ヘンデル『メサイア』の第2部より、第37曲から第2部終曲の第44曲までを聴きます。
イエスがメシアとして来臨したのに、人々は嘲り、また危険視して十字架にかけます。しかし、その死は人間の罪を贖うものであって、すぐにイエスは復活し、天に迎えられます。
イエスによって人間は許された! この良い知らせ(福音)を、弟子たちが世界に広めてゆく、伝道のくだりです。
Handel : Messiah HWV56
エマニュエル・アイム指揮ル・コンセール・ダストレ
Emmanuelle Haim & Le Concert D’Astree
第37曲 合唱
主はお言葉を下される
大勢の人々が
その良き知らせを告げていく
(詩編 68:12)
重々しくも輝かしい合唱が、神が言葉を宣することを告げます。
福音を得て、たくさんの伝道者が勇躍、世界に散らばっていくさまが、忙しそうなざわめきの音楽で表現されています。
第38曲 アリア(ソプラノ)
なんと美しいことか
良き知らせを伝える者の足は
平和の良き知らせの喜びを持って行く者の足は
(ローマの信徒への手紙 10:15)
ヨハネ、パウロといった伝道者たちは、身の危険もかえりみず伝道の旅に出ました。
その足取りをソプラノが、なんと美しい、と客観的に見て感嘆しています。
はるか後年、日本にも伝道したフランシスコ・ザビエルも思い浮かびます。
第39曲 合唱
その声は全地に響き渡り
その言葉は世界の果てまで及ぶ
(ローマの信徒への手紙 10:18)
第40曲 合唱
なにゆえ、諸国は騒ぎ立ち
その民たちは空しいことをたくらむのか
なにゆえ、諸国の王は立ち上がり
支配者たちは結束して
神と、油を注がれた者(メシア)に逆らうのか
(詩編 2:1-2)
しかし、救世主の福音も、各地ですぐ受け入れられたわけではありません。伝道者や信者は、権力者から弾圧され、激しい迫害を受けます。国々、諸国民と支配者たちが、メシアに抵抗し、騒ぎ立てるさまを、迫力あるバスが歌います。日本でも、豊臣秀吉、江戸幕府により、長崎二十六聖人の殉教から天草の乱まで、徹底的なキリシタン弾圧が行われました。なにゆえ、なにゆえ…
一方、この物語とは関係ありませんが、今の国際社会を見ているかのような歌でもあります。
なにゆえ、権力者たちは空しい脅しの応酬に血道をあげるのか。
なにゆえ、諸国民は他の国を非難し、騒ぎ立てるのか。
メシアの支配に反逆する諸国民を、 なぎ倒すがごとくに歌うアリアです。
第41曲 合唱
『彼らの枷(かせ)をはずし、
彼らの軛(くびき)を切って投げ捨てよう』と
(詩編 2:3)
神と救い主を認めず、勝手に騒ぎ立てる諸国民の叫び声を表したコーラスです。
天の玉座におられる方は彼らを笑い
主は彼らをあざけられるだろう
(詩編 2:4)
神はそんな人間たちの様子を一笑に付し・・・
第43曲 アリア(テノール)
神は、鉄の杖で彼らを打ち
陶器の破片のように砕いてしまわれる
(詩編 2:9)
・・・軽く粉砕してしまうというのです。
そして、来るべき審判の日に、全世界が神と救い主に服することになります。
ハレルヤ!
全能にして、私たちの主である神に、ハレルヤ!
この世の国は、我らの主と
その子キリストのものとなった
彼は世々限りなく治められる
ハレルヤ!
王の中の王
主の中の主
主は世々限りなく治められる
ハレルヤ!
