロに!

14年ぶりに、人気TVドラマのだめカンタービレの再放送が始まりました。

初放映当時、なかなかポピュラーではないクラシック音楽の世界にスポットがあたり、一大ブームを巻き起こしました。

音大生や演奏家たちがクラシックの名曲と格闘するさまはとてもリアルで、クラシックファンの私も知らない実情に興奮しました。

その主題歌として、ベートーヴェン第7シンフォニーが取り上げられたのも衝撃でした。

この曲が、ベートーヴェン〝不滅の9曲〟の中でもトップレベルの傑作であることはクラシックファンなら知らぬ者とていませんが、悲しいかな〝英雄〟〝運命〟〝田園〟といったタイトルやニックネームがついていないため、一般にはほとんど知られていなかった曲です。

なので、この曲が〝月9〟で流れたときは、さすが!と思ったのです。

第1楽章の雄大な序奏から、奔流のような主部に突入する瞬間は、あらゆる音楽の中でも最もエキサイティングだといっていいでしょう。

これに魅了されない人がいるでしょうか。

運命や第九ばかりじゃなくて、もっと知られていいのに、と思っていました。

案の定、このテーマは大流行りして、身近でも着メロにしている女子もいました。

原作の漫画をTVドラマ化するときに、クラシックであるこの曲を、そのままメインテーマにしようと思いついたプロデューサーはすごいです。

ということで、今回はこの第7シンフォニーを取り上げます。

この曲が作られた背景とは

このシンフォニーは、発表されるたびに賛否両論を巻き起こすベートーヴェンの作品には珍しく、初演から大好評でした。

聴衆は熱狂し、第2楽章がアンコールされるという異例な事態にもなったのです。

ベートーヴェンの狙いと、リアルタイムの聴衆の好みが一致した幸せな例です。

この曲の作曲は、1811年11月に始められ、翌1812年6月に完成しました。

第5番〝運命〟第6番『田園』を初演し、大失敗した1808年12月22日のコンサートから、次のシンフォニーにとりかかるまで3年の空白があったわけです。

この間、ベートーヴェンの身辺では実に色々なことが起きました。

〝己の魂を表現する〟ベートーヴェンの音楽には、これまで見てきたように、自分の身の回りに起こったこと(特に恋愛)や、社会情勢の変化、思想信条などが大きく反映しています。

ハイドンモーツァルトのように、消費者である聴衆のために作曲したのではなく、わが芸術を理解せよ、という〝上から目線〟だったわけです。

縁談を断られたベートーヴェンの前に現れた女性

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ベッティーナ・ブレンターノ(1785-1859)

では、恋愛関係からみていきましょう。

30代から40代に入るアラフォーの時期。

ベートーヴェンが初めて本気で結婚しようと思った女性が現れます。

相手は、貴族たちから年金をもらえることになり、経済的に安定したので、そろそろ身を固めてもいいかな、と思い立ち、友人に紹介してもらった人でした。

しかし、最終的には先方の親から断られ、破談になってしまいます。

ただ、お見合い的な出会いだったので、ベートーヴェンの立ち直りは早く、その後も何人もの女性が彼の前に現れます。

ちょうど、第7シンフォニーを完成させた直後、ベートーヴェン〝不滅の恋人〟に宛てた熱烈なラブレターを書いています。

これは、ベートーヴェンの死後、秘密の戸棚から発見された手紙で、日付しか書いていないのですが、内容などから、1812年の可能性が高いとされています。

いったい誰に宛てたのか、の論争はいまだに決着はついていませんが、この時期に出会った女性たちは有力候補です。

そのうちのひとりが、ベッティーナ・ブレンターノ(1785-1859)です。(結婚後はベッティーナ・フォン・アルニム

ただ、ベッティーナは〝不滅の恋人〟候補としては、本命からは外れています。

しかし、恋愛対象だったかどうかはともかく、ベートーヴェンが心から魅了され、信頼し、深い絆で結ばれた女性であることは、間違いありません。

彼女はするどい感性と大変な行動力の持主で、〝ドイツ・ロマン派運動の不思議な女予言者〟〝ロマン派の巫女〟と呼ばれ、人生後半は政治活動にも身を投じ、王侯たちに貧民の救済を直訴したり、人民の権利を求めて1848年の革命にも参加したりしました。

