貴族のサロンに響いたクープランの音楽
フランソワ・クープラン(1668-1733)は王家の子女たちの音楽教育にも携わりましたが、その中心となった楽器はクラヴサンでした。
フランス語の〝クラヴサン〟は、イタリア語でいうチェンバロ、英語でいうハープシコードのことです。
今も親しまれているクープランの音楽は、たくさんのクラヴサン曲です。
その優雅さ、繊細さは比類がありません。
クープランは生涯で4つの『クラヴサン曲集』を出版しており、各曲集には「オルドル Ordre」と名付けられた、いくつかの組曲がおさめられています。
各曲集の年代と、所収のオルドル(通番になっています)は下記の通りです。
『クラヴサン曲集第1巻』1713年 第1~5オルドル
『クラヴサン曲集第2巻』1716~1717年 第6~12オルドル
『クラヴサン曲集第3巻』1722年 第13~19オルドル
『クラヴサン曲集第4巻』1730年 第20~27オルドル
謎めいた標題の数々
各オルドルに含まれる曲数は様々で、舞曲の組み合わせである従来の組曲の枠を破り、自由な構成になっています。
ひとつひとつの曲には、マレに見られたような標題が多くつけられており、それは時に具象的であり、時には抽象的で謎めいています。
そこには自然の美しさ、心の動き、情緒と感情、また社会のざわめき、人間模様などが生き生きと描写されており、まさに音楽で描いた絵画といえます。
クープランのクラヴサン曲を聴くのは、まるでロココの画集のページをめくっていくかのような愉しみです。
とはいえ、標題は謎めいたものが多く、聴きながら、何を表しているのだろう?と気になって仕方がないのも事実です。
標題について、クープラン自身はこう記しています。
これらの曲を作るにあたって、私はいつもひとつの対象をもっていた。いろいろな機会が私にその対象を与えてくれた。こうして曲の標題はその時私の抱いた想念に対応するものなのである。それらについて説明をする労は省かせていただきたい。しかしこれらの標題のなかには、私の気に入ったものもあるが、それらの標題をもった曲は、一種の肖像画のようなものであり、私の演奏によって時にはかなり似ていると感じられることもあるだろう。しかしこれらの適切な標題の多くは、それらの標題に基づいて模写を行ったというものではなくて、私が表現しようとした愛すべき実物そのものからとられたものだということをいっておくべきだろう。
クープラン自身の想念に対応し、模写ではなく、実物そのものからとった肖像画…。
ますます気になってしまいますが、この文学的な標題は、まさに文学同様、聴く人に様々なイマジネーションをかき立てさせることが狙い、ということなのでしょう。
各曲の総数は250曲近くなるので、全集以外のアルバムや演奏会では、オルドルは分解して、有名な曲が抜粋されるのが普通です。
各オルドルの中の曲も、一見あまり統一性が感じられないのですが、順番にきちっと並べられている以上、何か意味はありそうです。
全曲は取り上げられませんが、まずはオルドルのくくりで聴いてみたいと思います。
今回は、人気曲『神秘的な障壁』が含まれている第6オルドルです。
F. Couperin : Second livre de pièces de clavecin, 6e ordre
クラヴサン:オリヴィエ・ボーモン Olivier Baumont
第1曲 刈り入れをする人々 Les moissoneurs
〝陽気に〟という指示があります。この第6オルドルには農村に関係した曲が収められている雰囲気があります。秋、楽し気に収穫する農民たちの様子が描写されているのは間違いないでしょう。豊作に村いっぱいに笑顔があふれているようです。
第2曲 優しい憂鬱 Les langueurs-tendres
このような題が解釈が難しいです。〝焦がれ〟と訳しているCDもあり、〝優しい〟ということですから、恋に関係しているのでしょうか?
langueursには〝だるさ〟という意味もありますから、収穫が終わった後の心地良い疲れを意味しているのでしょうか?
いずれにしても、しみじみと心に沁みる優しさは伝わってきます。
第3曲 さえずり Le gazoüillement
〝優美で流れるように〟という指示があり、これは小鳥のさえずりを描写していると思われます。同じような音型の繰り返しはこのような表現の常套手段です。
美しいフランスの田舎の風景が目に浮かびます。
第4曲 ベルサン La Bersan
〝軽やかに〟という指示があります。標題は謎ですが、女性の人名と思われ、特定の人を写したポートレイトなのでしょう。農村のイメージがあるオルドルですから、陽気な村の女性なのでしょうか。
第5曲 神秘的な障壁 Les baricades mistérieuses
クープランの数ある曲の中でも1、2の人気曲です。〝生き生きと〟という指示ですが、標題は全く謎に包まれています。狭い音域の中で繰り返される素朴な音型が、光と影の中を、その名の通り神秘的に揺らいでいきます。
英語で言えば〝ミステリアス・バリケード〟ということになり、〝神秘のバリケード〟と訳された例もありますが、バリケードというと、紛争や学生運動などを連想してしまい、曲想にまるで合わなくなります。
神秘的な障壁とはいったい何でしょう?
男と女の間に横たわる、越えたくても越えられない壁…?
それとも、災いから自分を守ってくれる神様の見えない保護…?
答えは永遠に出ませんが、青春の日に初めて聴いて以来、人生のつらいときには必ず慰めてくれ、力をくれるかけがえのない曲です。
第6曲 田園詩、ロンドー Les bergeries, rondeau
〝ナイーヴに〟という指示があります。田園、ということから、これも農村を表しています。前曲から続いた、心優しい、慰めと癒しをくれるロンドーです。この演奏では弦にフェルトを当てて柔らかく余韻の短い音色にするバフ・ストップを使っているのが素敵です。
心に響くナイーヴな演奏です。
第7曲 おしゃべり La commére
指示は〝生き生きと〟です。〝おしゃべり〟ということですが、明るい太陽のもとで村娘たちが、それとも、夜食卓を囲んで家族が楽しんでいるのでしょうか。
ペチャクチャ、という声が聞こえてくる、楽しい曲です。
第8曲 羽虫 Le moucheron
虫!?とびっくりしますが、まさに〝軽やかに〟という指示です。これも農村の情景を思わせます。畑のあぜ道を軽やかに舞っている羽虫たちでしょうか。
けっして五月蠅い奴らという感じではありません。その動きを面白そうに眺めているクープランの姿が目に浮かびます。
クープランの曲は、か細いクラヴサンの音色にこそぴったりですが、現代ピアノで弾いても、また違った魅力が味わえます。
アレクサンドル・タローの演奏による、まさにミステリアスな雰囲気の素晴らしい『神秘的な障壁』です。
次回も、別のオルドルの世界に行ってみたいと思います。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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