孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

ゴシップで炎上した王妃。~マリー・アントワネットの生涯42。グルック:オペラ『トーリードのイフィジェニー』第3幕

マリー・アントワネットの長男ルイ・ジョゼフ

ついに、お世継ぎ誕生!

王妃マリー・アントワネットは、第1子の女児を産んだあと、1回流産をしてしまいます。

そして、自分の孫がフランス王となることを切望していたオーストリア女帝マリア・テレジアが亡くなって1年後、1781年10月22日に、ついにマリー・アントワネット男児を産みます。

出産も、長女のときに、産室にあまりに多くの人が詰めかけて、王妃が酸欠に陥った反省を踏まえて、静かに関係者だけで行われ、しかも安産でした。

産まれてすぐには性別は母親には知らされませんでしたが、しばらく落ち着いてから、めったに感情を表に出さない父親ルイ16世が、『王太子が入室を望んでおる』と涙を流しながら王妃に告げました。

ルイ=ジョゼフと名付けられた王太子(ドーファン)は、フランス革命直前に7歳で夭折してしまいますが、このときは、絶望的といわれた世継ぎの誕生で、フランス中がお祭り騒ぎとなりました。

あらゆる階層の国民が祝賀し、ギルド(同業組合)はそれぞれ楽隊をヴェルサイユに派遣して、祝いの音楽を競い、煙突掃除人は煙突をかつぎ、籠屋はちいさな王太子人形を載せた籠を、靴屋は子供服を、仕立て屋は王太子の軍服を、それぞれ掲げて歌いながら練り歩きました。

のちにフランス革命の指導者となる者たちも、得意の文才で王と王妃を讃える詩を競って書き、出版しました。

パリ中の教会では感謝の礼拝が、市庁舎や貴族の館では連日連夜祝賀パーティーが開かれました。

お世継ぎができたということは、当時の人にとって、希望の光だったのです。

マリー・アントワネットは4年後、1785年に二人目の男子、ルイ・シャルルを産み、これが悲劇のルイ17世となります。

さらに翌年、女児ソフィー・ベアトリスを産みますが、この子は11ヵ月で亡くなり、これが最後の出産となりました。

人気の絶頂で、炎上

世継ぎを産んだことで、マリー・アントワネットは王妃の義務を果たし、その地位は盤石となり、国民の人気も高まりましたが、この時が絶頂でした。

妊娠、出産の間はさすがに遊びに行けませんでしたが、子供を産んでしまうと、またたわいのない、しかしお金のかかる贅沢な遊びにかまけてしまいました。

そして、相変わらず本や書類は読みません。

政治にも関わらなければよかったのですが、〝お友達〟ポリニャック夫人が推薦してくる人を、高官や大臣にするなど、人事にだけは口出ししました。

これが非常に評判を落とします。

また、人の好き嫌いが激しく、王族のシャルトル公爵、今はさらに力を持ってオルレアン公爵となっていましたが、彼を嫌うあまり、その軍功をけなしたり、海軍大将になるのを阻止したりしました。

これに怒ったオルレアン公はすっかり公然と王妃を敵とみなし、その居城パレ・ロワイヤルに、王政や王妃に反感を持つものを集め、自由主義を標榜して、反王妃の陰謀の中心となりました。

そして、王妃の放蕩ぶりをあることないこと、パンフレットにして印刷、配布したのです。

そこには、王妃が愛人と逢引にふけっているとか、王子は王の子ではないとか、レズビアンであるとか、卑猥な絵つきのゴシップがこれでもか、と書かれていました。

オルレアン公は〝文春砲〟とSNSでの誹謗中傷を打ちまくったのです。

このようなパンフは、大衆にも、王妃に相手にされなくて先祖代々の特権を踏みにじられた貴族たちにも、ウケました。

今やヴェルサイユから追われたルイ15世の独身の娘たち、マリー・アントワネットには義理の叔母たちも、王妃の悪口をそれぞれのサロンで言い立て、追い打ちを立てたのです。

不遜、と言われた肖像画

『王妃マリー・アントワネット』ジャン=バティスト・アンドレ・ゴーティエ=ダゴティ(1775年)

もともと、旧敵国オーストリアから来た王妃は、歓迎はされていません。

王妃になったときに、記念としてジャン=バティスト・アンドレ・ゴーティエ=ダゴティに書かれたマリー・アントワネット肖像画の評判は散々でした。

女王のように威張ったポーズをしており、さらに地球儀に手を置いて、世界を支配しているかのようです。

女王を認めないフランスにあっては、国王の権威をないがしろにしているかのようで、傲慢不遜、不敬であると批判されたのです。

母帝マリア・テレジアが心配の上に心配を重ねたように、ただでさえ批判されやすい立場ですから、これくらい、よほど気をつかって、謙虚に行動しなければならなかったのです。

