孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

クロワッサン、ベーグル、コーヒー、そしてトルコ行進曲。モーツァルト『ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調 K.331〝トルコ行進曲つき〟』

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オスマン・トルコによる第2次ウィーン包囲(1683年)

トルコ趣味の音楽、その背景

モーツァルトの結婚にまつわる曲として、オペラ『後宮からの誘拐を取り上げましたが、これはトルコのハーレムを舞台にした作品でした。

これは当時のヨーロッパ人のトルコ趣味に合わせたものですが、トルコはヨーロッパのクラシック音楽にも大きな影響を与えましたので、そのお話をしていきたいと思います。

オスマン・トルコ帝国は、1453年にコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)を陥落させ、東ローマ帝国ビザンツ帝国)を滅ぼしてから、ハンガリーにも侵攻し、ヨーロッパ諸国を震え上がらせました。

その攻撃の矢面に立ったのは、神聖ローマ皇帝位を独占していたーストリアのハプスブルク家です。

1529年にはスレイマン大帝率いるトルコ軍に2ヵ月にわたってウィーンを包囲され、陥落は免れましたが、 実に危ういところでした。この第1回ウィーン包囲を行ったレイマン大帝の皇后は、実はヨーロッパ女性だった、というお話はこちらでご紹介しました。

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第2回ウィーン包囲

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ウィーン救援に駆けつけたポーランド国王ヤン3世ソビエス

最盛期を築いたスレイマン大帝の死後、オスマン帝国はじわじわと衰退の途をたどっていきますが、17世紀になってもまだまだヨーロッパにとっては脅威であり続け、オーストリアハンガリーをめぐって小競り合いを繰り広げていました。

その陰には、ヨーロッパにおけるオーストリアハプスブルク家の最大のライバル、フランスのブルボン家がいました。

フランス絶頂期の君主、太陽王ルイ14世は〝敵の敵は味方〟ということで、なんと異教徒であるオスマン帝国と手を結び、オーストリアを背後から圧迫させたのです。

そして、1683年。オスマン・トルコはついにふたたび、大軍でウィーンを包囲したのです。

皇帝であるスルタンは政治の実権を失っており、率いたのは大宰相カラ・ムスタファ・パシャでした。

ハプスブルク家の皇帝オポルト1世はウィーンを脱出し、諸侯に救援を求めました。

これに真っ先に応えたのが、ポーランド国王ヤン3世ソビエス(1629-1696)。

ポーランド・リトアニア共和国の精鋭騎兵「フサリア」3万を率いて救援にかけつけ、集まったドイツ諸侯とともに、油断していたトルコの包囲軍に速攻をかけ、これを散々に打ち破りました。

第1回ウィーン包囲は、トルコ軍の兵糧不足などによる撤退で終わりましたが、追撃はできず、かならずしも勝ったとはいえません。

しかし、第2回ウィーン包囲はヨーロッパ側の完勝でした。

以後、トルコはもはやヨーロッパの脅威ではなくなり、恐怖の対象から、エキゾチックなオリエントの国として、異国趣味の対象になっていったのです。

クロワッサン、ベーグル、そしてコーヒー

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ヨーロッパを異教徒から救った英雄として描かれたヤン3世ソビエス

この劇的な勝利は、いくつかの〝伝説〟を生みました。

まずは、クロワッサン

トルコ軍の勝利の記念として、トルコの旗にある三日月を食べてまえ!ということで作られたパン、という説があります。

しかし、残っているクロワッサンのレシピで最も古いものは20世紀初めのもので、それまで何もクロワッサンの記録はないため、これは創作された話とされています。

そもそもクロワッサンはフランスのパンであり、当時フランスはトルコの味方、オーストリアの敵だったのですから、歴史の背景から見てもおかしな話です。

また、同じパンのベーグルも、ウィーンのユダヤ人パン屋たちが、ヤン3世への感謝の印として、馬のあぶみの形をしたパンを献上したのが始まり、という話があります。

しかし、これも確かな証拠はなく、伝説の域を出ていません。

やや信ぴょう性があるのはコーヒーです。

敗走したトルコ軍の陣地から、大量のコーヒー豆が見つかり、これをポーランド・リトアニア共和国軍のイェジ・フランチチェク・クルチツキが払い下げを受け、彼は軍を辞めて1686年にウィーンでカフェ『青いボトルの下の家』を開き、ここからウィーンにコーヒー文化が広がった、というものです。

