孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

〝新しい道〟の第1歩。ベートーヴェン『ピアノソナタ 第16番 ト長調 作品31-1』

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ベートーヴェンの〝新しい道〟とは

前回の〝田園〟に続き、この時期のベートーヴェンは、間髪を入れずピアノソナタを次々に作曲、出版していきます。

次の作品は、久々のオーソドックスな3曲セットとなった作品31

第16番 ト長調第17番 ニ短調テンペスト第18番 変ホ長調の3曲です。

しかし、セット販売されたのは作曲から2年後で、はじめは最初の2曲がセット、第18番は《悲愴》とカップリングされて出版されました。

ただ、当時マネージャー役をしていた弟カールが、ライプツィヒの出版社ブライトコップフ&ヘルテル社あてに〝3つのソナタ〟として売り込んだ1802年4月22日付の手紙が残っているので、ベートーヴェンがセットを意識して作曲した可能性は高いです。

また、この3曲は力作にも関わらず、誰にも献呈されていないのが謎とされています。

第15番までは〝実験的ソナタ期〟で、ソナタの形をあえてぶち壊してみたりと、やんちゃな取り組みをしてきましたが、この作品から、外形的にはオーソドックスなソナタに戻った観はあります。

しかし、内容はさらに斬新な工夫に満ちています。

弟子カール・チェルニーの回想によれば、この頃ベートーヴェンは、友人のヴァイオリニスト、クルンプホルツ『私はいままでの作品に満足していない。今後は新しい道を進むつもりだ。』と語ったということです。

『新しい道』はベートーヴェンのキャッチフレーズといってもいいでしょう。

この曲集は、その道の一歩目と目されている作品で、ベートーヴェンの作曲段階が、傑作目白押しの、いわゆる「中期」に入ったことを示すマイルストーンとされているのです。

グロテスク?なユーモアのつまった曲

でもこの1曲目、第16番 ト長調は、ベートーヴェンソナタの中でも演奏機会がかなり少ない作品です。

同じ頃の作品に対して、インパクトが少ない、という印象はありますが、実はこの曲でベートーヴェンは相当〝遊んで〟いるのです。

それは、プロのピアニストから見たら、ちょっとふざけすぎ、なくらいかもしれません。

特に第1楽章には、気持ち悪い〝ズレ〟〝邪魔〟があふれていて、ベートーヴェンは結局何をしたかったのか、なかなか理解に苦しみます。

そんなクセの強さで敬遠されがちな作品ではありますが、聴くほどにクセになってしまう奇妙な曲でもあります。

実験期を経て、確信をもってベートーヴェンが歩みはじめた新しい道は、さらなる試行錯誤の道だったのです。

ベートーヴェンピアノソナタ 第16番 ト長調 作品31-1

Ludwig Van Beethoven:Piano Sonata no.16 in G major, Op.31-1

演奏:ロナルド・ブラウティハム(フォルテピアノ

Ronald Brautigam (Fortepiano) 

第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ

ベートーヴェンの〝遊び〟は冒頭から始まっています。それも、第1小節の前から。和音を奏でるのに、右手が、わずかに左手より先に出るのです。左手が先に出る技法は、18世紀にはすでにあり、「ルバート」と呼ばれていました。今では、テンポを自由に揺るがす意味になっていますが、当時は装飾技法のひとつでした。ドイツで主に使われてたらしく、若いモーツァルトがイタリアに行ったとき、このやり方にイタリア人がびっくり仰天した、と父レオポルトに書き送っています。左手、つまり低音をわずかに先に鳴らすということは、メインの旋律が鳴るお膳立てがなされることでもあり、その安定の上に、右手はより自由で即興的な動きが可能になるのです。しかし、ベートーヴェンがこの曲でやったのは、その真逆です。実に気持ち悪く、ズレてしまったように聞こえます。小節線もアクセントもどこにあるのか分からず、混乱してしまいます。ベートーヴェンはそれを10回も繰り返したあげく、ようやく両手を合わせるのですが、これまでのは何だったのか?冗談だったのか?と聴衆は惑うしかありません。冒頭モチーフの下行音階の中にも、障害となる音がわざわざ仕込まれていて、どこかすっきりしない、ややもするとイラっとしかねない仕掛けになっています。また、ふつう激しい転調は展開部で行うところ、提示にあっても、ト長調から中継ぎなしにいきなり全音低いヘ短調に大胆に転調します。この技法はのちに《ワルトシュタイン》でも踏襲されますが、いずれも、人々の歩んだことのない〝新しい道〟なのです。

第2楽章 アダージョ・グラツィオーソ

ベートーヴェンには珍しい、典雅な長いトリルで始まります。優雅といえば優雅ですが、どこか装飾過剰な、厚化粧な感じも受けます。幻想曲的な自由な構成になっていて、変奏が凝っていて、「装飾」というものをあらためて新しいやり方で見直しているのかもしれません。当時から、この楽章はイタリア風だと受け止められていましたが、確かにロッシーニのオペラを先取りしたかのような雰囲気もあります。しかし、第1楽章と同じように、低音の活躍や、終盤、カデンツァのあとに置かれた再現と展開の両方の要素を含んだコーダが、中期様式の始まりとみられています。

第3楽章 ロンド:アレグレット

ロンドのテーマは、『ボッケリーニのメヌエット』を思わせるような優雅なものです。テーマはさまざまに加工、展開され、高音に出たり、内声に出たり、低声部に出たりと、まるでかくれんぼか鬼ごっこをしているかのようです。聴くうちに、優雅な気分は消え失せ、緊張でハラハラしてきます。盛り上がりは、後半急速に息切れし、疲れ切ったようにへたり込んでしまいます。そして、幕切れに向け、最後の力を振り絞って立ち上がったかと思うと、まるでオペラの一場面のような大げさな身振りの中で、曲を閉じます。最終楽章重視のコンセプトは、もはやゆるぎません。

 

動画は前回と同じ、ボリス・ギルトブルグの演奏です。


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今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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