モーツァルトのダークサイドというべき短調の曲と、たいていセットで書かれる対照的な明るい曲を聴いてきましたが、ピアノ・ソナタの世界にいきます。
ピアノ・ソナタでも短調はレアで、シンフォニーと同様、短調の曲は2曲しかありません。
その中でも特に人気なのは、この第8番 イ短調 K.310です。
作られたのは、1778年、初夏のパリ。
あのマンハイム・パリ旅行の途中でした。
これまでも時々ご紹介しましたが、この旅行は、モーツァルト21歳のとき、父をザルツブルクの宮廷に残して、母と二人で、広い世界によりよい職を求めての就活の旅でした。
就活の結果は全くの失敗で、母もパリで客死、帰り道にはマンハイムで、本気で結婚まで考えたアロイジア・ウェーバー嬢に振られるというさんざんな結果に終わりました。しかし、パリ・シンフォニーを始め、たくさんの魅力的な曲を作り、また各地の最先端の音楽に触れるなど、大きく成長した旅でもありました。
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まさにドイツの職人魂、シュタインのピアノ
人との出会いも多彩でしたが、素晴らしい楽器との出会いもありました。
旅の途中立ち寄ったアウクスブルクで、楽器製作者ヨハン・アンドレアス・シュタイン(1728-1792)のもとを訪ね、かつて出会ったことのない素晴らしいピアノに触れたのです。
その感動を、モーツァルトは父レオポルトに興奮して書き送っています。
シュタインの仕事をまだ見ていないうちは、ぼくはシュペート(レーゲンスブルクのピアノ製作者)のピアノが一番好きでした。でも今ではシュタインの方がまさっていると言わざるをえません。この方がレーゲンスブルク製のものよりも、いっそう共鳴の抑えが利くからです。強く叩くと、指をのせておこうと離そうと、鳴らした瞬間に、その音は消えてしまいます。思いどおりに鍵盤を打っても、音はいつも一様です。カタカタするとか、強くなるとか弱くなるとかということはなく、まして音が出ないなどということはありません。一言で言えば、すべてが一様なのです。シュタインさんはそのピアノ1台を300フローリ―ン以下では売ってくれないことは確かですが、それでもあの人がそれに費やした労苦と勤勉はあがなわれません。あの人の楽器は消音装置がつけられていることが、特に他の人の楽器にない特徴です。それがついているのは百に一つもありません。しかし、それがないと、ピアノがカタカタ鳴ったり、余韻が残ったりしないようには、どうしてもできません。あの人のハンマーは、人が鍵盤を叩くと、それをそのまま押さえていようと、離そうと、弦の上で跳ね返り、その瞬間にまた下ります。あの人はそんなピアノを1台作り上げると(自分でぼくに話したのですが)まずその前に座って、いろいろなパッサージュや走句や跳躍を験してみて、削ったり、さんざんやってみて、そのピアノがどんなことでもできるまで止めないのです。なぜといって、この人は自分の利益だけのためでなく、ただただ音楽のためにはたらいているからです。さもなければ簡単に仕上げてしまうでしょう。*1
モーツァルトからベートーヴェンへの時期は、まさにピアノが飛躍的に進歩した時期で、シュタインはその発展史上大きな役割を果たした偉大なピアノ製作者です。
シュタインのピアノの音を出す仕組み(アクション)は、ピアノの発明者バルトロメオ・クリストフォリ(1655-1731)以来の「突き上げ式」(鍵盤を押すとハンマーが突き上げて弦を打ち、音を出す)ではなく、ハンマーの構造体が鍵盤の上に載っている「跳ね上げ式」と呼ばれ、19世紀半ばまでウィーンで広く使われたことから〝ウィーン・アクション〟といわれています。
しかしながら、モーツァルト自身が後にウィーンで愛用した楽器は、ここまで惚れ込んだシュタインのものではなく、アントン・ワルター(1752-1826)製のものだったことも知られています。
母の死との関連
いずれにしても、新型の大チェンバロに触発されてバッハがブランデンブルク協奏曲第5番を書いたように、モーツァルトもシュタインのピアノに大いに刺激を受けて、これまでの優美なソナタから脱皮し、深い表現のソナタをものするようになりました。
