孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

放蕩の限りを尽くした国王ルイ15世の最後。~マリー・アントワネットの生涯33。グルック:オペラ『オーリードのイフィジェニー』第1幕後半

フランソワ=ユベール・ドゥルエ『フランス国王ルイ15世』(1773年)

オペラ初演8日後のできごと

グルックの新作オペラ、『オーリードのイフィジェニー』が、王太子マリー・アントワネットの強い後ろ盾のもと、半ば強引に初演され、半ば強引に「大成功」とされ、音楽史上に「オペラ改革」の画期として刻まれた日が、1774年4月19日。

そして、その8日後の4月27日。

国王ルイ15世が、狩猟中に急に脱力感と激しい頭痛に襲われます。

ヴェルサイユに戻り、ベッドに入った国王の脈を、多くの侍医がかわるがわる診ます。

これといって病名は特定できませんでしたが、夜になって、王の顔に赤い斑点を見つけます。

当時、死の疫病として恐れられていた天然痘でした。

天然痘はかつてハプスブルク家も襲い、マリー・アントワネットがフランスに嫁ぐことになったのも、姉たちがこの伝染病で亡くなり、順番が回ってきたからでした。

公妾のデュ・バリー夫人は、献身的に看病します。

もし国王が亡くなれば自分の地位が破滅しかねない彼女は、感染など恐れてはいられません。

3人の王女たちも、ずっと父王に寄り添います。

彼女たちも、小姑としてマリー・アントワネットに意地悪をしてきましたから、父王が亡くなれば宮廷での地位など吹き飛んでしまいます。

王に万一のことがあれば新国王、新王妃となるはずの王太子王太子妃は、病室には立ち入れません。

病気は驚くべき早さで進行し、王の体を蝕みます。

全身に発疹が出、膿で体は膨れ上がっていきます。

窓を開けても耐え難い悪臭が部屋を覆います。

医者ももはや打つ手がない、と諦めました。

教会に仕返しをされた、臨終の王

フランソワ・ブーシェ『マリー=ルイーズ・オミュルフィ』

そうなると、次は神父の出番です。

キリスト教徒が死を迎えるときには、神父に懺悔し、臨終の秘蹟を授けてもらわなければ、天国には行けないとされています。

しかし、神父は、国王に秘蹟を与えるのを拒否したのです。

ルイ15世は、欲望のままに生き、ポンパドゥール夫人をはじめとした愛妾を絶やすことはありませんでした。

また、ポンパドゥール夫人が王の強い性欲を受け止めかねて、「鹿の園」という王専用の秘密の娼館を作り、そこに多くの少女を置いて王の相手をさせました。

フランソワ・ブーシェの名画で知られるマリー=ルイーズ・オミュルフィはそのひとりです。

ルイ15世はこの絵を見てから、モデルであった彼女を「鹿の園」に招いたのです。

そして、65歳になった今も、愛妾デュ・バリー夫人が傍らにいます。

カトリック教会としては、このような神を冒涜する王には許しは与えられない、と突き放したのです。

体が腐りつつある王も、残酷なことに意識ははっきりしていました。

神を畏れず、キリスト教の教義も軽んじて、放蕩の限りを尽くしたルイ15世も、死を目前にして、このあと地獄の業火に焼かれるのか、と怖くなりました。

そして、死の床で一番支えとなっていたデュ・バリー夫人に、消え入るような声で別れを告げたのです。

夫人は泣きながら王の元を離れ、ヴェルサイユを去り、近くの小城に移されました。

教誨師がようやく王の懺悔を聴きましたが、それでも教会は王を許しません。

ここまで神を冒涜した王は、秘密の告解では済まず、人々と前で公然と、神と国民に不品行を謝罪し、心からの改悛を示さなければならない、としたのです。

これは、絶対王政によって中世以来の力を奪われてきたカトリック教会の逆襲でした。

ある朝、荘厳な儀式が行われます。

近衛兵が居並ぶ中、大司教が礼拝堂から王の病室に入り、王のささやきを聴き取ります。

病室から出た大司教は、居並ぶ臣下たちに、厳かに、かつ勝ち誇ったように告げます。

『皆さん、王の委託を受け、お伝えいたします。王は神に加えた侮辱と、国民に対して示した悪しき範例を許してほしいと神に乞われました。神がまた健康をお授けくださるなら、贖罪を行い、信仰を支え、国民の運命を軽減すると約束されました。』