その活躍ぶりは、統一ドイツの5マルク紙幣にもなったほどです。

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5マルク紙幣に描かれたベッティー

母親の元カレに会いに行った娘

彼女の母親は、文豪ゲーテの元恋人でした。

ゲーテ出世作となった『若きウェルテルの悩み』を著すきっかけとなった、シャルロッテ・ブッフとの失恋の直後に、1年ほど付き合ったようです。

ゲーテにとっては、青春時代の甘酸っぱい思い出。

母親の死後、遺品の中に、ゲーテから母への84通もの恋文を発見した彼女は、居ても立っても居られず、男装して戦火の中をくぐり抜けてワイマールにたどりつき、ワイマール公国枢密顧問官にしてヨーロッパ一の文豪の胸に飛び込んだのです。

初老のゲーテは、遠い日の恋人の面影を彼女に見出し、感動のうちに迎えました。

そして、その豊かな才能に驚き、可愛がるようになります。

ベッティーナが25歳の頃、兄夫婦に従って訪れたウィーンで出会ったのが、ベートーヴェンです。

ベッティーナは、ベートーヴェンの音楽を聴いて、雷に打たれたような衝撃を受け、その精神性の虜となりました。

ベートーヴェンも、彼女の才能と、自分の芸術に対する理解の深さに感銘を受け、どこに行くにも彼女をそばから離そうとしませんでした。

ゲーテベートーヴェン、文学と音楽で時代を代表する2大巨匠を同時に魅了したこの女性は、このふたつの巨星を結びつけようと思い立ちました

ベートーヴェンはかねてより、ゲーテの詩、文学を愛し、彼を尊敬し、その作品に音楽をつけていましたが、片思いであって、ゲーテの方はベートーヴェンを知りませんでした。

そこで、ベッティーナの、ぜひゲーテに会いましょうよ!という呼びかけは、渡りに船、まさに天啓でした。

ベッティーナは、ベートーヴェンが話した、彼の芸術観と、ゲーテへの熱い思いを手紙に書き、ゲーテに送りました。

つまりこの書簡には、ベートーヴェンの創作にかける思いが赤裸々に書かれているのです。

ゲーテへの熱い思い

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70歳の頃のゲーテ

第7シンフォニーでは、〝運命動機〟で試みた同音連打による統一感を、一面では推し進めるとともに、それによって失われたカンタービレ、つまりメロディの歌謡性を復活させ、両立させようとしたと考えられます。