これは事実のようで、コーヒーは既にヨーロッパに入ってきていましたが、普及したきっかけはウィーン包囲以後です。

いずれにしても、トルコとの戦争が、ヨーロッパの文化、芸術にも大きな影響を与えたのです。

強烈なトルコの軍楽

音楽に与えた影響は、トルコの軍楽隊でした。

トルコ軍は士気を高めるため、軍楽隊を伴っていました。

ウィーンへの遠征でも軍楽隊が同行し、その迫力はヨーロッパ人を大いに驚かせたのです。

トルコの軍楽は「メフテル」といい、確かに、独特のリズムと、哀愁を帯びた旋律は一度聴いたら忘れられません。

有名なものはこちらで、かつて「世界ふしぎ発見!」で紹介されて話題になりました。

これは20世紀に入ってから作曲された曲ですが、雰囲気は昔と同じです。

このトルコの軍楽マーチを模したのが、トルコ行進曲です。

第1拍に強烈なアクセントを置いたリズムが〝トルコ風〟ととらえられていたようです。

有名なものはモーツァルトと、ベートーヴェンのものですが、まずはポピュラーなモーツァルトのものから聴きましょう。

モーツァルトの曲は、ピアノ・ソナタ 第11番の第3楽章です。

この曲は1783年にウィーンで作曲されたと考えられていますが、それは第2次ウィーン包囲の勝利からちょうど100周年にあたります。

後宮からの誘拐』が前年の1782年初演ですから、ウィーンが〝祝・トルコ戦勝100周年〟で湧いていたのが伝わってきます。

モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調 K.331(300i)〝トルコ行進曲つき〟

W.A.Mozart : Piano Sonata no.11 in A major, K.331(300i)〝Alla Turca〟

演奏:リチャード・フラー(フォルテピアノ)Richard Fuller

第1楽章 アンダンテ・グラティオーソ

このピアノ・ソナタは、モーツァルトソナタでも最も有名なものですが、全く異例な構成で、いわば異端児です。

そもそも、第1楽章がソナタ形式をとっておらず〝ソナタなのにソナタじゃない〟のです。

第1楽章は変奏曲で、テーマと6つの変奏からなっています。

テーマはゆったりとした子守歌風で、私はなぜか古い歌〝〽なーつがくーれば思い出すー、はるかな尾瀬、遠い空〟を思い出してしまうのです、

思わず心地よい眠りに誘われそうですが、そこはモーツァルト、聴く人を引き付けてやまない魅力的な変奏が続きます。

華やかで技巧的な第2変奏に続き、第3変奏は短調で哀愁が漂います。

第4変奏は夢の中のまどろみのように、美しく、不思議な世界にいざなわれます。

第5変奏はアダージョで、情感はさらに深くなり、あふれる思いがおさえきれないようなやるせなささえ感じます。この曲のクライマックスといえます。

第6変奏はアレグロで、元気に、そして華やかに曲を締めくくります。

モーツァルトは、コンサートのメイン種目のひとつとして、変奏曲を数多く書いていますが、なぜこの曲はソナタに組み込まれ、単独ではないのか、どうして第1楽章なのか、謎は尽きません。

第2楽章 メヌエット

メヌエットも、ピアノ・ソナタには普通入ってこないので、異例といえますが、全く前例がないわけではありません。

曲調も、ふつうの典雅なメヌエットとは一線を画していて、長調ですが、トリオでは短調に転じて、強いリズムになります。これももしかしたら〝トルコ風〟なのかもしれません。

かなり工夫の凝らされた曲です。

第3楽章 アラ・トゥルカ:アレグレット(トルコ行進曲

いよいよ有名なトルコ行進曲ですが、題は〝トルコ風〟ですので、どこにも行進曲とは書いてありません。

しかし、前述したように、トルコ音楽は軍隊の行進曲なので、そう呼ばれるようになったのでしょう。

モーツァルトといえば、まずこの曲が頭に浮かぶ人は多いでしょうが、どこが〝トルコ〟なのかはあまり知られていないかもしれません。

でも先ほどの「メフテル」を聴けば、モーツァルトの狙った効果が分かりやすいのではないでしょうか。

この曲の個人的な思い出ですが、1980年代、高校生の頃、伊豆七島の三宅島に行った際、帰りの船中で大学生たちがコンパをしており、船客を相手に様々な芸をしていました。

その〝演目〟の中に〝トルコ行進曲〟があり、一列に並んだ学生の頬を、この曲を先輩がビンタで奏でていくという、今だったら問題になりそうなネタですが、抱腹絶倒し、大学生ってすごいな、と、大学に行くのが楽しみでもあり、不安にもなったものです。

実際に大学生になっても、その芸をやらされることはありませんでしたが。

飲み会のネタになるほど、モーツァルトの曲でここまで親しまれているものはないでしょう。

ただ、モーツァルトの世界を、この曲からぜひ広げて行ってもらいたいものです。 

 

次回は、ベートーヴェントルコ行進曲です。

 


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