孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

ヴィオールの奏でる奥深い世界と、師弟の愛と確執。マラン・マレ『異国趣味の組曲』~ベルばら音楽(5)

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マラン・マレ(1656-1728)

グラン・シエクル(偉大なる世紀)

ルイ14世時代の重要な作曲家をさらに取り上げます。前回の派手な曲とは対極にある音楽ですが。

それは、マラン・マレ(1656-1728)。

当時は、音楽界に君臨したリュリがライバルの作曲家を干しまくった、ということですが、前回のシャルパンティエやラランド、またこの後取り上げることになる大クープランなど、なかなかどうして、キラ星のごとく名作曲家が輩出して『ヴェルサイユ楽派』を成しています。

啓蒙思想ヴォルテールによって、太陽王ルイ14世の時代、17世紀のフランスは、政治・経済的にも、文化・芸術的にも絶頂期であったとして〝グラン・シエクル Grand Siècle (偉大なる世紀)〟と呼ばれましたが、マレもその一翼を担った作曲家といえます。

ヴィオールの大家、マラン・マレ

マレは、パリの貧民窟の靴職人の息子として生まれましたが、幼い頃から音楽の才能を発揮し、教会の聖歌隊に入ります。

変声を迎えたあとは、ヴィオールの名手として鍛錬を積み、1679年にはルイ14世宮廷ヴィオール奏者に任命されました。

ヴィオール〟は、イタリアやドイツで『ヴィオラ・ダ・ガンバ』と言われる楽器です。

以前取り上げたように、バッハもこの楽器で名作を残しています。

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音が小さく、いわば室内専用の楽器だったため、大劇場でのコンサートが盛んになると、ブロックフレーテ(リコーダー)やチェンバロなどとともに廃れてしまいますが、その音色は高雅にして繊細。

古楽器復活の目玉とされた楽器です。

ちょっと聴くと地味な音色ですが、じっくり聴くほどに味わい深く、やみつきになってしまう魔力を持っています。

マレは、ヴィオールのために生涯5つの曲集を出版しています。

第1巻 独奏・二重奏のためのヴィオール曲集(1686年)

第2巻 ヴィオール曲集(1701年)

第3巻 ヴィオール曲集(1711年)

第4巻 独奏・三重奏のためのヴィオール曲集(1717年

第5巻 ヴィオール曲集(1725年)

マレはオペラもいくつか作曲し、好評を得ていますが、なんといってもヴィオールの大家として不朽の名を残しています。

めぐり逢う朝

マレは1990年のフランス映画めぐり逢う朝で主人公として取り上げられ、より知られるようになりました。

映画では、ヴィオールの師、サント=コロンブとの絆と確執が軸になっています。

宮廷音楽家として功成り名遂げた晩年のマレが、『亡き師に比べたら自分など偽善者で俗物だ』と回想する物語です。

師のサント=コロンブは実在の音楽家で、曲も残っていますが、その生涯は謎めいており、宮仕えを嫌って表舞台に出ず、世間を避けて隠者のように暮らし、ひたすらヴィオールの道を極め続けたようです。生没年も分かっていません。

マレの音楽も十分深くて渋いのですが、サント=コロンブの曲のあとに聴くと、確かに親しみやすく聞こえる気がします。

異国趣味の組曲

マレの曲では、ヴィオール曲集第4巻に入っている『異国趣味の組曲』を取り上げます。

表題のように、フランス趣味との対比といったコンセプトなのですが、それほど外国風ではなく、むしろ新しい取り組みを様々試した冒険的な曲集で、マレも〝上級者向けの難易度の高い組曲〟とことわっています。

ふつうヴィオールでは使われない調性を多用したり、伴奏楽器を増やしたり、ヴィオールの新しい表現を模索しているようです。

出版は、ルイ14世の死後、ひ孫のルイ15世が成人するまでの、オルレアン公の摂政時代ですが、〝偉大なる世紀〟が終わったあとの、この時代のちょっとした解放感も伝わってくる気がします。