そして、それを推進するためにこだわったのがリズムです。

この曲ではリズムが重視され、その強烈なインパクトは後世に大きな影響を与えました。

ワーグナーがこの曲を「舞踏の神化(Apotheose des Tanzes)」と讃えたのは有名な話です。

第4楽章に至っては、そのあまりの激しさに〝酔っ払いの音楽〟と言われたこともありますが、そのダンス感ゆえに、ロックに慣れた現代人も魅了されてしまうのだと思います。

「メロディ」「ハーモニー」「リズム」が音楽の3要素ですが、ベートーヴェンゲーテの詩にそれを見出していました。

ベッティーナが、ベートーヴェンの言葉をゲーテに紹介した部分を引用します。

ベートーヴェンは灼けつくような日の光の中に立って言うのです。『ゲーテの詩は、内容だけでなく、その持っているリズムでも大変強い力でわたしを動かします。精霊たちの手によって高い秩序に築き上げられたかのような、またそのなかにハーモニーの秘密を潜ませているような、そうしたゲーテの言葉に合わせ、刺激され作曲したい気持ちになります。わたしは感激の焦点に立ってあらゆる方向にメロディを放射しなければならぬのです。それを追求し、激情をもって再び抱きしめる。それが遠ざかってゆき、多様な興奮の群がりのなかに消えてゆくのを見ます。間もなく新たな激情がそれを抱きしめ、わたしとそれとが分かち難いものとなる。束の間の恍惚状態にあって、あらゆる転調を行いそれを多様化しなければならぬのです。そしてついに最初の楽想を超え凱歌を上げるのです。ご覧なさい。それが交響曲です。実際、音楽は精神生活を感覚的生命としてとらえられるようにする正しい媒体です。ゲーテとこのことを話したいのですが、判ってくれるでしょうか。(中略)わたしのことをゲーテに話してください。彼にわたしの交響曲を聴くよう言ってください。そうすればきっと、音楽はより高い、智の世界への唯一の形のない入口で、それは人間を包み込んでおりながら、しかも手で捉えようとしてできない世界だ、と言うわたしの意見を正しいとするでしょう。』

ベッティーナよりゲーテ宛の書簡 1810年7月28日付 *1

ゲーテの詩にあるリズム、ハーモニー、メロディの三位一体、それこそがシンフォニーだというのです。

芸術の媒体は違うけれど、ゲーテと自分は同じものを創造している、というのがベートーヴェンの考えでした。

当代の巨星、あいまみえる

1812年7月19日、高級保養地テープリッツにて、ベートーヴェンはついに念願のーテとの会見を果たします。

第7シンフォニーを完成させた翌月のことです。

意気投合したふたりは、連日会って芸術について語り合いますが、洗練された宮廷人のゲーテベートーヴェンの粗野な態度にとまどいます。

皇族一行と庭ですれ違ったとき、ゲーテは恭しく帽子をとってわきに退いて礼をしたのに対し、ベートーヴェンはむしろ帽子を深くかぶり直し、皇族の方から挨拶した、というのは、伝記には必ず書いてある有名なエピソードです。

また、ゲーテベートーヴェンの音楽をあまり理解できず、好きにはなれませんでした。

ゲーテは進歩的な芸術家ではありましたが、老練な政治家でもあり、前衛的なベートーヴェンとは相容れない部分が大きかったのです。

そんな結果にはなりましたが、ベートーヴェンゲーテに自分の芸術観を分かってもらうために、この第7シンフォニーを創ったというのが私の解釈です。

先程引用したベートーヴェンの言葉に、このシンフォニーのコンセプトが示されているように感じるのです。

この曲は、恋愛ではないものの、ある女性との出会いがきっかけとなり、不思議な縁で作られた、というわけです。

では、聴いていきましょう!

演奏はガーディナーの再録音で、2011年11月カーネギーホールでのライブです。

ベートーヴェン交響曲 第7番 イ長調 Op.92

Ludwig Van Beethoven:Symphony no.7 in A major, Op.92 

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティック

Sir John Eliot Gardiner & Orchestre Révolutionnaire et Romantique

第1楽章 ポコ・ソステヌートーヴィヴァーチェ

編成は、トロンボーンやピッコロを入れた前作から、伝統的なスタンダードスタイルに戻っています。ハイドン由来の序奏をつけたのも第4シンフォニー以来、久しぶりということになります。しかし、その序奏の内容の濃いこと、ひとつの楽章といっても差し支えありません。62小節に及ぶ長大なものです。

イ長調の主和音が何度もトゥッティ強奏され、そこからオーボエが抜け出してうっとりするような余韻を響かせ、やがてクラリネットも同じ役割に加わります。オリンポスの夜明けのような荘厳さです。

そして、弦の16部音符が刻みはじめ、天に昇る階段のように上行し、壮大な景色が開けてゆきます。盛り上がったところで、にわかに静かに落ち着き、クラリネットファゴットの豊かな伴奏に乗ってオーボエが序奏の第2テーマを歌います。