さらに、夫ルイ16世を軽んじるような言動、トリアノン宮殿での「王妃の名において」発する命令書なども、批判の火種となりました。

世継ぎを産んで怖いものなしとなったマリー・アントワネットは、その油断からか、絶頂から転がり落ちるように評判を落としていったのでした。

 

それでは引き続き、『トーリードのイフィジェニー』を聴いてゆきましょう。

 

『トーリードのイフィジェニー』登場人物

ギリシャ語表記、()内はフランス語読み

イピゲネイア(イフィジェニー):アルテミス神殿の女祭司長、ミケーネ王アガメムノンと王妃クリュタイムネストラの娘

オレステス(オレスト):イピゲネイアの弟、アルゴスとミケーネの王

ピュラデス(ピラド)オレステスの親友

トアス:タウリス(トーリード)の王

アルテミス(ディアーヌ):狩りと月の女神

グルック:オペラ『トーリードのイフィジェニー(タウリスのイピゲネイア)』(全4幕)第3幕

Christoph Willibald Gluck:Iphigénie en Tauride, Wq.46, Act 3

演奏:マルク・ミンコフス(指揮)ミレイユ・ドランシュア(ソプラノ:イピゲネイア)、サイモン・キーンリーサイド(オレステスバリトン)、ヤン・ブーロン(ピュラデス:テノール)、ロラン・ナウリ(トアス:テノール)、レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル(オーケストラと合唱団)【1999年録音】

注)音楽はハイライトのみの抜粋です。

海辺で故郷に思いを馳せるイピゲネイア(アンゼルム・フォイエルバッハ画、1862年)

イピゲネイアの居室。イピゲネイアと女祭司たちがいる。

第26曲 レシタティフとエール(アリア)

イピゲネイア

お前たちの言うとおりにします

わたしたちの苦しい運命のことを、

妹のエレクトラに知らせましょう

生けにえを死の恐怖から解き放ち、

神に、わたしの心ととともに

仕えることにします

ああ!

わたしたちの野蛮な掟によって、

死に追いやられる不幸な旅人たちのひとりに、

なぜかわたしは最も憐れみを感じるのを、

抑えることができません

わたしの心は不思議な絆で彼に引き寄せられます…

オレステスが生きていたら同じくらいの歳でしょう…

この不幸な捕虜はその姿を思い起こさせ、

彼の高貴な自尊心は、

その顔立ちを思い出させるのです!

(エール)

ああ!

わたしはまだ、愛しい姿を、

心の支えにしようとしています

心の中で、私は希望を育むことを、

楽しんでいるのです

空しい愛の喜びよ!

でも、無駄な空想は追い払わなくては!

ああ!

弟とふたたび会えるのは、

あの世でだけなのだから!

第3幕は、女祭司長イピゲネイアの居室です。故郷のギリシャ、ミケーネからこのタウリスの地に漂着し、捕虜となった二人の旅人。

そのうちのひとり、これはイピゲネイアの実の弟、オレステスなのですが、幼いうちに別れているので、お互いまだそうとは知りません。

しかし、故郷を離れて10年、ミケーネ王家で起きた惨劇を教えてくれた片方の捕虜に、どうしてもイピゲネイアは惹かれています。

やはり、血を分けた実の弟、どこか愛着を感じているのです。

イピゲネイアに従って故郷を離れてきた女祭司たちは、生けにえになるのはひとりで充分なのだから、状況を教えてくれた片方(オレステス)を助けて、彼に、故郷にひとり残ったイピゲネイアの妹でオレステスの姉、エレクトラに事情を書いた手紙を助けましょう、と意見し、イピゲネイアもそれに従うことにします。

イピゲネイアは、そのことにわずかな希望を見出しながら、亡くなったという弟の面影を、懐かしく思い出すエールを歌います。切々とした旋律が心を打ちます。

第28曲 三重唱

イピゲネイア

せめてあなたがたのうちひとりを、

暴君の残酷な仕打ちから逃し、

命を救うことができるでしょう

ピュラデス、オレステス

友よ、

お前が生きるのだ

お前の命は救われる

イピゲネイア

わたしに命を預けてくれるふたりのうちひとりに、

お願いごとをできますか?

ピュラデス、オレステス

続けてください

彼への感謝の気持ちで、

わたしが答えます!

イピゲネイア

あなた方と同じく、

わたしはアラゴスで生まれました

そこにまだ知り合いがいます

確かに手紙を届けると誓ってください…

ピュラデス、オレステス

神にかけて誓います

あなたの望みはかなうでしょう

イピゲネイア

では、あなた方のどちらかを、

生けにえに選ばなくてはなりません!

ああ!

わたしの心にある心配事のせいで、

ふたりを同じ任務につけることはできません!

ふたりのどちらかは罰せられなければならないのです

(心が張り裂けそう!)

けれども、最後の運命の選択をしなくてはなりません!

オレステスに)

発つのはあなたです!

オレステス

わたしが発つ!

ということは彼が死ぬ?