全33曲ですが、何曲か抜粋します。

曲には、ふつうの〝アルマンド〟〝サラバンド〟といった舞曲名のみのこともあれば、標題つきのものもあります。

内容も、標題に沿ったものもあれば、不明瞭で意味深なものもあります。

演奏は、マレの全曲演奏を行い、『めぐり逢う朝』の音楽も担当したヴィオールの第一人者、ホルディ・サヴァル(ジョルディ・サヴァール)の新録音です。

マラン・マレ『異国趣味の組曲

M.Marais:Suitte d'un Cout Etranger, Pieces de viole du Ⅳ livre, 1717

演奏:ホルディ・サヴァル(ヴィオール)、ピエール・アンタイ(チェンバロ)、フィリップ・ピエルロ(ヴィオール)、ロルフ・リスレヴァンド、シャビエル・ディアス=ラトッレ(テオルボ、ヴィオール)、アンドルー・ローレンス=キング(ハープ)、ペドロ・エステヴァン(打楽器)

Jordi Savall

タタール人の行進曲

〝異国趣味〟ということですから、まずはタタール人の行進から始まります。

タタール人〟は、日本では〝韃靼人〟といわれますが 、主にモンゴル系の遊牧民族を指します。

ヨーロッパでは特にしっかし諸民族を区別したわけではなく、モンゴル系もトルコ系もツングース系も一緒くたでしたら、リュリの『町人貴族』と同じように、トルコをイメージしているかもしれません。

重々しく、いかめしく、威圧的なマーチです。

タタールの女

これも異色趣味の続きで、タタール人の女性を表しているということですが、確かに少しエキゾチックな香りがします。

タタールの女のドゥービル

前曲の変奏ですが、重音奏法を多用した難曲になっています。

農村の宴

農民の楽しい収穫祭の踊りです。時には軽く、時には優雅に、そして時には力強く、多彩な踊りが楽しめる曲です。

旋風

まさに、草原を突如襲うような一陣の嵐を表しています。

ヴィオールでこんな表現ができるのか、と圧倒されます。

迷宮(ラビリンス)

この曲集で最も有名な曲です。

まず、テクテク歩いて迷宮に入っていくような音型から始まりますが、この音型は、迷宮の中で迷っている最中にも時々出てきます。

ラビリンスはクレタ島にある、ギリシャ神話のミノス王と怪物ミノタウロスにまつわる迷宮を指しますが、ヴェルサイユ宮殿の庭園にも生垣の迷路が作られており、そちらを指しているのかもしれません。

音楽的には〝調性の迷路〟となっており、この時代ではありえないような転調の連続で、まるでバッハのような挑戦です。

10分以上に及ぶ曲は、途中、焦りや絶望、反省などが目まぐるしく続き、最後には出口にたどり着いた喜びがシャコンヌで表されています。

一聴に値する面白い曲です。

夢見る女

幻想的な、まさに儚い夢のような曲で、アンニュイなフランス映画の一場面のようです。映画でも重要な場面で使われます。

行進曲

再び、タンバリンを伴った異国風のマーチです。

バディナージュ

終曲は、異国趣味ではなく、フランス趣味の舞曲です。優雅ですが、どこか、そこはかとなく孤独を感じる、切ない曲です。

他にも、この組曲には『宝石』『喘息患者』『媚態』『奇妙』『奇抜』『尊大』などの表題つきの曲があるので、それぞれどんなことを表しているのか、想像しながら聴くことになります。

答えが分からず、モヤモヤした気持ちにもなりますが、それがフランス人のちょっとイジワルなところかもしれません。

 

サヴァルがマレの5つのヴィオール曲集からそれぞれ抜粋して演奏したアルバムがこちらです。

マラン・マレの世界にどっぷりつかりたい人にはおすすめです。

 

謎の師、サント=コロンブの音楽

また、マレの師、サント=コロンブの曲集は下記です。世俗で成功したマレと対照的ともいえる、求道的な音楽を聴き比べてみてください。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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