
ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル(1800-1877)
ややこしい通し番号・・・
前回の第14番 ハ短調 K.457が、モーツァルトのピアノ・ソナタの最高峰であり、内容の濃さ、深さ、ここに極まれり、といった感じですが、それと対照的なソナタが、4年後に創られます。
それがこの第16番(旧15番)ハ長調 K.545です。
長らく15番として親しまれてきましたが、新モーツァルト全集では16番とされました。新全集は、新発見の自筆譜や、第2次世界大戦で失われた楽譜を再発見したり、近年の研究成果を反映して、ザルツブルクの国際モーツァルテウム財団が戦後新たに編んだモーツァルトの全楽譜集です。
その結果、一部の曲で通番の振りなおしが行われたのですが、結局、長年親しまれた番号も併記せざるを得ず、大変わずらわしくなってしまいました。
ケッヘル番号とは
ケッヘル番号でも同じようなことが生じています、
もともと、ケッヘル番号は、音楽学者のルートヴィヒ・フォン・ケッヘル(1800-1877)が、モーツァルトの作品が散逸してしまうのを防ぐため、全作品の目録を作る、という強い意志のもとで、大変な苦労をして1862年に出版した、『モーツァルト全音楽作品の年代別主題別目録』の通し番号でした。
作曲年代順に振られ、『クラヴィーアのためのメヌエット ト長調』が1番で、未完の絶筆、『レクイエム』が626番です。
そして、ケッヘルのイニシャルをとって〝K626〟〝K.626〟〝KV626〟のように表示されます。
しかし、ケッヘルが作ったのは19世紀ですから、その後、新発見の楽譜が出てきたり、他の人の作品(偽作)と判明したり、また五線紙の紙質やインクなどの科学的分析が発達したりして、修正が重ねられました。
最新のものは第8版なのですが、元の番号は尊重しつつ、特に大きな並べ替えのあった第6版の番号を()内に付記するようになっています。
また、番号の間に曲を追加する場合には、小文字のアルファベットをa、b、cと入れていき、さらに追加する場合には、その後にさらに大文字のアルファベットを加えていきます。
紛失した作品や断片には、K.Anh.56、のように表示し、ケッヘル・アンハング何番、と呼びます。
ちなみに、モーツァルトは生涯を通じて作曲し続けたので、ケッヘル番号を25で割って10を足すと、だいたい作曲した年齢に近くなります。
このK.545は、この計算だと31.8になりますが、32歳の作曲ですから、ほぼほぼ合っていますね。
さて、曲に戻りますが、このソナタはピアノ初心者が必ず通る『ソナチネアルバム』に収められており、この曲にたどりつくのはピアノ学習の一里塚のようなものでしょう。
モーツァルト自身が作っていた自作品目録にも『初心者のための小さなクラヴィーア・ソナタ』と記されているので、ピアノ学習者のために作ったわけです。
しかし、誰のためにこの魅力的な作品を作ったのかは分かっていません。
〝ソナチネ〟とは〝ミニ・ソナタ〟のような意味合いで、多くの作曲者が書いていますが、やはりモーツァルトのものが最も有名です。
自作品目録には、この曲と同じ日付で、シンフォニー 第39番 変ホ長調が書かれていますので、あの偉大な3大シンフォニーと同時期に書かれたわけです。
巨人たちの足元に咲いた可憐な一輪の花のようですが、絶頂期の作品だからこそ、退屈な練習曲ではなく、珠玉の名曲として広く親しまれるものに仕上がったと言えます。
一流のクラシック曲を自分で弾けた、ということが、どれだけの初心者に自信とモチベーションを与えてきたことでしょう。
トレーニングと芸術性は相反するものではなく、むしろ両立すべきものだ、という、バッハがインヴェンションで示した哲学をしっかり受け継いだ作品です。
www.classic-suganne.com
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W.A.Mozart : Piano Sonata no.16(15) in C major, K.545〝Sonata facile〟
演奏:アーサー・スクーンダーエルド(アルテュール・スホーンデルフルト)(クラヴィコード:北ドイツにて1780年頃に製作されたものの複製)
Arthur Schoonderwoerd(Clavichord)
これは、クラヴィコードによる演奏です。まだこの時代でもピアノは高価ですので、一般家庭で楽しめるのはクラヴィコードでした。家庭で初心者が弾いていたと思われる音を再現した演奏というわけです。簡素な分散和音の上に、この上なく優美で、いたずらっぽい少女の微笑みのような第1テーマが乗っていきます。そして続く音階の輝かしさ。モーツァルトを好まない人は、こういった音階を単純すぎるといいますが、私には子供の純真無垢な笑顔のように思えます。そして16分音符の上に奏でられる第2テーマ。第1テーマと対照的な、クールな大人っぽさを感じます。発表会でこの部分を見事に弾いた我が子に、親はその成長ぶりに涙を禁じ得ないでしょう。
第2楽章 アンダンテ
第1楽章と同じ分散和音(アルベルティ・バス)の上に、美しいメロディが変奏的に流れていきます。この変幻するテーマをいかに表情豊かに弾くかが、腕の見せ所というわけです。モーツァルトの他のソナタをたくさん聴くと、ここでどんな風に弾いたらよいかが分かると思います。
第3楽章 アレグレット
跳ねるようなロンドです。ここでもモーツァルト定番の、右手と左手の呼び交わしが出てきます。短いけれど、粋で充実したフィナーレです。拍手!
この曲も、グレン・グールドの演奏も掲げておきます。この曲の真骨頂は、初心者向けであっても、大家が弾いても感動的なところなのです。
W.A.Mozart : Piano Sonata no.16(15) in C major, K.545〝Sonata facile〟
演奏:グレン・グールド(ピアノ) Glenn Gould
第2楽章 アンダンテ
第3楽章 アレグレット
今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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