ああ!

イピゲネイア

わたしの望みに応えてください

出発の準備をしてください、

時間がありません

(イピゲネイア退場)

ピュラデス

ああ幸せだ!

とうとうわたしの死が友の命を救う!

オレステス

彼女がおまえから奪ったものを受け入れるだろうか?

わたしを愛しているか?

言ってくれ!

ピュラデス

ああ!

おまえはそんなことをきくのか?

オレステス

わたしを愛しているか?

ピュラデス

なんという問い!

何をむきになっているのか?

オレステス

女祭司の選択には従うな!

ピュラデス

ああ!

その選択はあきらめるには価値がありすぎる

イピゲネイアは、居室にふたりの捕虜を呼び、女祭司たちを退がらせます。引き離されて囚われていたオレステスとピュラデスは、もう一度会うことができるとは思っていたので、喜び合います。

イピゲネイアは、その光景に涙しながら、ふたりに、自分もギリシャ人であること、そして、自分の手紙をミケーネに届けてくれるなら、そのひとりは命を助けることができることを告げます。

そして、その役目は、オレステスだと宣言して、その場を去ります。イピゲネイアの、激しい心の中の葛藤を抑制した歌が印象的です。

つまり、残るピュラデスが生けにえになることになります。

ピュラデスは、自分が死ぬことによって、親友オレステスを救うことができることに喜びますが、オレステスは到底納得できません。

自分こそ死ぬ、といってききません。

オレステス
第30曲 二重唱 

オレステス

わたしを愛していると言うのなら、

神々を無視して、

お前が命を捧げるなど…

ピュラデス

神々はおまえの命を見守り、

その行く手を守る

わたしは神々の至上の意思を全うするのだ!

オレステス

陰謀に満ちた神々と一緒に、

わたしが耐えている責め苦をさらに増すつもりなのか?

ピュラデス

わたしに何を望むのだ?

オレステス

わたしに死なせてくれることを!

ピュラデス

だめだ、それはわたしは望まない!

オレステス

オレステスがおまえに頼むのだ!

ピュラデス

冷酷な人よ!

ピュラデス、オレステス

神よ、

彼の心を変えてください!

友をわたしに返してください

彼がわたしに情けをかけてくれますように

すべてのわたしの血が、

あなたを満足させますように

そしてそれが、

あなたの厳しさにかないますように

オレステスとピュラデスは、お互いに、自分が死ぬ、と言って譲りません。片方だけが死ぬ、というのはどちらも納得ができないのです。互いを愛するがゆえの激しい争いが、緊迫な音楽でつづられます。

ピュラデスとオレステス
第32曲 エール(アリア)

ピュラデス

ああ、友よ

憐れんでくれ!

ああ、オレステスがわたしを誤解するのか?

友情の涙で彼の心を動かそう

お前はわたしに心を閉ざしたりしないだろう?

お前を愛している友、ピュラデスが、

お前の足元に跪き、

お前に願い、

お前に命じる

この狂乱からお前を解放させてくれ

女祭司に指示された選択に従おう!

ああ、友よ(繰り返し)

オレステス

ピュラデス!

神よ!

オレステスはピュラデスに対し、自分は母殺しの大罪を犯している。この大罪を償うのは死ぬしかないのだ、お前はそれを阻むのか?死より苦しい復讐の女神の責め苦に永遠に自分を追いやるのか、と詰め寄ります。

ピュラデスはこれに対し、そんなつもりはない、お前を愛するゆえだ、と、悲しくも優しい音楽でオレステスに真心を伝えます。

第36曲 エール(アリア)

ピュラデス

偉大な魂の神、

友情よ、

わたしの腕に力を与えてください!

わたしの心を神なる炎で満たしてください

わたしはオレステスを救い、

死を求めます

再び現れたイピゲネイアに対し、オレステスは、自分こそが死ぬ、自分が生けにえになれないなら、自害する、と詰め寄ります。

その決意の堅さ、本気であることを知ったイピゲネイアはついに折れ、彼を生けにえにすることを決め、女祭司たちに連れていかせます。

残ったピュラデスに、イピゲネイアは、これをエレクトラに渡すように、と手紙を渡します。

ピュラデスは驚き、エレクトラにですって?あなたはエレクトラとどういう関係なのですか?といぶかしみますが、イピゲネイアは、これ以上は訊かないように、と告げて去ります。

ピュラデスは、この任務がオレステスの命を救うことにつながることを、神々に祈ります。

このエールで、葛藤に満ちた悩ましい第3幕は終わりますが、その音楽の希望に満ちた力強さは、最終幕、第4幕のハッピーエンドを暗示しているのです。

(第3幕終了)

次回は第4幕です。

グルック:トーリードのイフィジェニー 全曲

グルック:トーリードのイフィジェニー 全曲

  • ユニバーサル ミュージック クラシック
Amazon

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

Listen on Apple Music


にほんブログ村


クラシックランキン