その代表が、このイ短調といえます。
この曲の悲劇的な表現には、直前の母の死の影響がある、と一般に言われていますが、職人モーツァルトがそんな個人的な思いで曲を作るはずがない、という反論も古来あり、この結論は永遠に出ないでしょう。
私も、モーツァルトは故意に自分の感情を曲に盛り込むことはしなかったはず、とは思いますが、曲を聴くとき、潜在的な心の底が時に顔を出しているように思う瞬間があることは否めません。それがモーツァルトの魅力でもあります。
まずは、シュタインのピアノの複製による演奏です。
第8番とされていますが、モーツァルト新全集ではピアノ・ソナタの通番の振り直しが行われ、そちらでは第9番とされています。しかし、長年第8番として親しまれていたこともあり、結局両方併記されることが多く、検索してもどちらなのか、ややこしくなっています。(ケッヘル番号のカッコ内の付記も同様の事情です)
W.A.Mozart : Piano Sonata no.8 in A minor, K.310 (300d)
演奏:アーサー・スクーンダーエルド(アルテュール・スホーンデルフルト)(フォルテピアノ:ヨハン・アンドレアス・シュタインが1780年に製作したものの複製。白木のハンマー。)
Arthur Schoonderwoerd(Fortepiano)
まさに疾走する悲しみ、が冒頭から走り抜けます。この激情は、母を喪った悲しみというより、怒りのようなものを感じます。もし個人的な感情が反映しているとするならば、就活はうまくいかないし、父からはやかましい指示が手紙で飛んでくるし、といった、現状へのいらだち、の方がしっくりくる気がします。激しさはやがて、対照的な明るさに突然転化しますが、怒りに我を忘れていたのが、ハッと自分を取り戻し、笑って周囲をとりつくろっているかのようです。その変わり身の鮮やかさにはまったくしびれます。面食らうような明暗変転ではありますが、実にカッコよく、何度も聴きたくなります。
心に沁みるカンタービレ、すなわち歌うような音楽です。装飾音がこれまでになく細かく彩られているのも特徴です。懐かしさにあふれていて、母の死がこの曲に影響しているとすれば、第1楽章の嵐ではなく、この楽章ではないでしょうか。母の思い出にひたっているかのように思えます。展開部には悲しみに沈んだ部分も出てきます。ベートーヴェンもこの曲に刺激されて、ピアノ・ソナタ〝悲愴〟を書いたと思われます。
第3楽章 プレスト
ロンドですが、再び、第1楽章のようなやるせない思いがにじんでいます。しかしここでも、明るい陽射しが差します。この演奏で使われているシュタインの複製ピアノには、ハンマーにフェルトがついていないので、チェンバロにような金属的な響きがします。聴く人によっては耳障りかもしれませんが、これが当時の響きなのです。
現代のピアノによる、グレン・グールドの演奏もぜひ一緒に聴いていただきたいと思います。
グールドはモーツァルト嫌いで知られ、特にウィーン以降の後期の作品を酷評し〝モーツァルトは死ぬのが遅すぎた〟という有名なブラック発言もしています。
そうは言いながら、彼はモーツァルトの全集を出していますし、その演奏は素晴らしいの一言です。時にはモーツァルトの指示を全く無視して自己流に弾いていますが、天才の曲を天才が加工するのは〝アリ〟で、正統性を追求した古楽器演奏とは真逆ではありますが、これはこれでモーツァルトの新しい魅力を教えてくれています。
特に、第1楽章を初めて聴いたときの衝撃は忘れられません。そのテンポの速さは人間離れとしか言いようがなく、圧倒されます。
W.A.Mozart : Piano Sonata no.8 in A minor, K.310 (300d)
演奏:グレン・グールド(ピアノ) Glenn Gould
第3楽章 プレスト
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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