『のだめ』ではここで、指揮者の千秋に意地悪をするため、オーボエクラリネットが逆のパートを吹きます。そのオーボエの悪夢のような伴奏旋律はまさに戦慄です(笑)

しかし、その伴奏旋律こそ、この曲の心柱というべき『リズム動機』のはじまりなのです。これは、第2楽章のテーマにもつながっていきます。

序奏の終わりは、それまでの流麗な流れを断ち切るかのように途切れ途切れになり、その混沌の中から、木管たちが次のテーマをさぐりはじめ、やがてそれが第1楽章の『リズム動機』となって、フルートによって軽やかに歌い出されます。ここは、主部の小さい序奏ともいえます。

そして、あの爆発が訪れます。まるで大騎馬軍団が押し寄せてきたかのようです。亡き師ハイドンは、自分の教えを守らず、古典的な常識もルールもどんどん破ってはみ出していく弟子ベートーヴェンに〝モンゴル大王〟というあだ名をつけましたが、まさに、13世紀にヨーロッパを恐怖のどん底に陥れたモンゴル帝国軍の来襲を思わせます。

強烈なリズムが馬のギャロップのように全オーケストラを進軍させていきます。

展開部は、前作に比べると大幅に縮小されていて、このあたりも当時受けた理由かもしれません。ベートーヴェンがこだわった展開部は長くて難解、というのが当時の評判でしたから。

結尾は、ヴィオラ=チェロ=コントラバスによるバッソ・オスティナートが特徴的で、その上に全オーケストラが高揚して曲を締めます。

第2楽章 アレグレット

イ短調の悲痛な和音に始まり、弦が同音反復によるリズムを刻みます。その調べは哀切極まりなく、心に沁み込んでいきます。

第3シンフォニーのように葬送行進曲とは明示されていませんが、曲のもつ雰囲気はまさにそれです。

速度表記はアレグレットであるため、このシンフォニーには緩徐楽章がないことになり、それが画期的、と言われていますが、実際には緩徐楽章の役割をじゅうぶん果たしていますので、このことはさほど重要なことでないように思います。

構成は凝っていて、大きく分けて3部になっています。

まずは第1部はメインテーマの提示と、その3つの変奏からなります。テーマの提示は3声、第1変奏は4声、第2変奏は5声、第3変奏はトゥッティというように、慎重に1声部ずつ追加されていくのです。主旋律と対旋律のからみが絶妙で、この曲の一番の聴きどころです。何かを訴えるように、だんだんとそのうねりは大きくなって胸に迫ってきます。悲しさ、切なさ、やるせなさ、いったいどんな感情を訴えているのでしょうか。

中間部にあたる第2部では、天国的な癒しと慰めが与えられます。亡き人の思い出が胸に甦るかのようです。つかの間の平安から現実に引き戻されるようにトゥッティが鳴らされ、再び第1テーマが奏でられたあとに始まるのはなんとフーガです。

宗教曲のような厳粛さと、時折見せる希望の光が交錯し、この忘れえない楽章を閉じます。

昔、高校の国語の授業で次の短歌を習ったとき、私はこの楽章のことだ、と感じたのを覚えています。作者がどの曲のことを指して詠んだかは永遠に示されず、読者は想像するしかないのですが。

たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき 近藤芳美

第3楽章 プレスト

曲の性格としてはスケルツォなのですが、形式はABAではなく、ABABAというロンド的な作りになっています。また、調性は主調から遠いヘ長調に設定されているのも常識外れで、ロマン派のはしりとして特徴的です。セオリーとしては、イ長調の中間楽章はニ長調になるのですが、中間部はなんとニ長調になっており、ヘ長調に挟まれた部分ということでは離れすぎていて、なんとも入り組んで冒険的な調の設定ということになります。

