孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

ハイドン、モーツァルトからの卒業制作。ベートーヴェン『ピアノソナタ 第11番 変ロ長調 作品22』

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ピアノソナタ 第11番の初版表紙

自ら〝第1級の作品〟と誇った曲

引き続きベートーヴェンピアノソナタを聴いていきます。

前回の第9番と第10番は、室内的な、優しい雰囲気でしたが、次の第11番は実に華やかで、派手な効果を狙っています。

コンサート向きな作品といえます。

この曲は1800年に完成し、出版は1802年でした。

出版は、曲を発表してから、しばらくあちこちで弾いて、ある程度評判になってから行われることも多かったのです。

ベートーヴェンは特にこの作品に自信をもっていました。

以前も触れましたが、ベートーヴェンが出版社に宛てて書いた有名な売り込みの手紙をもう一度取り上げます。

さて、われわれの件ですが、お求めに次のようにお応えしたく存じます。ただいま提供できますのは次の作品です。七重奏曲(これについてはもうすでに申し上げてあります。広く普及させ、利益も大きく上がるようピアノ編曲もできます)20ダカット交響曲20ダカット、協奏曲10ダカット独奏大ソナタアレグロアダージョメヌエット、ロンド)20ダカット(親愛なる大兄よ、このソナタは第1級の作品です)
ではひとつ説明しましょう。この場合ソナタ、七重奏曲、交響曲のあいだに何の差別もつけていないのを怪しまれるでしょう。七重奏曲、交響曲は、ソナタほど売れないのを承知しているからです。交響曲はいうまでもなくずっと値打ちがあるのですが、こうしたのです。協奏曲はたったの10ダカットと値を付けました。すでに書きました通り、わたしはそれが最上の出来とは思わないからです。全部総合してみれば、高すぎるとお考えにはなるまいと信じます。できるだけ貴兄に適当な値にするのに苦心しました。

1801年1月15日 フランツ・アントン・ホフマイスター(在ライプツィヒ)宛

ここにある「独奏大ソナタがこの第11番で、さらに但し書きで〝このソナタは第1級の作品です〟とまで 強調しているのです。

そして売値は、第1シンフォニーや、大人気の七重奏曲と同額に設定。

値付けの根拠は、作品を作る労力に対してではなく、楽譜の売れ行きによる、ということです。

確かに、ピアノソナタは、家にピアノさえあれば弾けますから、一番需要があったでしょう。

それにしても、ベートーヴェンがここまで言及するのも珍しいことです。

にもかかわらず、この曲は、今では演奏の機会が少ない作品です。

この後に続く曲は、どれもピアノソナタの概念を破るような独創的な作品で、どうしてもそちらの方に目がいってしまいます。

初期のソナタを弾くのであれば、最初の頃のもっととんがった作品の方が面白いのかもしれません。

実際、この曲は、古典派正統ソナタの延長にあり、そのひとつの完成形、ともいうべき位置にあるのです。

この曲をもって、ハイドンモーツァルトに学び、その影響下の中で新しい路線を模索してきたベートーヴェンの「初期」が終わったとみる人も多いです。

ハイドンモーツァルトからの卒業制作、といってもいい作品なのです。

ベートーヴェンに援助した人々に感謝!

この曲は、出版にあたってヨハン・ゲオルク・フォン・ブロウネ伯爵(1767-1827)に献呈されました。

ベートーヴェンが〝わが芸術の最高の愛護者〟と讃えた重要なパトロンのひとりです。

父はロシア帝国軍元帥で、ロシアに仕えた貴族でした。

数年後、ロシア皇帝アレクサンドル1世にもヴァイオリン・ソナタ集 作品30を献呈していますから、この頃のベートーヴェンの〝ロシア推し〟はこの伯爵の影響もあったかもしれません。