これでようやくルイ15世は神に許され、天国に行けることになりましたが、彼の命はもう1日持ちこたえます。

そして、5月10日午後3時半、薨去の合図とされた窓辺に置かれたロウソクの灯が吹き消されました。

『わがあとには大洪水が訪れるだろう』と言ったとか、言わなかったとかいわれるルイ15世は、38年の治世のちに、こうして世を去りました。

そして、王太子ルイ・オーギュストが新国王ルイ16世王太子マリー・アントワネットが新王妃となりましたが、ふたりの治世に待っていたのは、まさに革命という大洪水だったのです。

 

それでは、グルックのオペラ『オーリードのイフィジェニー』、今回は第1幕の後半を聴きましょう。

『オーリードのイフィジェニー』登場人物

アガメムノン:ミケーネ王、ギリシャ軍総大将

クリュタイムネストラ(クリテムネストル)アガメムノンの妻、ミケーネ王妃

イピゲネイア(イフィジェニー)アガメムノンの娘、ミケーネ王女

アキレウス(アキレス、アシール)ギリシャ軍の英雄、プティア王ペーレウスと海の女神テティスの子

カルカスギリシャの祭司長

アルテミス(ディアーヌ):狩りと月の女神

パトロクロス(パトロコル)ギリシャの将、アキレウスの親友

アルカスアガメムノンの衛兵隊長

グルック:オペラ『オーリードのイフィジェニー』第1幕後半

Christoph Willibald Gluck:Iphigénie en Aulide, Wq.40, Act 1

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー(指揮)アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(メゾ・ソプラノ:クリュタイムネストラ)、リン・ドーソン(ソプラノ:イピゲネイア)、ジョゼ・ヴァン・ダムアガメムノン:バス・バリトン)、ジョン・エイラーアキレウステノール)、モンテヴェルディ合唱団、リヨン国立歌劇場管弦楽団【1987年録音】

注)音楽はハイライトのみの抜粋です。

第5曲 合唱

ギリシャ人たち

何という魅力、何という荘厳さでしょう!

何という恵み、何という美しさでしょう!

芸術家たちにとって、

それはどれほど貴重なものだったでしょう

アガメムノンは、

最も幸運な父親、

最も幸せな夫であり、

最も偉大な王

アガメムノン(傍白)

何だと?

何という苦悩!

地獄の苦しみ!

わが娘よ!

女神アルテミスを怒らせ、娘を生けにえに捧げなければ、風を止めてギリシャ軍を出発させない、というお告げを突き付けられたアガメムノン王。犠牲が彼女であると知らない軍勢はいら立ち、早く神が求める生けにえを捧げよ、と、暴発寸前です。

アガメムノン王は苦し紛れに、配下の武将アキレウスと婚約し、折しも婚礼のため当地に母王妃と向かっている王女イピゲネイアに対し使いを送り、アキレウスが他の女に心変わりしたからここには来るな、帰国せよ、と言わせます。

ところが、その急使は、王女と母クリュタイムネストラをつかまえられず、入れ違いとなってしまい、ふたりはこのオーリード(アウリス)の地に到着してしまいます。

当地のギリシャ人たちは、美しい花嫁の到着を祝い、父王を祝福しますが、アガメムノン王の胸中はまったく逆で、絶望しかありません。その対比が劇的な、ハ長調の清らかな合唱です。メヌエットのテンポが花嫁の優雅さを強調します。

第6曲 エール

クリュタイムネストラ

この賞賛の声は何と耳に快いことでしょう

これは私たちの臣民がお前に捧げているのです

母親の気持ちとして、

この喜びは言葉に言い表せません

花嫁とともに馬車から降り立った母、王妃クリュタイムネストラが、神殿の方に歩みながら、満足な気持ちを歌うアリアです。先の優雅なギリシャ人たちの歓迎の歌に、彼女も大いに感動しているのです。