(ヨハネの黙示録 19:6, 11:15, 19:16)
いよいよ、神の国が完成する喜びを歌った、合唱曲の白眉、ハレルヤ・コーラスです。
〝ハレルヤ〟とは、ヘブライ語を由来とする言葉で、〝主をほめたたえよ〟という意味です。
神と救い主を讃える歓喜が、全世界に届けとばかり、波打つように圧倒していきます。
出だしはポピュラーですから、誰もが聴いたことがありますが、初めて後半まで、全曲を聴いたときは、ぶっ飛ぶような思いをしました。
King of Kings, and Lord of Lords(王の中の王、主の中の主) とは、聖書の言葉とも思えなかったのです。
〝この世の国は、我らの主と、その子キリストのものとなった〟とは、キリスト教は成立当初から世界征服の野望を持っていたのか・・・と、異教徒としては唖然とする思いでした。
しかし、それは間違いなく、好戦的な歴史をもったキリスト教の一側面なのです。
この曲には、清らかで聖なる歌というイメージを持っている人がほとんどでしょうが、実は非常に攻撃的な歌なのです。欧米列強は、この歌の理念でもって、次の帝国主義時代に、異教徒たちの国を征服、植民地化していったのです。
ともあれ、この曲のロンドンでの初演を聴いた英国王ジョージ2世は、感動のあまり思わずロイヤルボックスで立ち上がり、それがスタンディング•オベーションの初めと言われています。
ただし、もともと、神を讃える曲は立って聴くのが礼儀だった、という異説もあります。
いずれにしても、コンサートではこの曲を聴くときは聴衆は起立する慣例ができました。実際に立つかどうかは、そのコンサートの性格や雰囲気によると思いますが。
ルール・ブリタニア(英国よ、統治せよ)
キリスト教徒が世界を支配していく、という『メサイア』のこのくだりは、18世紀、英国が世界の支配に乗り出していく過程での国民の心情、社会的雰囲気に合致したのです。
ポルトガル、スペイン、オランダ、フランスといった、大航海時代に世界に植民地支配を広げた、先行のヨーロッパ諸国に対し、英国は後発でした。
しかし、メサイアが書かれた18世紀半ばより、英国はどんどん世界に進出し、次世紀には七つの海を支配する大英帝国を築き上げます。
そんな英国人の心意気をあらわした、ヘンデルと同時代の曲をここでご紹介します。
トーマス・アーン(1710-1778)が1740年に、劇中音楽として作曲した『ルール・ブリタニア(英国よ、統治せよ)』です。
〝統べよ、ブリタニア!大海原を統治せよ。ブリトンの民は断じて、断じて、奴隷とはならじ〟と気宇壮大に英国の世界進出を歌い上げています。
実際に、産業革命の力を背景に、アメリカ(独立されてしまいましたが)、アフリカ、インド、中東、中国などを制圧していくことになります。
英国は今は凋落し、過去の栄光になってしまいましたが、この曲は、今も英国の第2の国歌として親しまれています。
そのカッコよさから、サッカーチームの応援歌にもされています。
当時の英国人の心情を、これらの音楽から知ることができるのです。
ルール・ブリタニア Rule Britannia
歌:キャサリン・ジェンキンス
この世のはじめ 神の命を受け
碧海の中から興ったブリタニア
「これこそ証、国の証」と
守護天使たちはことごとく歌い合った
統べよ、ブリタニア!大海原を統治せよ
ブリトン人は 断じて 断じて 断じて 奴隷とはならじ
あなたより祝福されない国は
暴虐なる支配者の前に伏すだろう
しかしあなたは豊かに自由に繁栄し
他国の恐れと羨望をその身に浴びるのを感じるだろう
統べよ、ブリタニア!大海原を統治せよ
ブリトン人は 断じて 断じて 断じて 奴隷とはならじ
他国らがさらに畏怖して見つめるほど
あなたはなお威厳をもって育つべきだ
自然の樫が根付くことを除いては
あなたに服す天を裂く疾風の如く
統べよ、ブリタニア!大海原を統治せよ
ブリトン人は 断じて 断じて 断じて 奴隷とはならじ
あなたを屈しようとする力の無い暴君の
あなたをおとしめようとする試みは全て
怒りに代えて寛大なる情熱と
彼らの悲劇とあなたの名声を立たせる
統べよ、ブリタニア!大海原を統治せよ
ブリトン人は 断じて 断じて 断じて 奴隷とはならじ
あなたにとって支配は田舎の平和な地までも
あなたの都市は商業の繁栄をうけ
あなたのものは全てしもべとなった海原と
あなたを取り巻く数多の海の国
統べよ、ブリタニア!大海原を統治せよ
ブリトン人は 断じて 断じて 断じて 奴隷とはならじ
自由を見出す九人の女神
あなたの幸福のため浜辺を整えた
ああ聖なる島よ! 無比の美を冠し
正義を守る雄々しき心を秘めている
統べよ、ブリタニア!大海原を統治せよ
ブリトン人は 断じて 断じて 断じて 奴隷とはならじ
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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