夫人のマルガレーテには、既に3つのピアノソナタ 作品10を献呈していますので、今度はご主人に、というわけです。

ただ、伯爵夫人マルガレーテはまもなく早逝してしまい、ブロウネ伯爵も、浪費とナポレオン戦争によって破産、健康を害して最後は精神病院で亡くなります。

ベートーヴェンに多額の援助を行った貴族は、破産したり、落ちぶれたりした人が多いのです。

ちょうど時代の変わり目というのもありますが、音楽への投資は裕福な貴族をあっという間に貧しくしてしまいました。

彼らのお陰で、ベートーヴェンはフリーターにもかかわらず生活ができ、その結果、私たちは芸術を味わうことができるのですから、何ともやるせない歴史です。

ベートーヴェンピアノソナタ 第11番 変ロ長調 Op.22

Ludwig Van Beethoven:Piano Sonata no.11 in B flat major, Op.22

演奏:ロナルド・ブラウティハム(フォルテピアノ

Ronald Brautigam (Fortepiano) 

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ

古典派ピアノソナタの総決算としましたが、ハイドンモーツァルトソナタには存在しない4楽章構成です。しかし、ソナタ形式による第1楽章、緩徐楽章、メヌエット、そしてロンドのフィナーレ、というのは古典派の王道です。それにしても、シンフォニーを鍵盤上に移したかのような規模は「大ソナタ」の名に恥じません。実際、各声部が独立しているかのように響き、交響的な作りとなっています。

冒頭のゴロゴロッとしたテーマは、ハイドン晩年の代表作、ピアノソナタ 第59番 変ホ長調を思わせます。そこからテーマを取ったのかどうか不明ですが、アイデアがよく似ています。師匠のテーマから展開したのだとすれば、まさに卒業制作にふさわしいといえます。

テーマは一気に跳躍し、そのあとなだらかに下行します。ここでの力強いユニゾンハイドンモーツァルトの語法を思わせます。第2主題はヘ長調で、柔らかくも優しく、第1主題の力強さと好対照です。お腹に響くような左手バスの上に展開する音楽は、さすがの迫力です。展開部はきらびやかな音階の上下や分散音型で、颯爽かつ伸びやかに進んでいきます。再現部は古典派の定石通りで、特別なコーダはついていません。この古典的均整が、逆に現代のピアニストには物足りないのかもしれませんが、ハイドンモーツァルトと聴き比べると、その個性は強烈です。

聴き比べのため、冒頭が似ているハイドンピアノソナタ 第59番 変ホ長調 第1楽章を掲げておきます。

第2楽章 アダージョ・コン・モルタ・エスプレッシオーネ

モルタ・エスプレッシオーネ〝きわめて表情豊かに〟と指示がある通り、ロマンティックな楽章で、ロマン派のノクターンを先取りしている、といわれています。多様な装飾音、細かい連符、半音階的な音型によって、幻想的な世界が現出します。その斬新さが当時から注目されていた楽章です。展開部に入ると、旋律がだんだん積み重なり、4声になっていきます。

第3楽章 メヌエット

流れるように優しく繊細なメヌエットです。しかし、トリオはト短調の劇的なもので、ベートーヴェンらしさが炸裂しています。左手の16分音符がドラマチックに響きます。メヌエットダ・カーポしてきて、ふわりと終わります。 

第4楽章 ロンド:アレグレット

若々しさの中に落ち着いた佇まいをみせるロンドのテーマです。ロンドですが、かなりソナタ形式に近い展開をしていきます。第2主題はヘ長調で、即興的な雰囲気をもった幻想的なものです。作りは非常に凝っていて、第1主題の経過句が第3主題につながっていたり、内声や低音で出てきて、脇役を果たしていた音型が、そのうち重要な役を務めたりします。対位法的や変奏も駆使し、まさにこれまでの技法の集大成といえます。

第4楽章の素材には第1楽章由来のものもあり、また第2楽章と第3楽章にも隠れた連携があります。これら、楽章間につながりをもたせ、全曲に統一感を醸し出すのは、ハイドンモーツァルトにはなかった、ベートーヴェンの独創です。ベートーヴェンが〝第1級の作品〟と誇ったのもむべなるかなです。

次曲、第12番以降は、この曲で完成の域に達した古典派の枠組みを、自ら壊していくのです。

動画は、フォルテピアノによる力強い演奏です。細かな指示のあるベートーヴェンを暗譜で弾く人は神です!


www.youtube.com

 

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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