第8曲 合唱と独唱

ギリシャ人たち

いいえ、絶対に言えますが、

イデ山で不滅の女神が争ったとき、

不誠実なパリスの審判に、

異議を唱えられたお三方は、

それほど多くの優れたところはなく、

それほど美しくもありませんでした

第1のギリシャ

至高の女神さま、

嫉妬深い神、

世界を支配するヘラさま

第2のギリシャ

オリンポスが尊敬する方、

恐るべき誇りを持った方、

戦いの女神アテナさま

第3のギリシャ

優しい魅惑的な笑顔をもったアフロディーテさま

3人のギリシャ

そのすべての美徳をあわせもったのは

雷を落とす大神の娘、

アルテミスさま

第1のギリシャ

ギリシャ人は決して媚びることはありません

この新しいテティスの処女を得るのは誰?

もしそれに値する運命の者がいるとしたら、

アキレウスだけが彼女にふさわしい

ギリシャ人たち

いいえ、絶対に言えますが、

イデ山で不滅の女神が争ったとき、

不誠実なパリスの審判に、

異議を唱えられたお三方は、

それほど多くの優れたところはなく、

それほど美しくもありませんでした

花嫁とその母の前で、ギリシャ人たちが祝福の歌と踊りを捧げます。ギリシャ人たちが歌うのは、このトロイア戦争の発端となった、パリスの審判。黄金のリンゴを争った3人の女神、ヘラ、アテナ、アフロディーテ。それぞれが自分こそが一番、と主張したお三方よりも、アルテミス様が優れている、と歌います。そして、その恩寵を得た純潔なイピゲネイアを得るのは、英雄アキレウスこそふさわしい、と祝福するのです。まさか、そのアルテミスが、イピゲネイアを生けにえにせよと命じているとは、夢にも知らずに。

第10曲 エール

イピゲネイア

この人々が私を称える願いは、

叶えられるのでしょうか

私の願いに応えられるのでしょうか?

不安な瞳にアキレウス

まだ映っていません

ようやく、主役イピゲネイアの歌です。短いアリアですが、人々の祝福を受けたものの、肝心の婚約者アキレウスとまだ会えていない、不安と期待が入り混じった女心が伝わってきます。

第11曲 バレエ

イピゲネイアの歌に続き、ギリシャ人たちが祝福のバレエを踊ります。

第13曲 エール

クリュタイムネストラ

怒りで身を鎧うのです

苦悩のため息は無理に押し戻すのです

燃えるばかりの憎悪に身をまかせるのです

ネメシスが彼を処罰されんことを!

アキレウスは父に復讐してもらうのです

お前もあの男と同様、神々の一族です!

怒りに燃えた私の目には、

ゼウスの腕が復讐のために振り上げられるのが見えます

復讐の叫びが響き渡らんことを!

海を越え、

陸を越えて、

高々と響き渡らんことを

クリュタイムネストラは、入れ違いだったアガメムノンの急使に会い、花婿アキレウスの心変わりを知らされます。当然、激高した王妃の怒りのアリアです。

英雄アキレウスは、海の女神テティスの子です。

美しいテティスに、大神ゼウスをはじめとする神々たちが言い寄りますが、彼女には『父を超える子を産む』という予言があったため、神はみな怖気づいてしまいます。そこで、人間界の英雄であるペレウスと結婚することになりました。