メインの曲想はまさに農民の踊りのような、素朴で楽しいものです。

牧歌的な中間部は、低オーストラリア地方の聖地巡礼歌からの引用だ、という古い説がありますが、根拠は見つかっていません。でも、バグパイプを模したような持続音も聞かれ、民謡由来というのも可能性としてはあります。

全楽章を通して舞踏的要素の強いこの曲の、本来の舞踏楽章ではありますが、最終楽章の狂喜乱舞を前にすると、まだ秩序だっていて、その前座のような趣です。

第4楽章 アレグロ・コン・ブリオ

いきなり、粗野なバカ騒ぎに巻き込まれたかのようです。オッフェンバックの『天国と地獄』序曲を思わせるような、ある意味品のない音楽で、これを本当にゲーテが聴いたらぶっ飛んだことでしょう。

しかし、聴くうちにその乱舞に自分も巻き込まれ、興奮の渦の中にいるのです。

ベートーヴェンは、1810年から13年にかけて、英国民謡の編曲を手掛けていますが、その中のひとつ、『12のアイルランド歌曲集 WoO154』の第8曲の伴奏が、このメインテーマに改作されています。

この民謡由来のフレーズが、このシンフォニーを通貫する『リズム動機』として使わられいるのです。

楽器たちは、その役割を追いきれないほど、縦横無尽にテーマを受け渡し、展開し、饗宴を繰り広げていきます。

後世の人も、これを聴いて『ベートーヴェンは正気か!?』と疑い、酔っ払っているのかと思ったのです。もちろん、高度に計算し尽された音楽であり、酔っ払って創れるものではありません。

最後は、第1楽章の結尾でも活躍したバッソ・オスティナートが不気味に響くなか、リズムの嵐は最高潮に達し、あらゆるクラシック音楽の中でも白眉のクライマックスに至って終わるのです。

先に引用したベートーヴェンの言葉、『束の間の恍惚状態にあって、あらゆる転調を行いそれを多様化しなければならぬのです。そしてついに最初の楽想を超え凱歌を上げるのです。』をまさに具現化した音楽ではないでしょうか。

 

このシンフォニーについての、ガーディナーの解説とリハーサル映像です。


Symphony No. 7: Dithyrambic abandon | Gardiner and the ORR on Beethoven's Symphonies

初演の熱狂

初演は、ナポレオン戦争のさなか、1813年12月8日ウィーン大学の講堂で、ハーナウ戦役傷病兵の救援資金調達のためのチャリティー演奏会において行われました。

ナポレオンがロシア遠征に敗れ、今こそナポレオンをやっつけろ、という愛国的雰囲気の中でのコンサートで、英国の英雄ウェリントンがスペインでナポレオン軍に勝利したことを讃えて作ったウェリントンの勝利 またはヴィトリアの戦い(戦争交響曲)』も同時に初演され、大喝采を浴びました。

コンサートはベートーヴェンが指揮し、サリエリシュポーア、フンメル、マイアベーア、シュパンツィヒといった、当代一流の音楽家が参加した華々しいものでした。

5年前の屈辱を見事に晴らした形です。

好戦的な社会的雰囲気の中で、元気で勇壮な第7シンフォニーは大いに受けたわけですが、哀切極まりない第2楽章が異例にもアンコールされたということは、戦争での死傷者への思いもあったということでしょうか。

ナポレオンが敗退してエルバ島に流され、全ヨーロッパの王侯貴族が参集したウィーン会議では、何度もこのシンフォニーが演奏され、ベートーヴェンの全欧的名声は、この曲で確立したのです。

かつて、ナポレオンを尊敬してエロイカを作曲したベートーヴェンにとって、何とも皮肉なことです。

 

ともあれ、今こそこの元気いっぱいな曲を聴いて、コロナ禍を吹き飛ばしてしまいたいところです。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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*1:ベートーヴェンの手紙(上)』小松雄一郎訳・岩波文庫