孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

宵の明星が優しく窓辺を打つ音。『ピアノソナタ 第18番 変ホ長調 作品31-3《狩》』

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ベートーヴェンの挑戦は続く

ベートーヴェン『3つのピアノソナタ 作品31』、今回は最後となる3曲目、第18番 変ホ長調を聴きます。

3曲セットのうち、この曲だけ4楽章となっています。

以前聴いた『3つのピアノソナタ 作品10』も、最後の第7番だけ4楽章になっていますが、このことにどこまで意味があるのかは分かりません。

このソナタもかなり変わっているのですが、〝新しい道〟を突き進むベートーヴェンにとって、〝普通の作品〟というのは、もはや無いのが普通、ということでしょう。

4楽章もあるのに、ゆっくりとした緩徐楽章がありません。

そんなのは後年のシンフォニー 第8番まで見られないです。

第2楽章はスケルツォと題され、第3楽章がメヌエットになっています。

ベートーヴェンは、ハイドンモーツァルトが作っていたメヌエットをどんどんスケルツォに置き換えていったのですが、それが並んでいる、というのも一種異様です。

宵の明星が窓辺を打つ

スケールの大きい変ホ長調を使い、全体的には舞踏リズムが通底している曲なのですが、第1楽章の優しさといったらありません。

冒頭の動機は、愛情を込めて話しかけてくるかのようです。

ベートーヴェン研究者のスコットは、『まるで宵の明星が窓辺を訪れて、軽くノックをするような不思議なほど優しい声』と評していますが、まさにぴったりの表現です。

この曲は、日本のCDには愛称がほとんどつけられていませんが、欧米では〝狩〟という通称で呼ばれています。

それは、第4楽章の跳びはねるようなフレーズが狩の合図を思わせる、ということですが、あまりピンとくるものではありません。

むしろ〝宵の明星〟とでもつけたいくらいです。

夕闇迫る黄昏どきに、星が窓辺でこんばんは、と挨拶する…

ベートーヴェンの意図とは関係ありませんが、やはりどうしても一度ついたイメージは頭から離れません。

ベートーヴェンピアノソナタ 第18番 変ホ長調 作品31-3

Ludwig Van Beethoven:Piano Sonata no.18 in E flat major, Op.31-3 “Hunt”

演奏:ロナルド・ブラウティハム(フォルテピアノ

Ronald Brautigam (Fortepiano) 

第1楽章 アレグロ

窓辺を優しく叩くノックの音は、リタルダンド(テンポをだんだんゆっくりとしていく指示)して、いったんフェルマータで止まってしまいます。この〝間〟は、異例ではありますが、実に絶妙です。和音的にも、主音の変ホ長調をわざと外して、不協和音を含んだ不思議なコード進行にするのも、この時期のベートーヴェンの仕掛けのひとつです。どこまでも優しい響きですが、当時としては突飛といえるものでした。第2主題は流麗かつ明朗。でも、走り出したと思ったらリタルダンドフェルマータで立ち止まります。この揺れるテンポがこのソナタの大きな特徴といえます。展開部では、第1主題、第2主題がいかにロマンチックなものだったか、を感じさせてくれます。憧れの気持ちが心を満たしていきます。最後の音が、楽譜の由来によって、ピアノであったりフォルテであったりするのですが、研究者たちはフォルテ派が多いようです。

第2楽章 スケルツォ:アレグレット・ヴィヴァーチェ

スケルツォといえば3拍子ですが、この楽章は2拍子になっています。ベートーヴェンの中では、スケルツォというのは曲の形式ではなく、性格を表すものだったのでしょう。その性格とは、〝諧謔〟。遊びとユーモアを盛り込み、人の意表を突くスパイスのような役目を全曲の中で与えていると思われます。第1楽章の優美さはどこへやら、ふざけまわるピエロのようです。強烈なリズムの変化、トゲトゲしいスタッカートが聴く人を圧倒します。

第3楽章 メヌエットモデラート・エ・グラツィオーソ

ベートーヴェンピアノソナタに出てくるメヌエットは、これが最後です。宮廷舞踏の流れを汲んだ正統的な響きは、前のスケルツォと見事な対照となっています。古き良き時代と、新しい近代の音楽をあえて並べるのがベートーヴェンの意図だったかもしれません。メヌエットのテーマには、第1楽章の〝ノック〟のフレーズが持ち込まれていて、ベートーヴェンの統一感を出す試みがここでも分かります。トリオは力強いファンファーレで、優美なメヌエットと見事な対比となっています。このソナタに緩徐楽章が無いのを意識して、わざとゆっくりと弾く必要はないと思います。

第4楽章 プレスト・コン・フォーコ 

リズムは、これまでも出てきたタランテラ舞曲の性格をもっています。第2楽章以上にはしゃぎまわる、愉快で爽快、楽しいフィナーレとなっています。「狩のソナタ」というのは古くからのこの楽章からつけられたネーミングですが、モーツァルト弦楽四重奏曲『狩』 と同じような曲の性格から来ていると思われます。確かに、この沸き立つような楽想は、貴族のスポーツをイメージさせます。

このソナタなは、繊細なタッチで始まり、豪快に終わる、スケールの大きな物語といえるでしょう。

 

動画は、このブログでずっとおすすめ演奏として取り上げている、フォルテピアノの鬼才、ロナルド・ブラウティハムのものです。冒頭、1分ほど彼の解説が入っていますが、ドイツ語で分かりません…


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いつもの、ボリス・ギルトブルグの現代ピアノによる演奏です。


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今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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