その結婚式で、トロイア戦争の発端となる「黄金のリンゴ」事件が起こるのです。

テティスペレウスとの間に産んだ子が、アキレウス

人間との子なので、神のように不死ではなく、死の運命を背負っています。

テティスは何とか不死身にしようと、冥界を流れる川ステュクスの水に息子を漬けます。

しかし、赤ん坊のかかとを持って水に漬けたため、そこだけが不死身にならず、彼の弱点「アキレス腱」となってしまうのです。

ルーベンスステュクスの流れにアキレウスを浸すテティス
第14曲 エール

イピゲネイア

ああ、私の胸の内では、

まだ納得がいきません

私の心はあの、

人が誉めそやす英雄にたちまち惹かれてしまったのです

あの人への愛が、

私に尊敬と義務を教えました

この愛情から、

私を引き離してしまうことなど、

どうしてできたのでしょうか

裏切り者よ、

あなたは私をあざむいた

他の女の腕に抱かれることを望んでいる

いま、私は永遠に、

あなたに対して怒りを燃やさなければならない

たとえ私の心が、

あなたをどうしても疑えなかったとしても!

ああ!

でもやっぱり、

いつでも私はあのひとのことを思い続けるでしょう

あのひとの傍らにいるとなんと幸福だったでしょう

私の目から、

ああ、こぼれるがいい

こぼれるがいい、熱い涙よ!

お前たちは、

あのひとがこの激しい嘆きにふさわしいからこぼれるのでしょう?

いいえ、あのひとは裏切り者だからなのです!

母から、婚約者の裏切りを聞いたイピゲネイアの悲痛なアリアです。彼女はどうしても母の言葉を信じかねています。信じられない、という気持ちと、裏切られたの?、という怒りの気持ちが交錯するさまを、アンダンテーアレグローアンダンテーアレグロとテンポを目まぐるしく変えて表現しています。

第16曲 エール

アキレウス

なんという残酷なひと

いいえ、あなたの心は決して鈍感ではないでしょう

私の強い愛に触れて心を動かさないなんて

私があなたを愛しているのと同じくらい、

あなたも私を愛しているのなら、

あなたは私の忠実な熱意を疑えないでしょう

あなたを愛する心を苦しめることもできましょう

疑惑で侮辱し、

私にひどい苦痛を与え、

絶え間ない火で焼き尽くすことで

何も知らないアキレウスが登場し、イピゲネイアとの再会を喜びますが、その冷たい態度に驚きます。そして、対話のうちに、自分が他の女に心変わりしたと疑われていることを知り、驚きます。そして、自分の心は何も変わっていないことを、切々とこのアリアで訴えます。自分の誠意が疑われたことを、まるで火で焼き尽くされるようだ、と表現し、音楽もそれを描写します。

アキレウス
第17曲 二重唱

アキレウス

私の炎を決して疑ってはなりません

この酷い疑いのせいで、

私の愛は傷つきました

イピゲネイア

あなたは疑いを私の魂から追放します

それは永久に消されてしまいました

アキレウス

イピゲネイア、ああ、天使よ!

私の不実を信じることはできたかもしれません!

忌まわしい疑惑を通して

私はあなたを激怒させることができたのです!

イピゲネイア

あまりにも残酷な間違いで私を責めないでください

私が受けた悪にあなたは復讐することができました

イピゲネイアとアキレウス

私の心に対するあなたの愛は何と魅力的なのでしょう!

結婚の神ヒューメンよ、

来て私たちの危機を鎮めてください

大切な絆で結ばれ、

この日、

愛の手によってあなたのために作られた、

二つの心よ

アキレウスの必死な弁明と愛の告白に、もともと彼を信じていたイピゲネイアも疑いを晴らし、和解と愛のデュエットとなります。ニ長調のアンダンテ・ウン・ポコ・アニマートで交互に同じ旋律を歌ったあと、ふたりの声は同じ動きに重なり合い、後半はアレグロで絆を深め、結婚への期待を高めます。

娘の命を救いたい、というアガメムノン王の切なる願いと、神を欺こうとする稚拙なはかりごとは、ふたりの愛の前にあっけなく潰えたのです。

圧倒的なふたりの愛の二重唱で、第1幕の幕が下ります。

アブラハム・ブルーマールト『ペレウステティスの結婚』

動画は、前回に引き続き、ジュリアン・ショーヴァン指揮、ル・コンセール・ド・ラ・ロージュによる、コンサート形式の上演です。

動画プレイヤーは下の▶️です☟

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

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